第29話 清河

 話、逸れたね。幕末になって来ると、この幕藩体制に疑問を持つ奴らが爆発し、ゆくゆくは倒幕に繋がっていくわけだけど、庄内藩は最後まで子の形態に疑いを持たなかったという、時代遅れの藩だった。そしてその国に、八郎は生れた。

 山形県東田川郡庄内町。現在でも田圃が広がり、雪を被った奥羽山脈が雲を切り裂いているのが見える街。当時は「清川村」と呼ばれていて、彼は後にこれを自分の姓とする。そしてそこに住む、齊藤豪寿というお酒造ってるおっちゃんの息子が八郎であった。


 八郎は昔から頭がよく、自分を含めた世界が矛盾で構築され、時にそれを利用することが「賢」であることを、四歳の時に悟った。きっかけは特に無く、ある昼下がりに「あ、そっか」と気づいたらしい。その日は雨だった。遊んでいたのか、それともこれから起こる事態を察してそこにいたのか、彼は家の蔵にある酒造用の巨釜に隠れていた。この時、東北地方一帯を自然災害が襲っていた。最上川の大洪水で何人もが流され、さらに悪天候が続いたことで、食料や収入減となる米がまったく採れなくなってしまっていた。世にいう、天保の飢饉だね。私はまだ生まれていなかったけど、人づてに話だけは聞いたことがある。それこそ、共食いでもしなきゃ生きていけないレベルの食糧難に陥ったらしい。それでも庄内藩は、年貢米を取り立て続けた。それに不満を持った十六名の若者が、餓鬼の群のようになって斎藤家の蔵に忍び込み、藩が蓄えた米を盗んだ。そしてその様子を、表情一つ動かさず、八郎はじっと見ていた。

「この人たちはお腹が空いている。食べ物が欲しいんだ。空腹を満たそうとして、目の前にある食物に手を伸ばす。自然の摂理だ。しかしそれが僕の家の、ましてやそれが藩の予算に直結する公金ならぬ公米であるというなら、それを奪うのは強盗だ」

 少しだけ考えた八郎は「これで家族を養える」と喜んで米を持っていく大人たちを見下ろした後、すぐ父にそれを訴えた。十六名は直ちに全員捕獲され、処刑された。その家庭も一族も崩壊したことだろう。

 永倉でも同じことをするだろうが、それは彼が「強盗というのは悪じゃないか。悪は成敗しなければならない」という思考に従順だからである。一方八郎は「金のない十六人の馬鹿にいい顔するより、藩にいい顔した方がメリットが大きいに決まってる」と、わずか四歳にして考え行動したんだ。斬首された彼らとは対照的に、八郎の家は藩から賞賛されて、日本刀を一振り拝領した。流星剣、と呼ばれるとんでもない代物らしく、父がキモい笑い顔で手入れをするのを八郎は遠目で見ていた。その刀身はうっすら青く光っていた。

 流星剣とは、なんぞや。未だ日本に製鉄技術が無い時代。質の良い鉱物など無く、辛うじて青銅を用いていた時代。その頃から、流星剣は存在していた。神が人類に譲渡した叡智。その結晶が宇宙から降り注ぎ、人々はそれを剣にした。そしてその内の一振りが、八郎の持つ剣「流星剣」である。

「父上、その刀はどうされるおつもりですか」

「無論、家宝とする」

「売却して米を仕入れた方がよろしいのでは」

「ならんならん、奈良の大仏」

「は?」

「良いか、我が家は元々酒屋。純血の武士ではない。それがこうして武士の象徴たる刀を、それもかの流星剣をいただいたのだ」

「流星剣?」

「かくかくしかじか、これこれこう」

「なるほど。尚の事、売却すればかなりの値がつくのでは」

「……お前が一人前になったら、この剣をやる。その時好きにしろ」

 父の言葉に、まず八郎は「この親父と剣をどうにかしないと、うちは御終いだな。父を殺して剣を奪うか」と考えていたらしいが、結局実行されることはなかった。不思議なことにこの日から数年間、父は血眼になって彼に「親孝行とは何ぞや」と教え込んだらしいが、関係があるかどうかは私にはわからニャい。

 それにしても清河八郎は似てるよねえ、私と。私もこのくらいの歳には自分の美貌を自覚して、それを利用しようと思うくらいの考えは持ってたし。沖田総司と清河八郎。接点なんて全くと言って良いほど無かったけど、お互いに悲しい天才だったのは一緒さ。そして、私と彼という似て非なる存在を繋いだのが、ある新選組隊士なんだけど……まあ、後々語るね。

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