第19話 密談

 女についてもそれなりに博識な山南だったが、やはり私の美貌には敵わなかったらしい。つかそう考えると勇や歳三はなぜ私を前にめろんめろんにならないのかということになるのだが、まず歳三が好きなのは女なのであり、顔とかスタイルとか性格とかがどれほど好みでも男は御免なのだ。といえば大抵の男がそうなのだが、その大抵の男がその固定観念及び思考を放棄する程に美形な私を前にしても、歳三は「女じゃないから」と興味を示さない。恐るべき女への執念。一方勇はというと、単純にブス専なのであった。

 そんなこんなで山南は試衛館での稽古を見学している時も、道場主たる周助先生や勇と話している時も常に視界の隅で私を捉え、指をくねくね絡めていた。あまりに明白なその態度で山南の私への思いを悟った勇は「にっししし」と笑った。

 私はというと、道場の壁に源三郎ともたれかかり、今日見学にきていた山南敬助とかいう武士について話していた。

「山南殿、涼しげで良い青年だよねえ。学もあるし、それでいて武芸にも富んでいる。まさに文武両道、武士の鑑」

「すっごい褒めるじゃん、源さんそんなに気に入ったの、あの人」

「気に入らないのかい?」

「いや、ううん」

「ほら、偏屈な君でも気に入らざるを得ないほどには、彼の人格に嫌な所が無いんだよ」

「そういうところがなんか嫌なんだけどさあ。あとは、ううん」

「まだ何かあるの?」

「あるっつーか、個人的な感想って感じのやつなんだけど」

「はいはい」

「あん人、めちゃくそダサいじゃない」

「あ、それはまあ、うん」

 この時の山南の小袖には、蛙のイラストがぽつぽつ描かれていた。その蛙が鳥獣戯画のようなイラストじみたものなら可愛げもあるんだけど、近所の田圃でそのままくっつけてきたみたいなめちゃくちゃリアルな蛙で、超きもかった。さらに汚い柿渋色の袴を穿き、汚い小豆色の羽織を着て、柔和な笑みを浮かべて時に私を見ては頬を赤くしている。勇との話を聞いたりしていなければ、家柄以外高スペックな武士だとは誰も気づかないんじゃないかな。

歳三は服装に関してめちゃくちゃうるさいが、山南は逆に全くの無頓着で、実家から持ってきた継接だらけの小袖を総長時代にも平気な顔で着用していた。ダサい、本当にダサい。一緒にいたくない、こっちまでダサいと思われるし。当然私と源三郎だけでなく、勇や歳三、玄武館の皆さんに千葉先生、東条先生も彼のことはダサいと思っていたのだが、様々な理由で彼の耳に自分がダサいという情報が入ることは無かった。試衛館一同は、初対面の相手に「あんた、ダサいね」なんて言えば失礼にあたるとして口を噤み、玄武館一同は山南の温和で繊細な性格を仇名事件でよく分かっていたので、敢えて言葉にしなかったのだ。源三郎が「世の中上手く出来てるなあ」と言い訳がましく世の真理を呟いた。

 とその時、視界の隅にきちゃない小豆色が映った。山南が勇に言われて客間でお茶でも飲みながら語らうところであった。勇は「すぐお茶をお出ししますんで」と正座する山南に会釈すると、空気を震わせて義母ふでを呼んだ。

「母上、山南さんにお茶を」

「知りません、自分で出しなさい。もう子供じゃないんだから」

「いや、武士がお茶とかいれるわけにもいかんでしょ、威厳とかあるし」

「またそう言う屁理屈を」

 と、ぶつくさ言いながらふでは台所へ向かった。

 茶はいつまで経っても出てこなかった。

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