俺たちのフーガ
第28話 塵界
現代社会には電車なんてもんがあるし、少し金は掛かるけど新幹線だってある。お父さんは当たり前のように東京から地方の会社へ飛ばされるし、お母さんは当たり前のように東京から地方の温泉旅館へ日帰り旅行に行ってくる。私よりも必死こいて勉強して必死こいて生きたヤツが一生かかっても行けなかったような場所に、君らは一日で行けちゃうワケだ。
なあんてね。こうして昔のことを語るのは老人くさくて嫌だけど、それでもあの時代は大抵の人は歩いていた。それは人を殺すためであったり、誰かから逃げるためであったり、会ったことも無い人と会うためであったりした。人は歩く。そしてそれが旅となる。振り向けば道が一本残る。
私はずっと京都か江戸のどちらかにしかいなかったから、諸国漫遊も海外渡航もやっていない。それでも沖田総司の歴史があり、私の旅がある。浪士組結成による京への道のり、あれは旅そのものだった。そして旅には目的が伴う。即ち、私たちはどうして「浪士組」という、不労所得グループの枠組みに入れられて、江戸から京を目指したのか……これを話すために、一人の男のことを私は話さなきゃいけない。いいや、これだけじゃない。あの男は私の人生に無くてはならない人だった。姓は清河、名は八郎。彼は新選組の人間じゃあない。その前身だけ作って、あっさりといなくなった男。
八郎は私より山形県の酒蔵に生を受けた。といってもこの頃は県なんて無いから「庄内藩」と呼ばれてたわけだけどね。藩ってのは、君も聞いたことはあるだろ? 薩摩とか、長州は特に有名だと思う。
では彼が生れ、前半生を過ごした庄内藩というのがどういう藩なのか。というと「地方の話とか、興味無いよ」と言うかもしれないけど、この頃の日本は六十なんぼかの藩に分かれた幕藩体制という状況で、一つの島の中に独立国家が六十個近く押し込められている、戦争が無くなっただけの戦国時代、みたいな感じだった。誰か一人を語るという時には、そいつを取り巻く環境を理解してもらわなきゃいけない。だから、特に清河みたいな男を語るためには、こいつがどういう藩で育ったのかを語る必要性というのが、どうしてもある。
ええ庄内藩というのは、過激派はいないけどガチガチの保守派。何をやるにも伝統第一で、二百年前の徳川家康公がやったことは現代でも通用すると信じて疑わない奴らばっかりだった。だからといって、幕府に従わない奴らを撃沈するような発言をするわけでもなく、ただ黙って喧嘩を眺めて家に帰り「あれって、違うよね」と家臣一同呟く、という非常に陰湿な国だった。
アメリカ船が来て、ロシア船も来て、さらにイギリスやフランスも来るらしい、という情勢をみた首相・阿部正弘は、全国各地の藩に意見を求めると言う、当時ではありえない政策を執行。なんでありえないのかって、そりゃあ政治は幕府の専売特許だったから。仮に家光さんや吉宗さんの時期にどっかの藩が「幕府さん、あの政策はこういう失敗してますし、これこれやったらどうですかね」とか、言おうものなら、その藩は国に潰されて、藩主は切腹。最悪世継ぎが三歳の子でも両脇を大人二人が槍で突き、失血死させた。
だが時の首相は
「そんなこと言ってちゃあ、いい意見もなくなっちゃうじゃん」
とむっちゃくちゃで常識的なことを言い出して、親藩外様、士農工商を問わず意見を募ったのだ。これは本当に凄い行政改革だと、政治に疎い私でも思う。まあ、こういうこと言い出したから外様の薩長たちが「じゃあ、言わしてもらいますけど」つって調子に乗ったのも事実だけどさ。
例えばその薩摩藩はこう云う意見。
『そらもう、開国っすよ。開国してやろうじゃないですか。当たり前でしょ、攘夷とか絶対無理なんだから。見りゃわかるじゃないですか。うちの国に比べて、科学力や工業力や資金力の差がありすぎますもん。戦争なんかになったらもう、本当にヤバいですよ。でもね、ただ開国するんじゃないですよ。開国して異国の優れた技術・文明だけ真似するんです。したら、日本もそいつらに追いつけるでしょ? そのうえで改めて「指図すんなカス」つってやるんです。任せて下さい。数年あれば、うちが日本を近代国家にしてやりますよ。あ、ごわす』
はたまた、後々語ることになる芹沢鴨さんや新見錦さんの出身国・水戸藩はこう云う意見。
『任せてください、外国人とか全員殺してやるからさ。当たり前でしょ、そもそも日本は、その辺の河原とか草原とかにできた適当な文明とは違って、イザナギさんとイザナミさんという神様がお創りになった国ですよ。列記とした神国です。古事記にもそうある。だから外人がわちゃわちゃ入って来て、遺伝子残して、とかするのは失礼というか、ぶっちゃけヤバいですよ。水戸藩にまかせてください、外人なんて全員ぶちぶちぶち殺してやりますよ。尚、そのための軍備費用と大砲建造費、大型船建造費とその他諸々費用は幕府に負担していただけると幸いでございます』
で、そんな中、清河の庄内藩が幕府に届けた意見とは……
『いや、まあ、なんといいますかね、開国? っていうんですか? いや、いいと思いますよ、確かにペリーとか怖いですし、清国もイギリスに負けたって聞きましたし。でもなんちゅうか、ええと、神州日本国ぅ、とかカッコいい感じで名乗っているのもありますし、外国をそんなにジャンジャン受け入れちゃうって言うのも、それはそれでどうなんでしょうね? 知りませんけど。でもでも、でもですよ? ペリー怖いじゃないですか。妖術とか使うみたいだし、踵もないみたいだし、それもう人間じゃないですよね。そんな化物と仲良くするぐらいなら、人間としての誇りを持つべきだと思うんです、武士として。でもでもでも、でもでもでも、でもですよ? 戦争っていうのも嫌だし、戦ったら絶対大勢怪我するし、痛いじゃないですか。だから、どちらかと言えば戦争はして欲しくないです。ああ、いえいえ、決してその、開国しろつってるワケじゃないんですが(略)』
こういうものだった。いや、責めるつもりはないよ。とゆーか新選組の中にもこういう、上からの評価ばかり気にしてロクに意見も持たない奴は結構いたしね。どうも人間が集まると一定数こういう人間は、どうしても出てくるみたい。というか、庄内藩も別に度が過ぎたバカってわけじゃなく、そもそも幕藩体制というのはこうして危険な思想を持つ輩をあぶり出して「幕政批判」とかなんとかいって成敗し、搾取する仕組みだったから、常識人ならこのように「海外と仲良くするとか舐めてんの?」「え、戦わないって武士としてどうなの」という文句つけられそうな場所をどうにか誤魔化して、そのうえで「まあ幕府に任せますんで」と最終的に丸投げする内容の意見書しか書けないのが普通だった。
それにしても、自分から募った意見書で犯人を作り出して成敗しようだなんて……まあ、幕府ならやりそうな話だけどね。覚えておくと良いよ。力を持てば犯人を作り上げるなんて簡単なことなのさ。ね、土方。ふふ。
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