第15話「絶望の誕生日…」
鳴り響く携帯音。
それを聞き、アーデルベルトはわずかに顔をしかめる。
「パパ、電話が鳴ってるよ」
「あぁ……そうだな……」
「出ないの?」
「いや、ちゃんと出るよ。当たり前さ」
アーデルベルトは鳴り響く携帯を止め、ペネシアに微笑みかける。
「お仕事の電話?」
「あぁ……そんな悲しそうな顔をするなよ。大丈夫、ちゃんとパーティーまでには戻ってくるよ」
「本当?」
「本当さ。いつもだってちゃんとパパがいるだろ? ほら、そろそろ学校の時間だ。早く行きなさい遅刻してしまうよ?」
「うん、分かった。それじゃあ行ってきます」
「あぁ行ってらっしゃい」
ペネシアを見送ってからアーデルベルトは玄関の鍵を閉めながら再び鳴り響いた携帯の受話器に触れる。
「もしもし?」
「おぉやっと繋がったか俺だよ俺」
「ん? 詐欺なら間に合ってるぞ」
「フラットだよ。フラット。名前が書いてあるから分かるだろ!」
「ふっ悪かったフラット……それで何のようだ? 仕事なら今日はオフなはずだが?」
「仕事じゃねぇよ。俺だって今日は休みとったし、ただ飲みに誘おうと思っただけだよ」
「少しばかり気が早いんじゃないか?」
「そうでもないさ。お前だって今日は昼間っから飲むつもりなんじゃないのか?」
「悪いが今日は先約があってな」
「あぁ娘とパーティーだったか?」
「正確には娘と娘の友達とだがな」
「はっ羨ましいねぇかわいこちゃん達に囲まれてパーティーか」
「おい、ロリコンも大概にしておけよ?」
「娘に手をだしたら…わかってるよな? 友達にも」
「ハハハ、わかってるてそう怒るなて、だいたいな~」
「ロリコンじゃあねーよ。昨今の若いやつらは上手いもん食ってるからか発育がいーんだからよ」
「言いたいことは分からなくはないが、中学生にそういった感情をいだくのは完全に病気だ」
「ばかヤロウ。俺は四足歩行から三足歩行まで末広く女性を愛してるだけだよ」
「全く……わざわざ絡むために電話を掛けてきたのか? 用件はなんだ」
「たくっ自分はするくせに……」
「切るぞ」
「悪かった悪かった切るなよ絶対に切るなよ絶対にだぞ」
――プツンッ。
――プルルルル……。
「はいもしもし?」
「おい、なんで切った?」
「そういう振りなのかと」
「んなわけあるかよ。まぁいい……上手い酒が手に入ったんだ。トトの酒場で夜待ってるぜ」
「おい、だから俺は――っ切りやがった……しかも出ねぇし。チッしゃあねぇなぁ」
アーデルベルトがため息を吐いて座っているソファーから腰を持ち上げると奥の部屋から大きなダンボール箱を取り出すと部屋のカーテンを閉めて黙々と部屋の飾りつけを始めた。
それから時間が過ぎていき、空が赤く染まる頃には部屋の飾り付けも終え、ペネシアが友達を連れて帰ってくる。
遊びに来たペネシアの友達は皆明るく優しそうだ。アーデルベルトは娘が良い友達を持ったことを喜び、彼女達を招き入れる。
そしてリビングの机上に用意されたケーキを囲み、誕生日の歌を合唱する。
大小様々なプレゼントを順にペネシアへと渡すと皆は用意された食事とケーキを美味しそうに食べ、カードゲームやテーブルゲームで楽しく遊ぶ。
アーデルベルトの見守るなかでペネシアの誕生日パーティーは盛大に盛り上がった。
「さようなら」
「またね~」
「今日は楽しかったわ」
「また、学校でね」
「バイバイ!」
「うん、皆今日はありがとうね」
暗くなる前にペネシアの友人たちを家に帰すと今日は疲れたのかペネシアはすぐに寝てしまった。
アーデルベルトはその嬉しそうな寝顔に微笑みかけ、優しく頭を撫でると窓のシャッターを下ろして戸締まりをしっかりと行うと家を出て知り合いとの待ち合わせである酒場『B.N』と言う酒場へと向かった。
「やぁトト、繁盛してるか?」
「店見りゃあ分かるだろ!? 客はこの前出来たばかりのばかデカイ酒場に取られちまったよ」
「そりゃあ残念だったな。ま、元々ここの酒は不味いからな」
「テメェもう飲ましてやんねぇぞ」
「悪かった悪かった。謝るから酒を一杯くれ」
「ふん、いつものでいいか?」
「あぁ……」
「ちょっと待ってな今用意する」
酒場の店主(マスター)の名は『トラウゴッド』。
あの時、かつて暮らしていた街から、化け物及び軍の生き延びたアーデルベルトらを保護してくれた恩人である。
詳しいことはアーデルベルトも分かってはいないが、あの時の化け物たちは街で全滅させる予定であったようだ。
あの化け物は国によってその存在を秘匿されてきた異形の存在。
化け物を見たものは国によって消される事となっていたようだが、アーデルベルトを助けるべく動いた者達によって薄くなった包囲網を突破した化け物の一部は街を出た。
結果その存在は露見、他の国によって『ラフム』と名付けされたそれは今や大陸全土に広がっている。
結果、命令違反による処罰は消えた。
軍を抜けた彼に働く場所を与えてくれたのが目の前の彼である。
「ほれ、イエーガーマイスター。それからこいつな」
「いつもすまないな」
酒の満たされたグラスと共に差し出されたチップをアーデルベルトはしまうとゆっくりと周囲を見渡した。
「そういえばフラットはどうした?」
「フラット? あぁお前の同僚か。さっきまでいたんだが……どこ行っちまったかな」
「あいつ……わざわざ誘っておいてそれか」
アーデルベルトは酒の入ったグラスをつかみ一気に飲み干す。
「おいおいそんな風に飲んだらいくらこいつでも身体に触るぞ」
「構いやしないさ、今日くらいはな」
「妻……か」
「そんなんじゃないさ!」
アーデルベルトは涙を静かに流す。
今日はアーデルベルトの娘『ペネシア』の誕生日。
だがそれはアルマを失った日でもある。
……こんな情けない姿をペネシアに見せるわけにはいかない。
涙は流すわけには、心配をかけるわけにはいかない。
アーデルベルトは袖で涙を拭い、酒をもう一杯注文する。
「……すまん」
「気にするな……今日は多くの者が悲しむ日さ」
「ありがとう」
「いいんだ。アデルはいつも仕事を頑張っているみたいだしな」
「いや俺は何もしてない。簡単な書類整理と命令を下しているだけだ。礼なら……そうだな。今も戦ってる兵士に言ってやってくれ」
「兵士……すまないな」
「ん? 何を謝る必要があるんだ?」
「悪いという気持ちが先にくるのさ。戦う力さえ技術さえあれば戦えるのにってな」
「それは皮肉か?」
「いや、感謝の気持ちさ。お陰様で俺の家族は楽しく暮らしていけるんだからな」
「確かに――そうかもな」
アーデルベルトは酒を口にして頷くとグラリと視界が歪む。
突然襲ってきたそれにアーデルベルトは手にしていたグラスを滑らせてしまう。
「おい、大丈夫か?」
「……すまん。どうやら飲みすぎたみたいだ。弁償させてくれ」
「気にすんなってどうせお前のもんになってたようなもんだしな」
「それじゃあ俺の気が収まらん。受け取ってくれ」
「そうかい? それなら有り難く受け取っておくとするよ」
「……悪いな。そろそろ俺は帰らせてもらう」
「大丈夫なのか?」
「だだ酔いが回っただけだ。大丈夫だ、気にするな」
「そういうなら分かったがよ……気を付けて帰れよ」
「あぁ」
「今度はこの金で少しいいグラスでも用意して待ってるぜ」
「あぁ……それじゃあな」
足が少しふらつく帰り道。
ふと気がつけば何者かによって囲まれていた。
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