変わりゆく少女たち
「晶ちゃーん、お疲れ様ぁ! 今日もよく頑張ったねースリスリスリ」
収録の後片付けまでが終わった。
途端に、やなせ姉が僕に頬ずりしてくる。
「よしよし、いいこでちゅねー」
ニコニコ顔で、僕から離れようとしない。
「晶ちゃんとの甘ーい時間を維持したいもん。てきぱき仕事しないと」
「いやいや。あんた、カレシ持ちだろ、やなせ姉」
のんの一言で、その場の空気が止まった。湊だけでなく、嘉穂さんも目が飛び出るほどに驚いている。
「初耳だね、それは」
「本当なんですか。うううううううう浮気なんですか?」
そうなのだ。やなせ姉には放送部に、親同士が決めた許嫁がいるのだ。
「どうりで、放送部がノリノリだったわけだ」
カラクリが分かって、湊がへたり込む。
「許嫁……もう、わけが分かりません」
「じゃあ、なんで福原に拘るのさ? カレシが嫌いなのかな?」
先輩でも物怖じせず、湊が質問する。
「彼のことは好きだけどー、晶ちゃんはね、ワタシのおもちゃなの。恋愛感情はないかな?」
「そっかぁ、なぁんだ……」
なぜか、嘉穂さんがホッとした様子で僕のことを見ている。
「嘉穂さん、何か嬉しいことあった?」
「ふえ?」
唐突に嘉穂さんが我に返った。
「なななっ、何でもありません!」
またも、嘉穂さんは手をバタバタさせたのである。
◆
番組研究部の収録を終え、僕は家の玄関を開けた。
瞬間、昌子姉さんのバカ笑いがリビングから漏れ出す。
リビングを覗くと、姉さんがソファで腹を抱えている。どうやら、テレビを見て笑っているらしい。
流れているのは、芸能人参加型のクイズ番組だ。
三二インチのモニターを、美人のお笑い芸人が占拠していた。
「あ、関本ナギサか」
ギャグ系の考えられたボケ回答を披露することで定評のある芸人さんだ。
僕に気づいた姉さんがこちらを向いてウンウンと何度も頷く。笑いすぎて声が枯れているのだ。
「もうダメ。この人、面白すぎる」
面白いボケ解答を言わせたら、未だに関本ナギサの右に出る者はいない。
「結構、ブランクあるよね、この人」
結婚して以降、関本ナギサは数年の間、テレビ画面から姿を消す。
現在放送している番組は、関本ナギサの復活記念企画らしい。
「でも、どっかで見たことあるんだよなぁ、この人」
「どっかですれ違ったとか?」
「いや、結構身近で見た気がするんだよ」
結局、僕は関本ナギサをどこで見たのか思い出せなかった。
「番組研どう?」
「どうもしない。案外普通に楽しいけど?」
「そうじゃなくて、津田さんの様子」
何か含みのある言い方で、問いかけられる。
「べ、別に何でもないよ」
「何、勘違いしてんの?」
姉さんのニヤケた。
「ところで姉さん、どうして嘉穂さんをあんなに攻撃したの?」
「うーん」と、姉は唸る。
「あの娘には、クイズ研に未練を残して欲しくなかったんだよね。あたしがいる限り、ビビって部に戻ってこないっしょ」
「だからぁ、そこまでする理由を聞いてるんだよ」
あの追い詰め方はまともではなかった。あれじゃあ、まるでいじめだ。
「津田嘉穂と戦いたい、って人がいるんだよ」
「そんな人、いたっけ?」
自分は部に入って数日でクビになったので、部員の顔もまるで覚えていなかった。
「いたじゃん。いつもしかめっ面でさ」
そこまで言われて、ようやく僕も思い出す。
クイズ研のエースの事を。
ああ、あの人か。クイズ研の三年にいたな。
「確かに、あの人なら、嘉穂さんをもっと追い詰めるかもね」
「あたしはさ、津田嘉穂を『その人』に潰されたくないんだよ」
ようやく、ボクは姉の感じていた危機感を共有できた気がする。
(第二章 完)
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