1-3:おかしな人達
部隊が乗った馬車が城に到着したころ。そして、ヴェニタスが馬車のなかで、まだ深い眠りについている時。
新入りのパロンは、馬車から降りる前に副隊長であるユファへ声をかけた。
「副隊長、着きましたわ。降りましょう」
「分かってるよ花摘み馬鹿狐。みんなで先に行っといてくれ」
答える彼女は三角座り。ぐっすりと深い眠りについているヴェニタスの顔がよく見えるように、すぐ真正面に座っていた。視線を眠る彼の顔から外すことなく、続けて言う。
「僕はこいつの面倒をみなくちゃならないんだ」
そう言って、彼女はとても満足そうな表情。時折り微笑んだかと思うと、また愛おしそうな顔でうっとりと、ヴェニタスの眠り顔を見つめ続けている。
副隊長の戦場での狂人ぶりを聞いたことのある新入りパロンは、彼女が時々見せるその乙女然とした振る舞いに戸惑いを隠せない。
「で、ですがユファ副隊長?」
「うっといぞお前。今大事なとこなんだ。さっさと行け」
ヴェニタスから一時も目を離さぬまま、手の平でパロンを追い払うような仕草を見せる。
「うう……」
「まあまあ、パロンくん。彼女は放っておきなさい」
「あ……隊長……」
既に乗員室から出たところのラックが、なかなか出てこない新入りを心配して戻ってきたようだ。片方の手で自らの前髪をかき上げながら、もう一方の手でパロンの背中を叩き、外へと促す。
「わ、分かりましたわ。ラック隊長」
彼女はラックに続いて馬車を降りた。そうして早歩きして隣に並び、足並みをそろえた。
「あの……もしかしてユファ副隊長は、あのままヴェニタスさんが起きるまで、あそこでああされているおつもりなんでしょうか」
その言葉に顔を向ける隊長。さらりとした金髪が風にゆれる。
「なんだい、気になるのかい」
「はい……だっておかしいですもの。あの陽気で男勝りでお喋りな副隊長が、戦地を出発してから城につくまでの間ずっと黙り込んで、まるで恋する乙女みたいにヴェニタスさんの寝顔を熱心にみつめているだなんて! 身動き一つせずに……はっきり言って、おかしいですわ!」
「ははあ、おかしいか。まあ確かに」
それを聞き、パロンは目を細める。そわそわと、気になってどうも落ち着かないようだ。尻尾も先程から揺れて慌ただしい。
「あの二人、一体どういったご関係なんでしょうか? 恋人同士にしては、ヴェニタスさんの態度がそっけない感じがいたしますし」
「ふうん、君はそういった噂話が好きなのかい?」
「ま、まあ。それなりの自覚はありますわ」
彼女は少しばかり頬を染めて恥じ入った。
「なるほどねえ。そしたら君はまだ彼らの巡り逢いを知らないわけか……」
「何をでしょうか?」
隊長の露骨に演技の入った語り口に、パロンは訝しげに首をかしげる。
「『北方の死神』という言葉を耳にしたことはあるかね」
「……? もちろんですわ。小さい頃、お父様によく聞かされましたもの。十年ほど前に単身で国一つ滅ぼした、史上最悪の魔術師と伺っていますわ。その死神がどうしたのですか?」
「何を隠そう、彼女がその北方の死神さ」
「え………………ええええ!? ご、ご冗談でしょう? ユファ副隊長は多く見積もっても10代後半かそこらの見た目じゃないですか。もし彼女が北方の死神だったとしたら、当時10歳にも満たないじゃないですか……」
ちらちらと振り返り、さきほどまでいた馬車の方を見つめる。かと思ったら、今の言葉がどうにも信じられないようで、今度は疑わしげに隊長を見上げた。
「ははは、すんなりとは信じられないだろうね。だけど事実だよ。類まれなる身体能力と、希少な魔術でもって、彼女はそう呼ばれるに至ったのさ。きっと彼女は相当に神様に愛されていたか、彼女自身が神様の生まれ変わりなんじゃないかな」
「ひええ……」
パロンは驚きながら、少し焦る。自分は神童だの天才だのと生まれてきたときからずっと持て囃されてきたが、この部隊の隊長や副隊長の近くにいると、お前など普通だと言われているようで。自分は、大した器ではないのだと実感させられる。
「はあ……規格外ですわね。この部隊は……」
「なあに、君の優秀さは私が保証するさ。察するに、君も自分がそれ相応のレベルにあるという自覚はあるんじゃないかい? かなり珍しい魔術を使うようだしね」
パロンは悲しそうにしょげかえっていた。ため息まじりに答える。
「あー、変化術のことですか? まあ……珍しいは珍しいんですけど、もっと戦闘向きの方がわたくしは良かったですわ」
軍で成果を挙げようと思ったら、てっとり早く大量に敵を殲滅できた方がいいに決まっている。パロンは頬を膨らせていた。
「けれど、副隊長がその北方の死神さんだったとして、あの関係の理由はなんなんですか?」
「――ああ、その話だったね、すまないすまない。あれは副隊長がまだ部隊に所属する前、彼女がまだ、恐れ多い『北方の死神』として絶賛活動中だったころ、新入りのヴェニタスくんが3日3晩、彼女の攻撃を避けながら口説き続けたらしい。それがどうやら上手くいったらしくてね。以後、死神さんはうちに入隊し、彼に対してだけはいつもあの調子だ」
「死葬術は黒い閃光に少しでも触れると死んでしまうと聞いていたのですが……」
そんな風に驚いた彼女に歩幅を合わせ、ラックは微笑みを浮かべながら、ゆったりと進む。
「それを3日3晩避け続けて口説いたらしい。これは本当だ。ヴェニタスくんも副隊長本人も言っていた」
「にわかに信じがたいですわ……」
パロンは苦笑いを浮かべている。あの副隊長の攻撃に1度も触れずに3日3晩? ヴェニタスという男はそれほど身体能力が高かっただろうか。これまで彼の戦いを遠目でみたことはあるが、あの副隊長の化物じみた動きに追い付け程には見えなかったのだ。
「百歩譲ってそれを信じたとして……ではどうして今はあんなに彼女に対してそっけないのですか? ヴェニタスさんの方から、しかけたのですよね?」
隊長は我慢ならないように笑い、薄い唇を開いてキラリと白い歯を見せる。
「くく……それは間違いではないのだがね、彼が興味があったのはどうやら、彼女に対してではなかったようなのさ」
「え?」
「それを知って怒った副隊長は、怒りのあまり帽子でその紫髪を隠すようになってしまったんだ。それ以来、ヴェニタスの彼女に対する熱意はかなり小さくなったようだ」
「え? ……え? どういうことですか? よく分かりませんの。ユファさんが帽子をいつも被ってるのは、彼から髪の毛を隠すためなのですか……?」
腕を組んで首をかしげ、考え込む。
そして、ちらりとラック隊長の方をみて、話の続きを、もとい回答を促す。答えがちゃんと聞き取れるように、パロンは三角耳をぴょこんと立てて。
仕方なさそうに微笑む隊長がそこへ、片手で口元を隠すようにしながら、こっそり囁く。
「ヴェニタスくんは女性の髪が好きなのさ。ちょっとおかしなくらいにね」
「へ…………かみ?」
足を止め、呆然と口をあける。
「へ、変態か何かですの? あの人」
「ぶふっ、はっはっは!」
余りにストレートな物言いに、隊長は吹き出した。
「く、くく……なに、自分も君も含め、こんな仕事をしているんだ。彼らのように多少は頭のネジが外れていないと、それこそおかしくなってしまうのでね。君も気を付け給えよ、新入りくん」
君にも期待しているから。と続けると、彼は軽く腕を振ってパロンに歩みを促した。
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