ACT-5 ~Another World~ 3/6
―― 一年後。
相変わらず、竜也は多少自堕落気味な学生生活を営んでいた。
瀬莉香は、その後たまに体調を崩すことがあり、入院もたまにあったが、あの時ほど容態が深刻化することはなかった。
ロゼや誠吾も相変わらずで、四人はこれまで通り、仲良く関係を続けている。
レオナも、一月に二、三度竜也のアパートを訪れ、またその度に居座り、この世界について様々なことを尋ねて来るようになった。
どうやらインターネットも始めたようで、情報収集には熱心のようだが、何故か自分の仲間の事は、滅多に語ろうとしなかった。
一番変化が大きかったのは、ザウェルだろう。
彼はその後、誠吾達にも紹介され、五人目の仲間として迎え入れられた。
彼も、本来はこちらの言語が使えないため、しばらくは「翻訳」の魔法を用いてコミュニケーションを取っていたが、それも僅かな間だった。
驚くべき事に、彼はたった一月程度で日本語を覚え、更に半年で英語や中国語、ロシア語や韓国語などを習得し、加えて、インターネットを使いこなすのみならず、PCから始まる各種端末のハード面・ソフト面の概念理解、更にはネットワークの利点・問題点をも熟知し、今では竜也以上に詳しい知識を得ていた。
面白い事に、この習得速度の速さには、ザウェル本人が一番驚いていた。
この世界に来てからというもの、「やたら賢くなった」そうで、覚えようと思ったものは瞬時に概念を理解出来、また正確に記憶出来るようになったのだそうだ。
その習得能力の素早さに加え、腰の低さと人当たりの良さ、協調性を高く評価され、縁故ではあるが、ある程度規模の大きな会社に入社する事が決定した。
「ありがとうロゼ。君のおかげで、良い仕事にありつけたよ。本当に助かる」
「お役に立てて、本当に良かったです。頑張ってくださいね!」
「ああ、精一杯頑張るよ」
「お! 東せつな! だな!!」
「誰だいそれ?」
「それにしても、本当に運がいいよな~ザウェルは。
ロゼの親御さんが、会社の幹部なんだっけ?
ザウェルの事を、すげぇ気に入ってたからなあ」
「そんなものじゃないですよ。
私の父に、娘と結婚しないか、とまで言わせちゃったんですよ、ザウェルさん」
「ほほぉ、その娘というのは?」
「私……です」パチン
「あ痛て! 叩くな☆」
「私は本当に光栄だよ。
この世界に来て、こんなに素晴らしい人達に出会えて、この喜びは言葉では表せない」
「だが……いずれ、本来の世界に戻らなければならんのだろう?」
誠吾の言葉に、ザウェルは少し寂しそうに頷く。
「ああ、私は、大きな仕事をやり残して来ている。
どうしても、それを果たさなければならないんだ」
「ザウェルさん、もし良かったら、貴方の世界について、教えてくださいませんか?」
「ああ、いいよ瀬莉香。
私の居たイスターリアという国は――」
夏休み、暇な時に顔を揃え、竜也達はザウェルの語る不思議な話に、耳を傾けた。
魔法文明の発達したイスターリアという国は、広大な大陸を占める裕福な王国で、その歴史も古い。
現代における科学技術に相応する位置付けとして魔法があり、そのため常に研究・研磨が熱心に行われて来たという。
ザウェルは、その中心となる王立組織「魔道局」に勤務する、ごく普通の職員に過ぎなかった。
家族と共に毎日ごく普通に勤務し、特段変わったこともなく日々を過ごす、まさにサラリーマン的な生活を送っていたという。
「――だがある日、おかしな事が起きた。
街中に、大きな美術ホールを建造する計画が立って、その候補地の基礎工事が始まったんだ。
すると、その真下に、これまで発見されたことのない巨大な“穴”が見つかったんだ」
「じゃあ、工事がかえって捗ったのではないのですか?」
「そうはならないよ、ロゼ。
なんせその穴は、数百メートルもの深さがあったんだ」
「なんだそれ! よく今まで陥没しなかったな!」
「そうなんだよ、竜也。
そこは元々、古くから公民館として利用されて来た土地だったんだ。
公民館の建てられた時点で一度基礎工事はされてるからね。
つまり――」
「公民館が建ってから壊されるまでの間に、その巨大な穴が発生した、ということか?」
「さすがだね、誠吾。
だから我々も、そのありえない事態に戸惑ってしまった」
「とっても不思議な話だね……それで、どうなったんですか?」
「ああ、その穴の発生理由自体は、すぐに判ったんだ。
穴の最深部に、何かとても強力な力を持つ物が存在した。
その影響で、長年に渡って地面が内側から削り取られていたようだ」
「何かのガスとか、マグマとか、そういうもの?」
「いや違う。それは“魔力”だった。
漠然とした表現になってしまうけど、簡単に言えば、普通の人にはあまり良い影響を与えない毒物的な要素、ってところかな」
「やべぇじゃん、それ!」
「そうなんだ、その為に、我々は周囲を緊急封鎖し、穴の奥にあるものを調査する事になった。
その調査員の一人として、私が加わっていたんだが」
「だが……それからどうした?」
「信じ難い話なのだが、穴の最深部にあったのは――異世界に通じる、更なる穴だったんだよ」
「異世界?! おいおいおいって感じだな!」
「そ、それで、どうなったんですか? ザウェルさん?」
ザウェルの話に、竜也達四人は、興味津々に尋ねてくる。
普通なら、とても本気に出来ないような荒唐無稽な話ではあるが、既にザウェルの人間性を理解している四人にとって、彼の話は充分信用に値するものだ。
「もちろん、一目ですぐにそうだとわかったわけじゃない。
初見の時は、何がなんだか全く判らなかった。
空間に対流する、可視状態まで密度の高まった魔力の塊かと思ったんだよ」
「では、どうして異世界への穴だと?」
「何回目かの調査で、その穴が突然膨張したからだね。
それに巻き込まれた私が、今この世界で、こうして話をしている。
それが、最大の証拠かな」
「う、うへぇ」
魔道局が発見した「穴」が、異世界に通じるゲートだということは、現状まだザウェルしか知らない事だ。
これを魔道局に伝え、衆知しなければ、イスターリアにどのような被害が及ぶか判らない。
ましてこの「穴」は、何もしなくても危険な魔力を放出するという性質を持っている。
その影響で、短時間で巨大な洞穴が開いてしまったのだから。
封印するのか、破壊するのか、そのどちらかが可能なのか、それすらも判らない以上、少しでも情報を母国に届けるのが、今のザウェルの使命だった。
「――とはいえ、相変わらず、元の世界に戻る手段がわからない。
本当に困っているんだよね」
「そうですよね、インターネットで調べて、ひょっと出てくるわけじゃないし」
「そうだね。もし、この世界にも同じようなゲートが存在していたとしたら、絶対に周囲に大規模な悪影響を及ぼしている筈だ。
でも、そんな情報は誰も知らないからね」
「よくわからないが、そのゲートというものを、人工的に作る事は出来ないのか?」
誠吾の指摘に、ザウェルは首を横に振る。
「魔力を一箇所に滞留させる為には、その魔力の更に数倍の魔力が居る。
しかも、滞留させる時間が長引けば長引くほど、その魔力の必要量は劇的に倍増する。
――一言で云えば、現実的じゃないって事だよ」
「あー、だから、元々あるものを探して利用するしかないのか」
「その通りだよ」
「だけど、ザウェルさん?
もし、そのゲートが見つかったとしても、元の世界に戻れるとは限らないのでは?」
瀬莉香の質問に、竜也達が同調する。
確かに、ゲートの行き先が、必ずしもスタート地点とは限らないだろう。
ザウェルは、軽く息を吐いて、それについての説明を始めた。
「ここからは、半ば賭けみたいな話になるけどね。
“因果”という概念を知ってるかい?」
「言葉自体は判るが、恐らく、ザウェルの言う意味とは違うと思う」
「そうか。
因果というのは、世界の住人とその世界を繋いでいる、不可視の絆のような力さ。
長い間住んでいた方が、その世界との因果が強まる。
これを道標に、元の世界に戻れる――かもしれない、という理屈だ」
「あ、そういえば、レオナ――」
竜也はふと、レオナと、彼女の話していた“仲間達”の事を思い出した。
ザウェルの理屈が可能なら、一箇所のゲートが見つかれば、彼等も同時に世界移動が出来る筈だ。
竜也は、その話を、早速ザウェルに振ってみた。
「そうだね。それに、同じ目的で調査出来る仲間が増えるなら、それに越したことはない」
「だよな! じゃあ今度、レオナ来たら伝えておくわ」
「り、竜くん、レオナさんって、例の、あの……?」
瀬莉香が、少し嫌そうな表情で、恐る恐る尋ねる。
どうやら、一年前にロゼが見たあの光景について、いまだにしこりが残っているようだ。
「勘弁してくれよ、瀬莉香! 本当に、あいつとは何もないって」
「う、うん、竜くんのことは信じてるけど……でも……」
目に涙を浮かべる瀬莉香に、ロゼが寄り添う。
「ギロッ」
「わざわざ声に出してから睨むなっつうの!」
「わかったよ、瀬莉香。
この話は、私から直接、レオナに話そう。
それなら安心かい?」
「え、ええ……」
「ちょっと待てザウェル! 俺の誤解を解いてはくれないのか?!」
「いや、だって私、あの時すぐ寝たから、良く知らないし」
「があぁぁぁぁぁ!!」
いつも皆が集まる、近所のファストフード店。
その日も、とあるボックスだけが、異様な盛り上がりを見せていた。
「それにしても、シェイクとハンバーガーって、本当に美味しいよね。
それに手軽だし。
母国に帰ったら、似たようなものを作って、売り出してみようかな?」
「おう、それだったら、もっと色んな食い物を勉強していけよ。
俺も、レシピ教えるからさ」
「そうだね、竜也は本当に料理が上手だからね。
カレーの作り方も、是非教わりたいな」
「へへへ、メモ作って渡してやるさ!」
店からの帰り道、ザウェルと竜也は、いつものように食べ物の話題で盛り上がっていた。
「そうだ、竜也。
実はね、そろそろ君の所から独立しようと思うんだ」
「へ? うちを出て行くってことか?」
「うん、そうだよ。
この前、大家さんに怒られてしまったじゃない」
「ああ……でもそんなん、気にしなくてもいいってのに」
「いや、そうは行かないよ。
それに、収入面もそれなりに潤ったしね」
「ったく、一気に高給取りになりやがって」
「ははは、お蔭様でね。
だが竜也、皆には言わなかったんだが、一つ気になる点がある。
異世界渡航についてだが」
「ん? どうした?」
ザウェルは、なるべく人通りの少ない路を選びながら、竜也に語り出した。
「私がこの世界に来たばかりの頃、急に記憶力が高まった事に戸惑っていたのを、覚えているかい?」
「ああ、そういえば、そんな事あったっけ」
「実は、それだけじゃないんだ。
見ててごらん」
そう呟くと、ザウェルは、その場で軽く「ぴょん」と飛び上がった。
――3メートルほどの高さまで。
「……な、なんだぁ?!」
すたっ、と着地したザウェルは、誰にも見られていないかを確認した後、再び話し出す。
「実は、脚力をはじめ、肉体の様々な能力も、極端に強まっている」
「そ、それってよ、元々ザウェル自身か、お前の種族の力が凄いとか、そういうんじゃないのか?」
「いや、そういう事はないよ」
「じゃあ、ここより重力が強い世界に住んでいたから、とか?」
「この前読ませてもらった漫画に、そういうのがあったね。でも違うよ」
「じゃあ、それ、何だよ?」
「仮説なんだがね、これは、この世界に来たために起きた“副作用”なんじゃないかと、私は考えている」
「副作用?」
ザウェルは、この世界に来てからというもの、以前居た世界とはまるで違う自分の能力に、吃驚していた。
この世界の言語を即座に覚えたのも、この世界で生きるために必要な知識を手早く得られたのも、全てはその能力強化の影響だと分析していた。
「以前の私は、一般的かそれ以下の能力しか持ち合わせていなかった。
言語だって、異国語一つまともに覚えるのに、何年もかかっただろうね」
「今のザウェルしか知らねぇ俺には、とても信じられねえ話だけどなあ」
「それでね、何故そんな事が起きたのかと、立てた仮説がこういうものなんだ」
ザウェルによると、生物は、住んでいる世界と密接な関係があり、“因果”をはじめに様々な因縁要素が複雑に絡み合っているのではないか、というのだ。
しかし、そんな因縁の一切ない異世界に飛ばされてしまった場合、どうなるか――
「ど、どうなるんだ?!」
「この世界の言葉でわかり易く言うと、“バグ”が起きるんじゃないかなと、私は思っている」
「ば、バグ? それってゲームとかの、アレ?」
「そうだね、想定外で発生した問題」
「つまり、どういうことだってばよ?」
突然出てきた馴染みの深い言葉に、困惑する竜也。
ザウェルは、子供に言い聞かせるような丁寧さで、静かに話し続ける。
「その世界に適合した条件を持っていない者が来訪した場合、もしかしたら、その世界に合わせた“補正効果”が強制適応されるんじゃないかと思うんだ」
「それなら、何の問題もないんじゃね?」
「その補正が、正常に行われたらね。
もし正常に行われなかった場合、所謂“バグ”として、ありえない性能が付加されるという可能性は、考えられないかな」
「それが、もしかして、お前の――」
「そう、異常な能力強化の正体なんじゃないかな、とね。
私はその一連の現象に“エラー補正”という名称を付けてみた」
「エラー……補正?」
それを聞いた竜也は、ふと、足を止めた。
何かが、頭の中で響いているような、強烈な違和感を覚えたのだ。
「どうしたんだい?」
「なあザウェル、その話、以前にも一度してなかったっけ?」
「いや、これは今、君だけに初めて話したことだよ」
「え……そ、そうだっけ?」
「デジャブという奴じゃないかい?
疲れている時に、そういう現象が良く起きるというから」
「あ、ああ、そうなのかな」
かろうじて返事をするが、何か納得が行かない。
竜也は、前に何処で聞いたのか、懸命に思い出そうと努力したが、とうとう思い出す事は出来なかった。
――否、そうではない。
竜也は、既に、忘れてしまったのだ。
この世界に引き戻された時に覚えていた、ハブラム在住時の記憶も、ディープダイバーとして活躍していた頃の記憶も、今の彼の意識の中にはない。
竜也の意識は、最初からこの世界でずっと暮らしてきたという記憶に、侵食されていた。
日が経つにつれ、ハブラムでの記憶は薄まって行き、過去の経験が、まるで現在進行中の現実のように再現されている。
その恐るべき状況に、本人が全く気付いていないのだ。
――それが、ハブラムの地下迷宮・第24階層で出現した魔物(モンスター)「永久の眠りの秘術書(ブック・オフ・ヒュプノシス)」の力。
竜也は今、完全に、魔物の能力に全ての記憶と意識を奪われつつあった。
数日後、竜也とザウェルは、レオナと再会していた。
ザウェルの提案に、初めは飛びついたレオナだったが……
「ごめん、その話だけど、多分無理だわ」
「えっ? どうして?」
「うちのメンバーさ、すっごい頭固い連中なの。
この世界の事を調べるのだって、ボクが物凄く説得して、ようやく乗り気になったくらいだし」
「けどよ、お前らだって、元の世界に戻りたいんだろ?」
竜也の言葉に、レオナは深く頷く。
しかし、その表情は複雑そうだ。
「そうだよ、ボク達だって、王様から直々に依頼された使命があるんだ。
それを放棄して、ずっとここに居るわけには行かないし。
それに――」
「それに? どうした?」
「あ、いや、その……なんでもない。
とにかく、話はしてみるけど、あまり良い返事は期待しないでね」
「ああ、判ったけど……なんか大変そうだな、お前らんとこも」
「出来ることなら、直接会って説得して欲しいくらいだよ。
ホント、あのジジイ連中を納得させるのは疲れるわ~」
「話を聞いてると、この世界の風俗に適合してるのは、どうやら君だけみたいだね?」
「そう? そう思う?」
「思うさ。第一おめー、その服、どうやって手に入れた?」
「これ? マックでバイト」
「「 適合しすぎじゃないか!! 」」
二人の突っ込みに、レオナは、食べていたアイスを落としそうになった。
聞けば、レオナの仲間には人間ではない――亜人種(デミ・ヒューマン)と呼ばれる者達がおり、その外観の違いから、外を自由に歩き回れないらしい。
彼らは、この世界に来て早々にそれを理解し、人が滅多に来ない場所を住処と定めたのだという。
また彼らの中にも、優れた魔法知識の持ち主がおり、彼等なりの方法で、帰還の道を探っているらしい。
だがその過程に於いて、他者の協力を受けようという気は、さらさらないようだ。
そんな仲間達に反発し、レオナは、独自で生活手段を見出し、アルバイトを始めて生活必需品を集めている。
今日の服装が、白のノースリーブに赤地にチェックのミニスカート、赤のショートブーツなのも、その成果だ。
しかも今日は、ご丁寧に電車に乗ってやって来たという。
竜也は、そんなレオナの格好を見て、初めて本気で可愛いと思った。
「こっちの世界って、暑いよねー! ホント嫌になる!」
「なんかわかるわ、それ。
まあ、せいぜい涼んでいけや」
「ありがとー!」
「君達の方では、何か有力な情報は見つかっているのかい?」
「う、う~ん……そうだね、これ、ホントは口外するなって言われてるけど」
レオナの話では、仲間は、既にいくつかのアタリを付け始めているらしい。
時には仲間の一部が現地に向かって調査を行っているようだが、今の所決め手になる情報は浮かんでこない状況のようだ。
「どういう所にアタリをつけるんだろう?」
「ドルオールが……あ、うちのメンバーのジジイのことね。
彼が言うには、普段人が滅多に行かない所で、洞窟みたいな奥まったものがある箇所じゃないかって」
「なるほど、確かにそれは、的を射た見方だ」
「“バミューダトライアングル”とか“ドラゴントライアングル”みたいな、行方不明事件が多発するって噂の場所は、全部調べたみたいだよ。
けど結局、どこも何の異常もないって。
全部、噂話に過ぎなかったみたいだね」
「おおう、そうなんか……俺、ちょっとショック受けた!
でも確かに、人が大勢居るところなら、もう何人もそのゲートの影響受けてる筈だもんな」
「しかし、ゲートの影響範囲は、かなり大きい。
たとえ洞窟の奥深くにあったとしても、よほどの規模じゃない限り、その外にまで力が及んでしまうだろうね」
「うん、ドルオールも、同じ事を言ってたよ。
だから、相当広くて険しい場所でなきゃ、条件が揃わないんじゃないかって」
「なんだぁ、それじゃあ、何処が該当するのか、全然判ってないのと同じじゃん」
「確かに、地球は大きい、世界は広いもんね」
「――いや、それはどうかな」
二人の呟きに、ザウェルが言葉を挟む。
「私は、都心部に出現して、君達に助けられた。
レオナ、君達は、初めてこの世界に来た時、どこに現れた?」
「え? え~と……高崎の、廃工場の敷地だよ」
「高崎って、群馬の? 随分離れてるなあ」
「いや、逆だよ竜也。
近い、不自然なくらい近すぎる」
「へ?」
「ちょっと失礼」
そう呟くと、ザウェルは、自前のノートパソコンを取り出し、ネットに接続した。
「これを見てくれ。
おおよその住所からの計算だが、距離測定サイトによると、この辺から高崎まではだいたい100km弱だ」
「へぇ、こんなサイトあるんだ! ……んで?」
「考えてみてくれ。
もし、ゲートを経た者がランダムな位置に転送されるとしたら、私とレオナは、お互いもっと離れた場所に出現してなきゃ、不自然じゃないかな?」
「そ、そうだよね! 100kmだったら、誤差の範疇かも?」
「いやでも、偶然に偶然が重なった結果じゃね?」
「勿論、その可能性もゼロじゃない。
だがもしも、ゲートを中心として、限られた範囲内にしか出現しないのだとしたら、どうだろう?」
「ゲートは、思ったよりも、近くにある……ってこと?」
「そうだ。その仮説が成り立つか否かは、とても大きい」
なんとなく、ザウェルの目が輝いて見える。
竜也は、他人事ながら、明るい未来の可能性を感じた気がした。
「な、なるほど……だけどさ、じゃあ日本のどこかに、その条件に当てはまる場所があるってのか?
第一、出てきたのは日本でも、それはゲートに出口が存在するって前提の話だろ?
一方通行の可能性もあるじゃねぇか」
「ねえ竜也、君って、ボク達に帰って欲しくないの?」
「――へ?」
「そうだね、まるで、我々に帰って欲しくないかのような言い方だ」
「え、いや、そ、そういうわけじゃ……」
しどろもどろになる竜也に、レオナとザウェルは、顔を見合わせて微笑む。
その時、突然、玄関のドアがノックされた。
「あ、はーい」
『竜くん? 入ってもいい?』
(げ! 瀬莉香!)
竜也の目が、自然にレオナの方に向く。
短いスカートから伸びている素足に、思わずグビリと喉が鳴る。
「どこ見てるんだよ、このドスケベ」
『り、竜くん、何してるの?!』
「い、いや違う! ちょっと待てぇ!」
『私、入るからねっ』ガチャッ
「あ~~っ!!」
その後、パニくった瀬莉香と、状況を面白がって余計な茶々を入れるレオナと、それに翻弄される竜也の寸劇が展開されるが、ものの数分で、ザウェルに制止された。
その後、竜也宅に集まった三人は、彼の部屋で夕食を食べてから解散することになった。
夕飯の材料の買出しには、竜也と瀬莉香が向かう。
近所の「西遊」スーパーに向かう途中、瀬莉香は、無言で腕を絡めてきた。
「ねえ竜くん、あのね……」
「なんだよ、まだ気にしてるのか? レオナのこと」
「うん、だって……」
「あれはただ面白がってるだけだって!
レオナも、ザウェルと同じような立場だって、前に説明したろ?
俺達にそんな気はないから、心配すんな」
「う、うん……」
ポカッ!
「いでぇ?!」
突然、背後から何者かに頭を小突かれ、竜也は声を立てた。
背後では、ニヤニヤ顔の――レオナが立っている。
「れ、レオナ?!」
「レオナさん?!」
「買い物袋忘れたでしょ? ザウェルが届けて欲しいって。
ハイ感謝!」
「お、おう、ありがと」
「……」
無言で竜也にしがみつく瀬莉香に、レオナは頬を緩める。
「瀬莉香ちゃん、ボクって、もしかして君に、すごく誤解されてる?」
「え……そ、そんなことは……」
「“ある”って、顔に書いてあるよ?」
そう呟きながら、レオナは、竜也を追いやるようにシッシッとジェスチュアした。
「ちょっとだけ、二人だけで話してもいい?」
「え、で、でも……」
「いいじゃん! 買い物はアイツに任せてさ」
「は、はぁ」
(あ、あ、あんにゃろ! 勝手に仕切りやがって!!)
瀬莉香に見えないように、アカンベーをしてくるレオナに、竜也は漫符付きの怒り顔を向ける。
だが、ここはかえって任せた方がいいかな、とも考え直し、素直にスーパーへと向かった。
必要な材料をカートに詰め、生活必需品を選んでいる所に、レオナと瀬莉香がやって来た。
瀬莉香の顔は、何故か先ほどまでと違って、明るく輝いているようだ。
「竜くん♪」
いきなり抱きつかれ、竜也は狼狽した。
それを眺めるレオナは、不気味な表情でニヤニヤしている。
「あのね、ウフッ♪」
「な、なんだよ?! ねぇ、何があったの?!」
「もう大丈夫だって、判ったの♪」
「な、な、何が?!」
「レオナさん、他に好きな人がいるんだって!」
「お、おう?! そ、それがどうした?」
「だから♪ ――ハッ」
そこまで言った途端、瀬莉香は、自分の行動にようやく気付いたようだった。
慌てて離れるが、脇では、レオナが腹を抱えている。
「な、何がどーなってるのよ! わかるように説明してちょうだいっ!!」
「なんでそこで口調変わるの、竜也? ゲラゲラゲラ」
「り、竜くん! は、早く帰ろ? 夕飯作るの、手伝うから……ね?」
「お、おう」
「ゲラゲラゲラゲラ」
「わざわざ口でゲラゲラ言うなっ!」
竜也の仲間内に、レオナが正式に加わったのは、この日からだった。
「――帰還魔法が、作動しない、だと?!」
「そうなんだ。もしかしたらあの魔物、特定範囲を、一種のアンチマジックエリアに変換出来る能力があるのかも」
「そんな馬鹿な?!」
「いや、考えられる。
セイゴ、君の作り出した永久氷壁(エターナル・フローズン)も、全く効果を成さなかったしね」
「或いは、魔力を極端に弱められてるかもしれんな。
いずれにせよ、奴を破壊しなければ、戻る事もままならんという事か!!」
「そのようだね。
しかも、魔法が使えないとなると、もはや直接斬りつけて破壊するしかないが――」
「でも、真正面から行ったんじゃ、リュウヤの二の舞じゃん!
何この詰みゲー?!」
「ど、ど、ど、どうしよぉ~~!!」
「あのピンク色のオーラさえ、無効化できればな」
「リュウヤさえ起きてくれれば、打開出来るんだが――」
珍しくパニック状態に陥ったディープダイバーは、必死で打開策を検討するが、極限状態の上、昏睡者が居るという状況では、上手い立ち回り方が想定できない。
「やむを得ん。あいつに協力を頼むか」
「この状況から?! そ、それはいくらなんでも無理じゃないかな?」
「恐らく、今の俺達の状況を見てはいるだろうがな。
しかしもう、それしか頼る方法は――」
珍しく弱音を吐くセイゴに、ザウェルはあえて微笑む。
「いや、ここは、ギリギリまで頑張ろう」
「ザウェル……」
「あの時、君達が、私との闘いでそうしてくれたように」
「――うむ」
「ねぇねぇ何? 何のこと?!」
「あー、アリス、ちょっと引っ込んで!」
「あ! やだぁ! モトス、あたしの胸触ったぁ!!」
「あ、ごめん! ……って、別にオレなら問題ないでしょうが!」
「そ、そうだけどぉ~……」
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