「いとしのエリー」は、誰のために作られた?

 ネタばらしをする前に、のんが答えを言ってしまった。


「えー!?」


「はい。福原ふくはら 昌子まさこ。僕の一つ上です」


 僕が話すと、嘉穂さんと湊が呆然とした。


「嘉穂たんは、クイズ研究部だったよね。気付かなかったのかい?」

「入部して間もなかったので、部長ってしか呼んでませんでした。それにしても全然似てませんね!」

「兄弟全部が顔が似てるわけじゃないですから」


 名護姉妹を見てしまうと、きょうだいって似るのかな、と錯覚してしまいそうになるが。


「最近、めちゃ仲悪いしなー。しょーたと昌子姉って」

「そうねぇ。昌子も晶ちゃんが嫌いなワケじゃないんだけどね」


 姉の率いるクイズ研は知識一辺倒になっていき、本来の楽しいクイズから遠ざかっている。


 ゆったりしたムードというものが、薄れつつあった。


 ピリピリした雰囲気が家庭内にも漂い、僕たちは衝突してしまうことが増えている。

 

「それにしても、しょーた、今のままでいいのか?」


 のんが足を止めた。


「何がだよ……」

「しょーたがクイズ好きになったきっかけって、昌子姉の影響だろ?」


 僕は、言葉をなくす。


「へえ、そうだったんだ」


 のんと湊からそう言われて、顔をそらす。


「昌子姉の夢がクイズ王で、お前の夢が『姉貴の出てるクイズ番組の司会』じゃないのかー?」


「なのにケンカ中だと。どうしてあんなに辛辣なんだい?」


 一呼吸置いて、僕は二人に回答した。


「あんなのが家族だって、思いたくなかったんだよ」


 クイズ王になるんだという、姉の言い分は分かる。

 だが、エンジョイまで排除しようとする戦い方に納得ができるかと言えば話は別だ。


「でも、なんだかロマンチックですぅ」

「どこにロマンチックな要素が?」

「ロマンチックじゃないですか、同じ夢を姉弟で持ってるなんて。私、一人っ子なので」


 兄弟がいるのがうらやましいのかも。


「でも、どうして姉さんは、嘉穂さんを追い出すようなマネを?」


 いくら、嘉穂さんを大切に育てようとしていたからと言って。


「そうまでしないと、嘉穂たんが部活をやめてくれないから、じゃないかな?」


 湊の言葉で、僕は納得した。


 嘉穂さんが後腐れなくクイズ研を抜けられるように、自分が悪者になって。

 今頃になって、僕は姉さんの意図に気づく。

 ホントに不器用な姉だな、と我が姉ながら思う。


「仲直りはした方がいいかな。クイズ研究部には今後もお世話になるんだし。ウチも挨拶しておきたいし」


 嘉穂さんに続き、湊も僕に姉との仲直りを促す。

 そうは言っても、納得できない。僕は答えを渋った。


「それにさ、晶太くんだって意識してたんじゃないですかぁ? だって」

「ああ、最終問題ね。いとしのエリー」


 嘉穂さんの意図が分かったのか、湊があごに手を当てる。


「それがどうしたんだよ」


「じゃあ、問題です。いとしのエリーの歌詞は、とある二人の人物を歌ったものとされています。一人は奥さんの原由子さん、もう一人は誰でしょう?」


 嘉穂さんが、僕に問題を投げかけてきた。



「岩本えり子さんです」



 桑田佳祐の実の姉だ。二〇〇八年に亡くなっている。


 だが、「エリーという響きがよかっただけ」と桑田氏は語っている。


「あ……」

「ほら、無意識でも気にはしてたんじゃ?」

「そんなこと」

「仲直りなんて、できなくてもいいじゃないか。そういうのは時間が解決してくれるから。とにかく今は……どら焼きだ」


 和菓子屋『とらのこ』を向いて、湊が呟く。


「待ってて」


 僕は先に入店した。みんなに待っていてもらう。


「どうぞ、みんな」


 四人は、呆気にとられた顔をした。


 クイズ番組研究会で、優勝賞品は出ない。これは僕が個人的に送る、感謝の気持ちだ。


「みんな、今日はありがとう。これは、僕からみんなに」


 人数分のどら焼きを分ける。


「じゃあ、嘉穂には多めにあげないとなー」と、のんが紙袋からどら焼きを出して、嘉穂の両手に置いて行く。

「ありがとうございますぅ」

「ウチらは一個ずつでいいや。ありがたくもらっておくよ、福原」


 それと、と嘉穂さんが微笑んだ。


「え、いいの、みんな?」

「いいんです。楽しかったのは、福原君だけじゃないですから」


 嘉穂さんにそう言ってもらえたのが、何よりうれしかった。


「そっか、じゃあ、遠慮なく」

「福原、鼻血」と、湊が言う。


 僕は慌てて、袖で鼻を拭った。何もついていないじゃないか!


「騙したな、湊!」

「でも、鼻の下伸ばしてたのは事実だから」


 湊がイタズラっぽく笑う。



 帰ってくると、姉の昌子が居間でTVを見ていた。


 僕の帰宅に気付くと、手を後ろに組みながら居間から玄関に歩いてくる。


「ほらよ」


 姉さんに和菓子の包みを差し出す。さっき買ってきたのだ。


「なぁんだ、考えること、同じかよ」


 だが、姉さんの方も、僕とまったく包みを差し出している。


「それって」

「ほら、あんた好きだったじゃん。○×どら焼き」


 僕は苦笑した。同じ物を姉さんも買ってきてたからだ。


「晶太」


 同じような苦笑いを昌子が浮かべる。


 思えば、姉さんは嘉穂さんの元へ真っ先に駆けつけ謝罪したという。


 ガサツな姉だと思っていたが、案外繊細な部分があるのかもしれないな。


「何だよ?」


 謝るのか? 僕に? しょうながないなぁ。許してやるか。


「お茶」


……ああ?


「はあっ!? お前、こんな良い感じの流れで頼むか普通! お茶ぐらい自分で淹れやがれよクソ姉貴!」


 こんな姉を許してやろうとした自分をブン殴りたいよこんちくしょう!


「女を働かせるなよ、このクソ弟」


 そう言いながら、リビングへと引っ込んでいく。


 これじゃあ、またケンカになりそうだ。

 だが、こういうのも悪くない。


 そう思いながら、僕は台所に向かい熱い緑茶を注ぐ。


(第一章 完)

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