第2話 破天荒少女

 あの日からもう一週間もたったらしい。足の裏に地の感触が伝わらず、ふわふわと歩いているような気分だ。

 実際その通りかもしれない。なにもすることがなく、ただただ、未来へと続く時間に歩かされている。

 

 半月ほど、僕はこの病院にいなければならないらしい。骨折やら内臓の損傷やら……とにかく大怪我に当たるらしい。

 僕にとってこれは好都合だった。


 両親は駆け落ちし、両家とは絶縁状態。もちろん連絡先もわからない。つまりは、この状況を伝えるすべがないのだ。伝えたとしても、快く僕を引き取ってくれるとも思えない。


 当然だが、僕の未来は施設か高校中退で、一人暮らし。どちらともいい結果は生まないだろう。


 世の中の偏見は恐ろしいもので、苦しんでいる人に追い討ちをかける。社会の権力者たちは、自分達の利益しか見ず、弱いものに手をさしのべようなんて事はまっっったくない。


 はぁ……。


 神様とやらがいるのなら、こんな世界、終わらせろっっっ!

 

 両手をギリッと握りしめた瞬間。

 右側にある窓からいきなり強い風が吹き、、カーテンが激しく揺れる。


「しっつれいしまぁーす!」


 風と共に、少女が入って……いや、突撃してきた。ちなみにここは一階。窓から入れないこともないが、入らない。


 誰がどう考えたって、この子は普通じゃない。

 驚きで物は言えないが、手は動く。

 少女は髪についた葉っぱを手で払い落としていた。ヒューヒューと荒い呼吸を繰り返すたび、黒髪が肩微かに肩につく。

 静かに後ろにあるナースコールに手を伸ばす。

 彼女はパジャマの上にカーディガンを羽織っている。どう考えたって病人だ。それに、呼吸の音もおかしい。

 堂々と押せばよい。そう思うが、何故かそうしてはいけないという謎の圧を感じた。

 手とシーツが触れる微かな音。いつもより大きく聞こえ、僕を焦らせる。

 バクバクと聞こえる僕の鼓動。耳の横に心臓があるんじゃないか?

 爪の先に冷たい塊が触れ、よし!と思った瞬間。

 彼女は僕の手にあるナースコールを取り上げた。

 やられた!

 取り返そうとするも、コードを抜かれ、僕から距離をとる。動けない僕は取り返せない。

「ダメっ!せっかく逃げてるのに!」

 は!?

 訳がわからない。何いってんだ!!

「おまっ、病人だろ!?おとなしくしてろ!」

 お前が死んで困るのは僕だっ!「何でナースコールしなかったの?」って言われるに決まってる!それに、お前の両親とかから「貴方のせいで娘は死んだのよっ!」とか言われたら、たまったもんじゃない。

「……平気だもん。このくらいは大丈夫だよ!」

「っっ!」

 涙目で叫ばれ、どうしていいかわからなくなる。

 彼女の言う通り、荒く変な呼吸音は聞こえなくなっていた。

「……」

「ねー、大丈夫だよー」

 心配性なんだね、と笑われて、更には、君って面白いと言われた。

 面白いと言われたのは初めてだった。どちらかというと、学校では大人しいとか、無愛想だとか言われる方だった。

「君は変わってるよ……」

 荒波にもまれるヨットが嵐を抜けたように、僕の精神はやっと落ち着いた。

「よくいわれるよー、変わってるって」

 ニコニコと笑い、ベット近くのパイプ椅子に腰かける。

 ギギッ

 椅子はかなり錆びており、奇妙な音を立てた。

「そうだ、君の名前は?」

「僕は、彼方」

「ふぅーん、私は弥生。朝倉弥生」


 

 このときはまだ気づかなかった。彼女がなぜ、をついたのか……。


 

  


 





 

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勿忘草の花、蒼い海。 宇野木蒼 @unoki-aoi

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