1-5:部隊の目的
ラック隊長の自室で、掛け時計が21時を指そうとしていた。
「さて……そろそろかな」
彼は自分の前髪を撫で上げるのを繰り返し、そわそわと室内を歩き回りながら扉の方をみる。
その時ちょうど、彼の待ちわびたノックの音が響いた。次をまたず、颯爽と扉の前まで大股で歩み進む。
「ついに来たか、我が愛すべき隊員達よ! さあ遠慮せず入ってきなさ――」
言いながら彼が勢いよく扉を開くと、艶々の顔でどこか満足げなヴェニタスと、惚けて心ここに在らずといった状態のユファが、並んでそこに立っていた。普段あまり見ることのない光景だった。
「……ど、どうしたんだい? 二人とも。何かあったのか」
様子のおかしい二人の様子に、出鼻をくじかれるラック。そんな彼の困惑に、比較的落ち着いた様子のヴェニタスが静かに答える。
「なんでもありません。隊長」
「……そうかね? それならいいが……さあ二人とも、部屋に入りなさい。歓迎しようじゃないか!」
ラックは二人の様子から一つの結論に達していた。ただ、今日はそんな話が目的ではない。彼は素知らぬふりをして、二人を部屋の中へ促す。
高そうな絵画や観葉植物の置かれた室内。その中央付近にあるのは、黒を基調にした、黄金の刺繍が入ったソファだった。長机を挟みこみ、向かいあうように並んだそれに座るよう、ラックは彼らを誘導する。
「まずは、ご苦労だった」
にっこりと爽やかな笑顔を浮かべ、ラックは二人の正面にどさりと座った。彼はいま、相当機嫌がいいようだ。連日の任務で目の下に隈があるようだが、表情の晴れやかさはこれまで一と言っていいだろう。
「ついにやったぞ。あの街に隠されているという情報は正しかった。我々が3つ目の悪魔像を見つけ出し、手中に収めたのだ。見なさい、これがそうだ」
満足げにほほ笑むと、机の上に置いてある小箱を隊長が仰々しく開ける。すると、ユファがすぐさま興味津々に中を覗き込んだ。
「へえー! これが悪魔像か。なんかどっかで見たような形してるけど、あんがい洒落たデザインしてるじゃんか!」
大量のミミズが寄り集まって玉になったような形状をした、不気味な木彫りの像が中に納まっていた。およそ人の手でできるとは思えない程の滑らかな表面が、光沢感のある気味の悪い土気色を際立たせている。
「確かに、思ったよりもいい出来だな。帝国の管理物じゃなかったら部屋に飾っておきたいくらいだ」
ヴェニタスも、ひょいと小箱を覗き込み、ちょっと興味深そうに眺めている。隣でユファが、うんうん、と神妙そうに頷いている。
「……君らにとっては、このミミズ玉みたいなのが、お洒落なのかい?」
ラック隊長は、口元をひくつかせる。どうも彼らのセンスは自分には合わない。改めて彼はそう思った。
軽く咳ばらいをして気を取り直すと、任務の話に戻った。
「まあいいさ。この綺麗な(?)悪魔像を我々が入手したことを、明々後日の部隊長会議でレイス帝に報告するつもりだ。……おそらく今期の褒賞は大いに期待して良いだろうね」
「お、おおおお! がっぽり金が貰えるのか! やったぜ!」
ユファはガッツポーズを決めると上の空になり、頭の中でなにやら使い道を考えているようだ。ぶつぶつと何事か呟いている彼女を尻目に、ラックは続ける。
「ふっ、まあ褒賞については、この話の後でゆっくり使い道を考えてくれたまえ。……それよりもだ。今回我が隊の精鋭たる君たちを呼んだのは、次の任務への準備を頼むためだ」
「次の任務……ですか」
隣に座る男が口にした“任務”という言葉に、ユファは空想の世界から帰ってきたようだ。彼女は心配そうに、ヴェニタスを横目に伺った。また無茶な担当を安請け合いしないだろうかと、内心ハラハラしている。
そんな彼女の心配を知ってか知らずか、ヴェニタスは乗り気だった。もったいぶって話すラック隊長の次の言葉を、次の任務を待ちわびている。
「知っているとは思うが、いま一度確認しておこうか? 我々、レイス帝直属の特別部隊である我ら『暴食』が存在する目的は、帝王に“魔天の食契”を行って頂き、その結果、至高にして最高の魔術師となってもらうことだったね?」
「あーはいはい。その魔天の食契とやらをするには悪魔の血と心臓が必要なんだろ? 悪魔をぶち殺してその二つを飲み食いすりゃあ、見事にただの人間も魔術師になれるってわけだ」
ユファは深く座り込み、隊長の前で遠慮せずに足を組む。手近に置いてあった果物籠の林檎をひっつかみ、乱暴にかじった。もしゃもしゃと咀嚼してから、酸っぱそうに顔をしかめる。
「で、その血と心臓を持つ悪魔を召喚するには、世界にただ4つだけある悪魔像を揃えなきゃいけないけど、今回の分を含めて3つはもう帝国が所持しているから、残すは後一つ……ってことだよな? じゃあ、僕たちはその残りの一個を探し出すために今日は呼ばれたってことか?」
「いいや、残りあと1つの悪魔像が必要なのは確かなんだけどね。実はもう入手のめどは立っているんだよ。だから君らにはその先――悪魔殺しの準備をしてもらいたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます