第8話 鬼婆
相変わらず真面目に道場で木刀を振るう勝太を見て、他の門下生たちは練習の手を止めて「あいつ、マジ?」と言い合った。本来ならこうして武士になれた百姓は、狂喜乱舞して神棚を延々拝んだり、歩いて一週間はかかる実家へ二日で返って報告したりするのが普通なのだが、勝太はそういった素振を全く見せなかった。というのも彼は内心「そりゃ、そうだろ。てか遅えよ」と、世界に呆れていた。阿呆だね。
勝太は自分が超絶有能な人間で、今は埋もれているだけ、と思っているタイプの奴だった。まあ、仮にも私の生涯の大先生の、名誉のために言っておくと、実際こいつはすべての能力が人より優れた超有能だったし、実際に百姓という身分のせいでその才能は埋もれていた。
本人もそれに気づいていた、それだけの話。
なので、こうして武士の末席に加わることは、自分が産まれる遥か以前に仏様が決めていたことで、何も驚くことではないのだ、とか思って、これからは一層、剣術を勉強して磨きをかけよう、とか思った。
しかし、やっぱり嬉しい。嬉しくない人間なんていない。
とすると、どこかでそれを表現しようと思うもんで、ある日源三郎が「もしもし、勝太さん。お母上が呼んどりますよ」と声をかけた際に
「ぬうん、用事が御座るなら、己から来るのが道理というものでは御座らぬので御座らんか。抑々、源三郎殿、今拙者が何をしているか、申してみるで御座るで御座れ」
「え、今ですか。刀、磨いてるんじゃないですか」
「左様。武士にとって刀は魂にて御座りますれば、それを磨いている時は己を清めていることと等しいと思うので御座る。それ故に、邪魔をされとうは無いので御座りまするので御座候」
「えっと、まあその、とりあえず、お伝えしておきます」
源三郎はふでのもとへ向かって
「いや、あのですね、その、まあ何と言いますか、率直に言いますと、断られました。というのもですね、なんか、今は刀磨いてるらしくって、ほら、刀って、武士の魂じゃないですか。で、武士の魂を磨くってのは、まあ、自分の魂磨いてるもんだろ、ということで」
「ちょお、待てい。あいつ、武士とちゃうやんけ」
「まあ、それ言ったらそうなんですけど、島崎家のご養子に入られましたし、まあ武士っちゃ、武士かな、みたいな」
「まあ確かに、一応は武士の端っこになったわけやし、そら刀も磨きますわな、つーことですか」
「そうですよ、磨きます、刀」
「何か癪やな。までも、変に意識して真似事だけしとるっちゅーなら、こんなに寒いことはないですけども、自覚をもって行動するのは良いことですもんね、うん」
「後なんか、すごい御座る御座る言ってました」
「めちゃくちゃ意識しとるじゃねえか」
とまあ、こういうことが起こり、ふでは露骨に勝太を嫌うようになり、今なら児童相談所が駆けつけるようなことまでやった。厳密に言えば、髪を引っ張ったり、ど突いたり、飯を食わさなかったりしたのである。
しかし私が来てからは、さっきも言ったように家事云々を手伝ってくれる前代未聞の美形が出来たから、ふでも少しは気が紛れて、息子の勝太より私を可愛がった。そら私は勝太より可愛いし、気も利くし、性格も良いし、呼ばれたところで「おめえがこいや、ど阿呆」とか言わなかったし。てかいい年こいてそういうのって、ダサい。
それでも近藤勇はその後の生涯では勝ち馬に乗った。金も女も、地位も名声も手に入れた。ただ、気品と運だけは、彼がどれほど望んでも手に入ることは、とうとう無かった。
その点、私はビジュアルは満点だったので、鬼婆・近藤ふでからも
「総二郎ちゃん、いい子だからお駄賃あげるわ、いらっしゃい」
「総二郎ちゃん、貴方にこの着物、似合うと思うんだけど」
「総二郎ちゃん、
とまあ、本当に良くしてもらって、なんら苦労はなかった。彼女は私を実子のように愛してくれて、沖田家にも蜆とか、浅蜊とかを御裾分けで持って来てくれてたりもした。
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