音楽の世界



 私の家に代々伝わる不思議な鏡。


 効果は鏡の表面に触れると、別の世界に行けるという普通だったらありえないもの。

 それは16歳を迎えた女の子が、一定の期間だけ使える条件が付いている。

 行った世界で何をするのも自由、帰るタイミングは鏡が決めてくれるから何があっても最後には帰れる。

 もし誘拐されたとしても、安心と言えば安心。さすがにそんな危険な真似はしないが。



 何故、私の家が鏡を持つようになったのか。

 どうして別の世界に行けるのか。

 女の子しか使えない理由は何か。

 父や祖父はこの事を知っていて、どう思っているのか。


 鏡を使っている私が思っている色々な疑問を、未だに教えてもらえていない。

 母も祖母も、ただそこで色々と学びなさいとだけしか言わなかった。

 別の世界に行った経験が、私をどんどん成長させてくれて言わなくても分かる時が来ると。



 そんなぼんやりとした話に納得したわけじゃなかったが、それ以上は何も聞けなかった。

 だから私は、2人に言われるがまま鏡の前に立つ。





 私は自分が聞く曲を発掘するのが、あまり得意ではない。

 新しいアーティストになかなか手を出せず、好きなアーティストの曲を探し続けるだけ。


 それが駄目なわけじゃないけど、たまには違った何かが聞きたくなる時もある。

 しかし自力で探す事が出来ない。

 わがままだと自分でも思う。

 それでも、それが私の本音だった。



 ここの世界はそう思うと、楽なのかもしれないし同時に苦痛でもある場所だ。

 私はフユラエさんから説明を受けて、戸惑ってしまった。


「曲というものが1つしかないって、どういう事ですか?」


「まあ、そう思うよね。」


 口から自然と出てしまった言葉に、彼は苦笑して返す。

 その態度をとるという事は、私と同じようにおかしいと感じているというわけだ。


 しかし、それにしても曲が1つしかないとは。

 この世界の人達の考えが、よく分からない。


「大昔、私達の先祖がね決めた事なんだ。それから変えようという意見が出なかった。だから今でも、そのままというわけ。」


 私のお父さんと同い年ぐらいのフユラエさんは、困ったように頭をかいた。

 確かに自分の文化の話を、他人に紹介するのは難しいだろう。

 それが、自分でも納得の言っていないものだったら尚更だ。


 あまり困らせすぎるのも、滞在中が気まずくなってしまう。

 だから私は、話をそれぐらいで終わらせる事にした。



 曲が無くても、他にいいものがこの国にはきっとあるはずだ。





 しかし私のそんな期待は、ことごとく裏切られる事となった。

 この世界はいい所だとは思う。

 人は親切だし、街は清潔にされているし。


 ただ、それ以外に何があるかと言われたら特になかった。

 住みやすいが、観光にはむいていない場所。

 1日かけて、色々なところをまわった感想がこれだった。


 今回、手鏡が示しているタイムリミットは結構ある。

 これは何をして時間を潰すべきか。



 私は、フユラエさんの家に戻って考え込んでいた。

 ここにこもって時間を過ごすなんて、そんなもったいない事は出来ない。


 しかし外に何もないとなると、どうすればいいのだろう。


「うーん。」


「どうしたんだい?そんなに悩んで。」


 考えすぎて唸っていたら、フユラエさんが話しかけてきた。

 私は失礼かもしれないと迷ったが、それでも遠慮をしちゃ駄目だと伝える事にする。


 話せば話すほどに、申し訳ない気持ちが強くなった。

 冷静になって思えば、この人が住んでいる場所の駄目出しをしているのだ。

 怒られてしまったら、大人しく部屋にこもろう。



 そう思って話を終えると、フユラエさんが私に一枚の紙を差し出して来た。

 見てみると、それはチラシだった。

 ポップで可愛らしい絵と共に、明日の日にちと時間が書かれている。


 何より私を驚かせたのは、でかでかと『年に一度のお祭り‼』という文字だった。



「お、お祭りですか?しかも明日なんですね。」


「はい。2日間という時間ですが。ちょうどこの時期に来るなんて、あなたは本当に運が良い。」


「よく言われます。」


 鏡が良いタイミングを決めているのか、私は色々な世界でたまにしか無いイベントに出くわす。

 今回もそんな風に、良い時に来たみたいだ。


 私は現金だが、にわかにテンションが上がってしまう。


「それに、明日はこの世界に1つしかない音楽を聴けるよ。」


「あ。朝に言っていた。すっごく楽しみになりました!教えてくれて、本当にありがとうございます!」


 そして早く明日になるようにと、今日はもう寝る事にした。

 フユラエさんに私は深くお礼をして、部屋へと戻った。





 まるで遠足前の子供みたいに、楽しみすぎて私はしばらく眠れなかった。

 朝も外がまだ薄暗い時に目覚めてしまい、いてもたってもいられず起きた。


「おはよう。早いね。」


 共有の部屋に行けば、すでにフユラエさんもいる。

 私が楽しみだったことは予想済みだったようで、作りたての料理が並べられていた。


「おはようございます。今日が楽しみで仕方なくて。」


 少し照れながら挨拶をすると、席に座りご飯を食べる。

 昨日も思ったが、とても美味しい。


 私はほっぺが落ちるのではないかと思いながら、結構な量を食べ終えた。

 そしてそわそわとした気持ちで、祭りの時間が来るのを待つ。


「祭りが始まるまでに、もう少し時間があるからちょっと話をしようか。」


 時間が経つのが遅い、早く祭りが始まらないのかな。

 私のそういう気持ちを見透かされたのか、フユラエさんはジュースを机に置いて、そう提案してくる。


 それはとてもありがたいので、ジュースのお礼を言って提案を受けた。

 フユラエさんは、私の世界で言うコーヒーみたいなものを飲み口を開く。


「マコちゃんは、祭りが何故開催するのか知らないだろう?昔話というのは退屈かもしれないが、行くなら知っておいた方が良い。」


「全然退屈じゃないですよ。むしろ、ぜひ知りたいです。」


 自分の知らない話を聞くのは面白い。

 だから私は姿勢を正して、聞く体勢に入った。


「ここには曲の概念というものが、一つしかないって言ったよね。祭りはそれを奉納するためのものなんだ。」


「奉納?」


 1つしかない曲を、毎年奉納するなんて変な祭りだ。

 私は不思議すぎて変な声を出してしまう。


「そう。私の先祖はね、代々曲をとても大事にしていた。だから誰が始めたのか分からないが、毎年祭りに向けてある事をするようになった。」


「ある事、ですか。」


 それは一体何だろう。

 祭りに向けて、曲を大事にしている人達がする事。


 私は考えに考えたが、全く分からなかった。

 ギブアップという意味を込めて、両手をあげればフユラエは話を続けた。


「曲を作る事さ。」


「え?でも曲は1つしかないって。」


 彼の話が見えない。

 曲が無いのに、曲を作るとは。


 まるでとんちでも言われたみたいだ。

 私は頭の中がこんがらがってしまい、何か言う事も見つからず、とりあえずジュースを飲む。


 フユラエさんも、私と同じようにコーヒーもどきを飲んだ。

 あまり、長く話をするのに慣れていないのか。

 大分疲れているみたいだ。


「ごめんね。こんなに話をするのは得意じゃなくて。えっと、言い方で勘違いさせてしまったね。私達は曲を毎年、足し続けているんだ。一年に一分。今では2日間もの長さになってしまった。」


「なるほど。そういう事ですか。」


 頭の中で、点と点が全てつながった。

 とてもすっきりとした気分になったから、私の顔は輝いていると思う。


 彼のいった事が本当ならば、何て面白い話なのだろう。

 2日もの間をかけて、奏でられる曲。

 ものすごく興味が湧いてきた。


「みんな後世に残るから、考えに考えて作っているんだ。出来た時の喜びは、図りしえなかったな。今作っているのは、私よりも若い世代だけど期待しているよ。」


 慈しみに表情を浮かべている彼を見て、私はこの世界は文字通り音を楽しんでいるのだと感じた。

 何も娯楽がないかと思ったが、それは間違っていたのだ。


「いつの間にか、いい時間みたいだ。ぜひ楽しんでおいで。」


「……はい、ありがとうございました。」


 時計を確認したフユラエさんは、立ち上がると飲み終わったコップを片付け出す。

 その姿から、もう話すことはないと言っているのを察すると、お礼を言って外へと出た。


 外はすでにたくさんの人がいて、出店もあった。

 私は手鏡に手を突っ込み、この世界で使えるお金を取り出すと、出店の方に小走りで向かう。




 出店を満喫した私は、広場の隅に座り曲の演奏を待っていた。

 りんご飴に似たお菓子を食べていれば、どうやら準備が終わったみたいだ。


『皆さん、私達が今年作った曲をどうか楽しんで下さい。そして今までの素晴らしい方々の曲を、一緒に楽しみましょう。』


 若い男性がマイクを持って、そう言うと後に合図をした。

 その瞬間、色々な楽器を使った演奏が始まる。


 穏やかなメロディ。ゆったりと、まるで子守唄みたいで私は自然と目を閉じていた。

 しかしそうしていると、急に曲の感じが変わる。

 今度は盛り上がれるような、ノリのいいメロディ。


 目を開ければ、踊っている人たちがいた。


 そんな風に、1分経つたびに曲の印象が変わっていく。

 しかしそれは変ではなく、むしろ鳥肌が立つぐらい素晴らしかった。



 私は広場の隅から段々と中心へと近づき、気がつけば1番前にいた。

 曲を聴いているうちに、なんだか胸が苦しくなり涙が出てくる。


 そんな私の事を、周りの人は優しく対応してくれた。

 こんなにも曲を聴くのがいいものだとは、今まで本当の意味で理解していなかった。


 しかし今日を境に、私の考えは180度変わっただろう。




 おかげでそれから2日、私はこの世界を充実して過ごすことが出来た。





 鏡の前に戻った私は、寝不足の頭を抱えながらも幸せな気分だった。


「最後まで良かったな。本当にいいものを聴かせてもらった。」


 顔は自然と緩んでしまい、私は高揚したままノートに感想を書く。


『音楽の世界……人々が今まで作った歴史。本当にいいアイデアで、素晴らしいものだった。』


 書き終えて満足すると、途端に眠気が襲ってきた。

 私は大きな欠伸をひとつすると、寝るためにベッドへと行く。


 次に起きた時、何をするかはもう決まっている。

 素晴らしい曲を、新しく探し出してみつけよう。



 私が知らないだけで、この世界にもまだまだたくさんいいものはあるのだから。






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