ACT-5 ~Another World~ 2/6
その後、ロゼから特に連絡が来ることはなく、また急なトラブルも起こらず、平穏な時間が流れた。
翌日は瀬莉香の退院の日だ。
竜也は、誠吾達と向かえにいく約束を取り付けたものの、その日は、他にやることがない。
ロゼの言っていたソシャゲは、すっかり感覚を失っており、ゲームにならない。
テレビを点けても、放送の内容やバラエティのノリが、なんだか合わない。
パソコンを立ち上げてインターネットでも閲覧しようかと思いはしても、どこがどういう所か、ピンと来ない。
ブラウザ画面を眺めながら、竜也は、再び思考の混乱を実感する。
また何か、大事な事を忘れているんじゃないか、という気持ちが心中をよぎった。
なんとなく寝る気になれなかった竜也は、夜の散歩に出かけた。
当て所なく周辺を歩き回り、何度もため息を吐く。
(しかし、なんだろうなこの感じ……デジャブって奴か?)
考えれば考えるほど、違和感が残留する。
既に竜也の記憶からは、ここまで経験した記憶の大半が消失しかかっている。
同時に、そんな事態にも、もはや焦燥感すら覚えない状態になっていた。
どのくらい歩いただろうか、線路の高架下に沿った路を歩いていた時、竜也は、突然奇妙な気配を感じた。
(な、何だ、この感覚?!)
ふと周囲を見回すと、十数メートル程彼方で、高速で動く影のようなものが見えた。
それはほんの一瞬の事だったが、竜也には確かに感知出来る。
妙な胸騒ぎを覚えた竜也は、その影が向かった方向へ、走り出した。
(あれ? 俺って、こんなに足早かったっけ?)
自分でも驚くほどの高速で走る竜也は、まるで忍者にでもなったかのように、薄暗い路を駆け抜けていく。
柵を飛び越え、高架の柱を蹴り、金網をジャンプする。
(いや、これ、足が早いとか、そんなレベルじゃねぇぞ?
でも、なんかこれくらい普通だった気もするし……
ああもう、どうでもいいか!)
その動きはまるでパルクールのようだったが、竜也にそんな心得も経験もない。
にも拘らず、竜也は、超人並の俊敏さと身体能力を発揮し、影を追う。
同時に、そんな彼でも追いつけないほどの超高速で駆け抜ける影に、竜也は戦慄を覚え始めていた。
同時に。奇妙な懐かしさも――
(ん? なんだあれ?)
竜也は、やがて壁に覆われた工事現場に近づいた。
その壁の向こうで、何かが光を放っている。
工事はとうに終了しているようで、作業員や重機が動いている気配はない。
何故か、その光が、妙に気になって仕方ない。
数メートルもある壁をひょいと飛び超え、竜也は工事現場の敷地内に降り立った。
(あれか)
謎の光は、作業員が置いて行ったダンプカーやラフテレーンクレーンの向こう側から漏れている。
明らかに、機械によるものではない。
恐る恐る光源に近づいた時、妙な気配を感じた。
咄嗟に数メートル後退し、重機を背にして周囲に注意を払う。
無意識に取った一連の動作に、竜也は我ながら感心してしまった。
(うわお、俺、本当に忍者みてぇだな!
けど、なんでこんな事出来るんだ?)
?「Miks sa tulid?」
「へ?」
?「Ei saa midagi teha?」
突然、どこからか不思議な声が響いて来た。
と同時に――
「だ、誰だ?! 何言ってんのか、全然わかんねーぞ!」
――キュルキュルキュル
キュッ!
「げっ?!」
どこからともなく、紐のようなものが飛来し、一瞬のうちに竜也の身体を拘束してしまう。
と同時に、何者かが目の前に降り立った。
?「Kas see sona ei moista?」
「おい! 何しやがったてめぇ!
くっそ……なんだこれ! 全然外せねぇ?!」
竜也の身体を拘束しているのは、ただの紐ではない。
それが、鋼鉄製の極細ワイヤーだと気づいたのは、しばらく後だった。
謎の影は、竜也に近づくと、何かをぼそぼそと呟き始めた。
?『take go into the root of Ancient-Magical spell program.
set “Translation” Ready.』
「?!?!」
謎の影がそっと翳した指先が、赤紫色の閃光を放ち出す。
それをゆっくり竜也の額と口に当てると、最後に、耳の傍でパチン! と指を鳴らした。
「な、何をしたんだ?」
?「――これで、ボクの言葉、わかるようになったでしょ?」
「え? え?」
?「おや? まだ効いてないのかな?
やーいやーい、お前の母ちゃん、でーべそー」
「んだとゴラァ!!」
?「ああ良かった、ちゃんと通じてるね」
「ハッ!」
目が慣れてきたのか、謎の影の姿が、ようやくうっすら見えるようになった。
それは、黒髪にカチューシャ、皮の鎧をまとった、あの時の女性だ。
「ああっ! お前!」
「いきなりお前って、失礼だなー。
一応初対面みたいなもんなんだから、ちゃんと挨拶しようよ」
「それもそうだな。
では、貴方様こんばんは」
「面白い人だね、君」
ピン! と一瞬金属音が鳴り、竜也の拘束が解かれる。
「うお?!」
「どうやら、悪い奴じゃないみたいだね。縛って悪かったよ」
「お、おぅ……」
「ボクの事を追いかけてくるから、てっきり何かの刺客かと思った」
「これ、おま……貴方様がおやりになりやがったでございますか?」
「ちゃんと日本語喋ってよ。こっちはそっちに合わせてやってるんだからさー」
「な、なんかごめん……ってか! んなこたぁいいんだよ!
あれ何だ? あの光――って、あれ?」
先程まで光を放っていた場所が、いつの間にか沈静化している。
代わりに、何か呻き声のようなものが聞こえて来た。
「君も、あの光を追って来たの? 一般人なのに、良く気付けたね」
「え? あ、はあ」
竜也は「お前を追いかけてだけなんだけどな!」と言い掛けて、そのまま言葉を呑み込んだ。
謎の影――だった女性は、小首を傾げつつ、呻き声のする方向を向く。
どうやら、誰か倒れているみたいだ。
「君も来る?」
「ああ!」
「じゃあ行こう。でも、変なのが居ても知らないよ?」
「変なの? たとえばどんなのだよ?」
「そうだねー、例えば……魔物とか」
「冗談ポイだぜ」
「大丈夫、いざとなったら、ボクが守ってあげるよ。
条件付きだけどね」
「なんだそりゃ? 飯くらいなら奢ってやんぜ?」
「えっ、それは嬉しいね! 是非頼むよ」
(この女、どこかで逢ったことあるような――
それに何だ? この、変にテンポが良い会話は?
俺、コイツの事、既に知ってる?)
ほぼ初対面とは思えない、慣れた会話を交わしつつ、二人は呻き声のする場所へ近づいた。
――そこには、真っ白なローブを纏った、背の高い男性が倒れていた。
それを見た竜也は、咄嗟に叫んだ。
「ザウェル!! ザウェルじゃねぇか?!」
「えっ、知り合いなの?」
「え? ――お。俺、今なんか言った?」
「うん、ザウェルって」
「なんだそりゃ?」
「知らないよ、君が言ったんだから」
「あ、ああ、そうか」
白いローブの男は、黒い長髪に端正な顔、細身だがしっかりとした体格の持ち主だった。
多少汚れてはいるものの、特に怪我を負っているようには見えない。
茫然としていると、謎の女性が近づき、男に向かって手を翳した。
「おい、何するんだ?」
「ひとまず、意識を回復させようと思って。
この男、もしかしたら、ボク達と同じかもしれない」
「お前らと同じ? どういう意味だよ?」
「あ、“お前”呼びに戻ってる!
あのさ、ボクには“レオナ”っていう、れっきとした名前があるんだけど」
「じ、じゃあレオナ」
「君の名前は?」
「お、俺? 俺は竜也」
「じゃあ竜也、ちょっと離れてて。
もしコイツが急に暴れ出したら、危ないからね」
「そんなことあるのか?!」
「じゃあ、集中するからここで会話終了ね!」
「え? あ、ハイ」
レオナと名乗る女性は、跪くと、またあの不思議な響きの言葉を唱え始める。
それは、先日駅で見た、瀬莉香に施した謎の行為と、全く同じだ。
「おいおいまさか、ガチで魔法とか言うんじゃねぇだろうな?」
「……」
「あっち行って!」とばかりに手を振るレオナに、竜也は慌てて後退する。
しばらくすると、光が途絶え、呻き声も聞こえなくなってきた。
「うぅ……こ、ここは……?」
「目が覚めたみたいだね」
「私は一体……ここは、外? どうして――」
意識を取り戻した長身の男が、ゆっくりと身を起こそうとする。
だがその瞬間、レオナは刃物を取出し、男の喉元にあてがった。
「お、おい! 何しやがんだ!?」
「な、何を?」
「君、ダークウィザード、だよね?」
「すまない、意味がわからない」
「君が発してた気配、ボク達と闘った、アイツと全く同じだ。
どうして、君までこんな所に居るんだい?」
「……?」
「おい、よせって言ってるだろ!!」
レオナの背後から近寄り、竜也は刃物を持った手を掴み上げる。
彼女は、驚愕の表情で、見つめ返してきた。
「ぼ、ボクの背後を……?」
「いいから、その物騒なもんしまえや!
助けた後にそんな事するなんて、マジ意味わかんねーぞ!」
「ぼ、ボクは!!」
必死に振りほどこうとするが、竜也の握力と腕力の方が強いらしく、レオナは全く太刀打ち出来ない。
次の瞬間、身体を反転させてもう一方の手で殴り掛かろうとするが、それも竜也にあっさりと受け止められた。
「ウソ! なんで?!」
「俺にも良くわかんねぇ――ってか、自分でもビビってる」
「ああ、そうなの。じゃあ偶然?」
「さぁな」
「あの、ちょっと待って!」
組み合う二人の後ろから、白いローブの男が身を起こした。
「何だかわからないが、私の為に争っているなら、どうか止めて欲しい。
私は、ザウェル。
イスターリアの魔道局から派遣された、調査員だ」
「い…イスターリア? なんだそりゃ」
「き、聞いたことないよ、ボクだって」
いきなりの自己紹介に戸惑う二人に、ザウェルと名乗った男は、身振り手振りを加え、話を続けた。
「私も、今自分が置かれた状況がどうなっているのか、把握出来ていない。
ここは何処で、いったいどうして、こうなってしまったのか」
「キミ、ダークウィザードじゃないの?」
「何だよその、どこぞのRPGに出てくる敵みてーな名前?」
「RPG? ごめん、それはまだ調べてないから、わからないよ」
事態が飲み込めないザウェルという男を前に、竜也とレオナは、顔を見合わせる。
それからしばらく、竜也達は、ザウェルの話を聞くことにした。
どうやら、彼はこの世界の人間ではないらしい。
「イスターリア」と呼ばれる、この世界には存在しない国から訪れたようだ。
彼は、本来なら洞穴の中にいた筈で、それなのに外に居たために激しく困惑したようだ。
「すげーな、じゃああんた、異世界転移をリアル体験したのかよ!」
「なんで嬉しそうなの? 竜也」
「信じがたいが、どうやらそうらしいね。
見た所、漂っているマナの性質と密度が、私の国とかなり違う」
「う、う~ん、じゃあボク、人違いしちゃったってこと?」
「よくわかんねーけど、それっぽいな。
おい、ちゃんと謝っておけよ」
「そうだね。――ごめんなさい!」
「え? ああ、気にしないよ、大丈夫」
「うわー、いい人だなー☆」
「……」
そこまでやりとりして、竜也は、またもデジャブを味わっていた。
(俺、なんで、コイツの名前を知ってたんだ?
つうか、俺、コイツと初めて会った気が、全然しねぇぞ?
それどころか、この前まで毎日顔を合わせてたみたいな……)
それと同時に、デジャブとは異なる違和感も、覚えていた。
その後、竜也は、二人を自分のアパートに案内した。
なんとなく、そうしても問題ないと思えてならなかったのだ。
レオナもザウェルも、道中の様々な物に驚き、時には興味を抱いたようだ。
誰にも見られてない事を確認すると、竜也は素早く二人を部屋に上げ、ドアを閉めた。
実は、この部屋を選んだ理由が、もう一つある。
また、何者かの視線を感じるので、それを避けたかったからだ。
無論、今傍に居る彼等のものではない。
どこか少し離れた所から、じっと見つめられている……そんな違和感が、先ほどからまた付きまとい始めたのだ。
「ここなら、落ち着いて話が出来るだろ」
「ありがとう、突然の事なのに、こんなに親切にしてもらえて、嬉しいよ」
「すごいね、ランプもないのに明かりが!
それにしても、きったない部屋だなー」
「わ、悪かったな!」
竜也は、二人に奇妙な縁のようなものを感じ、どうしても放っておけなかった。
また同時に、凄まじいまでのデジャブが脳内を駆け巡っていた。
この二人には、自分の記憶にまつわる何かが絶対にある、という確信がある。
それを導き出せたらという考えもあり、自宅に呼んだのだが。
「そういえば、この前のあの娘、その後大丈夫?」
「瀬莉香のことか? ああ、今入院してるよ」
「瀬莉香さんって言うの。あの娘、今にも死にそうな状態だったからね」
「お前、あの時何をやったんだ? 本当に魔法なのか?」
「そうだよ? 治癒魔法。ただし、古代魔法のかなり簡単な奴だけどね」
「君も魔法が使えるのかい? 興味深いね」
「キミも、魔道局とか言ってたもんね。じゃあ魔道師なんだ」
「そうとも! ああ、私は運がいい。
異世界で、いきなりこんな理解者と巡り逢えるなんて!」
「ち、ちょっと待てぇい!」
変に盛り上がり始める二人を、竜也が止める。
「つーか、俺には何が起きてるのか、全然わかんねーんだ!
どっちも、わかるように説明してくんねーかな?」
「ああ、そうか。そうだよね。
うーん、じゃあ、ボクから行こうか」
「よろしくお願いするよ」
「えと、ボクはレオナと言って――」
三人の会話は、そのまま深夜遅くまで続いた。
……睡魔に屈し、全員沈没するまで。
翌朝。
コンコン
「竜也さん? 起きてますか? 入りますよ?」
カチャ――キィ
「……うえっっ??」
どさっ、と音を立て、ハンドバッグが落ちる。
その物音に、家主が目を覚ました。
「ん……ろ、ロゼか? この野郎、また勝手に入って来たな?」
「――竜也さん、この状況、説明してくれますか?」
「んあ?」
「場合によっては、誠吾さんや瀬莉香さんに、報告しなければなりません」
「おま、何言って――ぐぇ!」
ロゼに言われて、竜也は、初めて自分の周辺状況に気付いた。
部屋の中には、軽装の男女が三人。
一人はサイズの合わない夏用パジャマを羽織り、白いローブをかけ布団のようにして横たわっている。
その更に脇には、大きめのワイシャツを羽織り、両脚を露わにした女性が。
裾が大きくはだけ、形の良い尻が、もろに露出している。
リュウヤも、そのすぐ傍に寝転がっていたのだ。
所謂ザコ寝の結果だが、配置が意味深過ぎて、更にレオナの格好がやばすぎて、誤解を生まずにはいられない状況だ。
寝ぼけた竜也でも、この状況がもたらす影響は、0.5秒で把握出来る。
顔を真っ赤にして、怒っていいのか泣いていいのかわからない様子のロゼは、変に甲高い声で吼えた。
「見損ないました! 竜也さんって、そういう事をする人だったんですね!
軽蔑します! エンガチョってヤツです! あっち行ってください!」
「ち、違う! これは違う! こいつらは、夕べ泊めただけの――」
「竜也さんの、ばかー!」
タタタタタ
すっかり勘違いしたロゼは、半泣きになって、部屋を飛び出してしまった。
「おい! お前ら、頼むから起きてくれ!」
「ん……どうしたの? って、やだなあもう、竜也のえっち♪」
「どうかしたのかい?」
「……俺はつい先ほど、ドえらい誤解を生んじまったんだよ!」
夕べ、ザウェルとレオナに寝巻き代わりの服を貸し、彼らの服を洗濯した竜也は、充分乾いている事を確認すると、手馴れた動作で畳み、二人に返した。
真夏の夜だったのが幸いし、洗濯物はいずれも良く乾いている。
更に竜也は二人に簡単な食事も与えた。
「ありがとう。この世界のパンって、とっても柔らかくて美味しいんだね!」
「うわあ♪ こんなに美味しいスープ、初めて食べたよ!」
「はいはい、そりゃあようござんした」
「どうしたんだい竜也? うかない表情だけど」
「俺はこの後、仲間に、すっげぇめんどくせえ言い訳しなきゃなんねーんだよ」
苦虫を噛み潰したような表情で、竜也は、自分の分のチーズトーストにかぶりついた。
夕べ、ザウェルとレオナから聴いた話は、想像を超えるような、それでいて、妙に納得する内容だった。
二人は、それぞれ、やって来た世界が異なる。
ザウェルが居たイスターリアという国は、レオナがやって来た国キングダム・ブランディスでは、存在が認知されておらず、その逆もまた然りのようだ。
しかし、その両方が「魔法」の概念を持っており、非常に発達した魔法のシステムが運用されているようだった。
レオナは、何人かの仲間と共に、この世界へ。
ザウェルは、単独でこの世界に漂着してしまったそうだが、どちらも、青白く輝く未知の「穴」に吸い込まれたからだという。
レオナの吸い込まれた穴は、彼女達の住む街中で発見された、地下迷宮の最深部に。
ザウェルは、同じく街中で発見された巨大な洞穴の奥で。
ところどころ情報が似通っているようではあるが、二人とも、明確な共通点のない世界からの来訪者のようだった。
漫画みたいな話だな、と竜也は思ったが、何故か、彼らの話を嘘だと断じる気になれない。
否、むしろ、すごく腑に落ちる気がしたのだ。
あまりにも常軌を逸した、信じ難い話である筈なのに。
そこまで考えて、ふと、我に返る。
(あれ? でも俺、この時、「ありえねー!寝ぼけてんじゃねー」みたいな事を、考えてなかったっけ?
……「この時」って、なんだ?
おかしいな、またデジャブか?)
ただ、二人には共通していることがある。
それは、それぞれの居た世界に戻る事と、帰還手段が見つかるまで、なんとかしてこの世界で暮らしていかなくてはならないという状況だ。
お人好しの竜也は、二人の事情に同情し、なんとか協力してやれないものかと、考えていた。
「ボクは、ひとまず仲間の所に帰るね。皆心配してると思うから」
「そうか、じゃあ、また何か困った事があったら、俺んとこ来いよ」
「ありがとう、竜也は優しいね」
「しかし、本当にいいのかい竜也? ここに居させてもらっても」
「ああ、かまわねぇさ。お前との付き合いも長いしn……って、あれ?」
「あはは、付き合いはまだ数時間だね。でも、ありがとう。
なるべく君に迷惑がかからないように、頑張るつもりだよ」
「おうよ!」
レオナは、独自の調査方法でこの世界に馴染もうと考えているようで、日々街中を駆け巡り情報を集めているらしい。
対してザウェルは、この世界で行える情報収集の手段からまず理解していくようだった。
だが二人とも、この世界に於けるとりあえずのルールすら知らない。
竜也は、まずそこから教えようと張り切った。
何故か、彼らには奇妙な親近感を覚えてしまい、協力せずにはいられなかったのだ。
「――リュウヤ! リュウヤ! おい、起きろ!!」
「リュウヤ! ねぇ、お願いだから! 起きてぇ!!」
「駄目だ、これは、ただの眠りではない。
モトス、アリス、リュウヤを安全な所に退避させてくれ」
「あいよっ!」
「我々二人だけで、食い止められるか? ザウェル」
「わからない……けど、やるしかないね。
さぁ、もうすぐ、ここまでやって来るよ」
「うぬ……」
回廊の奥から、ドウン、ドウンという、不気味な振動音が響いて来る。
ピンク色のオーラのような光が、T字路の角から、まるで煙のように吹き出している。
いまだかつてない、恐るべき敵との遭遇に、ディープダイバーは完全に翻弄されていた。
ここは、地下24階層。
いまだ殆どのパーティが辿り着けていない、危険地帯とされているエリアだ。
「ハブラムの地下迷宮」は、近年公にされた地下11階層以降は最難関エリアとされ、特に14階層以降は、熟練パーティでも全滅の危険が高いというほど、凶暴で凶悪な魔物が多数出現する。
また、エリア自体に特殊な魔法効果があるようで、敵味方問わず、唱えられた魔法がブーストアップするという特徴があるのだ。
その理由が、この第24階層最深部にある「禁書保管庫」。
これは、太古の時代より集められた魔書・禁書専用の倉庫であり、事実上の封印書庫だ。
封ぜられた魔力や忌み言葉の力が強すぎる為、本を読むどころか、開く事も、また本そのものを視界に入れる事すら危険というシロモノが、多数揃えられているのだ。
それが、地下迷宮最下層の「魔界の穴」からの魔力供給を受け、さらに凶悪な存在に変化してしまった。
その真っ只中に於いて、ディープダイバーは、初めて出会う魔物たった一匹に、一方的に翻弄され続けているのだ。
「来たぞ! いいな、まともに見るなよ!」
「うん、わかっている!」
敵は、ほんの一瞬で、リュウヤを“決して目覚めぬ深き眠り”に落とした。
特に攻撃らしい攻撃はして来なかったのだが、その身体から漂う怪しげなオーラは、それ自体が悪意のこもった魔力なのだと、ザウェルは判断した。
このまま何も出来ぬまま、全員眠らされてしまったら、一巻の終わりだ。
オーラの色が濃くなり、いよいよ、魔物がその姿を現さんとする。
角から身体を覗かせたその一瞬、セイゴは、居合いの剣を抜き、斬撃の衝撃波を撃ち込んだ。
「てぇいっ!」
キイィィィ――ン!!
白い残光が、軌跡を描いて、魔物の方に飛んでいく。
しかし、それは途中で奇妙に歪曲し、天井の一部を砕いてしまった。
「くっ、不意討ちでも駄目なのか!」
セイゴが狙ったのは、“一冊の本”。
そう、百科辞典程度の大きさの本が、ひとりでに宙に浮かび、こちらに接近してくるのだ。
おぞましいほどの殺気を湛えながら。
『聖なる望み 絶大なる英知 森羅万象に通じる 飽くなき探求の心に基き
今ここに 太古の慣わしの恵みと恩恵を 鋼鉄と変え 貫け
――千の鉄槍(オーダ・ヴァナ・ツハート)!』
ザウェルのの背後から無数の槍が噴出し、「本」へと降り注ぐ。
しかし、それらは全て接触直前で不自然な軌道変化を起こし、一発も当たらなかった。
「物理攻撃の魔法でも駄目なのか!」
周囲がピンク色に染まり、激しい耳鳴りが襲い掛かる。
素早く引いたセイゴとザウェルは、次の攻撃手段を模索した。
「どうする、一旦撤退するか?!」
「もう、それしかないね。
仕方ない、彼らと合流して、緊急脱出しよう」
「うむ……!」
幸い、「本」の移動速度は遅い。
セイゴとザウェルは、最速のスピードで後退し、モトス達の退避先へ移動した。
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