第25話 憧憬

 互いに首をめがけて振られた刀は交差し、競り合いとなった。背の高い玄鬼がチビ男を押し潰さんと上から力をかける。ぐぐぐぐぐぐぐ、じゃり、じゃり。

 チビ男は、力を抜いてするりと競り合いから抜けた。玄鬼の体がぐらつく。

 今。チビの刀が左から右へ。逆袈裟斬りの一閃。

 ひゅぱっ。

 お、やったんじゃねえの今の。いや、まだ浅いな? 玄鬼も咄嗟に後ろへ跳んだから、致命傷には至らない。しかし、玄鬼のでっぷりとした腹は抉られていた。

「いでででででででででででででででででででででででででででででででででで」

 続いて首めがけての一閃。玄鬼は腹の痛みで刀をどう振るかまで頭が回らない。咄嗟に腕を首の横へ持って来て防いだが「違う、こんなんじゃダメだ」と思い直した頃、彼の目の前には決して綺麗とは言い難い空模様。玄鬼は防いだ腕ごと首を薙ぎ払われていた。


 くるくる。ぼて。


 杉山玄鬼、享年三十三。さる武家の五男で、剣の腕だけを頼りに江戸へ出た彼がふと、いつも元気に呼び込みをやっていたお由に三年前に亡くした愛妻の面影を見出したのは、ここ一週間の出来事。

 チビ男は「ふぅ」と仕事終わりのリーマンのように息をつき、刀の血をぐしぐし拭っていたが、はっと気が付いたように骸に目をやった。

「しまった、名乗ってなかった。今からでも遅くはないだろうか、もう三途のリヴァーを渡河している頃だろうが。いや、こういうのは早いとか遅いとかじゃないだろう。うん、名乗ろう」

 それだけ言うと「申し遅れたが私の名は永倉新八です。松前藩を脱藩してます。申し遅れたが」と返事をせぬ骸に話しかけ、あとはもう興味はないようだった。血でぐじょぐじょになった懐紙を仕舞い込んだ彼から、おえっとくる匂いが漂っている。私は格子戸越しに、興奮して息を荒くさせながらその光景を眺めていた。きっと、おぞましく純粋な笑顔だったと思う。

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