第17話 山南

 私が山南について語るのは若干の苦労を要する。というのは、別に私が山南を兄の様に慕っていたからかつての思い出がぶりかえして辛いとか、私が彼の首筋に一閃を見舞った日がのことが脳裏に湧いてくるとかではないが、取りあえず頑張るよ。おおおおっ。

 山南の半生は知らない。決して話そうとはしなかったから。分かっている事は、この男が仙台から脱藩してきた下級武士、というだけである。ただ、滅多に酒に酔わない彼が泥酔すると、自分は独眼竜伊達政宗公の頃から伊達家に仕えた重臣の家系だ、といったことを言っていたのだが、んなこと私の知ったこっちゃない。

 とにかく、こいつは仙台から江戸にやってきて、そしてこいつもまた就職先を探して剣術をやりはじめた。この時は小野派一刀流というのをやっていたらしい。

 しかし暫くして師匠が亡くなり、その後に彼が通ったのが小野派一刀流と同じ流れを汲む千葉周作先生の玄武館、北辰一刀流の道場である。この千葉先生というのがとてつもなく良い先生で、今にも「今でしょ」とか、言いだしそうなオーラを纏っていて、教え方が抜群に良かった。さらに玄武館のあった東京都千代田区岩本町あたりは学者が多く、剣術の他に学問を習う門人も少なくは無かった。特に道場の隣にある東条一堂という先生が経営していた塾は千葉先生自らが「行くなら、今でしょ」とオススメしていたのである。この東条と言う先生もめたくそに素晴らしい先生で、儒学も出来るし海防論にも造詣が深く、この頃総理大臣をやっていた阿部正弘ですら悩み事があればまず彼の意見を聞いていたという傑物である。

 であるである言ったところで、山南と言う男は実に知識欲旺盛で探究心の塊のような男だったから当然千葉先生に剣を習うだけでは飽き足らず、東条先生から儒学・世情を学んだ。そうして二年が過ぎた頃、私ほどじゃないが剣才のあった彼はどえらい強くなり、さらには現代日本は外国との関係に疎く、このままではヤバいという學も身につけけ、それについて論じ合う朋輩をも手に入れ、将に文武両道と言うに相応しい青年となっていたのである。

 そんなある日、長屋の一室で布団にくるまっていた山南の探究心がクンと鎌首を上げ「最近噂の天然理心流とやらは、どれだけ強いんだろう」と囁いた。彼の道場があった千代田区の辺りにも、十二歳の超絶可愛い私が白河藩剣術師範をぶち破ったという噂は聞こえていたのである。

 しかし、この噂を本気で信じる人はいなかった。子供に負けたとあっては藩の剣術師範としての面目が立たないとして、藩が我々の口を封じたというのもあったが、誰かが知人にこのことを漏らしたところで


この前友達から聞いたんだけど、近所の他流試合で剣術師範のおじ様を貧乏道場の子供が一瞬で倒して、友達が「ちょwww黄表紙かよwww」って笑ってたら面取ったその子が超絶可愛いショタで見惚れているうちに肥溜に突っ込んで転んだ話を思い出してニヤけてたら番頭に怒られたアカウントはこちらです(一四〇字)


 とギリギリ呟ける文字数の内容になるのだ。私が言うのもなんだが、まるきり信じる奴はよっぽどピュアか単純にバカのどっちかだろう。山南は両方だった。

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