来住レコード店
聞き覚えのある曲が、CDショップから流れてきた。
これ、アニソンだよな。
曲につられて僕は足を進める。
「あ、あれって……」
CDコーナーに見知った人影が。
「ああ、晶ちゃんじゃないの」
やなせ姉だ。
よかった。これで会話が保てる。
「やなせ姉も、遊びに来てたんだ」
「うーん。どっちかって言うと、査察かしら?」
「査察、ですか」
嘉穂さんが首をかしげる。
「だってこのお店、来住家の物件だから」
「あ、そうだ。ここって」
いったん店を出て、僕は壁面看板に目を移す。
『kiss me record』というのが、この店の正式名称だ。
「元々ミュージシャンだったんだよね」
来住やなせ姉の両親は、同じバンドメンバーだった。
現在、父親がレコード店の経営者だ。
母親はアニメの作曲を担当している。
店の中で流れている曲も、やなせ姉のおばさんが作った曲だ。
やなせ姉の音楽に対する強さは、音楽家系であることも関連しているのかも知れない。
「どんな感じ?」
「ぼちぼちね。最近、配信サ―ビスが充実してるでしょ? 売り上げは微妙ね。音楽自体はレベルが高いから、興味は持ってくれてるんだけど」
やなせ姉が、世知辛くしんみりとした意見を述べる。
「昔から、楽器方面は売れているんだけど」
「楽器もお売りになってらっしゃるんです?」
「そうよ。元々そっちが本業だもーん」
来住楽器店と言えば、全国の学校に軽音楽用の機材を提供している老舗だ。
「ところで、晶ちゃんたちもデート?」
容赦のない発言が、やなせ姉の口から飛んできた。
「デッ、デ……ッ!」
嘉穂さんが、顔に火が出る程になる。
「ちちち、違うよ! そういうんじゃなくって、これは取材だから!」
僕が弁解すると、嘉穂さんがシュンとした。どういうわけだ?
「やなせ姉は、ここに用事があったの?」
「欲しいCDがあったから。古いCDなんだけど」
やなせ姉が買おうとしていたのは、映画のサントラだ。
「ヴァンゲリスだね?」
「……?」
嘉穂さんは、よくわかっていないようだ。
「日韓共同ワールドカップのテーマ曲を作った人だよ」
説明してみたが、ピンとこない。
「私の母が、『南極物語』を見に連れて行ってもらったらしいけど、そのテーマ曲もヴァンゲリスが作ったの」
「南極物語は、わたしも見たことがあります。あの曲を作ったグループなんですね」
「そうそう。他には、これね」
やなせ姉は、買ったばかりのCDを二つ、僕たちに見せてくれた。
『炎のランナー』と、『ブレードランナー』である。
「これ、同じ年に公開された映画のサントラなんだけど、よく見てね」
何の変哲もないCDだが。
「あ、制作年が」
二つの違いに気付いたのは、嘉穂さんが早かった。
「あれ、制作年が、一〇年近く離れてる。同じ時期に公開されたって言わなかったっけ?」
「そうなの。どっちも一九八二年に公開された映画なんだけど、ブレードランナーのサントラは、一九九四年にリリースされているの。当時、他の活動とは異なる音楽性で作ったからって、サントラ発売を拒否したんだって」
「へえ、知らなかった」
これは、クイズとして使えるかも知れない。
「ありがとう、やなせ姉。何か、ヒントになりそうな気がしたよ」
「そう? そういってくれると、こっちも教え甲斐があるわね。そんな事より、晶ちゃん?」
僕は、やなせ姉に腕を取られ、引きずられる。
柱の脇まで連れてこられ、耳打ちされた。
「あのねえ、いくら間が持たないからって、他の女に頼っちゃダメ! デートなんでしょ?」
とんでもないことを、やなせ姉がさらっと言う。
「だから違うって!」
なんで女の子と二人で歩いているだけで、そんな誤解をされなきゃいけないんだ?
「嘉穂ちゃん、退屈そうにしてるわよ?」
「それは思ってた。リードなんて難しいよ。下手にクイズの話なんてできないし」
「何でもいいの。自分から話しかけなさいっ」
やなせ姉に背中を押され、僕は嘉穂さんの元に戻った。
「あの、来住先輩にお伺いしたいことが」
「なにかしら?」
「先ほど、晶太くんたち『も』、と仰っていましたが、来住先輩はデートなんですか?」
嘉穂さんが突っ込んだ質問をした直後、解答となる人物が姿を現す。
「やなせさん、カナル型ヘッドホンって、これでいいのか?」
「うん。いいわね、慶介君。これにしましょう」
やなせ姉が、僕のよく知る男子生徒と、スポーツ用イヤホンについて相談している。
高校生にしては妙にマッチョすぎる体型で、オス臭さが全開の人物だ。
「あ、れ……? 西畑くん?」
嘉穂さんが、やなせ姉と慶介を交互に指差す。
「晶太と、津田さん? こんにちは」
照れくさそうに、西畑が挨拶をする。
状況を把握できないのか、嘉穂さんはアタフタした。
あ、そうか。みんな、やなせ姉の婚約者が誰か知らなかったな。
「やなせ姉、紹介してあげて」
「はーい。私の婚約者、西畑慶介くんでーす」
やなせ姉が、慶介に手を差し出す。
慶介は「どもっす」と、大げさに頭を掻く。
「ええええええええ!?」
予想通りの驚き方だ。
「あ、そうだ。慶介」
僕は、慶介だけを呼び出す。
「どうした、晶太?」
「あいつに会った」
言葉詰まらせがちで、僕は報告した。
「ああ、俺も見かけた。話しかけられる空気じゃなかったな」
「うん……」
やなせ姉が、僕達の間に割って入る。
「ちょっと男子諸君? レディを待たせて男どうして話してるんじゃないの!」
慶介の腕を強引に引っ張り、手を振って去って行く。
「えっと、嘉穂さん、どこか行きたい場所はあるかな?」
「今のうちに、お昼にしましょう。この時間なら、きっとまだ空いてますと」
その手があった。
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