鏡の中へ

瀬川

平等な世界



 私の家は普通とは少し違う。

 何が違うのかというと、いつの頃からか分からないが代々伝わる不思議な鏡を持っている。



 別の世界に行ける鏡。

 この鏡を使えるのは女の子だけで、しかも限られた期間だけ。

 今年16歳になった私は、ようやく鏡を使えるようになった。





 これまで何回か別の世界に行っているとはいっても、緊張しないわけではない。

 私は鏡が教えてくれた必要なものが、ちゃんとカバンに入っているか確認すると、意を決して表面に手をそっと置いた。


 その瞬間、眩い光が体を包み込み私は瞳を閉じる。




 次に目を開けると、そこは鏡のある部屋ではなかった。


「なんか、変な形の建物が多いな」


 私は辺りを見回して、すぐそんな感想が口から出てきた。


 今いる場所は街の真ん中のようで、家がたくさん建っている。

 しかし普段見ているような四角を基本としたものではなく、多角形や球体、さらにはそれらを繋ぎ合わせた形のいびつな建物まであった。


 それ以外は特に人や物に変わった様子はないが、しばらく過ごして見なくては分からないだろう。

 私はいつの間にか手に持っていた手鏡を覗き、映っている地図を確認する。


 そして地図の中に書いてある赤い丸印を目指して、とりあえず進む事にした。

 そこへ行けば、私がこの世界に滞在する際に絶対必要な拠点を得られるからだ。




 思っていたよりも時間はかかってしまったが、何とか私はその場所についた。

 手鏡がナビの様に案内してくれず、とても不便なせいだ。


 しかし文句を言うわけにもいかないので、私は何も言わず辿り着いた八角形の家の扉を叩いた。


「はーい」


 中から女性の声がして、そしてすぐに扉が開けられる。

 出てきたのはふくよかな30代くらいの人で、固まっている私を見ると顔を輝かせた。


「笹瀬麻子です。よろしくお願いします」


「あらあら、あなたが例のお嬢さん? 思っていたよりも、ずいぶんと可愛らしいわね! 私はキーナ。あなたの面倒を見るわ。ま、とりあえず中に入りなさい。マコちゃん」


 そのまま何かを言うすきを与えずに、私の体を引き寄せて中へと案内する。

 私はなされるがまま引きずられて、階段を上ったり下りたり曲がったりすると、ピンク色を基調としたファンシーな扉の前で止まった。


 何の扉か分かったが、私は認めたくなくて隣に立つキーナさんを見る。


「あなたの為に用意した部屋よ。好きに使いなさい」


 しかし現実は、私の思い通りにはならない。

 せっかくの好意を無駄にするわけにはいかないので、なるべく嬉しそうな顔をする。


「ありがとうございます。私の為にわざわざ、本当に嬉しいです」


「あらまあ、ご丁寧にどうもね。来たばっかりだと思うから、落ち着きたいでしょ? 夕ご飯の用意が出来たら呼ぶわね」


 キーナさんは満足そうに頷くと、ウインクをして去っていった。

 その後ろ姿は何よりも安心感があって、さすが鏡が選んだ人だけあると思う。


 私は鏡に映る滞在時間のリミットを見ると、部屋の中へと入った。


「うわあ。綺麗」


 扉の感じからフリフリの部屋を想像していたのだが、中は木を基調とした落ち着いた雰囲気で私はすぐに気にいる。

 荷物を適当に床に置いて、遠慮なくベッドに横になったら柔らかく体を包み込まれて、自然と顔が緩んでしまう。

 窓から差し込む暖かい日差しは、気持ちが良い。


「ここはどんな場所なんだろうな。いい世界だと良いな」


 口に出した願いは本気で、私は眠気にさそわれるまま目を閉じた。




 夕ご飯の準備が出来たと、キーナさんが呼びに来てくれた時には外はすでに暗くなっていた。

 私は毛布をかぶっていなかったせいで、少しの寒さを感じながら彼女の後を追ってリビングの様な場所に行った。


 テーブルは普通に長方形で安心したが、上にのっている料理に私は顔を引きつらせる。


「す、すみません。これって何ですか?」


 嫌な予感がものすごいが、往生際悪く聞いてしまう。

 色々な世界に行って、そこでしかない風習や食事に出会う事はあったが、ここはおかしさではトップになるだろう。


 料理に使われている食材は全て同じだった。

 しかしそれが、今までに見た事の無い生き物だったのだ。

 無理やり私の知っている中から、それに似たものをあげるとしたらクランプスかもしれない。


 猿みたいにな体に、ヤギの様な大きな角。

 それがサラダにも、メインディッシュにも、スープにも丸ごと使われているのだ。

 私はもう死んでいるが、こちらを見てくる目に気持ち悪さを感じる。



 それでも他人の文化を真っ向から否定するのは、さすがにまずいと吐き気をおさえた。


「ああ、これ? ウギグンって言ってね、ここら辺の主食だよ。マコちゃんは知らないんだっけ?」


 キーナさんは特に意地悪をしている様子無く話しているので、本当にこれを主食として食べているんだろう。

 私は顔を引きつらせるのを誤魔化す事が出来なくて、失礼だとは分かっていたけど聞いてしまう。


「あ、あの。これの他の食材を使っている料理って無いですか?」


 さすがに見た目を受け入れるには気持ちが悪い。

 キーナさんには申し訳ないが、別の料理にしてもらえないと食べる事が出来なさそうだ。


 私は本当に恐る恐る提案した。

 しかし彼女の顔を見て後悔してしまう。


「マコちゃん、それは絶対に外で言っちゃいけないよ」


 まるで怒られているかのような感覚に陥るぐらい、彼女は無表情に淡々と言った。

 私は先程までの快活さとの落差に、自然と後ずさってしまう。


 今、私は踏み入れてはならない領域に、何も考えずに入ってしまった。

 火を見るよりも明らかな事実に対して、冷や汗が止まらない。


 それでも私は黙るという事はしなかった。


「何でですか?」


 理由を知りたいという好奇心と、もし無理に聞いてキーナさんの好感度が下がっても、時期が来れば帰るので関係ないという打算的な考えを持ったからだ。

 そんな私の考えを見透かしているのかはわからないが、ため息を吐いた彼女は渋々と話し出す。


「昔はね、ここら辺もウギグン以外の生き物を食材にしていた事はあった」


 話が長くなるのを見越してか、私に席に座るように促してきたので遠慮なく座った。


「でも。それはおかしいだろうって、みんながある日気がついたんだ。私たちのエゴで、生き物を殺して食べるなんてひどい。生き物は平等なんだから」


 彼女は話しながら、料理を黙々と切り分ける。

 その中の頭の部分を、ゆっくりと自分の取り皿に載せた。


「だから私達は、生き物に代わる食材を探し求めたの」


 私を見ることなく、そのウギグンというのを食べたキーナさん。

 ゴキ、ボリという音がその場に響いた。

 美味しそうにはとても見えないが、満足そうに飲み込んだ彼女は話を続けた。


「そんな時にとある発明家が、ウギグンを作った。栄養価もあり、美味しい、さらには作る方法も簡単。すぐに主食として広まったわ」


「でもそのウギグンだって、生き物ですよね? 平等なのに、おかしいんじゃないですか?」


 私は話を聞いていて、1番おかしいと思っていた。

 生き物は平等だからと言っているのに、ウギグンに対しては全くそれがない。


 そこを責めてみたが、キーナさんには特に焦りも怒りの感情もなかった。

 ただ、大皿のウギグンを解体するかのようにナイフで切り裂き始める。


「違うわよ」


 そのまま無言で話を終えられるのかと思っていたが、彼女はまた口を開いた。


「ウギグンは違うの。私たちが作ったものだし、考える頭もない。これはただの食材よ」


 その顔は、自分の言っている事のおかしさに全然気がついていない。

 私はそれを指摘するわけでもなく、食事を共にするのは辞退した。


 ウギグンを美味しそうに食べているキーナさんは、初めから予想していたのか文句は言わなかった。





 部屋へと戻った私は、ベッドに横になり手鏡を取り出した。

 そこに映し出されているタイムリミットは、もうそんなに無い。


 このままベッドで過ごしていたら、戻るぐらいだろう。

 それでも良かったのだが、私はもう少しこの世界に対してやりたい事があった。


 そう決めると私は気づかれないように、部屋から抜け出した。



 目的の部屋がどこにあるか分からないので、私はしばらく部屋から部屋をさまよう。

 そうしている間にも、タイムリミットは刻一刻と過ぎていく。

 私は焦りつつ探し続けていれば、ようやく見つかった。


 開け放った部屋の中は、湿っぽくて薄暗い。

 そして獣の臭いがして、私はハンカチで口元を抑えた。



 暗かったのだが、明かりをつけるとばれるかもしれないので、持ってきていた懐中電灯で中を照らす。

 そうすれば辺り一面、ウギグンが置かれていた。

 そのどれもが、すでに処理が済まされていて、私は無駄足だったかとがっかりする。


 しかし部屋の隅の方に、たった一匹檻の中で生きているウギグンを見つけた。

 私は怯えさせないように、ゆっくりと檻の方に近づく。

 そうすればそれは鳴き声をあげず、じっと私につぶらな瞳を向けていた。その大きさから、まだ子供なのだと分かる。



 私はしゃがみ込み、目を合わせるとそれに静かに問いかけた。


「ねえ。あなたはそれで良いの?」


 話が伝わっているか不安だったが、それは小さく首を振った。

 どうやら意思疎通は出来るようだ。

 聞いていた話と違う、しかし実際そんなものだろう。


 私は時間があまり無いのを確認すると、早口で言う。


「そう。それなら変えてみなさい。今のままだったらずっと虐げられるだけ」


 そして返事を待たずに、檻の扉を開けた。

 出て来なければ、それまでという事。


 そう思って見守っていたら、警戒しつつも中から出てきて私をちらりと見て逃げて行く。

 部屋から出ていくまで、私は何も言わなかった。


「せいぜい頑張りなさい」


 最後に一言だけ声をかけて、視界は暗転する。





 気が付けば、私は鏡の前で立っていた。


「疲れた」


 そう言うと、自然と肩に入っていた力が抜ける。

 慣れない事はするものじゃないな。


 私がウギグンにした行動は、ただの自己満足だ。

 何かが変わるなんて可能性なんて、ほとんどない。


 それでも檻を開けて逃がしたのは、何でなのだろうか。

 私は考えて、すぐに思いついた。


「平等なら、外を一度ぐらい自由に歩くべきだからね」


 たったそれだけの事だった。


 部屋を出て、どこまで行けたか。

 出来れば外の世界を、体験して欲しいものだが。

 しかし万が一、あの行動のせいで人々の考えが変わったとしたら、次は別の生き物が犠牲になるだけなので、すぐに捕まった方が良いのかもしれない。


 もうあの世界に行く事は、ほぼ無いだろうから確かめる術は無いが。




 私はもう考えるのは止めようと気持ちを切り替えて、別の世界に行った後にいつも書いているノートを開く。


『平等な世界……それは強者視点の平等に過ぎない』


 それだけ感想を書き、私は少しボロボロのノートをしまった。

 終わった安心感からか、途端に襲い掛かってきた眠気。

 私は大きく一度あくびをすると、部屋を出ていく。



 次は良い世界に行きたい。

 そう心の片隅で願いながら。



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