その7 私の親友
きちんとワックスでセットされた黒髪、しっかりと剃られている髭、きっと女性並みに手入れをしているであろう肌。
私の視線は少しだけ下がり、仕立てのよいスーツと革靴へ。相変わらず、抜かりがない。
最後に彼の左腕につけられた腕時計が袖からちらりと垣間見えた。明らかに高そうなそれ。この間会ったときの腕時計とはまた違うらしい。
「ん?どうした?」
私の視線に気づき、ジントニックが入ったグラスを片手に小首を傾けた。からんとグラスの中の氷が音をたてる。此処は安い居酒屋だけれどお洒落なバーだと錯覚を起こしてしまいそうだ。
「いや、ちゃんとしてるなあと思って」
彼を見ていたことを誤魔化すことはせず、素直な気持ちを口にした。すると
「そういえば彼氏さんは許してくれた?」
晴臣は枝豆を一つ手に取り、悪びれる様子もなく私に聞いた。その枝豆を段ボール何百箱用意しても到底届かない重さである私の問題だ。
「許すも何も晴臣のこと言ってないの」
私はばつが悪くなり、ピーチウーロンが入ったグラスの中でゆらゆら揺れる琥珀色を見つめた。
「それはまずいんじゃないの」
晴臣の苦笑いに顔を上げると、一応はそれらしい顔をしていた。けれどそれほど興味がないという本当の表情が私には見える。
晴臣は鋭いし、適格なことを言う。
頭が切れる彼はこの歳でプロジェクトリーダーを任されていて、だからこそ人に隙を見せてはいけないし、身なりにも神経を使っているのだろう。でも私にはわかってしまう。だって付き合いが長い親友だから。
それこそ関係が親しくなっていくにつれて晴臣は素の表情を見せるようになったけれど、私が悩んでいる話にも興味がない顔をする。
心の内はきっと心配してくれているのだろうけれど気を抜いているときの彼の表情は乏しい。だから私はそれらしい表情をしてくれないと話しづらいと言った。それから彼は実行してくれている。
「だってあの人嫉妬深いんだもの」
「愛がないねえ、愛が」
鼻で笑ってもやっぱり晴臣は興味がなさそうだ。
「晴臣、興味なさそう」
けれど素の表情で話してなんてほろ酔いに任せて言ってしまえば、きっと彼は無に近い表情になってしまう。
「まあね、興味ないっちゃない。だってすみれ、今の彼氏のこと好じゃないんだろ?それなのに真剣に受け答えしても労力の無駄だ」
あ、本当に興味なかったんだ。
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