第3話 義兄
林太郎は姉と手を取り、ちょっとだけずれたまま八王子千人同心の井上家の屋敷へと、えらいスピードで駆け戻った。そしてそのまま鼻息を荒くして、玄関から飛び込んだ。
そんでそのまま、井上家の方々とご対面。
林太郎の義父で、前当主・藤左衛門。
林太郎の義兄で、最近当主となった松五郎。
林太郎の義弟で、後々私がお世話になる源三郎。
井上家の皆様は、良くも悪くも凡庸といった風貌。皆老け顔で、そのくせ貫禄といったものがまるでない。特にこの中では一番年下の源三郎なんかは、一見すればご隠居・藤左衛門のお友達か、と思うほどに皺が深く刻まれている。
姉はそんなことを気にしている余裕なんてない。頭の中では菜の花と蒲公英が咲き乱れ、春陽の下をシジミチョウが扇のように舞っている。だらしなくにやけた口が半開きになり、虚ろな目で天井の方をうっとり眺めていた。
すると脳内の余った理性が。これ、これからお世話になる皆様の前ですよ。と申したので、とにかく挨拶くらいはしなければ不作法だろうと考えて、ぺたりと額を床にくっつけた。
「これよりおせわになります、おきたみつと、もーします。おとうとそうじろう、ともどもよろしくおねがいいたします」
三人とも、姉の言葉を聞くなり感涙極まり、涙やら鼻水やらをぼたぼた落とした。林太郎だけが目と口を限界まで開いて、姉の隣で可愛らしく正座する超絶美形な子と、今まで見てきた一般的な三歳の男児というものを脳内で見比べていた。
松五郎は顔をぐっちゃぐっちゃにしながら歩み寄り、か細い姉の手をがっしりと掴んだ。無論、手は汁塗れである。
「姉弟だけで暮らすのは、苦労があったろう。君たちは私が、責任を持って面倒をみようおゝゝゝゝゝゝゝゝゝゝゝゝゝゝゝゝ」
「ありがとうございます。不束者ではありますが、林太郎さんの妻として、精一杯頑張ります。手、汚っ」
「え、妻? なにそれ、林太郎、お前それって流石にやばくない? 信玄入道?」
林太郎は、ショックが大きすぎて抜け殻のようになっているため、兄に返事をすることができない。
「まあ、とりあえず籍を入れるのはあと一年、いや二年くらい待ってからにしなさいよ。流石に弟が十一歳の娘と結婚した、って千人同心の皆に言う勇気、俺ちょっと無いわ」
「構いません、沖田の家が絶えないのなら。手、汚っ」
姉は改めて、抜け殻の林太郎に向かって一礼した。
「林太郎さん、これからよろしくお願い申し上げます」
林太郎は、どうにか姉に私の面影を見出そうと、彼女の顔を凝視した。姉も美人だが、私は当然、その比ではない。仕方あるまい、何しろ私は神によって創られた突然変異なのだから。
それから林太郎は、沖田姓を名乗ることになり、沖田家を継ぐことになった。根が糞真面目な彼だから、決まった以上は文句を言うこともなく、無事に二人の夫婦生活がスタートした。
「うん、もうこれで良いじゃないか。大事なのはこの二人を俺たちが守ってやることじゃないか。はい、もうおしまい。もう悩みません。いや、しかし、ううん、口惜しい」
と、林太郎が思っていると、姉は早速庭先を掃除しようと玄関へ出た。そして、つっかけを履こうとする姿を見た林太郎は、
ドギュギュン
となった。奇妙な性癖というのは、美貌云々に関係しないというお話。
とっぴんぱらりのぷぅ。
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