第五問 ガウチョは何語? ~クイズ番組研究部の休日~
クイズの取材
日曜日、僕はクイズ集めのため、駅前にあるショッピングモールへ向かおうとしていた。
いわゆる取材である。
連日クイズを作り続けていると、どうしてもネタ切れが起きてしまう。そうならないために、常に情報を集めているのだ。
祝日だけあって、スーツ姿や学生服は見かけない。行き交う人々はほぼすべて私服姿だ。日々の疲れから解放され、浮かれているようにも見える。
人々は揃って、駅前にあるショッピングモールへと流れていった。
外周の道路には、モールへ駐車する車がひしめき合って、軽く渋滞ができている。モールの五階から上は駐車スペースだ。こんな渋滞くらい、すぐに解消されるだろう。
「あれ、嘉穂さん?」
モールの入り口の自動ドア前に、見知った顔を見つけた。
「あ、晶太くん」
僕達は互いに挨拶を交わす。
始めて、私服の嘉穂さんを見た気がする。
白のブラウスに水色のロングスカート、ピンクのバッグという、初夏を思わせるデザインだ。髪もいつもと違って、ポニーテールになっている。
全十階建てのモールは駅をすっぽり埋まるくらいの大きさだ。
一階は食料品フロア。
二階が全フロア家電売り場で、三階は書店と雑貨屋などなど、四階にはホームセンターが入っているのだ。
店舗だけでなく、フードコートや屋上庭園の他に、映画館まで設置されている。
嘉穂さんは、新しい小説を買いに来たという。
「晶太くんは、何の用事ですか?」
「えっと、ちょっとネタ探しに」
僕も嘉穂さんと同じく、書店に用事があるのだ。
クイズとなると、本やネットの知識だけでは限界がある。
外に出て色々と見ていかないと知識は広がらない。
周りの知識レベルを把握するのも目的である。
こちらの非常識が周囲の常識だったりする為だ。逆もまた然り。
「わ、わたしも付いていきますっ」
「えっ」と、僕は言葉を失う。
まさかカンニングじゃないよな。
品行方正を女性の形にしたような嘉穂さんが、そんな不正をするとは思えないけど。
「晶太くんが、いつもどうやって問題を作っているのか、興味があるんです」
これは困ったぞ。下手に動くと、次に出す問題などを知られかねない。どうするか。
しかし、無理やり帰すのも何だし。
「見てるだけです。カンニングとかの不正をする気はありません」
それはわかるんだけど。
「邪魔しませんから、お願いします」
仕方ない。今日は、どうやて問題を作っているかを見てもらおう。取材はするだけやって、家で問題をまとめるか。
「じゃあ、付いてきて。大した取材ではないけど」
「ありがとうございますっ」
フワッとした顔で、嘉穂さんは答えた。
日曜日なだけあり、子連れやカップルだけで歩くのもままならない。
休憩用のベンチでは、中年や老人などの男性陣がグッタリしている。
「すごい人だね」
「そうですね」
人混みを避けつつ、目的の本屋まで辿り着く。
早々と、嘉穂さんはエスカレーターに乗る。
慣れた歩調で、書店のある三階へ。
吹き抜けの道に服屋数件、カフェ数件と続き、端が雑貨エリアだ。
反対方向には書店がある。
「わあわあ、今度買おうと思ってた本も出てる。迷っちゃいます」
入り口の棚で、嘉穂さんがフリーズした。
僕の方は、雑誌のコーナーへ。あまり読まないジャンルの雑誌を読むとしよう。
取材と言っても、実はそんなに難しいことはしていない。
いつもだと、図書館で立ち読みしたり雑誌で流行をさらったりが中心である。
買わないと拾えない、新鮮な知識を探すだけ。
話題作となると、レンタル店や図書館ではタイムラグがある。
ここまで来ると、人もまばらになった。
立ち読みは難しいが。
「お待たせしました」
買い物を終えた嘉穂さんが、立ち読みしている僕の元へ帰ってきた。
手には小さなビニール袋を持つ。中身は文庫本らしい。
こっちは実際、まったく待っていないんだけど。
「結構、一般的な問題も扱うんですね?」
嘉穂さんは、僕の読む一般誌を覗き込む。
「そうでもないさ。メモとしてひかえてるだけだよ。そこからどうやって応用を利かせるかが、問題を面白くするカギなんだ」
教養がなければ、応用問題が面白くならない。
一般的な知識から、いかにズラして出題するか。
難易度の調節はそれに掛かっている。下手に難しすぎてもダメ。
かといって一般に擦り寄りすぎても、すぐに答えられてしまう。
僕が情報を集めている姿を、嘉穂さんは興味深そうに観察する。
やりづらい。
極力ネタバレしないように努めているけど。
見られながら作業されると、場が持たない。
「他のコーナーに行こうか」
雑誌を買い、場所を移動する。
僕の足が止まった。
そこには、クイズの問題集を山ほど買い込んでいる少年の姿が。
あいつは、確か……。
「晶太くん?」
大きめの声で、嘉穂さんに耳元で呼びかけられた。
「ひゃい!?」
飛び上がって、僕は嘉穂さんから飛び退く。
「何があったんですか? 変な声出して」
「は、はあ。えっと、小学校の知り合いを見つけて」
「声、かけに行きますか?」
僕はブンブンと首を振った。
「いいんだ。いいんだよ。他のエリアに行こう。まだまだ取材に付き合ってもらうよ!」
僕は無理に笑顔を作って、先を急ぐ。
もう、同級生の姿はなかった。
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