第11話「雲散する冀望」

「……ごめん」

「いや、気にするな。家族の事など考えられないほどに必死だったのだろう?」

「あぁ……」

「なら仕方ないさ。俺も少々きつく言ってしまったからな」

「……」

「あぁそういえばコレお前が立ち上がった時に落としたのを拾っておいたんだが」

「それ、父さんのだよ。護身用に持ってきてたんだ」

「レミントンか……」

「うん。父さん、ステルスゲームが好きでその中で出てくるリボルバーが好きみたいなんだけどSAAは嫌いみたいなんだ。だからそれを買ったって言ってた……気がするよ」

「そうか……ん!?」


遠くから聞こえてくる何かが砕けるような大きな音とわずかな咀嚼音。

アーデルベルトはそれらの音を聞いて警戒心を高める。


「パパ……」

「し、静かに」

「うん」

「な、何なんだよ。おい、あんた――ひっ!?」


彼の上げた小さな悲鳴。その原因は天井付近の窓から覗いていた一体の化け物の顔。

無理矢理に顔を覗かせたことで割れたガラスの破片が落ち、バリパリと音がなって破片が飛び散る。

怯えて震える彼や父にしがみつくペネシアにアーデルベルトは静かにするように指を口元へと持っていって静かにするようにジェスチャーを行う。

しばらくして化け物の顔が窓から消えるも皆は胸を撫で下ろす前に伸びてきたのは長い触手だった。

ニュルニュルと窓から床の方にまで伸びていった触手は更に長さを伸ばしていき、部屋を探し回るかのように動き出す。

気を失っているアルマに注意を向けつつアーデルベルトたちはゆっくりと身を低くして息を殺す。


(おい、呼吸を抑えろ気づかれるぞ)

(無茶言わないでよ。こんな、こんなもうだめだ)

(諦めるな、今我慢すれば敵をやり過ごせる)

(そんな証拠どこに――ひっ、こっちに来た)

(静かに)


くねくねと触手は見えないものを手探りをするかのように動かしてゆく。

 

(じょ、冗談じゃないこんなところで殺されてたまるもんかよ)


ファイクはジリジリとほふくして扉の方へと移動すると勢いよく扉を開けて逃げ出して行った。


バタン! と重さによって力強く閉まった鉄の扉の音が鳴り響き、触手は音の出所である扉へと攻撃を加えると窓から消える。


――キィィキィィ‼

「くそっ!」


外から複数の化け物たちの叫び声が聞こえてくる。

恐らくここに人がいたぞとでも叫んでいるのだろう。

アーデルベルトは舌打つと素早く動いてペネシアを一番角のロッカーへと隠す。


「バパ……?」

「いいかいペネシア、ここでじっとしているんだよ?」

「うん、ママは?」

「大丈夫さママもペネシアもバパが守ってやるから」

「うん」

「それじゃまた後でな」


アーデルベルトはロッカーを閉め、次にアルマの方へと駆け寄ると爆発音にも似た音が鳴り響き、数本の触手が天井を貫いて現れる。

そして次の瞬間にアーデルベルトの視界には空が見えた。

複数箇所から上がる煙に灰色に染まった空、先程まで青かった空はもうそこにはなかった。

穴の空いた天井から顔を覗かせたのは異形の化け物、先程まで戦ってきた化け物たちの何倍ものサイズのあるそれは紅く揺らぐ瞳でこちらを見下ろしてくる。

恐ろしかった。かつて潜り抜けたどんな地雷地帯よりも激戦区よりも恐ろしかった。

家族の為にという気持ちよりも恐怖の方が勝っていた。

あれにはまともな武器では戦えない。そう直感した。

今効くとすればチェリスカだが腰を下ろししっかりと構えなければまともに撃つことは出来ない。

だが一先ずはアルマを救わなければならない。問題はその後だ。

アーデルベルトは眠っているアルマの元へと近づき、声をかける。


「おい、アルマ目を覚ましてくれ」

「あなた……?」

「よし、目を覚ましたな、立てるか?」

「えぇ……大丈夫」


アルマを連れ、ロッカーへとたどり着いたその瞬間に伸びた触手が彼女の脚を絡めとる。


「キャァァァ!」

「アルマ‼」


アーデルベルトは手を伸ばし、アルマの腕をしっかりと掴み取ると足を壁に固定されているロッカーへと引っかける。


「ァァア‼」

「アルマ!」

「痛い――体が裂けちゃうわ」

「頑張るんだ。今助けてやる」


アーデルベルトはアルマの手をしっかりと掴み直すとファイブセブンを彼女の脚に絡み付いた触手に狙いを定めると引き金を引く。

放たれた弾丸は触手に風穴を開け、引きちぎるも新たな触手が彼女の体を締め付ける。


「くそっキリがない!」

「あなた、手を……離して」

「アルマ!?」

「私はもう……助か、らない」

「アルマ、何を言っているんだ!」

「だから私たちの可愛い娘を――ペネシアをよろしくね」


アルマは目に涙を浮かべながらそう頬笑む。


「いや、お前は死なない。死なせるものか! そこにいる化け物どもを倒してまた皆で楽しく暮らすんだ!」

「それができたらどれだけ幸せか」

「できるさ」


アーデルベルトはチェリスカを手にすると大きな化け物の頭部と思われる大きく突き出している箇所、その紅く揺らぐ瞳に向けて引き金を引く。


――キィィィィィ!!


苦痛の、悲鳴のような叫び声を上げて巨大な化け物は蜘蛛のような脚から力が抜けたように倒れ、頭を地面に叩きつける。


「やったのか?」

「あぁぁ!!」

「アルマ!!」


完全に動きが止まっていたかのように見えた化け物はすぐさま活動を再開する。

アルマは苦痛による悲鳴を上げ、顔から脂汗が吹き出し始める。

彼女に巻き付いた触手は締め付ける力を増していき、ミシミシと嫌な音が微かに響く。

次の瞬間、目を大きく見開いたアルマの足の砕ける音が鳴り響いた。


「あぁぁ、痛い痛い――あぁぁぁぁ!」

「アルマ! くそっ! 化け物めアルマを離せ!」


彼女の脚に巻き付く触手へ目掛けて放たれる銃弾。

しかしやはり撃つ速度に対して新たに増える触手の数の方が早く手に追えない。


「よくも、よくもアルマをやってくれたな!!絶対に!…絶対に許さんぞ!!」


アーデルベルトは叫びながら凄まじいいきよいで銃弾を放つ。

しかし力のあるチェリスカの弾もロングマガジンのファイブセブンの弾も撃ち尽くしてしまう。

片手でリロード上手く出来ない状況。為す術の無くなったアーデルベルトは必死にアルマに声をかける。

それしか出来なかった。


「あぁぁ……あぁ……あ……」

「アルマ、気をしっかりと持つんだ! アルマ‼」

「あ、あ、あなた……ペネシアをお願い」

「何を言っているんだ。諦めるなきっと助けは来る。だから」

「ううんもう手遅れよ」


――キィィ!


「――!?」


彼女がそう言った瞬間に大きな化け物が叫び声を上げると小さな化け物の一体が飛び付き、アルマを掴んでいるアーデルベルトの左腕を食い千切る。


「う゛っ!」


腕に感じる焼けるような痛みと床へと落ちた衝撃。それでも彼はアルマを必死に視界に入れる。

アルマは化け物に食われるその瞬間にアーデルベルトへと頬笑むと口を開き何かを言った。


アーデルベルトはアルマを助けようとファイブセブンのマガジンを素早く装填し、銃を撃ったが銃丸が届く前にアルマは化け物の大きく開いた口の中へと引き込まれてしまった。


次はお前の番――と言っているかのようにギロリと紅い瞳を彼の方へと向けると一度引っ込んだ触手が再び彼の方へと伸びていった。


「ぐっ!――アルマ、アルマ……」


血液の不足のせいか歪む視界。

それでもなおファイブセブンを撃ち続けるも対処かなわず触手が彼を包み込んだ瞬間、化け物は爆発する。


「――!?」


目の前の爆風と熱風。一瞬の出来事で壁に吹き飛ばされた彼はすぐには何が起きたのか分からなかったが、次の爆発が化け物を襲うときそれはミサイルであるということが分かった。

爆発の直撃を受けた化け物は半身を吹き飛ばされてビルへと激突する。


「中隊長助けに来ましたよ!」

「お前たち……すまない」

「謝らないでくださいよ。らしくないっすよ」

「あそこに娘がいる。頼んでいいか?」

「もちろんですよ」


深緑の装備に身を包み、黒く光る火器を手にした兵士たち。

それはかつてアーデルベルトの指導した若き兵士たち。

彼らはロッカーに身を潜めていたペネシアを回収し、アーデルベルトに肩を貸す。

残りのものたちはなれた手つきでアサルトライフルを放ち襲い来る化け物たちの脚部を撃ち抜いて動きを止める。


「中隊長も捕まってください。急いで離脱しますから」

「ぁ――待ってくれ、そこに落ちているネックレスを取ってはくれないか?」


キラリと光に反射し、アーデルベルトの見つけたそれは青い水晶体のネックレス。

兵の一人がそれを手に取ると彼らは素早く動いて地上へと脱出。

ヘリから垂らしたロープにアーデルベルトたちをしっかりと固定すると戦線を離脱した。


「パパ?」

「うぅ……」


食われてしまったそのときアルマは何はを言ったのか。

そして最後にアルマは微笑んだのは何故なのか。

それがアーデルベルトには分からなかった。

彼はアルマが化け物に食べられてしまったことで化け物を憎み、同時に自分の未熟さを呪った。


だが今出きるのは泣くことだけ。


「パパ、大丈夫? いたいいたいの?」


ペネシアが心配そうに腕の応急措置を見守るなかでネックレスを抱き締めるように右手に握りしめるとただ泣き続けた。

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