第11話 運命
歳三は行動力のある男なので、武士になりたいと思った途端に「うん、辞めようこの仕事」と頭が切り替わった。既に彼の中では店のこととか、人間関係とか、そういうのが全部どうでもよかった。
しかし彼は合理主義者なので、理由もなく「飽きたから辞めます」と持ち掛けるのは、他でもない彼が、なんか嫌だった。
ので、彼は一先ず、店長と話すことにした。
「店長、ちょっと、あの、お話あるんですけど」
「あ、土方君。どしたの?」
「あのさ、俺お前のこと、すっげえムカつくから、殴んね」
本当に殴って、そのまま遁ずらした。この奇行も彼の中では「店長と喧嘩しちゃったから、辞めるしかないよね」という、筋の通ったやり方なのである。阿呆だね。
他にも、女と結婚直前まで付き合ったのに別れて居づらくなったとか、男から迫られて居づらくなったとか、何かと理由を作って、彼は奉公先から飛び出した。
そしてある日、思ったのである。
「もしかして俺は武士ってやつに、本気で、マジでなりたいのかも。だから、どれだけ奉公人として頑張ろうとしても、長続きしないんだ。あ、じゃあ武士になろう」
そしてまあ、行動力のある彼だから、すぐさま全国行脚の旅に出ることを決意した。安物の木刀を腰に差し、実家が製造している秘伝の薬・石田散薬を鱈腹入れた籠を背負い「いざ」と家を出た。
そしてふらっと立ち寄った道場に行っては
「すみませーん、ちょっといいですかー?」
「はいはい、はい、なんでしょ」
「あのーもしよかったら、なんですけどー、僕と戦ってみませんかね? まあ、その、お時間あれば、で良いんですけど」
「あーごめんなさい、うち、そういうのやってないんですよ」
「あ、ほんまですか。まあ、ここまで貧乏で貧相っぽい道場ですし、そら農民一人にも勝つ自信、ないですわな、察せなくてすいませんね。あはは、雑っ魚。お邪魔しました、バイチャ」
「すげえムカつくんだけど、なにこいつ」
こうして勝負を吹っかけては、武術を身に着けた。とはいえ、ただの剣術だけじゃなく、他にも強そうな術を覚えた。
面紐で相手の首を絞めて窒息させる術。川池に突き落として戦闘不能にする術。自分の防具を投げつける術。相手の顔めがけて砂を投げつける術。股間を蹴り上げる術。「ちょ、待って」と言って油断させる術。
卑怯殺法だが、本人の思考でいえば「実に理に適っている」ことなのだ。確かにいざ戦う時は、流派とかに拘り過ぎるよか、こうした方が良いだろう。しかし、まあ武士らしくはない。
そして戦いが終われば、好き勝手に暴れた相手に、持ってきた薬を売りつける。実に合理的なやり方である。ヤクザみたいで。
そんなことを繰り返したあくる日、歳三は竹刀の音と怒声につられ、試衛館にやってきた。
多分、こういう日が来ることも、太古からの運命だったんだろう。つってね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます