1-2:暴食の隊長と新入り
しばらく後、二人は自分たちの乗ってきた馬車のところに歩き戻った。四輪の屋根付き、部隊隊員8名全員が快適に搭乗可能な黒塗りの家馬車。その傍には、これまた真っ黒な軍服を着こんだ隊員たちが、既に数人集まって待機していた。
「ユファ副隊長! お疲れ様でございますわ! さあ、ご搭乗ください!」
歩き戻ってきたユファに敬礼するのは、ぎこちない笑みを浮かべる隊員。魔術の名家出身の狐の獣人である彼女は、まだ入隊してまもないためか、緊張で後ろのヴェニタスには気づいていないようだ。
「おいこら、ヴェニタスにも敬礼しろよ新入り。副隊長命令だ」
しかめっ面で、隊員の横腹をこづくユファ。彼女はびくりと縮こまって尻尾をピンと伸ばしてしまう。
「も、申し訳ありませんわ!」
「も、もうしわけありませんわ~……じゃ、ねえだろ~!」
頬をおおいに膨らませ、新入りのわき腹をくすぐる。
「あっあはははははっははは、やっやめてくださいましっ! や、やめっ、ユファ副隊長っ! あはははあは!」
体をよじらせてユファの魔の手から逃げ出そうとする新入り。
「もういいユファ。さっさと先に乗れ」
「ちぇっ、僕はお前のために……」
憎まれ口をたたきつつも、ユファはヴェニタスの言葉に従って、素直に馬車の乗員室へと歩いていく。そして部屋へ入る前に、一度隊員の方へ振り返った。
「パロン……だったよな? わりいけど、隊長が帰ってきたら、入ってくる前に僕らに知らせてくれるか? あいつ、いつもタイミング悪いときに現れてめんどくせえんだ」
「は、はい! 分かりましたわ! 任せてくださいませ!」
びしっ、と音が鳴りそうなほど、俊敏に敬礼を決める新入り隊員パロン。まだこの部隊に入って間もないためか、振る舞いが幾分固い。あの様子で、彼女はこの先この隊でやっていけるのだろうか、などと考えながら、ヴェニタスも疲れを癒すために馬車の中へと入っていく。
「なあなあヴェニタス。この3日で何人殺した? 僕はだいたい400人くらいかな。どうだよ、僕の勝ちだろ?」
中に入ったら、薄暗い部屋で先に待ち構えていたユファが、ヴェニタスの肩に腕を回してくる。
疲れのたまっているヴェニタスは逃げるようにして、いつものように部屋の隅の方に座り込んだ。それに合わせ、ユファは腕をヴェニタスに回したまま姿勢を崩す。
「そうだな。俺は100人もいかないくらいだ。お前の圧勝だ、良かったな」
「うそつけ、お前は少なくとも273人は殺ってるよ。この殺人鬼」
即座にヴェニタスの適当発言は看破される。ユファが戦いの間、ほとんどの時間を彼のストーキング・観察に回していたが故の的確な即答であった。これから自分たちの拠点である城に帰れるのが分かってよほど機嫌がいいのか、いつもよりヴェニタスに身を寄せ、体重をかけてくる。
「ふふ。でもどちらにせよ僕の勝ちだな……ということで、仕事がひと段落した今日は、たっぷりと飯をおごってくれるんだろうな? 僕が魔術を使えるからって、言い訳は無しだぞ?」
ユファが嬉しそうな笑みを浮かべて言う。お前は俺の上司にあたるのだから、本来奢るのはお前の方じゃないのか、などと思いつつ、ヴェニタスは苦笑いを浮かべる。
「お互い、奢られるほど給金に困ってはいないだろう」
「ばーか。今日は飯に付き合えって言ってるんだよ。夜が明けるまで僕の勇敢な働きを特等席でお聞かせしてやるよ。幸せ者め」
それを言うやいなや、ユファは人差し指でヴェニタスの胸板をぐりぐりとなぞり始めた。
「ん……? いやちょっと待て。今日はお前、きっと隊長に呼ばれるぞ。三日後にはもう部隊長会議だ。そこには副隊長のお前も参加することになるだろうし、悪魔像が見つかったんなら事前の打ち合わせくらいあるだろ」
ヴェニタスが勘弁してくれよと言いたげな顔をした。絡み癖のあるユファの話は異様に長く、酒を飲んでいなくとも、やけにしつこいのだ。彼女は更に距離を縮めていく。
「なんだ、お前は無二の親友との交友をないがしろにするのか? そりゃあ部隊長だとか帝王様だとかとの関係も大事さ。より良い待遇のためにな。だけどそんなものは……あっ、ラック隊長。なんでございましょうか? いやあ、大変お疲れなようですね」
ユファはにやけ面からいつもの紳士面へと切り替え、ヴェニタスに掴みかかるのをやめてシュタっとわざとらしく正座した。彼女の視線の向かう先、乗員室の入り口には数名の隊員と、にっこりと優し気な笑みを浮かべた隊長が立っていた。後ろの方で、あわあわと掌を口元に当てているパロンが見える。彼女は完全に、隊長が到着したのをユファに伝えそびれたようだ。
隊長はいまちょうど帰ってきたようで、豪奢な飾りつけがされた軍服は、赤黒い血でべっとりと染まっている。疲れて隈の目立つその顔は尚、王族の証たる金髪碧眼の輝きを残している。
ただ今日の彼、ラック隊長はいつもよりさらに数段若々しく見えた。よほど良い成果が上がったのか、いつもしかめ面、もしくは疲れ切った表情はなりを潜め、口角の上がった爽やかな微笑みをたたえている。
彼は後ろに並ぶ隊員達を部屋に入れ、室内に座って休むように促すと、ユファの方を向いた。
「我らが麗しのユファ副隊長。予想はついていると思うが、明々後日の部隊長会議にむけて、重要な案件について打ち合わせをしておきたい。城に着いて少し休んだら、21時ごろに私の部屋に来なさい。それと……できれば今日の身勝手な行動について釈明を聞きたいものですね」
そう一言告げると、自慢の長髪をかき上げては、わざとらしく残念そうに首を振る。
「すみません隊長。隊長がいつもヴェニタスを余りにも危険な場所に配置するものですから、仕方なく彼のフォローに回っていました。それと、僕とヴェニタスは今晩それはもう大切な、大切な約束をしていまして、ちょっと行くのが難しいと言いますか……」
「お、おいユファ! 隊長に向かって何を言って……」
隊長は動きを止め。ゆっくりとヴェニタスの方を向いた。
「ふーむ、そうかなるほどね。じゃあヴェニタス。今日は君も私の部屋に来なさい。君にも伝えておくべきことがある」
「え、俺がですか?」
「ちょっと待て!」
それに対し、ユファはまだ抗う。
「今日は僕とヴェニタスは二人きりで食事する約束――」
「ノンノン、今夜は大事な話があるのだ。君ら二人だけの逢瀬はまたにしなさい」
「あ!? お……逢瀬って……、ぼ、僕とヴェニタスはそ、そんなんじゃ」
こんどは有無を言わせぬ態度で念を押す。彼は急いでいるのか、このやりとりを切り上げるためにいつもの言い回しを使ったようだ。
「そ、そんなんじゃないっていうか……まだそうじゃないっていうか……」
ユファはそれに気づかず、顔を真っ赤にしてもごもごと何かを言っているが、このままでは埒があかないため、ヴェニタスが彼女の分も代わりに答えることとした。
「分かりました。我々二人で21時に隊長の部屋を伺います」
「ふふふ……それは良かった。これからも君たちの働きぶりに期待しているよ。ユファくん、ヴェニタスくん」
そう言い残すと、隊長は満足したのか、小脇に小箱を大切そうに抱えながら、奥の特別室の扉をバタンと閉めて出ていった。
「あー、くそお! あの馬鹿王子、ホントむかつくな! ヴェニタス。お前もあいつになんか言ってやれよ! つーかお前、新入り! 隊長が帰ってきたら伝えろって言っておいただろうが! あいつと話すの面倒だから隠れようと思ってたのに、ふざけんなよ!」
ユファは正座を崩し、立ち上がってパロンを指さす。びくりと震えあがる、栗毛の新入り狐娘。その三角耳はぺたりと倒れ、失態による反省で今にも泣きそうである。
「すみませんでした! その……ちょうどわたくし、お花を摘みに行っていて……」
「はああああ!? これだけ焼け野原にしちまったら、花なんか生えてるわけねーじゃん! ばーか、ばーか! この馬鹿狐!」
そう言い捨てると、ヴェニタスの隣にどかりと腰を下ろした。この子供っぽい性格さえなけりゃ、こいつは最高の魔術師なのに……。そう思わずにはいられず、ヴェニタスはため息をつく。
「はあ……。新入りを責める前に、お前も少しは上司に気に入られる努力をしたらどうだ」
「やだね。僕は出世なんてどうでもいいし。つうか、あいつ嫌いだし。あいつの投げる無茶な仕事を安請け合いするお前はどうかしてるぜ」
そういって、ユファがにじり寄ってくる。その頭をヴェニタスの胸に預ける。血の臭いにまじって、ほんのりと甘い匂いが香る。
「今日だってお前……勝手に死にかけてたし。ふざけんなよ……お前……」
その微かに震える声に、ヴェニタスは何も答えない。
「いまさら僕を置いていくな、ヴェニタス……」
彼は何も答えず、室内を見渡す。
その様子に疑問を感じたユファが彼の視線をたどると、乗員室にそろい踏みした部隊員たちの姿があった。彼らは各々リラックスした姿勢で、にやにやしながら二人の方を眺めていた。それに気づくと彼女は飛び上がり、ヴェニタスから距離をとって胡坐をかきなおす。
「っ……! そ、そうだそうだ。話を聞かせてあげよう。ほら、そこにいる君たちも聞けよ。僕はな……匂いを感じたんだ。いつも食べてる肉の匂いが。それで匂いのする方向に行ってみるとな、小屋があったんだ。そいで中に入ってみると、米俵や肉達と感動の出会いを果たしたのさ。ところがどっこい、米俵の後ろに薄汚い犬どもが隠れていやがった。僕は喰らわせてやったね。それはもう苦しい苦しい、死の魔術を……」
ユファが突然自慢話をし始めた。彼女がこの特別部隊『暴食』の副隊長であることもあって、何か価値があるかもしれないと一心不乱に聞き入る兵士たち。
「馬鹿らしい、俺は寝るぞ」
そんな話聞くだけ無駄だと考えるヴェニタスは、壁にもたれかかって座り、こっくりこっくりと眠りだした。
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