第12話 変人
その時、私は玄関先の箒掛けをやっていて、朝っぱらから変な奴いるな、と思ってた。股引を穿いているから商人っぽいが、腰には木刀を下げているし、全体的な雰囲気が武芸者っぽい。でもやっぱり大きな籠に「薬」と書いてあるし、商人っぽい。
黒一色の下着の上へグレーの薄地を羽織り、その上には薄っすらストライプの入ったブラックの小袖。いかにも怪しげな黒づくめだが、色白で上品な顔のおかげで洒落て見える。
なんだこいつ。
するとこの男、私を見るなりふらふら、とやってきた。
「君、可愛いね。何してんの、どこ住み、今暇? あ、違う、袴穿いてるから男か。糞が」
「なんなんですか、お兄さん」
「え、声超可愛い。やっぱり女か。どこ住み、今暇?」
ここまで純粋に女が好きな人間を、私は生涯知ることはなかった。そしてこの目、狙った獲物は絶対逃がさないという決意の眼差。こいつに狙われると、絶対ヤバい、と動物的本能で感じた。
「男です、男。こう見えて男です。本当に男ですよ」
「あっそ、じゃあいいや。糞が。あのさ、この道場って、強い?」
「一応。あ、入門希望の方ですか。それとも見学とか」
「こんな行商ついでにふら、とやってきたような奴が、そんなことすると思う?」
「あ、薬でしたら、大丈夫です。間に合ってます」
「いや、薬を売りたいわけじゃなくてね。まあ、最終的には買ってもらうことになるんだけども」
その言葉と野心に燃える目つきで、だいたい察した。と同時に、チャンス、と思った。この男の技量によれば、周助先生の扱う本物の天然理心流を見れるかもしれない、と睨んだ。
そして誰かが本気で戦う様子を見れば、さらに自分の剣術への理解に磨きがかかる、と踏んだ。
こういうわけで私はこの男のことを、少しだけ大げさに、勇や源三郎にお伝えした。
「ヤバいですよあの道場破り。相手しなくちゃ、この襤褸道場がぶち壊されるかもしれません。多分源さんや、勇先生じゃ敵いませんね、あの雰囲気。多分、日本飛び越えて中国朝鮮印度の剣豪でも余裕で倒せますよ、あれは。周助先生に出てもらいましょう」
源三郎は破れた障子戸の穴から歳三の後ろ姿を覗き見て、首をひねった。
「どうにも、そんな豪傑には見えないんだよなあ。総二郎、お前適当なこと言ってるんじゃないだろうな」
すると勇が腕を組んで
「源さん、かの山県昌景も、その類稀なる武勇とは裏腹に、小男だったという。人は見かけで判断できるものではない」
という、なんとも好意的な解釈をしてくれた。ほんと単純。
「しかし、天然理心流三代目宗家たる父上がいきなり出て行ったのでは、この試衛館の面子が保てん。ここは、俺が出よう」
言うが早いか、勇は防具をせっせと装備し始めた。まあ、この人もゆくゆくは四代目宗家となられるわけだし、別にいっか。
稽古ではない、本物の天然理心流を目にできるのならば、使い手が誰であろうと関わりない。私は改めて歳三を呼びに行った。
「お待たせしてすいません、今話をつけてまいりました」
「君可愛いね。どこ住み? 今暇?」
往来の女が一人、化粧っ気のない素朴なにやけ面を浮かべていた。
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