反省会

 撮影終了後、荷物を取りに部室へ。


「ごめんなさい!」


 戻ってきてから、嘉穂さんはしきりに頭を下げていた。


「わたしが変な提案をしたばっかりに、みなさんに迷惑を」

「迷惑なんて思ってないよ。むしろ、僕から提案したかったくらいだ」


 改めて、普通の早押しでは生徒会長には勝てないと分かった。

 要は、それ以外のクイズに切り替えれば済む話である。

 その形式をいかに面白くするか。今はそれについて悩めばいい。

 

「でもなー、あの先輩との勝負なんだが、オイラは戦力になるのか?」


 珍しく、のんがションボリした表情を、僕たちに向ける。


「何があったんだよ?」

 

「だってさぁ、オイラだけあまり答えられなかったし」


 僕が、聖城先輩との対戦において、もっとも懸念していた要素が、これだ。

 心を折られてしまうのではないか。

 圧倒的すぎる知識量の前に、誰かがひれ伏し、早押しボタンから手を離してしまうのでは。

 実際、そういった心理戦も、クイズ大会では必要だろう。


 だが、番組研では評価しない。

 誰でも楽しめるクイズを。それが僕達の目指す番組なのだから。


「そこは気にすることじゃないだろ。戦力的な事は期待していないんだよ」


 のんや湊には、「強さ以外の面を強化したかった」から入れたんだ。

 点差を離されても挫けない心、苦境でも助け合うチームワーク。

 一問も答えられなかった、とのんは言う。



「けどな。それだと嘉穂だけで戦うことになるんだろ?」


 僕は黙り込む。のんの言うとおりだ。

 いくらエンジョイを貫こうとしても、その負担は、全て嘉穂さんに向いてしまう。


 さみしげな雨音が、窓を叩く。

 梅雨の時期に入り、連日雨が続いていた。

 

「ウチとしてはさ、ただ、勝つだけじゃダメだと思うんだよ」


 ずっと窓を眺めていた湊が、ふと口を開く。


「完膚なきまでに叩きのめせと?」

「そうじゃないよ」

「じゃあ、どうすればいいって、湊は思うんだよ?」


「嘉穂たんが普通に戦って、聖城先輩に勝つだけじゃ、番組研が勝った事にはならない」


 チーム全員で勝つ、って事か。

 

「圧倒的な点差なんていらない。ウチらが楽しんで、相手にも楽しんでもらって始めて、あの人も救われるんじゃないかな」


 窓を見つめながら、湊は考えを述べていく。まるで、考えながら話しているみたいに。


「そんなの、どうやって?」


「これから考えるさ」


 湊は腕を組んだ状態で、また雨粒の軌道を見守る作業に戻ってしまった。

 

 沈黙が続く。こんなに静かな部活は、活動が始まって以来かも知れない。のんのお茶を啜る音だけが響く。


「あのさぁ、思いついたんだけどさ」


 小さく、湊が手を挙げる。


「カップルとか、親子を出して、彼らにちなんだクイズを予想する。ってのは?」


 ご当地クイズか。


「うーん。いい案だと思う。それって知識が関係ないからなー」


 おそらく、そこがミソだと思ったんだろうけど。


「でも、企画自体はいいと思う。番組研の催しとして、やってみましょ」


 やなせ姉も賛同して、この企画は文化祭の出し物として通すことになった。

 だが、聖城先輩との対戦には使わない。あくまでも、知識力で倒そうという話になった。


「さて、そうと決まれば、勝たなくちゃね」


 せっかく文化祭の企画ができあがったんだ。

 先が見えたところで、少し希望が湧いてきた。

 

「あと、のん。負けそうになったとき、お前ずっと、嘉穂さんの手を握ってくれてただろ?」


 それなんだよ。僕が欲しかったのは。

 知識のない自分を、恥じる必要はない。


「おかげで勇気が湧きました。ありがとうございます。のんさん」

「お、おう!」

 少しだけ、のんの気も落ち着いたみたいだ。

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