怖がりな世界
私の家に、代々伝わる不思議な鏡。
効果は鏡の表面に触れると別の世界に行けるという、普通だったらありえないもの。
それは16歳を迎えた女の子が、一定の期間だけ使える条件が付いている。
行った世界で何をするのも自由、帰るタイミングは鏡が決めてくれるから何があっても最後には帰れる。
もし誘拐されたとしても、安心と言えば安心。さすがにそんな危険な真似はしないが。
何故、私の家が鏡を持つようになったのか。
どうして別の世界に行けるのか。
女の子しか使えない理由は何か。
父や祖父はこの事を知っていて、どう思っているのか。
現在鏡を使っている私が思っている色々な疑問を、未だに1つも教えてもらえていない。
母も祖母も、ただそこで色々と学びなさいとだけしか言わなかった。
別の世界に行った経験が、私をどんどん成長させてくれて言わなくても分かる時が来ると。
だから使えなくなる日が来るまで、後悔しないように使いなさいと。
そんなぼんやりとした話に納得したわけじゃなかったが、それ以上は何も聞けなかった。きっと聞いても、今は絶対に答えてくれない。
だから私は、2人に言われるがまま鏡の前に立つ。
『お化けの話をするのは禁止!』
来た新しい世界で、まず最初にその注意を言われて私は呆気にとられてしまった。
お化けの話をするのは禁止とは、一体どういう事なのだろうか。
まず信じているのか、この世界は。
呆れればいいのか、それともお化けが実はいるのかもしれないと怖がればいいのか。
対応に困ってしまい、私は何故か曖昧に笑うしかなかった。
「その顔は馬鹿にしているね。でも本当に駄目だよ、もしも話をしていたのがバレたらその場で死刑だから。」
「へっ?」
気付かぬうちに態度に出てしまっていたようで、真剣な顔をしたブダダさんが警告をしてきた。
その内容に、私は大きく口を開けて変な声を出してしまう。
死刑?
もしかして今、死刑といったのかこの人は。
お化けの話をしたら殺されると、それはものすごくおかしい話だ。
私は冗談だと思って、その場は納得したふりをして話を流した。
しかし冗談ではなかった。
まさか警告されてすぐに、実際にその場面を見る事になるとは。
全く予想だにしていなかった。
それは穏やかな日だまりの中、とある公園で起こる。
敷地にある芝生で私は観光を一段落終えて、少し休憩をしていた。
そんな時に、すぐ近くでコソコソと話しているのが自然と聞こえてくる。
「昨日ね、見ちゃったの。」
「何を?」
「お化け。」
私は午前中に聞いた、ブダダさんの警告を思い出した。
確かお化けの話をしたら、その場で死刑ではないのか。
しかしコソコソとはしているが、確実に話している。
これはやっぱりブダダさんの警告は、ただの言い過ぎだったようだ。
私は呆れた気分で脱力してしまった。
信じてしまいそうになった自分が、何だか馬鹿らしい。
しょうがないから、いいBGMとして話の続きを聞く事にする。
「え。お化けって。嘘でしょ?」
「それが嘘じゃないの!本当にいるのよ、お化けは!」
「しー!声が大きいって!……あ。」
盛り上がってしまったのか、大きな声になっていた会話。
それを止めたのは、会話をしていた1人だった。
どうしたのだろうかと、私はそちらを見て納得する。
そして危険を察して、その場から離れた。
「聞こえたぞ!お前ら、お化けの話をしただろう!」
お化けの話をしていた2人は、ガタガタと震えだし涙を浮かべている。
その前に、銃を腰に吊り下げたガタイのいい男が立っていた。
眉間にしわを寄せて、低く響く声で怒鳴る。
公園中に響いているのではないかというぐらいで、注目が一気に集まった。
しかしみんな遠巻きにして、助ける者などいない。
私も嫌な予感はしていたが、間に入るなんて事は出来なかった。
「ち、ちがっ。話していたのは、この人だけで私は言っていません!」
「なっ!?違います!この人も話していました!」
そう考えている時も、話は進んでいる。
2人はお互いに罪をなすり付け合いながら、醜い姿を見せていた。
しかしそんな争いも、男には関係なかった。
「問答無用!2人とも死刑だ!」
腰に下げていた銃を取り出すと、息つく暇もなくそれを発砲する。
重苦しい音が続けて2回聞こえて、そして2つの体が生命活動を終わらせ、地面に倒れ込んだ。
耳に残る発砲音。
私は一部始終を全て見たせいか、頭が急に痛み出した。
人が死ぬ所を、初めて見た。
しかも自然にでも事故でもなく、殺されてなんて。
そんな場面に出くわすなんてほとんど無い、平和な世界で生きている私にとって衝撃でしかなかった。
いつしか、体の震えが止まらなくなっていた。
それでも最後まで見なくてはならないと、意地でも視線は外さない。
「よし。完了だ。」
2人を殺した男は、そんな感じを全く見せず淡々と腕時計を操作した。
そうするとどこからか、車が走ってきて彼のすぐ近くにとまった。
無人運転の車のようで、腕時計で動かせるみたいだ。
男が死体を積んで、そしてそのままどこかへと行くのを見届けると、私の体から力が抜けた。
本当に怖い。
まさかこんな世界があるなんて、私は今まで想像もしていなかった。
何て平和ボケをしていたのか。
母も祖母も、色々と知るのが大事と言ったのだ。
これぐらいで弱っている場合じゃない。
大きく何度か深呼吸をして、私は立ち上がった。
しかし突然肩を叩かれ、驚きから飛び上がってしまう。
「きゃあっ!」
「ご、ごめん。驚かせて、僕だよ。」
方に乗った手の先を辿り、隣を見るとそこにはブダダさんがいた。
私の声に目を丸くしていて、それはすぐに申し訳なさそうな顔になった。
「い、いえ。私も大きな声を出してすみません。」
大きな声を出してしまった恥ずかしさから、頬に手を当てる。
そこはだんだんと熱を持っていき、私は顔が赤くなっているのだと見なくても分かった。
「僕も急に叩いたから、悪かったよ。それよりも銃声が聞こえたってことは、マコさんは見たの?」
恥ずかしさで飛んでいたが、先ほどの光景を思い出した。
そうすると、恐怖が戻ってきてしまって手の中の温度は一気に下がった。
「はい。見ました。」
「じゃあ僕がさっき言った事は、嘘じゃないって分かったね。」
「はい。少し疑ってしまい、すみませんでした。」
ブダダさんは困った顔をしているが、ちくりと嫌味を言ってくる。
私は反論するほどの気力を残しておらず、素直に謝った。
そのおかげで機嫌は良くなったようで、彼は私に手を差し伸べた。
「驚いただろう。まだ震えているみたいだし、落ち着いて座るために家に帰ろうか。」
「はい。」
その手と顔を見て握るなんて事をせずに、私はすでに覚えた帰り道を先に歩く。
全くしょうがない子だな、そんなブダダさんの気持ちを背中で感じたが無視した。
ブダダさんの家に帰ると、私はだらしがないが深く背もたれに寄りかかって椅子に座った。
観光をしていただけでも少し疲れたのに、さらに衝撃的な出来事で疲労がかなりたまったせいだ。
ブダダさんは私のその様子を、どういう気持ちで見ているのだろうか。
今回に限っては、この人に嫌われても構わないからどうでもいいや。
私はそう考えて、特に姿勢を正さなかった。
「あれはどうして、いつから、なんですか?」
そして目を閉じ、遠慮するということなく尋ねる。
そのまま何も言わず、閉じたままで暗い視界を楽しむ。
「どうして、いつからというあなたの質問に私は答えることが出来ます。しかし答えるメリットはない。」
本当に面倒くさい人だな。
どう言うべきか分からず、私はただ目を閉じて口を開いた。
「メリットはないというのなら、別の人に聞くまでです。その結果どうなるか分からないですけどね。」
淡々と素っ気なく言う。
そうすれば、ブダダさんの困った様子が伝わってきた。
「それは困ったな。君を預かっている立場としては、危険な目を合わせられない。結構したたかなんだね。参ったよ。」
私は声を出すと相手に有利になってしまいそうだから、ただ待った。
しばらくの静寂のあと、ブダダさんは観念したようだ。
「話をするのが禁止になったのはね、とある事件のせいだった。本当に忌まわしく、凄惨なね。」
何かが私の前に置かれる音がしたが、目を開けず話をただ聞く。
「一人の男がね。人の賑わう繁華街で、刃物を振り回して無差別に人を殺したんだ。老若男女関係なく、様々な人が死んでいった。」
私のいる世界でも、そういう酷い事件は起きてしまうことはある。
しかしそれで、この世界はどう変わってしまったのだろう。
「男は捕まったんだけどね、こんな行動をした理由を『お化けにそそのかされた。』そう言ったんだよ。」
その犯人は、精神的におかしくなってしまっていたわけだ。
本当だったのか罪になりたくなくて言ったのか、それは分からない。
「だからもう二度とこんな事件が起きないように、厳しく取り締まることにした。どんなに小さくても、言ったらそれだけで死刑だ。厳しすぎるという声も出てくるが、こうでもしなきゃ同じことの繰り返しになる。」
まるで演説でもしているかのように、声に熱がこもってきた。
私は話を聞きながら、そういう厳しい規制も時には大事なのかもしれないと感じる。
抑制という効果を得られるのならば、やる意味はあるはずだ。
少しこの世界の人を見直していた私は、ようやく目を開ける。ふとその時、あることを思い出した。
別に今の話にあまり関係はなさそうだし、くだらない事なのだが、話のついでとして聞く。
「そういえば観光している間、街のあちこちにオブジェがあったんですけど、あれは何ですか?」
人の形をデフォルメしたような形のそれは、歩けば視界にいつでも入るぐらいにたくさんあった。
ただのオブジェにしては、あまりにも数が多すぎる。
私の問いかけに、ブダダさんはすぐに何のことか分かったようだ。
誇らしげな顔で、胸を張って言う。
「ああ。あれは私達の先祖を奉ったものです。年に一度の死んだ家族が戻ってくる日に、迷わないための目印ですよ。」
私は彼の言葉を噛み砕いて飲み込み理解すると、矛盾に気がついた。
「え。でもお化けの話をするのは、禁止されているんですよね。それなのに良いんですか?」
死んだ家族=お化け、じゃないのか。
少し意味がわからなくて、私は変な顔をしてしまう。
「ちょっと意味が分からないな。禁止されているのは、お化けの話をする事だけだ。死んだ家族と一緒にしたら駄目だよ。」
ブダダさんは何故か、子供に言い聞かせるような諭すような口調で、私をたしなめた。
反論すると長くなりそうだから、何も言い返しはしなかったが、モヤモヤとした気持ちは抱えたままだった。
元の世界に戻った私は、いまだに何だか消化できないでいた。
「なんかなあ、しっくりと来ないな。」
そして気持ちを切り替えられないまま、行った感想を書くノートを開く。
『怖がりな世界……何だか都合が良すぎる。』
私は書き終えて、何であのブダダさんに対して嫌な態度をとってしまったか、理由がわかった気がした。
「いつも目が笑ってなかったな。」
変に気を許さなくて良かった。
私は心底安堵する。
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