一攫千金の世界
私の家には、ずっと昔から代々伝わる不思議な鏡がある。
どこが不思議かというと、鏡の表面に触れると別の世界に行けるという、普通だったらありえない効果がある事。
そしてそれは16歳を迎えた女の子が、一定の期間だけ使える条件つき。
行った世界で何をするのも自由、帰るタイミングは鏡が決めてくれるから、何があっても最後には絶対に帰れる。
もし誘拐されたとしても、安心と言えば安心。さすがにそんな危険な真似はしないが、保険としてある方が色々と普段だったらやらない事が出来る。
何故、私の家が鏡を持つようになったのか。
どうして別の世界に行けるのか。
女の子しか使えない理由はなぜか。
父や祖父はこの事を知っていて、どう思っているのか。
現在鏡を使っている私が、心の中で思っている色々な疑問を、未だに1つも答えてもらえていない。
昔は使っていた母も祖母も、ただそこで色々と学びなさいとだけしか言わなかった。
別の世界に行った経験が、私をどんどん成長させてくれて、その内言わなくても分かる時が来ると。
だから使えなくなる日が来るまで、後悔しないように使いなさいと。
そんなぼんやりとした話に納得したわけじゃなかったが、それ以上は何も聞けなかった。きっと聞いても、今は絶対に答えてくれない。2人の顔を見て、そう確信した。
だから私は、2人に言われるがまま鏡の前に立つ。
次はどんな世界に行くのだろうかと、期待と少しの不安を胸に秘めて。
私が今回来た世界では、月に一度全員が参加するくじみたいなものがあるらしい。
私はこの世界の人じゃないので、参加する事は出来ないようなのだが、見学はしてもいいようだ。
そんなわけで大きな広場みたいなところに来ているのだが、人々の熱気がものすごい。
全員が全員、目をギラギラとさせていて怖かった。
それはこの世界で私の世話をしてくれる、ヴァイクエさんも例外ではない。
「あの、くじってどういうものなんですか?」
「あとでね。」
先ほどから何度も尋ねているのだが、そっけない返しばかりで答えてくれない。
私は仕方なく、よく分からないまま人々の様子を眺めていた。
『皆様、お待たせいたしました。今から月に一度のビッグチャンス!人生大逆転のくじを始めます!』
しばらくすると、どこからか機械の声でアナウンスが流れだす。
その瞬間、歓声が巻き起こった。
驚いた私は、ビクつくが誰もそれに気が付く事は無い。
『必要なのは運だけ。皆様は待っているだけで、巨万の富を得られるのです。』
訳の分からないまま展開は進んでいき、誰も説明してくれない大きなモニターが上から降りて来た。
そこの画面にはルーレットが映っており、周りの人はそれを食い入るような目で見ている。
私はというと、これから何が起こるのか分からないので、深く考えずにそれを眺めていた。
『それでは開始します。』
それから分かっていた事だったが、ルーレットが回り始める。
回っているレーンは2つ、1つは天使と悪魔のマーク。もう1つは番号だった。
それがグルグルグルグル、そして止まる。
天使のマークと56515という数字。
人々のどよめきと、どこか遠くから聞こえてくる歓喜の叫び声。
たぶんその声の主が当たったのだろう。
誰かを確認する暇なく、ルーレットはまた回り始めた。
しかし今度は、悪魔のマークと数字だけ。
先ほど以上に、人々の顔が真剣なものになっている。
またグルグルグルグル、そして止まった。
悪魔のマークと104880という数字。
さきほどよりも、ずっと近い場所で女性の叫び声が聞こえて来た。
「いや!嘘でしょ!?」
目を凝らせば、地面に横たわりながら暴れている人が見える。
しかし周りの人は、特に何もせず知らん顔をしていた。
「さあ、帰りましょうか。」
それをじっと見ていると、ヴァイクエさんが穏やかな表情で私に話しかけてきた。
先程とは全く違う態度、しかしその顔には落胆の感情が隠しきれていない。
「帰りながら話をしましょうか。」
未だに近くでは、女性の悲痛な叫びが聞こえている。
しかし誰も彼女に話しかけず、心配もせず、ヴァイクエさんと同じように家へと帰っていく。
私は少し迷ったが、話しかけてどうにか出来るわけじゃないので、良心が痛むけど見て見ぬふりをした。
ヴァイクエさんの家に行く帰り道、言ってくれた通り説明をしてくれるらしい。
「驚いたでしょう?」
「ええ。」
全く教えてもらえず、放置されていた事に。
あと少しででかかってしまったが、耐えて話を合わせる。
「あれは、ちょっと前から始まった一攫千金のチャンスなの。だからみんな、熱が入っちゃってね。ごめんなさい。」
照れたようにしているが、人の事は言えない。
私は冷めた感情で見る。
「あれは、一体何ですか。」
「あれはね、私達の為に作られたもの。あのルーレットで天使に当たった人はね、その日から何不自由ない生活を約束されるわ。」
簡潔に分かりやすくを意識してくれたのか、それだけで全体像が見えた気がする。
私の世界で言うと、宝くじに近いものか。
しかしそれにしても全員参加で、その後の生活の保障をされるとは、何ともまあ大規模な話だ。
感心すればいいのか、呆れればいいのか分からない。
「でも、悪魔のマークもありましたよね。あっちに当たった人は、どうなるんですか。」
何となく分かってはいたが、一応確かめておこうと聞く。
「ああ、あれに当たった人はね。まあ良い話じゃないんだけど、一生不自由な生活しか送れないわ。」
やはりか。
そして私は何となく、この仕組みのからくりが分かった気がする。
一生不自由しない生活を送る人の為に、誰かが代わりに不自由な生活を送る。
与えられる人と与える人が同じ数ならば、プラスマイナスゼロだ。
だからいくら大規模でも、この世界はやっていける。
誰が考え出したかは分からないが、面白いシステムかもしれない。
「みんな、いつ自分に天使のマークが微笑んでくれるのか、わくわくして待っているわ。月に一度が楽しみなのよ。」
人々のやる気をアップさせるのだから、プラスマイナスゼロというよりプラスか。
ますます考えた人に、会ってみたい気がする。
鏡のおかげで、運が良くなっている私がそう願ったからか。
「あ。あそこにいる方が発案者よ。生で見るのは、初めてだわ。」
なんとまあタイミングの良い事に、すぐ近くに会いたい人が現れてくれた。
発案者という人は、中肉中背の特に特徴の無い普通の人だった。
しかし彼の周りにはたくさんの人が集まっていて、中には拝む人までいた。
出来れば話を聞いてみたかったのだが、そこまでは無理な願いかもしれない。
見る事が出来ただけで満足しようとしていると、きっかけが何か分からないが彼と目が合った。
すぐに逸らしたのだが、何だか人々のざわめく声が聞こえてくる。
恐る恐るそちらを見ると、目の前に笑顔で彼が立っていた。
「君が、この世界に来たっていう子だよね。時間があれば、少し話をしないかい?」
願ってもいない話だったので、私は戸惑いつつも二つ返事で提案を受け入れる。
グルツインと名乗った彼が案内してくれたのは、どこかの会議室みたいな所だった。
私が入っていいのかと不安になったのだが、彼はこの世界では偉い立場みたいなので大丈夫だろう。
きょろきょろと辺りを一通り見ると、彼に視線を合わせた。
「それで、話って何でしょうか。」
ここまでおあつらえ向きに、2人になったのだ。
聞かれたくない話なのは分かるが、私にするとなると何だか予想できない。
グルツインさんは苦笑する。
「若いのにしっかりしているね。何となく分かっていそうなんだけど、今から話すのを誰にも言わないと約束してくれるかな?」
「はい。」
最初からそのつもりなので、私は即答した。
そうすれば表情を変えないまま、口を開く。
「あのシステムを、僕が作り出したってのは聞いただろう。そのからくりをね、この世界の人には話せないから君に知ってほしくて。」
「それは、与える人と与えられる人が同数だからプラスマイナスゼロになる事でしょうか。」
「いいや、それも合っているけど。もっと話は複雑だ。」
彼が何かを合図すると、部屋の上からモニターが現れた。
少し前に似たような光景を見たので、この世界の人はこういうのが好きなのだろう。
そのモニターには、たくさんの人が映っていた。
老若男女関わらず様々な人だ。
「これは誰ですか?」
「ここ最近、天使のマークが当たった人達だ。」
その人達が何か分からなくて聞けば、簡潔に答えられる。
そしてモニターは、次の画面に切り替わった。
また老若男女様々な人の写真。
先ほどのが天使マークが当たった人達なら、これは。
「こっちは、ここ最近悪魔のマークが当たった人達。」
答えはグルツインさんが言ってくれた。
しかしそれが分かったとしても、彼が話したい事が分からないままだ。
「今映っていた人達はね、前者は余命いくばくもない人達。後者は毎年行われる健康診断で、特に問題の無い健康体だった人達なんだ。」
私は彼が何が話したかったのか、何となく分かった。
この世界はどうやら、私が思っていたよりも善意に満ちているものではなかったようだ。
「その顔は分かったみたいだね。そうだよ、プラスマイナスゼロなんかじゃない。このシステムは世界にとって、いつだってプラスにしかならない。」
裏を知ってしまったからか、グルツインさんの顔が邪悪なものに見えて来た。
しかし不思議なのは、このからくりを私に話すメリットだ。
もしかしたらこの世界の誰かに話してしまうリスクがあるのに、わざわざ少ししか滞在しない私に話をしたのは。
「君が話したところで、信じる人なんていないさ。頭がおかしいと思われるだけだから、止めた方が良い。」
私の考えが読まれたかのように、彼は全てを分かった顔で忠告する。
少し考えたが、実行する気はもともと無かった。
それよりも気になるのは、もっと別の事だ。
「何で、私にこの話を?」
様々な理由を考えたが、どれもしっくりこない。
それならば、聞いてしまった方が早い。
私の問いかけに、グルツインさんは作り笑顔を浮かべたまま、短く言った。
「ただの自慢さ。」
鏡の前へと戻った私は、あまりいい気分とは言えなかった。
あれからグルツインさんとの話が終わった後、ヴァイクエさんにそれとなく聞いてみた。
このシステムに不満は無いのか、もし自分が悪魔のマークに当たってしまったらという恐怖は無いのかと。
しかし彼女の答えは、
「その時はその時。それよりも、天使マークに当たったらと考える方が良いでしょ。不満なんて全く無いわ。」
全く危機感が無く、システムの裏の顔を知らずに、のんきに笑っていた。
その顔を見て、もし天使のマークが当たった時、すぐ後に死ぬと分かったらどう思うのだろうか。そう思ってしまった。
あの世界で私に出来る事なんてなく、皆が満足しているならどうしようもない。
元の世界に帰ってきて、私は少し考え込んでしまった。
私の住むここでも、実はそんな理不尽なシステムがあるんじゃないか。
それに気づかないで、私はのんきに笑っているだけなんじゃないか。
しかし深く考えすぎて、何かを見つけてしまうのが怖くて、すぐに止めた。
そして気持ちを切り替える為に、ノートを開く。
『一攫千金の世界……世の中に完全な善意なんて無いのかもしれない。どんなに魅力的なものでも、裏を返せば色々な事実が眠っている。』
ノートを閉じると、私は宝くじでも買ってみようかと思った。
当たるなんて夢物語を見ているわけではなく、まだこっちの方が分かりやすいからくりだからだ。
しかし止めた。
一攫千金よりも、コツコツと貯金をする方が現実的だ。
つまらないと言われそうだが、私はそれで満足だった。
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