第7話 養子

 立ち上がると、すでに五人やほかの門下生たちは期待を込めて手を叩きながら「勝五郎、おっしょい。勝五郎、おっしょい」「わっしょい勝五郎、わっしょい勝五郎」「かっとばせーえ、か・つ・ご・ろ」と猛烈なコールを送り始めた。勝五郎は鬼のような顔で真っ青になり、冷や汗をだらだらと流しながら、とりあえず前に出て、とりあえず一礼した。そして、深呼吸した。

 え、どうしよう、え、え、どうしよう。全部やられちゃった。今更何かをやったところで、他の誰かの真似にしかならんじゃないか。

 頑張れ俺、どうにかこいつらを出抜くんだ。いや、それ、簡単に言うけど無理なんだよなあ、めぼしいのは全部こいつら、やっちゃったしなあ。おろ、待てよ? このオーディション、必ずしも剣技じゃなきゃいけないって決まり、ある? 規定としましては、とりあえず素晴らしいパフォーマンスさえ見せれば良いわけだ。そうだ、もう俺は俺なりに、すごいことをやりゃあいいんだ、それでいいのだ、がっはっは。

 こんな感じで自分が意味不明なことを考えていることにすら、テンパった彼は気づかなかった。そして木刀を床へ置くと、突然鼓膜が震えるような大声で笑った。皆が「頭壊れたんかな」と心配していると、そのまま「ふん」と拳を天めがけて突き出した。

「我が武士道に、一片の悔いなし」

 雷が落ちるような声で叫んだ直後、勝五郎は大きく開かれた口に押し込み、あろうことか拳骨を丸ごと口に入れてしまった。

 そのまま歌舞伎のようにドスンと床を踏み抜いて睨みを利かせ、見得を切ったまま動かなくなった。

 全員、引いた。当然の反応。本人は、皆自分のパフォーマンスに見とれている、と信じて疑わず、彼はしたり顔で沈黙に快感を感じていた。しかしどうしてか、徐々ににその鬼のような顔を青くして、冷や汗を流し始めた。しばらくして見得を切ったまま口をもごもごと動かし始めた。

「ふがふが(先生、抜けなくなりました)」

 全員半泣きになりながら爆笑した。うち三名は顎が外れ、二名が過呼吸で死にかけた。だが勝五郎からしてみれば、人生の一大事。不安で泣きそうになった。

「もがあ(俺、一生このままなのかな)」

 一同、より一層爆笑した。

「もごっ(あれ、これもしかしてご飯、食べられなくない?)」

 一同、もはや腹筋がバラバラになるまで爆笑した。

「もぐ(遺影とか、このまま撮られるのかな。そしたら俺の子孫、俺のことすごいお馬鹿な人とか思っちゃわないかな)」

 周助先生も倒れ込み、ひくひく痙攣するほどになった。

 勝五郎も、あーもう、俺の人生お仕舞だよ。ここまで来たら、笑うしかねえや、こんちくしょう。とヤケクソになって一緒に笑いだした。すると、拳はすぽんと抜けた。ので、今度は彼もいっしょになって爆笑した。

 会場は「もう勝五郎が優勝でいいよこれ」というムード。会場を爆笑の渦に包みこんだ彼は、晴れて周助先生の養子として認められ、宮川勝五郎を改め、島崎勝太、と名乗った。

 どうして近藤勝太じゃないのか、そもそも勝太って、それどっからきたんだ。というと、彼は未だ天然理心流宗家・近藤家を継いだわけじゃない。

 まあゆくゆくはそうなることが確定したのだけれど、その前に周助先生の実家、島崎家に養子に行かなければならなかったので、行った。そして養子とはいえ島崎家の第一子が、五番目の「五郎」ってんじゃ、面子が保てねえ、ちゅーことで、一番目の「太」で勝太と改名した、つぅこと。

 そんなこんなで、彼は晴れて試衛館の道場主・近藤周助の養子として稽古に励んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る