運命の五人

第16話 黒船

 とまあ私の少年期だとか、新選組の超絶有名な三羽烏とかはあらかた語り終えたのだが、面倒なのはここから。このめんどさを説明するためにめんどい説明をやらなきゃならんのがハチャメチャにめんどい。でも頑張るね。

 まず説明しなきゃいけないのが、剣術というのは戦闘面だけでなく政治面にも強い影響力を持っていて、同じ流派=同じ思想のグループといった感じだったということ。みんな半端ねえのよ、同門意識。この時代に権力を握ろうと思えば、まずは同志を募る必要があり、その為には剣術を学びに行くのが手っ取り早かった。だから幕末や明治維新の有名人なんかはみんな剣術を習っている。でその結果実際に権力を持った時、その集団の上層部は同じ流派の人間で固まるのである。いや、うん、やっぱ一々説明してるとレポートみたいになってダッサいね。

 つまり、私の生涯を語る上では新選組が不可欠であり、その為には新選組の上層部だった天然理心流の試衛館一派を全員説明せにゃならず、そいつらとは当然試衛館以来の仲だから、この辺りで全員のことを話さにゃおえん、つーことよ。

 みんなキャラ濃いしね。

 それが面倒だったのだけど、面倒な理由を逐一説明する方が面倒な気がしてきたよ。簡単に箇条書きで逐一あげていくのも良いけども、それも面白みに欠ける。またやはりこれは私語りであるから、この私が出会った順番に書いていこうと思い、書くのである。

ひゅう。短く色濃い生涯を送ると、こういうことになるんだね。


 〇


 ふと車窓から一面に広がる海を見ると、海を真面目に見たことなんて、一度も無かったなあと思う。黒船が来た時でさえ十二の私は静まり返る道場で、丸太のような木刀を振るっていた。家を出た私の存在意義は今の所剣しかない。時間が惜しい。と、毎日必死にぶんぶんやっていると、不思議と黒船には興味が湧かなかった。それにどうせわざわざ見に行ったところで「ええ、すっげ。でっけえ。やべえ」ぐらいしか感想なんてないんだろうし。

 私がこうしてやっている間にも、勇と歳三は

「トシ、ブルーシート持った?」

「持った持った。あ、やべ日焼け止め」

「え、おまえ日焼け止め塗ってんの? 焼けよ、男なら」

「いや、赤くなっちゃうタイプなんすよ。肌弱くてさ」

「ああね。えっと、薬系ってどの辺にあったっけ」

「あ、ごめん近藤さん。リュックに入ってた」

「も~ トシ~」

 とかやってた。うるさすぎて木刀で「えやあああ」とやってやろうかと思った。しかしここ最近、たった一人でポツンと単純作業をしていると、何かを考える余裕が頭に生まれて、その隙間に過去の嫌なことや現在のムカつくことや未来の不安といったことが浮かんできてしまい、鬱になって稽古に身が入らない、といったことがよくある。だから二人の話に若干の意識を向けるのは割と助かった。ので、口はつぐんでおいた。

 のだが、その様子を見て道場の看板の機嫌を損ねたと思い込んだ勇は「なあ総司、お前本当に行かない?」と声をかけてくださるのだ。ありがと、でもやっぱうざい。

「あんまり興味無いですから、良いですよ」

「こおんなでっかいんだぞ、黒船。後学のために見とかんか」

 貧乏道場で木刀振ってる餓鬼が、蒸気船に詳しくなってどうするの。とやはり断った。

 思い返すと、ここで同行していれば、もしかすると江戸湾に浮かぶメリケンに恐怖し、驚愕し、感動したかもしれないし、それを気に私はその研究に打ち込むようなこともあったのかもしれない。

 そうすりゃ、ざんぎり頭になった時――

 やめよう。これ、本当に言い出したら鬱になりそうだから。つかどの道三十行く前に死ぬんだから、同じだっつってね。

 まあこうして、勇と歳三は黒船を一目見てやろうと道場を出た。

 一人でやってると、汗まみれの手拭いを片手に周助先生がやって来て、胡坐を掻いた。そしてしばらくヤらしい目つきで私の頭から爪先までを舐めて、小さく「嗚呼、眼福」と口にした。

「総ちゃん、一人でブンブンやっててもしようがねえだろ」

「じゃあ相手してくださいよ」

「じゃあ相手してくださいよ、じゃねえつの。あのなあこの優しい優しいおじちゃんはな、たまには稽古とか休んで子供らしく遊びに行ったらだーでい、と言ってんだよ。その意図を汲んで勇たちとぶらついてこいよ。俺が理性を保てているうちに」

「無理に遊びに行ったところで心底から楽しめないじゃないですか。私には遊びよりこっちの方が大事なんです。ほら、立ち合いぐらいさせてくださいよ。一度もやってくれないじゃないですか」

「俺あね、自分より強いやつとはやらねえと決めとるんで」

「あれれ、逃げるんですかね」

「逃げらあ逃げらあ。卜伝もそう言ってんだろ」

 私の安い挑発には乗らなかった周助先生は「にしてもあちい」と言い残して、手拭いで首筋を拭いながら退散した。果してただの意気地無しなのか、それとも私が未だあの男とやり合えるまでに至っていないと判断しての行動なのか。しかし実力を知らない彼を除けば私、もう試衛館じゃ一番強いのよね。つか、この近隣じゃ間違いなく一番強い。っつって自分で言うのはどうかと思うと思われているだろうが、抑々これの何がヤバいかというと科学的に立証できないというのがヤバいのだ。人が勝負に負けない確率というのは、必ずしも100%ではなく、傍から見れば自分の才能に酔っているようにしか見えないということである。そしていつか低確率を引いて負けた時、周囲は「それみたことか」と傍観者まで一緒になって笑うのだ。それはもっとヤバい。そのため、自分で自分の才能を褒めるのはヤバい行為なのである。まあそんなパンピーの理屈で私を語られるなんて反吐が出るんですけどね。

 ごめん話がそれた。つまり私の剣の腕はめきめきと、おっそろしいほどに成長したのだ。この年で門人三人同時くらいなら余裕で相手できたし、さらには白河藩の剣術師範のおじさんをぶちのめせるくらいにもなっていた。目標にしていた勇もある朝ふつーに倒せた、めちゃあっさり。どうよ、モンスターでしょ。

 そんなこの世の春を迎えていた私が素振りをやってる道場を訪れたのが、後々私らと一緒に数奇な運命をたどることになる、新選組仏の総長・山南敬助なのであった。

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