メーターの世界
家に代々伝わる不思議な鏡。
効果は鏡の表面に触れると、別の世界に行けるというもの。
それは16歳を迎えた女の子が、一定の期間だけ使える。
行った世界で何をするのも自由、帰るタイミングは鏡が決めてくれる。
何故、私の家が鏡を持つようになったのか。
どうして別の世界に行けるのか。
未だに教えてもらえていないが、母も祖母もそこで色々と学びなさいとだけ言う。
だから私は、2人に言われるがまま鏡の前に立つ。
今回、私が来た世界はとても特殊な所だった。
来てすぐに見かけた光景に、しばらく開いた口がふさがらないほど驚いた。
それは喧嘩をしている男女の姿だったのだが、2人の頭上に何かメーターの様なものが表示されている。
メーターの量は言い争う度に増えていき、男の人の方はもう少しで満タンになってしまいそうだった。
「あんたが悪いのよ!」
「お前だろう!」
私だけでなく他の人達にも見えているようで、2人の様子を遠巻きにしながらコソコソと話している。
メーターが溜まったらどうなるのか、興味があったので私はしばらく観察する事にした。
まるでゲームみたいに溜まっていったメーターは、ついに満タンになった。
そしてその瞬間、けたたましいサイレンが辺りに響き始める。
音を聞いた人達は顔をしかめて、動きを止めた。
喧嘩をしていた2人はというと女は笑顔、男は青ざめた顔と、対象的な表情をしている。
しばらく鳴っていたサイレンは、いかつい護送車のような車と真四角の車が1台来ると自然に止まった。
それぞれの車からは、全身タイツを着た数人が降りてきた。
その中のリーダー格の人が、一歩前に出てくる。
「メーター管理課のものです。えーっと、あなたですね」
何の感情もこもっていない声で、バッジを見せ回ると男に近づく。
私は全身タイツという格好が変だと思うだけだが、この世界の人達は違うらしい。
「違う! 間違えただけだ!」
焦った様子の男は、恐怖のせいか寒いはずなのに汗をダラダラと流しながらも、必死に弁解している。
しかし彼の訴えは、全く響いていないようだ。
「規則は規則だ。連れていけ」
「嫌だ! 頼む! 誰か助けてくれ! 絶対に嫌だ!!」
リーダー格の人の合図とともに、男は数人に囲まれ運ばれる。
運ばれながら暴れて周りに助けていたが、誰も目もくれず護送車のような車の中に入れられた。
「皆様、お騒がせしました。ではこれにて、失礼致します」
リーダー格の人は、丁寧に周囲の人に挨拶をすると真四角の車の方に乗り込む。
そして他の数人もそれぞれ乗り込むと、今度は静かに去っていった。
まるで嵐が来たぐらいの勢いだったが、車がいなくなると周囲の人々は何事も無かったかのように立ち去る。
その中には、連れていかれた男と喧嘩をしていた女もいて、私はそのあまりに普通な態度に逆に違和感を覚えた。
とにかく拠点に行って、そこに住む人に詳しい話を聞くしかないと、私はポケットから手鏡を取り出した。
そして表面に地図と、拠点を知らせる目印を確認すると歩き出す。
「その人はメーター法を犯してしまったんだ。ここではよくある事だよ」
今回は民宿にお世話になるようで、出迎えてくれた壮年の男性は名をタトと言った。
私はロビーのような所で簡単な説明を受けると、先程見た一部始終が何だったのかを、さっそく聞けば簡単に教えてくれた。
彼は本棚の方に近づき、一冊の本を取り出すと私に差し出す。
「私は説明があまり得意じゃなくてね。この本を読めば、マコさんが知りたい事は全て分かるはずだ。それに」
「すみませーん」
「はい、ただいま行きます」
何かを言いかけていたのだが、ちょうど別のお客さんがタトさんを呼んだので、申し訳なさそうにしながらもそちらへと行ってしまう。
そんな彼の頭上にもメーターはあり、その量は全く溜まっていなかった。
残された私は渡された本を、とりあえず部屋でゆっくりと読む事に決め、その場から離れる。
部屋で本を読んだ私はタトさんの言った通り、メーター法について大体の事が分かった。
人々の頭上に出てくるメーターは、その時一緒にいる相手に対する怒りを表現しているらしい。
メーターは怒りが大きくなるにつれて溜まり、いっぱいになった時は殺意を抱いている証拠だという。
それを察知すると来るのが、メーター管理課。
犯罪予備軍として拘束し、一定期間の講習を受けさせて、それでも無理だと判断されれば刑務所行きになってしまう。
大体の人が講習を受ければ大人しくなるらしいが、年に数人は更生出来ないで刑務所に行く。
その事実は、この世界では社会問題になっているようだ。
本を読み終えた私は、ロビーへとタトさんに返しに行く。
彼は、返ってくるのが早いと驚いていた。
私の評価が少し上がったのか、少し態度が柔らかくなったので、遠慮なく私は尋ねることにする。
「メーター課って、見学出来ますか?」
ここに住んでいる人達にとってデリケートな話だから、怒られたり嫌な顔をされるかと思ったが、以外にもタトさんは嬉しそうに快諾した。
「きっと良い勉強になるよ」
そう言って地図を用意してくれた彼のメーターが上がらない事を、私は何だか面白いと思いながら見ていた。
タトさんがくれた地図を頼りに、たどり着いたメーター課は大きなビルの中にあった。
私は首が痛くなるぐらい、高い建物を見上げてエレベーターがこの世界にあるようにと願う。
建物全部がメーター課のものなようで、中に入れば全身タイツ姿の人がうろうろとしていた。
しかしそれ以外の、普通の格好をしている私のような人もいる。
同じ目的なのか、パンフレットを片手に辺りを物珍しそうに見渡していた。
私は、まず誰に話しかければ色々と案内をしてくれるかを探す。
全身タイツの人達はみんな忙しそうで、話しかける隙がない。
勝手に歩き回るわけにもいかず、少し途方に暮れていた。
勧めてくれたタトさんには悪いが、一旦帰ろうか。
「あれ? 君は」
そんな事を思っていた時、後ろから突然話しかけられる。
振り向けば、そこには先ほど見たリーダー格の人がいた。
たくさんいた中の1人のはずだったのに、まさか私の事を覚えているとは思わなくて、初めはスルーしていたけど目がしっかりと合っていたので返事をした。
「えっと、何でしょうか」
そうすれば満面の笑みを浮かべて、私の方に近づいてくる。
「話はタトさんから聞いているよ。メーター課について知りたいって。時間も無いだろうから、ついてきて」
手を差し伸べてきたので、私はしばらく考えて拒むことなくとった。
そして手を引かれるまま、どんどん奥の方へと進んでいく。
本当に私が行ってもいいのか、というぐらいの所まで入るので心配になってしまうほどだった。
「ど、どこに行こうとしているんですか?」
「落ち着いて話せて、勉強になるところかな」
聞いてみれば楽しそうに返されて、更に心配が増えてしまう。
それでも、偉い立場の人が言っているから何とかなるか。
心配するよりも楽しんだ方が、得だろうと私は気持ちを切り替えた。
案内されたのは、確かに興味深い場所だった。
「どう? ここは本当は関係者以外立ち入り禁止なんだけど、今日は特別にね」
そんな声を聞きながら、私はガラス越しに産まれたばかりの赤ちゃんに手術をしている様子を眺めた。
「察しているとは思うけど、あそこでメーターを埋め込む手術を行っている」
ドラマとかでよくあるような体を切ったり、血が出るようなものではなく、たくさんの線を全身に繋いで機械を操作している。
赤ちゃんは泣きもせず、むしろいつもと違うからか笑っていた。
それは私にとっては異様な光景だが、ここの人達の文化を否定する気は無い。
次々と流れ作業の様に、運ばれて繋がれて運ばれる赤ちゃんの姿を私はしばらく見続けた。
数分ほど見て満足すると、私は部屋の中にある椅子に腰かける。
そうすれば、すぐ前の椅子にリーダー格の人が座った。
「どうでしたか?」
「凄い興味深かったです。……あのメーターっていつから、どういう風に広まったんですか?」
いつの間に用意していたのか温かいお茶が置かれていて、私は遠慮なく飲む。
今までに飲んだ事の無いような、不思議な香りと味が広がったがとても美味しかった。
私は顔をほころばせて、それを更に飲む。
リラックス効果でもあるのか、体から自然と余計な力が抜けて、椅子の背もたれに深く寄りかかっていた。
「そうですね。あなたになら、お話しても良いかもしれませんね」
私の一連の行動を観察するかのように見て、害はないと判断されたらしい。
少し声を潜めて、話をし始めた。
「あのメーターが作られたのは、今から30年前の事です。それまでここら辺は、衝動的や恨みが原因の殺人事件が多発していて、政府は頭を抱えていました」
よくある事である。
人間はいつの時代も、争いから離れられない。
それはどうしようもなく、みんな何とかしたいとは思っても良い方法は無かった。
「そんなある時、1人の科学者が人の怒りの度合いを視覚化する方法を発明しました。しかも簡単に出来て、正確性がある。私達はその発明の素晴らしさに、すぐに国民ほぼ全員が手術を受けました。そしてこれから産まれてくる国民にも、受けるよう義務化したんです」
しかしこの国は、発明によりその方法を見つけたのだと言う。
「相手に殺意を覚えた時に、アラームが鳴るようには別の方が発明しました。それ以来、ここで殺人は急激に減るという結果になったのです」
誇らしげに話を終えると、同じようにお茶を飲み大きく息を吐いた。
しかし私はその話の中で、何かがおかしいと思った。
それが何なのか、私はすでに分かっている。
「会った時から気になっていたんですけど。あなたの頭の上には、何でメーターが無いんですか?」
先ほどから話している間も、まったく出てくる気配の無いメーター。
それは、この人が手術を受けていない証拠ではないか。
手術を義務化しているのに、どうしてだろう。
それを聞くと、くすくすと笑いだす。
「そうだよね。不思議に思うのは当たり前か。分かっている通り、私は手術を受けていない」
「何でですか?」
「私はね、その科学者の子供なんだ。だからこそ手術を受けなかった。父も受けていなかったよ」
意味が分からない。
普通は自分が発明したものなのだから、真っ先にするものじゃないのか。
私の顔が疑問で溢れているのを感じ取ったようで、更に詳しい説明をしてくれる。
「他の人達には他言無用だよ? 発明をした父はね、メーターの恐ろしさを誰よりも分かっていた。感情なんて不確かなものを、自分でコントロールをいつでも出来るわけじゃない。人にどうしようもない怒りを湧いて、行動に起こさないけど殺したいと思う事はあるはずだ」
「確かに、そうかもしれませんね」
誰でも、どうしようもない怒りを覚える事はある。
私も無いとは言い切れなかった。
「それが許されないんだよ。いくら殺人が減るからって、その対価に窮屈な生活を送るなんて私には絶対無理だな」
ほがらかに笑い続ける姿は、本当に他人事だ。
私は最後に、一つだけ質問をしたかった。
「何で、あなたにも受けさせなかったんですかね?」
予想外の質問だったのか、しばらく考えこんでいる。
答えられないようならば別に良いと言おうとしたが、その前に答えは出たようだ。
「さあ。もう死んでしまったから、確かな事は分からないけどね。父も人間だから、娘は可愛かったんじゃないかな」
そう言う彼女は、とても照れ臭そうにはにかむ。
私は何だかその姿が、異様なものに思えて仕方が無かった。
国にとどまるタイムリミットが終わり、私は強制的に鏡の前に戻されていた。
私は先ほどまでベッドにいたので、戻った時は寝転んだ姿のままだった。
慌てて起き上がると、そこには私の顔を映す鏡しかない。
何だか先ほどまで全員の頭の上にメーターがあったから、私の上にもないかと確認してしまう。
あるわけが無いので、馬鹿らしくなって笑う。
そして、いつも書いているノートを開いた。
『メーターの世界……画期的な発明が、本当に素晴らしいのかは誰にも分からない』
あの女性は自分の子供が生まれた時、どうするつもりなのか少し気になった。
恐らくはメーターの手術を受けさせないんだろうな、と私は予想する。
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