第22話 約束のために…。⑤

「はぁ~」


 扉が閉まるのを確認した後、博士は大きくため息をはきだす。


「む、どうした?」


 アーデルベルトが博士へ質問すると博士は一瞬だけ口ごもり、


「なんどもない、気にするな」


 そう言って義手を手に奥の部屋に言ってしまった。


「そうか……」


 少し気にはなかったが、今はそれよりもペェネシアのことが気がかりだ。

 はやく、こんな作戦終わらして迎えにいかなければ……

 アーデルベルトは気持ちを切り替え、拳に力を込める。


「それ、ちゃぁんと要望通りに出来たぞ」


 しばらくして黒い装甲に変わった義手を持ってくるとアーデルベルトへ取り付け、機械が自動的に固定の動作を行う。


「うっ」


 腕の感覚が急に現れる妙な感覚にアーデルベルトは声を漏らし、義手が動かせるかの確認を行う。


「ふむ、問題は無さそうじゃの。では行くか、わしが作戦会議の場所まで案内してやろう」

「いや、いい。場所ぐらいは」

「人の親切心を無にするな、それにな、まだ話したいこともある」

「……そうか、わかった宜しく頼む」


 二人は研究室を後にし、アーデルベルトは博士の後に付いていく。少し通路を進み、アーデルベルトは窓ガラスから光が差しこでいることに気がつく。


「朝……?」


 そんなに時間がたっていたのか……アーデルベルトは少しだけ驚きながら窓からそとの様子を眺めると驚いて目を見開いた。


「ん? どうした?」

「おい博士、義手の取り付けに何時かかった?」

「そんなにかかってないぞ、確か1時ちょいじゃったかな?」

「始まる前は確か暗かったはずだが……」

「前? あぁ、それはトンネルを進んでいたからじゃろ」


「トンネル? ……なるほどな」


 アーデルベルトはそう言われて窓の外で流れていく景色に納得する。

 広がる草原、まばらに生える木々、時折(ときおり)野生動物が木陰で休んでいたり、草原を駆けている姿が見えて来ては素早く通り過ぎていく。


「なんじゃ、気づいとらんかったのか?」


 しばらく外の様子を眺めていたアーデルベルトに博士はシメシメと笑う。


「どうじゃ、驚いたじゃろう?」

「あぁ、正直驚いている。まさかここが列車の中だったとはな」

「ただの列車では無いぞ! 最強で最高の装甲列車じゃ!!」


 老博士は嬉しそうに声を上げる。


「街や村を襲い、人を食らう化け物――ラフムは音にも敏感だと聞いたのでな音が鳴らぬよう磁気を用(もち)いた物を使用、更に強度は最高のものを誇っているこれなら完全に安全な作戦行動が行えるじゃろうて」

「本当に、大丈夫なのか?」

「100パーセント……とは言い切れんな、化け物どものことはわからないことだらけじゃし、お前さんやその仲間が見たという家ほどもある大型の奴と出会えばただじゃ済まんだろうしな」


 通路を進み、先頭車両に到着した博士は電子ロックを首から下げていたIDカードを使って扉を開ける。


「さて、着いたぞ。作戦行動で義手(そいつ)を大いに役立ててくれ。カッカッカッカ」


 博士は笑いながらゆっくりと手を振り、机の間をとおって、一番前の席に腰かける。

 アーデルベルトは彼の様子を眺めながら先頭車両に設けられた会議室へと入って行った。


 

 

「お待ちしてましたアーデルベルトさん。あなたの席はそこですのでどうぞお座り下さい」

「あぁ」


副官に言われ、彼は左|端(はし)の一番後ろの席に座る。何故か彼の周りだけ席が空いていたが、アーデルベルトは気に止めなかった。


「それでは皆さん揃いましたのでブリーフィングを始めますね」

そう副官が大きな声で言うと部屋の照明が暗くなり、前のホワイトボードに作戦区域の地図がでかでかと写し出される。


「さて、皆さんも知っての通りこれから我々の向かう町は現在異形の物怪(もののけ)≪ラフム≫によって襲われています」

 

副官は手にした金属のペンを手に取り、そこから照射される赤いライトで地図を指す。


「この町は大きく分けてA地区、B地区、C地区の3つに分れており、住民のほとんどか町の中央部に位置するA地区の地下シェルターへと逃げ延びているとのこと。ですが、ラフムたちは異様に耳が良いのですぐに嗅ぎ付けられるのも時間の問題でしょう。扉が破壊されでもしたら彼らに逃げ延びる手立てはありません」

 

 副官は手にした資料と画面に写る地図へ交互に視線を移し、前を向くと真剣な表情で話を進めていく。 


 「ですからまず我々が行うことはこの小さな町に暮らす住民の救出です。1、2、3班の方々には各シェルターに向かい、装甲輸送車を使ってここまで輸送していただきます。逃げ遅れた人の捜索を4班、5班が、装甲車(ドラグーン)を使って町外れのC地区へと向かって下さい。我々の列車が停車するB地区の周辺調査、及び列車の護衛を6班、7班、8班で行っていただきます。ここまでで何か質問がある方はいませんか?」


 副官が問いかけると一人の兵士が手を上げる。


「なんですか?」

「はい、彼らは耳が良いとのことですが、戦闘になった場合銃声で他のラフムがやって来てしまう可能性があると思うのですが」

「それに関しては、博士」

 

 副官に言われ、老博士はゆっくりと立ち上がるとパソコンで地図の画面を切り替えて話を始める。


「さて、先程副官殿が言ったように奴等は耳が良い。そこで用いるのはこの特殊音響弾じゃ、こいつは光の発光を抑え、音のみに重点を置いたワシの開発した最高のグレネードなんじゃ。だから民間人や兵らにはこの音響遮断耳当てを耳をつけるようしてほしい。そして怯んだところをガトリングガンで一掃するんじゃ‼」


上機嫌で話し、笑う博士をよそに副官が起立した兵に問題ないかを問うと兵は、はい、と頷いて着席する。


「ありがとうございました。では他に質問は?」


副官が再び兵らに問いかけるとアーデルベルトが静かに手を上げる。

 

「俺は何班に入ることになるんだ?」


「本来は10班になるのですが、フェイクさん以外残っていないのでフェイク、アーデルベルトさんのお二人は9班と共にラフムの陽動を手伝っていただきます」

「……そうか」


 アーデルベルトは自分の先程の行いを頭に浮かべる。

 確かに自分は過去の大きな戦において戦果を上げて昇進した。だが、言(こと)の葉(は)で他人を気絶させるなどしたことはない。そもそもそんなことが可能なのか?

 いや、ただ単に彼等が俺を恐(おそ)れて失神したというのならば可能性が無いとは言い切れないが、著しく低いだろう。だがそうでもしなければ俺が叫んだことで気絶する理由(ワケ)が分からなくなるか……。

 しかし、人間一人に気絶するほどの恐れを抱くような者が戦場で、しかも人ではない化け物と対峙(たいじ)したところで役に立つとは思わん。ここはむしろ気絶しておいて正解とも言えぬことはないか。


「他に質問はありませんか?」

 アーデルベルトが悩んでいるうちに副官はゆっくりと周囲を見渡して誰一人手をあげていないことを確認すると下ろしたマイクを再び口元へと上げると、


「ではこれにてブリーフィングは以上とします。最後に作戦開始は午後12:50分から、それまでに皆さんは準備を終え、待機していて下さい」


 そう、淡々と言った。

 副官が手にしていたマイクを上官へ手渡すと彼は立ち上がり、前に置かれた長椅子から段の中央に立つ。


「では解散」

「「「はっ!!」」」


 上官の一言で兵士たちは皆、起立し敬礼をする。

 証明に再び明かりが灯る頃、副官は老人の耳元でなにかをしゃべると近くの扉から上官とともにどこかへ行ってしまった。

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