解答者になるために産まれてきた少女
モール内の料理店は高価で、僕たち学生には手が出せない。
ここまで来てファーストフードっていうのも味気ないし。
何より、いつもと違うものが食べたいね、と僕たちは意見が一致した。
結果、モールの外へ。オープンカフェやラーメン屋などが、道沿いに並ぶ。
どれもおいしそうだ。迷わせるなぁ。
「あそこなんてどうでしょう?」
嘉穂さんが、モールの端を指差す。
駐車場と道路沿いに、キャンピングカーが停まっていた。
そこから商品を販売しているタイプのカフェだ。
フローリングを敷いたスペースに、ベンチやパラソルを設置している。
各所にあるテーブル席では、数組のカップルが寛いでいた。
お昼には少し早い時刻の為か、人もまばらである。
「創作カフェだって」
「お料理もちょっと異国っぽいですね」
パラソルの掛かった席に座った。
創作カフェという雰囲気も、魅力的な雰囲気を引き出してくれている。
手を上げて、店員さんを呼んだ。軽めのメニューを頼む。
「このアヒージョって何ですか?」
店員さんに嘉穂さんが尋ねた。
「ニンニクを使った煮込みです。バゲットを浸して食べるのもおいしいですよ」
なるほど、と僕はメモを取る。
ニンニクと聞いて、嘉穂さんは苦笑いをした。
「バゲットとオリーブオイルのみ、というメニューもございますが」
嘉穂さんの怪訝をくみ取った店員さんが、気を利かせてくれた。
他のオーダーを待っている間、まずはバゲットをオリーブオイルに浸して食べる。
「うん、これだけでもおいしいね」
「そうですねっ。油なのにサッパリしていて」
食べる手を止めて、嘉穂さんに向き直る。
「前から聞きたかったんだけど、嘉穂さんのお母さんってすごいんだね?」
以前から抱いていた質問を聞き出す。
「やっぱり、その話になりますよね」
嘉穂さんの母親は、元クイズ王である。
女子大生クイズ王として、あらゆる番組で賞を総なめにし、賞金をかっさらっていった。
だが、大きい賞金の掛かった番組でクイズ王になった直後、忽然と姿を消す。
「一千万円だっけ、獲得した賞金って?」
「すべて、消えました。わたしのせいで」
嘉穂さんは、一枚の写真を見せてくれた。
写真には、病室のベッドで、力なく微笑む嘉穂さんが。
「頂点に立った母は、番組に引っ張りだこでした。ですが、わたしの身体が弱かったせいで必死だっただけで、クイズに特別強かったわけではないんです。独身時代の母は、素人に毛が生えた程度の実力でしたし、楽しくやっていました。母が豹変したのは、わたしが生まれてからなんです」
「え、それじゃ、嘉穂さんのおばさんが戦っていたのって……」
まるで自分を責めるように、嘉穂さんは俯いてしまう。
「わたしの、治療費を稼ぐためでした」
父親の稼ぎだけでは足りず、嘉穂さんの母親は自分の知識を武器にした。
その戦闘スタイルは、嘉穂さんからは想像もできないほど、強烈な印象を与えたのを覚えている。
まるで対戦相手を射殺すような眼光で、ポイントを取らせまいと。
だが、嘉穂さんの母親がどうして賞金を欲しがっていたのかは、最後まで明かされなかった。
「でも、わたしの容体が落ち着いてからは、まるで憑きものが取れたように、おとなしくなりました。もう当時のような力は出せないって、自分でも言っていました」
最初は楽しくてクイズをしていたはずなのに。
嘉穂さんは、母親が言った言葉が忘れられないという。
「見て下さい」と、嘉穂さんが、一冊のノートを取り出す。
小さい子が使うような自由帳だ。
ひらがなで名前が書かれている。
かなり使い古されていて、年期の入り具合を思わせた。
「これは?」
「私の、お守りです」
誇らしく、嘉穂さんはノートを広げる。
ノートには、過去にクイズ番組で出題された問題と解答が、隙間なくビッシリと書き込まれていた。
鉛筆書きで、子供の字で。
わからない漢字はひらがなで書かれていた。
「辛いときとか、うまく行かなかったことがあったときとかに読み返すんです。これ」
口に手を当てて、僕は言葉を失う。
同時に、嘉穂さんのクイズに対する強さや恐ろしさを垣間見た気がした。
これを全部暗記しているのか、嘉穂さんは。
「入院って暇なんですよ。だから、これくらいしかする事がなくて。当時はパソコンで録画もできたので、見逃した問題はノートパソコンでDVD録画したものを見て。バカみたいでしょ」
嘉穂さんが照れ臭そうに笑う。
「でも、この作業をしているときだけ、母と同じ戦場に立った気がしたんです」
ノートを見つめる眼鏡の奥には、自分の母親に対する尊敬と愛情が込められていた。
「母から楽しさを奪ったクイズを、憎んだことだってありました。それを母に言うと、母は微笑んで『違うよ』って言いました。母にとって、クイズはなくてはならない物だったのです。クイズがお金を稼ぐ手段に選んだのは、自分がそうしたかったからだと。母は強いんだよ、って思ってもらいたかったって」
それから、母に施しを受けて、嘉穂さんはクイズの知識以上に、クイズの持つ楽しさ、面白さを教わったらしい。
「このノートなんですけど、まだ、家に五〇冊以上あるんですよね。学年が上がるごとに、シャーペンと大学ノートになって、退院した今は、スマホのメモ帳機能へと切り替えてます。子供の頃の習性って抜けないんですよね」
スマホも見せてもらう。
出題時期やジャンルなどがより細かく分類されていて、データの量も膨大になっている。
「わたしは、母のようにクイズを楽しんでいる、番組研に出会えてよかったと思うんです」
嘉穂さんのクイズ力には、複雑な事情があったのだ。
「ご飯が来ましたよ。食べましょう、晶太くん」
僕たちが頼んだのは、和風ハンバーグとポテトサラダである。結局、無難なところに落ちついてしまった。
「ファミレスで食べた方がコスパがよかったかな?」
「でも、サッパリしておいしいです」
興味深そうに、嘉穂さんはサボテンをパクパク口へ含んでいる。
「そういえば、晶太くんはどんな子供だったんですか?」
「うーん。友達はあんまりいなかったかな?」
嘉穂さんに意外そうな顔をされた。
「もっと友達が多い人だと思ってました」
「そんなことないよ」
「だって、初対面の人とも、あんまり物怖じしないじゃないですか」
「趣味や考え方が特殊だったからね、僕は」
僕が言うと、嘉穂さんは妙に納得したような表情を浮かべる。
クイズ番組を見ていて、僕は常に思う。
問題を解くよりも、司会者と解答者とのやりとりや駆け引きが好きだ、と。
自覚している。僕の事を理解できる人は、番組研の中でも少ない。
僕の好みは、かなり特殊な部類に入る。
「湊や昌子姉さんのように、ボケ解答好きっていうイレギュラーも存在するけどね」
本心を吐露した恥ずかしさから、思わず軽口を叩く。
話を人に合わせるのは苦じゃないから、会話できる友人は多い。けれど、僕と同じ思想や好みを持つ人は、一人もいないんじゃないかと悩んだ時期もあった。
「前に話してくれましたよね。『誰かに気づいてもらいたい問題があるから、自分はクイズを作るんだ』って」
「僕のような人間もいるんだよ、って思ってもらいたかったのかなって自分でも思うよ」
クイズ番組が好きすぎて自分で作っちゃったよ、って、胸を張って言いたかったんだと自己分析している。
「それが、人を楽しませたいって気持ちに繋がっているのかも知れないですね」
嘉穂さんにそう言われて、僕は救われた気がした。
長年自分が自覚しつつも閉ざしていた、見ないようにしていた心のモヤモヤが、一気に晴れていくような。
同時に、照れくささが僕の心をくすぐる。
自分の一番大事な部分に触れられたからだろう。
「問題を解く側に立つ気はないからね、僕は」
「意外です。誰よりもクイズが好きそうなのに、解答者になるつもりはないんですか?」
嘉穂さんに問いかけられ、僕は「ない」と言う。
「僕は、解答者側に立つ資格がないんだ」
「どういう、事ですか?」
「逃げたんだよ、僕は。解答者の側から」
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