1-6:任務の打ち合わせ
隊長室には、沈黙が訪れていた。ヴェニタスは椅子に座りこんだまま、ぽつりとつぶやいた。
「ついに……悪魔殺しですか。長かった」
隊長は満足げにウインクした。にっこり笑って、二人へ交互に視線を送る。
「これまでご苦労だったね。はやければ……儀式は来月には執り行われる。なのでユファくんには、来たる悪魔殺しを盤石な態勢で臨んで欲しいのだよ」
「ん、盤石な態勢もなにも、僕はこのままでなんだって殺せるぞ? その日まで横になって休んどけってか? そりゃあ、ときどき気分の良し悪しで調子が変わるけどさ」
林檎を回しながら不思議そうに首をかしげる彼女を、真っすぐに見据えるラック隊長。
「当日に君が最高のパフォーマンスを得られるなら、それで本当に構わない。なにせ悪魔の命を奪うことは今のところ君にしかできないのだから。……死葬術で万物を屠ることのできる君にしか」
「ふふん、そうだろ。悪魔なんてものを殺せるのは僕くらいだろうさ! まあ、調子は気分によるけど! な、ヴェニタス!」
「……またこのパターンか」
ユファに頼らざるを得ないくらい困難を極める任務の前は、決まってこの流れとなる。ヴェニタスは、これから言われる何かを察して、分かりやすく憂鬱な顔となった。
ラックは笑みを浮かべ、手帳をパタンと両手で閉じた。
「――ということでだヴェニタスくん、君は彼女が最高の状態で悪魔殺しに臨めるように、当日までなるべく彼女の要望に応えてあげるんだ。これは命令だよ。できるね?」
「……はい。命令であれば」
ひどく眉を寄せ不満げに答えるヴェニタスの隣、ユファはにんまりと静かに高く口角を上げた。彼の肩に手を置いて、嬉しそうに揺さぶる。
「僕の要望に応えるように、だってさ! なあなあ、ちゃんと聞いたかヴェニタス? お前の大事な次の任務内容!」
「……聞こえている」
「忘れないように復唱しとこうぜ、ほら、言ってみ? ほら、ほらほらほら!」
「うるさい」
彼女とは対照的に、いっそう機嫌の悪くなったヴェニタスの気持ちを察したのか、隊長が締めの言葉を告げ始める。
「それではユファくん、英気を養うように。伝えておきたいことは以上だ。明々後日の部隊長会議には遅れないようにね」
「えっ、もう終わりか? はいはいオッケー。彼の協力のもと、存分に励むことにします! さあて、何をしてもらおうか、考えとかなきゃな! いやあ、楽しくなってきたなあ」
機嫌のよくなったユファがヴェニタスの腕を掴み、喜色満面の笑みで彼と共に部屋を出ていこうとすると、ラック隊長は手を上げてそれを制止した。
「おっと! ……ヴェニタスくんにはもう少し詳細を話しておきたいんだ、すまないがユファくんは先に部屋へ戻っていてくれたまえ。明日からの彼との予定でも立てておくといい」
「……? 分かりました、ラック隊長殿! じゃあヴェニタス、後でな。この林檎、食いかけだけどやるよ!」
彼女は一瞬疑問に首を傾げたが、頭の中は既に妄想でいっぱいだったようだ。とくに気にするようすもなく、一かじりしかしていない林檎をヴェニタスに押し付けると、鼻歌まじりに部屋を出て行った。
食べかけの林檎を持ったまま、残されたヴェニタスは呆然とし、静かになった部屋でため息をつく。
「隊長……俺は彼女の機嫌をとるために部隊にいるんじゃない」
「ノンノン。もともと彼女は君が引き連れてきたんだ、君が面倒を見るのは当然だろうに。それにきっと、この部屋に赴く直前までよろしくしていたのではないかね」
「……俺は彼女のオマケなどではなく、自分自身の力で帝王に貢献したいんです」
「ふふ……そうか。それを聞いたら、さぞレイス帝も喜ばれるだろうな」
不満げなヴェニタスに対し、ラックは少しばかり顔を近づけ、小声で話し始めた。
「とはいえ、我が隊一番の働き者たる君がそれでやる気をなくして部隊から出て行かれても困る」
「はあ」
「ということでだヴェニタス君。こちらからもう一つ、君に重要な依頼を受けてもらおうと思う」
「最後の悪魔像に関わることですね」
隊長は、ひゅう、と口笛を吹いた。わざとらしく両手を上げる。
「ふふ……その通りさ」
しかしその目は真剣だった。
「実はこの話をするために、既にもう一人優秀な隊員を呼んである。さあ、君の素晴らしい術を魅せてあげなさい」
そういって、彼は室内の隅に飾られている生け花に声をかけた。
そんな、突然部屋に飾られたインテリアに話しかけ始めた隊長の振る舞いに、ヴェニタスはいつも以上に困惑する。
「……隊長? そちらには誰もいませんが」
「まあまあ、君もよく見ていなさい。さあ、術を解いてその姿を見せておくれ」
ラックに促され、ヴェニタスは生け花の方へしぶしぶ視線を移す。
「一体何を――」
「分かりましたわ!」
突然、生け花は元気に叫ぶと、ゆさゆさと大きく揺れ始めた。
「な、なに?」
そして緑色で細い茎葉からなる体は粘土のようにぐねぐねになったかと思うと、徐々にふくらんでは色を変え、徐々に人型に形が近づいていく。
やがてそれは、ついに女らしい体つきになった。
その後、思い出したかのように、ふさふさの狐の耳と尻尾がぽこぽこと生えた。
「こいつは……確か、新入りの……」
姿を現したのは、この間任務を終えて馬車に乗り込む際に出迎えていた、部隊の新入りだった。彼女はヴェニタスの視線に気づくと、どや顔になった。
「パロン・ナインテイルでございますわ!」
ヴェニタスの正面で両手を腰に当てて仁王立ちし、偉そうに答えた。ふさふさの尻尾が千切れんばかりに天へとピンと伸びている。
「ヴェニタスくん、期待していいぞ。まだ入隊したばかりとはいえ、この子は飛びぬけて優秀だ。帝国学校在籍時には既に主席だっただけでなく、ほかにも飛びぬけた成果をいくつも残している。それに、この子の能力が次の任務で必要なのさ」
「へえ……意外と優秀なのか」
「意外とは失敬ですわね。絶対に、貴方よりも、お役に立ちますことを誓いますわ! おほほ、次の任務、せいぜい足を引っ張らないようにしてくださいませ」
ベタ褒めの紹介を受けても恥ずかしがることなく、パロンはヴェニタスの間近に顔を近づけ、メラメラと燃えさかる瞳を見せた。彼はそんな彼女から逃れるように、ラック隊長に顔を向け、疑問を呈した。
「しかし、彼女の姿を変える力が必要になるということは、次の任務では普通に魔物と戦うだけではないということですか?」
「察しがいいね。今回はただ単に戦闘に秀でているだけでは達成できない任務だ。君ら2人には極秘裏にアビス教国へ入国してもらい、そこで――」
ラック隊長は二人に向け、にっこりと笑う。
「結婚式を挙げてもらう」
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