第10話 歳三

 私が動けなくなったのを見かねた勇は大口でぱっくり、と笑って構えを崩し、私の肩を叩いた。

「まだ早い、ということだよ。さあ、基礎練やるぞー」

 私はとりあえず、この男を倒せるようになることを、当面の目標とした。そのためには、こいつから学ぶしかない、と思った。

 と同時に、他の奴と対峙した時に同じようなことになれば、私はもう剣を握るのを止めよう、とも思っていた。

「行くぞ、はい一」

「一」

「ちょっと待って、え、もう一回やって」

「一。あ、二すか?」

 勇は私の素振りを見て「やばい」と言い残し、道場へ飛び帰った。しばらく経って、彼は周助先生の袖を引きながら戻ってきた。

「父上、あの子ほんとヤバい、マジでヤバい」

「そんなの、見りゃあわかるぜえ。目も鼻筋も口元も、ぜんぶやばいレベルよ、あの子」

「そうでなくって、素振りが本当に、ヤバいの。君、もう一度やってごらんなさい」

「あ、全然いいっすよ、はい」


   ふ


「どうです父上、ヤバいでしょ」

「ヤバい」

 ふん。素振りを褒められたところで嬉しくはないもんね。実践で振れなきゃ何の意味もないんだからさ。

 でも当然、悪い気はしてなかった。

「なんか、ブンとか、ビュンとか通り越して、ふ、って感じですよ、これ。良いんですかね、私らみたいな田舎剣法教え込んじゃって」

「いいよいいよ、むしろ有難いことじゃねえかよ。いや、総ちゃん、あんた見込みあるねえ。本当よ、じいじ応援しちゃう! 勇、こいつ一度、誰かと立ち合わせてみようぜ」

「あ、それはまだ早かったですよ。拙者がやりました」

「馬鹿野郎、そらお前とじゃ経験の差、ってもんが出るだろう。他の奴探せ。才能がそこそこありそうで、でも剣術は全くの初心者な奴だ」

「そんな奴、そう簡単にいませんよ。いましたわ、はいはい」

 道場に戻るなり、勇が手を叩いて稽古止めの合図をした。すると今度は、空気が消えたようにその場が静まり返る。

 勇は正座して面を外す一同を見渡し、その中でも特に色白で、鼻筋の通った男に向かって声をかけた。

 後々、私が色々お世話になる、土方歳三、という、どことなく初老の刑事みたいな名前をした男である。日本史において私や勇は超有名だが、この男はもう一つ超がつくほど有名で人気者だね、あームカつく。

 東京都日野市石田町に産まれた彼は、私と同じく、幼くして両親を亡くしており、兄夫婦に育てられた。

そして彼は勇と同じく、農民であった。しかし彼は農民といえど、周りから「御大尽様」と呼ばれるような、それはそれは立派な農民の家に、十人兄弟の末っ子として生を受けたのである。

 彼は幼い頃から武士に憧れていて、ある日彼は、育ての兄である土方家の次男・喜六に言った。

「兄さん、庭のあの辺に、竹を植えさせてください」

「駄目」

「なんで」

「危ないから」

「竹を植えるから危ないって話は無いでしょう」

「喧嘩坊主の考えはお見通しなんだよ。竹が育ったら、それを切って削って、竹槍でも作る気でいるんだろう。どこと本土決戦をやるのか知らんが、ともかく、お前に竹は危ない」

「違いますよ兄さん。僕ぁね、純粋に決意表明をしようと思うんです。この時代に産まれたからには、立派に成長して、お家の為に働きたいんです。そのための決意表明として、どこまでもまっすぐ伸びる竹を一本だけ、庭に植えさせてくださいよ、兄さん。この通り」

 お家の為、とか言われちゃあ聞かないわけにもいかない気がしたような気がして、結局喜六は竹を一本用意させた。念のため、槍にしても大したダメージがなさそうな、細い奴。しかし、いざ埋めるとなって「もしかしてこっちの方が、扱いやすくて危ないのでは」とか、考えたらしい。

 歳三は早速それを植えると、柏手を打って目を閉じた。

「我、壮年武人と成りて、天下に名を上げむ」

「うわお、歴史的仮名遣い」

 この時の出来事は、歳三はぼんやりとしか覚えていない。しかし、彼が商人として働きに出るたびに、この思い出は影となって付き纏い、小骨となって喉に突っかかり「今の仕事、なんか違うんだよなあ」と思わせた。

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