問題 ウイスキーの専門家を何という?

『問題。メイナード・ファーガソンが手がけたアメリカ横断――』

 

 ここで、嘉穂さんがボタンを押した。聖城先輩よりも早く。


「スタートレックのテーマ!」


 祈るような、嘉穂さんの視線が僕を突き刺す。実際、胸の前で祈るように手を組む。

 

 しかし、僕は無情な返答をしなければならなかった。「残念!」


 嘉穂さんの身体が、崩れ去る。

 

『アメリカ横断ウルトラクイズのメインテーマは、二つの楽曲を使用しています。一つはスタートレックのテーマ、で・す・が!』

 

 番組研に、嘉穂さんに、この言葉を贈らなければならないとは。

 再度ボタンが押された。


 解答権を得たのは、やなせ姉だ。


「だったら、チシャ猫のウォーク!」


 問題を全て聞き終えてから、悠々と答える。もちろん正解だ。

 番組研の四人がハイタッチをする。


 久々に番組研究部側が回答したためか、会場がまた活気を取り戻す。

 いや、かつてない盛り上がり方だ。


 聖城先輩が、天井を見上げ、ふう、と息を整える。仕切り直しといった風に。


『問題。処女作は、「キャンベルのスープ缶」。一九六〇年代のアメリカを代表するポップアートの芸術家は?』


 プレッシャーの中、湊がボタンを押す。

 

 聖城先輩は動かない。

 どうせボケるのだろう。僕もそう考えていた。

 湊は、この局面でもボケる。

 僕はそう踏んでいた。

 ピンチこそ楽しむ女性だと。


「アンディ・ウォーホル」


 これがなんと正解。

 湊だって、やろうと思えばまともに答えられるんじゃないか。


『名護選手は、芸能・音楽ジャンルが、お得意なんですか?」

「うーん。知ってるけど詳しいってわけでもないなー」

『その割には、早く解答していましたが?』

「いや、ボケる要素がない問題だったから」


 湊の解答基準は、知っている問題かどうかより、ボケやすい答えかどうからしい。

 しかし、真面目に解答した。

 こいつも部活を存続させようと必死なのだろう。

 

「それに、こういうときはさ、真面目に答えた方がウケるんだって」

『お前、マジでブレないな!』

 

 こういう局面においても、湊は面白いかどうかを優先する。

 その拘りは危なっかしいが、今はその貪欲さが実に頼もしい。

 

『さて、名護選手、いつものおちゃらけた調子を捨てて、真剣モードですが』

「いやいや、もう限界。わかんないよ」


 冷や汗をかきながら、頼りないことをいう。


『さて、これで一〇点先取にリーチが掛かった番組研! どうなるのでしょうか!?』


 このまま、追い上げていって欲しいが。


「問題。国語辞典『俚言集覧りげんしゅうらん』に記載されている、初夢で見ると縁起がいいもの。一富士いちふじ二鷹にたか三茄子さんなすび。では、四は?」


 ここで、聖城先輩が来た。


「扇」


『正解です。四扇(しおうぎ)、五煙草ごたばこ六座頭ろくざとうです』


 やはり、難なく正解を出す。


 会場が「うわあー」と、悲鳴にも似た歓声が沸く。


 これで同点になった。あと一点を取った方が勝ちとなる。

 会場の盛り上がりが頂点に達した。


『では、最後の問題を読み上げます。の前に』


 僕は、番組研の方へ歩み寄る。


『番組研のみなさん、今の心境は?』

「ここまできたら、やるだけです」


 嘉穂さんが胸の前でカッツポーズを取った。


 聖城先輩へもコメントをもらおうと思ったが、マイクを軽く手で払われる。

 集中していて、心に余裕がない。

 または、あえて悪役を演じてくれているのか? 

 そんなわけないか。そこまでの演出を彼女が考えるとは思えない。


『問題。ワインの専門家はソムリエ、コーヒーの専門家はバリスタ。ではウイスキーの専門家は?』

 

 ここで、嘉穂さんがボタンを押す。息も絶え絶えだ。


『津田選手、正解するのか、それとも不正解なのか、お答えを、どうぞ!』


「コニサー!」


『……正解!』

 

 意地の勝利だった。

 

 机をバン! と叩き、聖城先輩が悔しがるポーズを見せる。珍しく、クイズで感情を露わにしていた。


 だが、解答者達は一様にゾッとしている。


『えーっと、この勝負、クイズ番組研が勝利しました。津田選手、今のお気持ちをどうぞ』

 

 嘉穂さんが代表して、口を開く。


「悔しいです! とっても!」

 

『そ、そうですね。勝たせてもらった感じですから」


 これまで、聖城先輩は九点目以降、全てボタンを「素振り」していたのだ。

 それも、嘉穂さん達より早く。

 答えようと思ったら、先輩はいつでも答えられた。

 事実、聖城先輩は九点目に入ってから、問題を最後まで呼んでから素振りをしていた。

 番組研に花を持たせたのである。

 

 これは、勝ったとは言えない。



「そうじゃないです!」



 僕の発言を、嘉穂さんは否定した。


「だって、聖城先輩が楽しんでないじゃないですか!」


 会場にいるギャラリーが、全員呆気にとられていた。

 だが、聖城先輩が一番驚いている。


「聖城先輩を追い詰めていない。勝負にすらなってませんでした。ちゃんと勝負して、対等に戦って、それで勝たなきゃ、聖城先輩が可哀想です。それが悔しいんです!」

 

 対等に勝負してあげられなかった。

 自分たちの力のなさより、聖城先輩が本来の力を発揮させてあげられなかった事の方が、悔しいと言ったのだ。


「だから、生徒会長!」


 嘉穂さんが、聖城先輩に駆け寄り、頭を下げた。


「わたしたちと、もう一度勝負してください!」


 聖城先輩の不思議そうな顔が、いつまでも僕の目に焼き付いていた。

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