雨の中で得た活路

 ピンク色の傘を差し、嘉穂さんが僕の後を付いてくる。


 結局あの後、大した回答は得られず、解散となった。

 我ながら不甲斐ない。自分の事なのに。

 

「わたし、やっぱりクイズ研に戻るべきなんでしょうか?」


「どうして、そう思ったの?」


 責めているわけではない。引っかかっていたのだ。


「だって、聖城先輩って、互角に戦える人がいなくて、ずっと独りぼっちだったんですよね?」


 これだ。胸のつっかえが取れた。


「わたし、自分が生徒会長に追いつけるなんて思ってるわけじゃ、ないんです。多分、何年かかっても、私は会長に追いつけないと思います。ただ、強すぎるのって、独りぼっちなんだなって思いました。可哀想なんだな、って」


 みんな笑顔になってもらいたい。


「母は、わたしを守ってくれていました。わたしも、母の支えだったのなら、嬉しく思います。でも、会長には誰がいるのでしょう?」

 

 こう考える人なんだ。嘉穂さんは。


「嘉穂さんは、どうしたいの?」


 僕は振り返る。


「わたしは、みなさんと一緒にいたいです。番組研から離れるなんて、できない」


 段々と声が大きくなっていく。


「僕も同じ意見だよ。多分、みんなも」

「けど、聖城先輩と互角に戦いたい、って自分もいるんです。変ですよね?」

「ちっとも変じゃない。嘉穂さんにだって、闘争本能はあるんだ。血が騒ぐってことはあると思うよ」

 

 ただ、対戦形式が決まってないだけなんだ。

 土俵さえ合えば、きっと嘉穂さんだって聖城先輩に負けない。

 聖城先輩にだって、クイズが楽しくなる方法があるはずなんだ。

 早押し合戦や、知識合戦だけが、クイズであってたまるか。


「嘉穂さん、僕に任せて。きっと聖城先輩に対抗できて、先輩にも楽しんでもらえるスタイルを提供するから」

 

 だが、どうするんだ? 何か策を練らないと。


 考え事をしている僕達を、トラックが猛スピードで駆け抜けていく。

 トラックの進む先には、水たまりが。


「危ない!」


 僕はとっさに車道側に傘を突き出す。自分の身体は防げない。

 仕方なく、嘉穂さんだけを庇う。

 

 トラックが、水たまりを突っ切る。


 大量の水しぶきが、僕の身体にかかった。汚れた水で、体中ビショビショだ。


「福原くん! 大丈夫ですか!?」


 傘を放り出して、嘉穂さんがハンカチを出した。精一杯、泥を拭いてくれる。


 しかし、まったく追いつかない。それでも、拭いてくれる気持ちは嬉しかった。


「私のせいで、こんなにも泥だらけに」


 ぐちゃぐちゃになったハンカチを絞り、尚も僕の身体を拭く。


「いや、いいんだ」


 悪いのはトラックである。僕が勝手に泥を浴びただけだ。

 嘉穂さんの手も泥まみれになっている。


「もういいよ、ありがとう。これ以上やると、嘉穂さんの手が汚れちゃうからさ」


 僕は、嘉穂さんの手を止めさせた。

 掴まれた手首を見ながら、嘉穂さんの目がキョトンとしている。

 まずい。気持ち悪いことをしてしまったか。


「あ、ごめん。嫌だったよね」


 嘉穂さんを不快に思わせたと思い、手を離す。


「いや、そういうわけじゃなくて」


 顔を逸らして、嘉穂さんが困ったような口調で語る。


「本当にゴメン」

「違います。わたし、いつもみんなに助けてもらってるなって、思って」

「そうかな?」

「そうです」


 ずぶ濡れになっているのも忘れて、嘉穂さんは続けた。


「私、みんなと違って自己主張も下手だし、自分が思っていることだって満足に言えない。今だって、福原君に守ってもらって、私、何もお返しできない。大事な人を泥だらけにしているのに、何もしてあげられない」


 悲痛な言葉を、嘉穂さんが言う。


 そうじゃないんだ。みんな好きでやっているんだ。


「それは違うよ。嘉穂さんがいなくても、番組研は回るかも知れない。けれど、それはもう番組研じゃないんだ」


 嘉穂さんはそれくらい、僕たちの一部になっているから。


「泥んこになってでも、僕は、嘉穂さんを失いたくないんだ。だから――」



 泥。進んで泥に入る……。



「これだ!」


 僕の脳裏に、とあるクイズ形式が浮かんだ。


「ありがとう、嘉穂さん! おかげで面白いクイズが浮かんだよ! これはきっと、楽しいクイズになる! のんだってきっと活躍できる!」

「本当ですか?」

「ただ、ちょっとばかり姉さんの協力が必要だ。大がかりな設備が必要だから、できるかどうか相談しないと。やなせ姉が味方にいるから、なんとかなるかも」


 姉の名が出て、嘉穂さんはビクッとくらい反応するかと思った。

 しかし、嘉穂さんは怯えない。


「本当に楽しいクイズになるなら、平気です」


「うん。きっと面白くなる。聖城先輩だって、楽しんでくれるはずだ。だから、僕を信じてくれないか?」


 一瞬、嘉穂さんは不安そうな顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻す。


「わかりました。よろしくお願いします」


 帰宅後、姉の昌子に連絡をして、設備面を相談することに。


「アホか」と言われたが、話は聞いてくれた。


 予算度外視の作戦である。

 が、番組の存続に関わると説得すると、協力してくれることになった。



 数日後。



 期末テストが終わり、とりあえず、聖城先輩と対決する日取りが決まった。

 試験休み初日は、簡単な練習だけを終わらせた。


「じゃあ、今日の練習はここまでだね」

「あの、皆さんに話したいことがあります」


 嘉穂さんが言い出す。

 帰り支度をしていた全員の手が止まり、また座り込む。


「どうしたの嘉穂ちゃん。急に?」


 心配になってか、やなせ姉が嘉穂さんに寄り添う。


「湊さん、のんさん、やなせ先輩。ありがとうございます」


 僕に向き直って、嘉穂さんは礼をする。


「晶太君、みんなと引き合わせてくれて、ほんとうにありがとうございます。クイズが面白いと思わせてくれたのは、間違いなく福原君です」


 それは違う。

 クイズを何よりも楽しんでいるのは、みんなだ。


 僕は、みんなの喜ぶ顔が見たいから、その手伝いをしているだけ。


 だから次の戦いは、聖城先輩にも、この笑顔に混ざってもらう。


(第六章 完)

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