第6話 勝太
門下生になってから、私は一日たりとも欠かさずに道場へ顔をだし、竹刀を振るうつもりでいた。いたのだが、何故だか掃除ばかりやる羽目になっていた。
試衛館は非常に古い襤褸道場で、また全員揃って剣術に打ち込むものだから、掃除云々には誰も手を回さず、汚かった。
唯一、周助先生の妻・ふでさんが、毎日必死こいて、箒と払塵の二刀流で孤軍奮闘していた。私も綺麗好きな方で、汗塗れはともかく、埃塗れも一緒というのは、さすがに人が来訪する場所としてやばい、と思ったので、そこそこ手伝ったりしていた。
それと金の問題で、私の竹刀と防具が届くのがずいぶんと先のことになったため、稽古をしたくてもできなかった、ということもある。寧ろ正直、ぶっちゃけそっちがメイン。
「総二郎ちゃん、良いんですよ、そこ、私やりますから」
「いえ、好きでやってますので」
「あら、おほほ」
ふでさんは助平爺の九人目の女。いや、九人目の妻だから、実際の女はもっといるんだろう。ともかく、助平婆ではない、助平爺のお嫁さんの、ノーマルな人なのである。
しかしこの人、一見大人しそうだが、稀に獲物を狩る畜生のような眼光になり、鳥のような声を上げて怒鳴り散らすことがある、ヒステリックなお方。周助さん含め、道場の人間でこの人のことを「糞婆」と思わない人間などいなかった。
まあ、私はこの容姿のおかげで優しくしてもらってたんだけども、おほほ。
特にその矛先が向けられていたのが、自分の息子・勝太だった。
「総二郎ちゃんはこんなに良い子なのに、いつまで棒っ切れ振ってるのかしらねえ、あの穀潰しは。ええ?」
義母とはいえ、元芸者のババアにそんなことを言われて、聞いてやる義理はねえわい、と勝太はそっぽを向いて素振りを繰り返した。
この勝太というのが、後の近藤勇先生なのだ。どうよ、ようやく知ってる名前が出たんじゃない? まあ、師匠がその名前になるのはもうちっと、先の話なんだけどさ。
勝太は元々、東京都調布市野水の百姓家に三男として産まれた。その時の名前は、宮川勝五郎、と言った。あかーん、とか言いそう。この時から、彼は鬼のような険しい顔つきをしていたし、口も馬鹿みたいにでかかった。
十五の時に試衛館へ入門し、その中でめきめきと剣術を磨き上げた。
そしてあくる日、周助先生が「そろそろ、養子を決めようと思うんだあよお」と言い出した。そして近藤家の養子を決めるため、オーディションを行った。腕利きの門下生五人の中から一人ずつパフォーマンスを見せてもらい、それから誰かを選ぶ、ということ。勝五郎は一番最後、ラストサムライである。なんつって。
さて、彼は聡明で頭も切れたが、妙なところで運の悪い男で、頭の中でやろうと思っていたパフォーマンスをすべて、他の四人がやってしまった。加えて不幸なことに勝太は五人の中でも少し剣が上手かったので、彼のハードルは勝手にぐんぐんあげられた。
何時の時代も審査員というのは、身勝手なのだ。
勝五郎は本来、竹刀を七本紐でくくりつけたものを、上から木刀で両断する、というのをやるつもりだったのだが、その前の奴が六本でそれをやってしまった。
拙い、こっちの方が一本多いとはいえ、なんか、微妙な空気になる、と彼は思った。
「次。宮川勝五郎」
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