ACT-5 ~Another World~ 4/6
更に一年後。
竜也達がザウェルと出会い、既に二年が経過した。
ザウェルが竜也のアパートから独立して、ちょうど一年が経過。
そして竜也達も、就職に向けて本格的な活動を始めており、以前のようになかなか気軽に集まれない状況が続いていた。
しかし、その条件から外れるロゼと瀬莉香は、相変わらず仲良く共に行動しており、竜也にも絡んできた。
その理由は、竜也→就職活動なんかまともにする筈がない、という、酷い理屈によるものだった。
――が、悲しきかな、それは事実でもあった。
竜也と誠吾は、幼い頃から剣道や空手等の武術を共に学び、互いに競争して来た仲だ。
その流れから、誠吾の薦めで「御堂律心流」という流派の居合道を、最近学び始めていた。
居合道と言っても、所謂町道場レベルの小さな規模の道場で、本格的な修行というほどのものではない。
誠吾からすれば、いわば日々のストレス解消や、精神修養的な狙いがあったようだが、竜也にとっては違うものがあった。
「どうした竜也?」
その日も、いまいち調子が出なさそうな竜也に、誠吾が尋ねる。
「また、あの違和感って奴か?」
「ああ、そうなんだ。なんかこう、上手く言えないんだけど」
「最近思うんだが、お前、わざと手を抜いて練習してないか?」
少しだけ睨みを利かせ、誠吾が厳しく問う。
その言葉に、竜也はハッとした。
「長年、お前の稽古の様子を見てるが、なんだか身の入り方が違う。
しかもこの道場に来てから、特に目立つ。
ブランクが空いてたからか? それとも――」
「待てよ、別に、手を抜いてるわけじゃなくてな」
「じゃあ、なんだ?」
「なんつうか……こう、抜刀する時の刀の位置と、斬る対象の位置の、認識が合わないっつうか」
「意味がわからんぞ? そもそも、斬る対象ってお前」
「ああ、だから、語彙が乏しい俺に説明させんなって事!」
「じゃあその違和感を払拭するには、どうすればいいんだ?」
「うん、一度、思い切りやってみてもいいかな?
それで、調子が掴めるかも」
「まるで、普段は思い切り出来ない理由があるような話し方だな」
「まあ、そう言うな。
ちょっと、道場で一度振ってみる」
「もう皆帰ったし。少しなら問題なかろう」
竜也に練習用の刀を放ると、誠吾は道場の端に立つ。
道場の真ん中に移動した竜也は、自分の中で燻っている「何か」を解放するように、今まで道場で教わったことのない体勢と構えを、作り出した。
――姿勢を極端に落とし、身体を捻り、目を閉じる。
大きく開いた脚をずずっとスライドさせ、呼吸を整える。
「な……何をしている?!」
「ちょっと、静かにしてくれ、誠吾」
「そんな構えは、教わってないぞ!」
「だから黙ってろ! 俺の好きなように抜かせろ!!」
「ぐぬ……」
竜也の周囲に、異様な空気が充満していく。
周囲の空気が歪むような、温度すら変化するような、独特の雰囲気を肌で感じる。
数秒の後、竜也は、鋭い視線を前方に投げた。
「せやっ!!」
――キイィィィ………ンンッ!!
青白い光の軌跡が、竜也の前方数メートルの位置に現れ、一瞬で消滅する。
それを見た誠吾は、目を剥いて驚愕した。
「な……なんだ、それは?!」
「わからねぇ。
だが俺にとって、どうやらこういうのが本流みてぇだ」
――カラン!
抜き身を鞘に戻そうとした途端、刃が折れ、床に転がった。
「お、折れた?!」
「あ、やば!」
「……これ、模造刀とはいえ、合金製だぞ?!」
「いっけねぇ! やっちまった!」
「いや、そういう事じゃなく……
いったい、いつの間に、どこでそんな技を?!」
折れた刃を摘み上げながら、誠吾が呟く。
手の中の刃は、ほぼ中心部から折れているようだった。
「俺にもわかんねぇんだ。
ただ、俺はこれでずっと、長い間生きてきたような気がする」
「???」
今の竜也にとって、それは久々に感じる、記憶の違和感だった。
長い間眠っていた感覚が蘇るような、独特の実感を覚える。
(そうだ俺、確かここに来る前に、どこか別な場所で……何だったっけ?)
しかし、その違和感に納得の行く回答が示されることはない。
「今のは、見なかった事にする」
誠吾が、重い息を吐き、そう呟く。
確かに、今の技は、誠吾に繰り出せるようなものではない。
だが、問題はそこではないのだ。
「なあ、誠吾」
「どうした?」
「俺、前からな、たまに誰かの視線を感じることがあるんだ」
「今、俺がお前を見てるだけだが?」
「そういうんじゃねぇ……俺がデジャブを感じる度に、どこかで誰かが見つめてる。
――そんな気がしてならねぇんだ。
今も、それを感じてる」
「疲れてるんだろう。ゆっくり休むんだ」
そう呟きつつ、誠吾がそっと、竜也の肩を叩く。
言葉こそ厳しいが、誠吾は、たまにこんな優しさを見せてくれることがある。
竜也は、それが堪らなく嬉しかった。
その晩、竜也の下に、ザウェルから電話がかかって来た。
「よぉザウェル! 就業一周年、おめでとう!」
『やあ竜也、ありがとう。
どうだい、そちらの調子は?』
「相変わらず適当にやってるさ~」
竜也の緊張感のない返事に、呆れてるのかほっとしているのか、よくわからないため息が聞こえて来た。
『そうか。いい所との縁が見つかるといいね。
ところで、ちょっと聞きたいんだが』
「ん、どうした? なんかあったの?」
『相当前に、ゲートの所在の可能性について、レオナと話をしたのを、覚えているかい?』
「ああ、あったなあ、そんな話。
もしかしたら、この近くにあるんじゃないかって話だっけ?」
『そう、それ。
それに関して、少しある事を思いついたんだ。
君の方から、レオナに連絡は取れるかい?』
「え? ザウェルは電話番号とかLINEとか、聞いてないんか?」
『聞いてない。――やっぱりそうか、教えてないんだな』
「う~ん」
言われてみて、初めて気づく。
レオナは、この世界での諜報活動のため、スマホを所持はしているものの、連絡方法を教えてくれたことはない。
向こうから電話が来ても、非通知表示になっているので、忘れているのではなく、意図的にやっているのだろう。
その為、レオナとは、連絡を一方的に待つしかない状態だ。
思えば、彼女は自分の事は話しても、仲間に関しては全くと言っていい程話さない。
竜也だけでなく、ロゼや瀬莉香達も、ある程度以上踏み込めない壁のようなものを、レオナに対して感じていた。
『まあいいよ、大丈夫。
もしレオナが遊びに来たら、伝えて欲しいことがある。
彼女の仲間のスペルユーザー達の力を、是非お借りしたいとね』
「す、スペルユーザー? なんだそれ?」
『魔道師(ウィザード)、僧侶(クレリック)、隠者(ハーミット)、賢者(セージ)、僧兵(ミスティック)、王騎士(ロード)……
要するに、魔法を使える人達の総称かな』
「よくわからんが、わかった!
次に逢ったら聞いてみる」
『よろしく頼む。
もし私の想像が的中していたら、明日明後日にでも、元の世界に戻るチャンスが訪れるかもしれない』
その言葉に、思わず声が荒ぶる。
「ま、マジかよ!
な、なんか急な話だな」
『まだわからないよ。あくまで可能性の話さ。
じゃあ、よろしくね』
「あいよ! って、ザウェルはもう仕事、上がりなのか?」
『いや、自主的残業って奴だよ。
ああそうそう、私が元の世界に戻れると確定したら、私の貯金は、全部君に渡すからね』
「ええっ?! ち、ちょ……」
『だって、まさかイスターリアに持ち帰るわけにもいかないからね』
クスクスと笑い声が聞こえるが、ザウェルの申し出は、嬉しいというより、むしろ悲しさを覚えた。
それは、ザウェルがこの世界からいなくなってしまう――からではない。
「――あれ?」
『どうしたんだい?』
「俺達、この後、どうなったんだっけ?」
『この後って、未来の事は誰にもわからないよ、竜也』
「だってよ、俺達とお前が再会するのって、二千――」
『ん? 何の話だい?』
竜也は、咄嗟に手で口を紡いだ。
(な、何を言い出すんだ俺?!)
「ななな、何でもない! 大丈夫!」
『そう、それならいいけど。
君も、あまり根を詰め過ぎないでね』
「お、おう! ありがとう」
ザウェルからの電話は、それで終わった。
どうやら、かなり有力な候補を絞れたようだが、竜也はそれよりも、自分の脳の事が本気で心配になって来た。
(おいおい、いよいよおかしくなっちまったのか!?)
頭が混乱しそうになった時は、寝るに限る!
そう思って布団を引っ張り出そうとした矢先、再び、スマホが鳴った。
――瀬莉香からだ。
「もしもし? どうした?」
『竜……くん? 今、何してたの?』
「ああ、ザウェルの奴と電話」
『そう、それで通じなかったんだ……』
瀬莉香の口調が、何だかおかしい。
いつものような元気がなく、まるで今にも消え入りそうな程、弱々しい。
今日は、日中に病院で精密検査があると言っていた事を思い出し、些か不安を覚える。
「何かあったのか?」
『あ、あのね、竜くん……今から、そっち、行ってもいい?』
突然の申し出に、竜也は吃驚した。
「い、い、今から?! って、もう、夜――」
『お邪魔だったら、いいの。
もし、良かったらって、思っただけだから……』
「……」
長年の付き合いだが、こんな瀬莉香の態度は初めてだ。
猛烈に嫌な予感がして、竜也は、慌てて上着を引っ掴むと、玄関にダッシュした。
「今、何処にいる?」
『バス停のとこ』
「うちの近くの、だな? コンビニの向かいの」
『うん、そうだよ。あ、でも……』
「今から行く。そこに居ろ」
『あ、うん。待ってる』
電話を切ると、竜也は靴の踵を踏みつけたまま、急いでアパートの通路を走った。
バス停に辿り付いた竜也は、コンビニの近くで寂しそうに佇む、瀬莉香の姿を発見した。
その顔には、明らかに、先ほどまで泣いていた痕跡が見える。
だが、それに気付いても、竜也には的確な言葉が紡ぎ出せずにいた。
「ごめんね、竜くん。わざわざ来てくれて」
「いや、構わねえ。それより……」
そこで、言葉が詰まる。
瀬莉香が、何か大事なことを、自分に伝えようとしている。
涙を湛えてまで。
そこに、迂闊な言葉で切り込むのはさすがに野暮過ぎるだろうと、竜也は瞬時に判断したのだ。
「竜くん、あのね」
「ああ」
「今日、どうしても……
竜くんと、一緒に居たくて」
「……」
「いい?」
「当たり前だろ。来いよ」
「うん、ありがとう」
「メシは?」
「ううん、まだ」
「寄り道するぞ。なんか作ってやる」
「えっ、ほ、本当に?」
「ああ。
だからそれ食って、元気出せ」
「ありがとう、竜くん……」
瀬莉香が、とうとう涙を零す。
やはり、明らかに、態度がおかしい。
寒いわけではないのに、身体も微妙に震えている。
そのただならぬ様子に、竜也は一瞬、一番考えたくない想像をした。
(……馬鹿な事を考えるな、竜也!)
竜也は、瀬莉香の涙をハンカチで拭うと、まだ息の整わない身体を軽く揺すった。
「さあ、行くぞ」
「うん、本当にありがとう、竜くん」
「水臭ぇ、俺とお前の仲じゃねぇか」
「うん、そうだね」
幼い頃から、何度も握り合った手と手。
お互いに、良く知り合っている筈のぬくもりも、今はまるで、初めて触れ合うような新鮮な感覚に変わっている。
長い時は、二人の懐かしい記憶すらも、変えてしまったのだろうか。
――それぞれ、違う意味で。
部屋に着き、途中のスーパーで買って来た材料で、竜也は調理を始める。
昔、中学時代に振舞って好評だった、カボチャオムパスタ。
ソースは出来合いのデミグラスソースだが、竜也はそれを、手馴れた作業でぱぱっと作り上げた。
時間が遅いので、量と油は控えめに調整する。
それを見ていた瀬莉香の表情が、ぱっと明るくなる。
「すごい……美味しそう。
やっぱり、竜くんはお料理上手だね」
「あんまりレシピは多くねぇけどな」
「ありがとう、私のために、こんなに手の込んだものを……」
「いやいや、手なんか込んでないって!
さ、ゆっくり食いなよ。もうすぐ、スープもあったまるからな」
「うん、本当にありがと。
私、竜くんの所に来て、本当に良かったよ」
「……」
瀬莉香は、心から楽しそうに、遅い夕食を摂る。
その間の会話は、全て、これまでの二人の思い出だった。
共通の思い出。
二人が共に体験した、様々な記憶。
話しながら、その光景が、脳内に浮かび上がる。
だが、何故、今その話を……?
竜也の胸中に、その疑問が残留し続けた。
「ご馳走様。とっても美味しかった!」
「そうか。お粗末様」
「竜くんのお料理、本当に好きなんだ、私。
よく、煮物とか作って、私のマンションに持って来てくれたよね?
あれ、いつもとっても嬉しかったんだよ」
「あんなもんでよければ、これからも、ずっとやってやるって」
「うん、ありがとう……私、嬉しい……」
そう呟きながら、瀬莉香は、また大粒の涙を流す。
戸惑う竜也の肩に、瀬莉香は、頭を軽く乗せて来た。
「瀬莉香?」
「ごめんね、竜くん」
「いや」
「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから、このままでいさせて?」
「ああ」
不自然だ。
瀬莉香の情緒不安定ぶりは、明らかに不自然だった。
これまでの長い付き合いの中で、ここまで違和感を覚えたkとはない。
竜也の心の中で、何かが、激しく警鐘を鳴らしている。
瀬莉香の訴えている事……そして、判って欲しい事は、何か?
だがそれを、ダイレクトに尋ねる勇気は、今の彼にはない。
否、勇気とか、そういう問題ではない……
「瀬莉香」
「ん?」
「昔から、聞きたかったことがある」
「うん、何?」
「俺と居ると、どうなんだ?
その、お前的に」
「それは」
瀬莉香の、言葉が詰まる。
竜也は、そんな彼女の身体を、ぐっと抱き寄せた。
「竜! ……くん……!!」
「俺、お前と居るの、好きだ」
「……!」
「今から一分間だけ、好きなこと言わせろ」
「う、うん……」
竜也は、頭の中に思い浮かぶ言葉を、次々に並べ立てた。
十数年に及ぶ長い付き合い、それも、幼少の頃から見つめて来た自分の思い。
瀬莉香が、自分にとって、どんな存在だったか。
いつも、どれだけ大事に考えて来たか。
時には、身代わりになってでも、助けてやりたいと願って来た。
そんな事を、言葉に変換し、語り聞かせる。
――いや、違う!
そんなことじゃない!
俺は――俺は、そんな温い想いで、コイツを迎え入れたわけじゃない!
竜也の中で、何かが、大きく爆ぜた。
「瀬莉香」
「うん、なに?」
「俺は、ずっと、お前のこと――」
「う、うん……」
「――何よりも、大事だった」
「……」
竜也は、想った。
いや、そうではない。
ある事に、気付いていたのだ。
だからこそ、今こそ、本当の気持ちを、瀬莉香に伝えなければならない――筈だった。
なのに今、それを、無意識に避けてしまった。
羞恥心という、今、最も不要な感情のために。
それでいいのか?
そんな事で、いいのか?
瀬莉香が求めている言葉は、そんなものじゃない!
それが、痛いほどに判っている筈なのに、言うべき言葉が、口から出てこない。
――竜也は、己の弱さを、嫌になるくらいに痛感した。
「竜くん、あのね」
不意に、瀬莉香が、話し出す。
「今日ね、私、精密検査の結果……聞いて来たの」
「ああ」
「私が、身体弱いの、知ってたでしょ?
あれ、生まれつきの病気のせいなんだけど……」
「……」
ドクン
竜也の心臓が、激しく鼓動する。
その先の言葉の概要は、すぐに判った。
だが、それは、認めたくない……
竜也は、今すぐに耳を塞ぎたかった。
「私の寿命、あと、半年なんだって――」
「はん……と、し」
「ごめんね、竜くん……私、もう、もう……どうしていいか、わからなくて!」
とうとう、抑えていた涙と感情が、決壊した。
瀬莉香は、竜也の胸に飛び込み、大声を上げて泣き出した。
「竜くん! 竜くん! 嫌よ、イヤぁっ!!
私、まだ、まだ何もしてないのに! 何も夢を叶えてないのに!
やだよぉ、死にたくない! 死にたくないよぉ!!」
「――っ、ぐ……!!」
瀬莉香の独白は、ある程度心の準備をしていた筈の竜也ですら、言葉が出せなくなる程、重かった。
否、言葉だけではない。
涙も、嗚咽も、感情の表現すらも、何も出てこない。
瀬莉香が、半年後に、死ぬ――
二十代前半の若者が受け止めるには、余りにも過酷で重過ぎる現実。
竜也は、これが茫然自失という状態なんだと、頭の片隅でふと思った。
「そんな事……させねぇ」
「……竜、くん?」
「半年だと?! 冗談じゃねぇ!
待ってろ、瀬莉香! ぜってぇ助けてやる!!」
竜也は、咄嗟にスマホを取り上げる。
通話履歴で呼び出すのは、当然、ザウェルだ。
竜也はもう、この世界の常識以外のものに、頼ろうと考えたのだ。
「竜くん! 待って! いいの、もういいの!!」
「何でだ?! ザウェルなら、本物の魔法を知ってる!
だったら、お前の寿命を延ばす方法だって――」
「違うの、聞いて!」
必死で竜也の腕を掴む瀬莉香は、初めて見るような真剣な眼差しを向けて来た。
「私ね、本当は――二年前のあの日、もう、死んでたの」
「に、二年前って――えっ」
「覚えてるでしょ? 私が駅で倒れたこと……
レオナさんが助けてくれて、その後、病院に行って――
本当はね、あの後、まだ続きがあるの」
瀬莉香は、涙を拭いながら、語り出した。
二年前のあの日、瀬莉香は、突然の発作により、まさに生死の境を彷徨った。
レオナの回復呪文で、一時的に回復はしたものの、あの時点で、既にあと数時間の命という極限状態だったのだ。
無論、それは瀬莉香自身も知らないことだった。
医師は、最悪の事態を確信し、同行した誠吾達から、親族の連絡先などを確認しようとするほど、深刻な事態だった。
――だが、そんな瀬莉香を助けてくれた人物が、レオナとはまた別に居たのだ。
「私の夢の中に出てきた、真っ赤な仮面とマントの魔法使いさん。
その人が、助けてくれたの」
「前にも、そんな話をしてたな。
でも、助けるって、どうやって?」
「その人は、私に“死んだ人を生き返らせる魔法”を使ってくれたの」
瀬莉香の、あまりにも破天荒すぎる話に、竜也は一瞬、思考が混乱した。
その赤い魔法使いは、瀬莉香を救う代償に、この世界に関する知識の提供を求めた。
何かの事情で、この世界の常識や観念、言葉や理念、生活習慣など、あらゆる情報を、緊急で求めていたのだ。
無論、瀬莉香に断る理由はない。
その申し出を受け容れ、瀬莉香は自分の記憶を赤い魔法使いに渡し、その代償に奇跡の回復に至ったのだ。
「でも、その魔法使いさんは、こう教えてくれたの。
私の霊体? は、もう病気の影響が浸透してて、身体の病気が治っても、またすぐ同じ事になっちゃうんだって」
「なんだよそれ、じゃあお前は、どんな事をしても治らねぇって事なのか?!」
「うん……だから、この魔法に、二度目はないって。
たとえ別な魔法を使っても、次に発作が起きたら――駄目だって」
「そんな……」
竜也の手の中から、スマホが落ちる。
そこまで来て、ようやく、竜也の目に、涙が溢れて来た。
絶望という名の、涙が。
「だからね、私……どうしても、竜くんの傍に、居たくなって。
ごめんね、いきなり、こんな話をしちゃって……」
瀬莉香の言葉に、もう、返す言葉がない。
ただひたすら、零れ落ちる涙を、無意味に堪え続けるしかない。
何か一言でも言葉を発してしまったら、そこからもう、何もかもが崩れてしまいそうに思えてならなかった。
「――私ね、竜くんのこと、ずっと好きだったんだよ?」
突然、瀬莉香が、明るい声で話しかけて来た。
「竜くんは、私のお兄ちゃんだし、ずっとお友達だったし。
小さい時から、ずっと私の面倒を、見てくれてたし」
「そんなん……当たり前じゃねぇか」
搾り出すように、一言だけ返す。
そんな、今にも泣き出してしまいそうなせつない声に、瀬莉香は、あえて笑顔を返してくれた。
「だから、妹として、最期のお願い――してもいい?」
「やめろよ、さいごとか……いうの」
「ううん、聞いて」
「……」
瀬莉香は、既に涙を止めていた。
どこで、どれだけの精神力と使って、気持ちを切り替えたのだろう?
決壊寸前の悲しみを、全身全霊を以って堪えている竜也には、全く理解が及ばない。
だがそんな態度が、これ以上、自分を悲しみに浸らせたくないという想いから来ている事を、竜也は痛い程に感じていた。
そう、瀬莉香は、そういう娘なんだ――昔から。
「私ね、竜くんの――お嫁さんに、なりたいな」
「……馬鹿野郎」
「えっ?」
「必死で……我慢してるのに……
なんで、そういう事、言うんだよ……!!」
「……」
「もう、無理だ……! 我慢、出来るわけ、ねぇじゃねぁか!!
瀬莉香! 俺だって、お前の事好きだ! 愛してる!!
ずっと昔からだ! 当たり前じゃねぇか!!」
「竜……く……ん……」
「お前は、俺のもんだ!
誰が、誰がなんて言ったって! ぜってぇ俺だけのもんだ!!
渡してたまっかよ! 誰にも! 死神ってヤツにもだ!!」
「……りゅ……く……」
「俺は……俺は……
いつだって、そう……思ってたのに……!!」
それが、限界だった。
竜也の悲しみは決壊し、止め処なく、溢れ出る。
そして瀬莉香も、再び、涙を流した。
抱き合う二人の嗚咽は、夜の闇に響き渡る。
そして竜也は、そのまま、瀬莉香を抱いた――
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