泥とレスラー

 とはいえ、ここまで先輩がノリのいい人だとは思わなかった。

 この手の運に頼るクイズには興味が無いと思っていたが、案外、お祭り好きなのかも知れない。

 いや、本気の○×は、本気の知識がものを言う。


 そうか、やなせ姉は先輩その人ではなく、煮え切らない態度が気にくわなかったんだ。

 だから聖城先輩を挑発する、煽る。

 長年ペットを担当している経験から、彼女の性格を察すると、ありえると思った。

 

「どうしたの、晶ちゃん?」


 やなせ姉が、探りを入れてくる。


「いや、なんでもないよ」


 まさか、あんたの思考を推理してました、なんて言えない。


「変なの」と、やなせ姉は首をかしげる。「早く始めようよ、晶ちゃん」

「そうだね。では、あちらをご覧下さい!」


 僕は、砂浜を差した。



 砂浜には、二つのエリアが設置されている。

 片方にはマットが設置されているエリアだ。

 片方のプールには、粘り気のある泥が用意されている。

 田んぼ程ではないが、十分に練り込まれている泥だ。


「皆さんが挑戦してもらうのは、『泥んこ選択クイズ』です。では、今度はあちらを見て下さい」


 泥の前方にはパラソルがあり、一組の女子がデッキチェアに並んで座っている。


「あちらにいらっしゃるのが、本物の女子プロレスラーのお二方です。お忙しい中、ありがとうございます」

 

 こちらが挨拶をすると、二人は手を振り返す。


 一人はポニーテールを出した、スラッとしたマスクマンだ。赤色の○の下に赤文字でAと書かれたゼッケンを付けている。


 隣には、青い色の×、青い文字でBと書かれたゼッケンを付けたぽっちゃり体系の人が。


 二人とも、マスクの色に合わせた競泳水着で武装している。

 昌子姉さんが、知り合いを連れてきたのだ。

 

「○か×、もしくは、AかB、二つの選択肢で出題されますので、その選択肢が書かれた方へと向かって下さい」


 間違っていれば泥の中へ。正解なら、無事マットに着地できる。


「では、デモンストレーションを行います。解答者は前へ」

 

 ムキムキの男子生徒が現れた。

 ピチピチのブーメランパンツが、異様な存在感を放つ。


「放送部員の西畑慶介です! よろしく!」


 ギャラリーの温かい拍手で迎えられ、西畑が白い歯を見せた。


「では、西畑君、今回はよろしくお願いします」

「おう。任されて下さいっての!」

「がんばってー」と、やなせ姉が声援を送ると、慶介は力こぶを見せる。

「さて、フィアンセも応援してくれていますよ」


 ギャラリーから冗談交じりのブーイングがわき起こり、慶介は手を振った。

 男子生徒からはブーイングの嵐が飛ぶ。


「では準備はいいですね、では問題。二〇一四年に亡くなった歌手、やしきたかじんさん。彼の楽曲が、大阪環状線、大阪駅の発車メロディとして使用されたことが話題になりました。その楽曲とは、氏の最大ヒット曲、『東京』である。○か×か?」


 慶介はやなせ姉とアイコンタクトをする。その後、○の方へと歩いて行った。


 ○のレスラーが立ち上がる。慶介と同じくらいの背丈だ。レスラーBは慶介を軽々と持ち上げ、お姫様抱っこしてしまう。

 ズンズンと、砂浜を突き進む、レッドのレスラー。


「うわあ」と情けない声を上げているが、喜んでいる。ギャラリーに向けてガッツポーズまで決めて。


 あまりにも楽しそうに見えたためか、やなせ姉はむくれた。


「さて、レスラーが泥とマットの間に立つ! さて、どちらかに放り投げられます。あーっと、泥だ!」


 女子レスラーが、慶介の巨体を、ポイッと放り投げる。


 慶介が、レスラーによって泥のプールへと落とされた。茶色い水しぶきを上げて、逞しい身体が情けなく泥の中へと沈んだ。


「ごきげんな婚約者に待っていたのは、泥のプールだった! さてみなさん、慶介に向かってご唱和下さい。せぇーのっ」


『そんなわけねーだろ!』

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