第20話 策謀

 陽は傾き、障子の影に色の落ちた畳が斬り取られている。山南は呼ばれた客間に私が来ないことを知るや、些かの興味も捨てて茫と視線を落とした。勇はそんな山南に向かい、計略を秘めた鋭い笑みを向ける。

「山南さん」

「はあーあ、畳の目が一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」

「山南さん」

「十でこのくらい、小指の第一関節ぐらいね。それが一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」

「山南さん」

「これが百か、中指から親指ぐらいの間隔か。そんでもってそれが一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」

「食らえ必殺モンゴリアンチョップ」

「おうっふ」

「山南さん」

「あ、はい。本日は無理を言ったにも関わらず天然理心流を見学をさせていただきありがとうございました」

 という山南の言葉を遮って、勇は「ぶっちゃけ」と斬り込んだ。

「あんた総司のこと好きでしょ」

「べべべべべべっべべべべべべべっべべべべべべべべべべべ別に好きとかそういうんじゃないですけど?  ただ見てただけですえ、ですけろ、ですけど?」

「まあそれならそれで良いんですけどね、ふふ。どうです山南さん、試衛館で天然理心流、本気で勉強してみませんか?」

「え、いや、それはちょっと。私には玄武館の道場がありますので」

「総司に毎日会えますよ?」

「ああああああああ、いや、うううううううううん、いやいや、でもなあああああ」

「こいつ、思ったよりちょろい。あと一押しだな」と、勇は詰め碁の石を打つように頭の中で策を構築し、それに従って立ち上がり、部屋を出て、私を探した。 悪人面をした勇がやってきて、気づいた私に黙って手招きする。多分、妙な話をされるんだろうなあ、そんでもってあの完全に私に惚れてる山南敬助とかいう男が絡んでるんだろうなあ、とそんなことを思ったら、その通りだった。

 呼ばれた部屋へ行くと客間の山南の視線がギュンっとこちらへ向き、ギュンっと畳の目に落とされた。勇が品定めをするような眼を山南から離し、私に「打ち合わせ通りに頼むよ」とウィンクで伝達したので、私は小さく喉を整えて山南の膝に自分の膝をくっつけるようにして座った。

「山南さん、もう帰っちゃうの? 試衛館の入門に来てくれたんじゃなかったの?」

「入門します入門します入門します、入門します」

「ええっ よろしいんですか」と嘘くさい大声を上げた勇は、ぶっとい指でがっしりと彼の手を掴んで、爽やかに笑った。その爽やかすぎる笑顔は、仮面の奥で裏の笑みを潜ませていることが丸わかりだった。その笑顔はどこか、歳三が女を狙う時のものに似ていた。私の視線に気づいた勇から、またウィンクがやってきた。斯様に餌に釣られてあざとく振る舞ってやった私の尽力もあって、山南敬助は試衛館の一門として私たちと運命を共にすることになる。しかし彼は、この時代の武士として生きるには余りに綺麗で、純情ピュアすぎたのだ。十二の私はそういうことには気づかず、ぼんやり「この人、強いのかな」ぐらいのことだけ考えていた。

「いやはや、山南さんが来てくれるなんて、試衛館始まって以来の僥倖だなあ」と暫く終わった後に、勇はふと「あ、御座る」と付け足した。

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