ACT-4 ~Dark Load~ 3/3
「君を、ロゼからアリスに変えてしまったのは――この私なんだ」
吹き荒れる炎の渦がもたらす光で、回廊内は真昼のように明るくなっている。
恐らくは、この熱で他の魔物も近寄っては来れないだろう。
しかし、その中から脱出しないところから、リュウヤとセイゴは、未だにダークロード・ロゼの付近で倒れていると考えられる。
「お、俺、何とかしてリュウヤ達を助けてみる!」
天井にワイヤーガンを撃ち込み、高速で飛翔するモトスをよそに、ザウェルとアリスは見つめ合っていた。
「ごめんなさい、ちょっと、話の意味がわからなくて……」
「順を追って話そう。手短になるがね」
「う、うん」
ザウェルは膝を折り、アリスに目線を合わせる様に屈んだ。
二十一年前。
地下第十階層・最深部に到達したディープダイバーは、当時五人。
その中には、僧侶ロゼも含まれていた。
最深部は大広間で、そこには強大な力を持つ邪悪な魔道師が存在していた。
邪悪な魔道師の名は「ザウェル」。
第十階層最深部から、迷宮内のあらゆる設備を操作し、訪れる者達に死の恐怖を与えて来た、まさしく最悪最凶の支配者ダンジョンマスター。
ディープダイバーは、ようやくそれと対峙することが出来たのだ。
だが――
「私はその時、ロゼに向かって、真っ先に“禁呪”を放った」
「どんな、魔法?」
「記憶を消してしまう呪法」
「記憶?!」
「ああ。
だがこの呪法は、人の記憶をただ消すだけという、生易しいものではない。
経験、技能、性格、思考能力など、全てを白紙に戻してしまう。
――言い換えれば、人格そのものを完全に破壊するんだ」
「……!!」
「その結果、君は、ロゼという人格を抹消された。
当時の私の手によって、ね」
「もしかして……それ……」
アリスの顔から、血の気が引いていく。
ザウェルは目を細め、そっと俯いた。
「その後、私がリュウヤ達に救われ、正気を取り戻したことは聞いているね?
だが、君はあらゆる記憶を失ったまま、聖ホールスティン寺院で眠り続けた。
……十二年もの間」
「じ、じゅうに?!」
「君が目覚めるのに、それだけの時間が必要だった。
そして目覚めた時、君はもう、ロゼではなかった。
まるで、生まれたての赤ん坊のようになっていたんだ」
「……そんな」
「勿論、私をはじめ、ディープダイバーのメンバーは全員、全力で君の記憶をなんとか取り戻そうと、あらゆる手を尽くした。
だが、全て徒労に終わってしまった。
寺院の治療担当僧達は、もうロゼの記憶を呼び戻す事は不可能だろうと判断したんだ」
「じゃあ、ダークロードが言ってたことって……」
目を見開くアリスに、ザウェルは、無言で頷く。
両の手が、力なく、だらんと床に落ちた。
「旧知の君に対して、本当に済まないことをしたと思ったよ。
私達は、あれから君の療養費を稼ぐ為に、各地を巡り出した。
十二年分の療養費は、未だ完済していないからね」
ザウェルの手が、僅かに震えている。
とてもせつなそうに、搾り出すように、ゆっくりと呟く。
いつしかアリスは、一筋の涙を流していた。
「じゃあ、今の私……アリスは、一体、何なの?」
「それは……」
「教えて! じゃあ、私は、ロぜは、もう死んでしまったようなものなの?
私は、ロゼの記憶の後に上書きされた、偽の人格に過ぎないの?!」
「……」
「――そうですよ、アリス」
突然、炎の渦が二つに割れた。
その中に佇む、黒いシルエット。
ダークロード・ロゼは、豪炎の中を悠々と歩いて来る。
「ロゼ、さん……」
「耐熱呪文レジスト・ファイヤか」
「私は、ダークロード(DARK-LOAD)。
相手の心の中の闇を読み込んで、写し取る魔物。
私は、ディープダイバーの誰かの心に呼ばれて、生まれて来たのです」
「じゃあ、あなたは……あなたを呼び寄せたのは」
「ああ、恐らく私だろうな」
重苦しい声で、ザウェルがボソリと呟く。
その様子に、ロゼはとても愉快そうに笑った。
「ふふふ。それほど、ザウェルさんの心の中で、貴方の存在は重かったのでしょう」
「なんて……なんてことなの」
「ダークロード化したロゼが現れるだろうことは、前から予測はしていた。
だからこそ、我々はダークロードを特に警戒していたんだ」
「そういう事なのですね、納得しました」
「さあ、下がりなさい、アリス。私が片をつける」
ゆっくり立ち上がったザウェルの周囲に、ドス黒い闇が纏わりつく。
それは、アリスも初めてみる姿だ。
まるで、ザウェルが“邪悪な魔道師”に戻っていくような――
「私を倒す為に、あの時の姿に戻られるのですか?
それでは、本末転倒ではないでしょうか」
「ああ、だが、そうでもしなければ、君を消すことは出来ないらしい」
ザウェルの身体に、徐々に瘴気が纏わり付いていく。
辺りが暗くなっていくような感覚に陥り、アリスは思わずたじろいた。
ロゼもいつしか嘲笑を止め、表情を引き締めている。
「君を葬る為なら、どんな術も惜しまず使おう。
たとえこの身が、再び闇に堕ちようとも」
「それはさすがに、愚かな選択ではないでしょうか?
貴方が、かつての貴方に戻ったら、この迷宮は――」
「その時は、彼らが私を倒してくれるさ。
リュウヤや――そう、アリスがね」
ザウェルは、ふと、足下に座り込むアリスに向かって、微笑む。
とても、悲しげな目で。
それを見たアリスの心の中で、何かが響いた。
――ジャキィッ!!
ロゼが、マジカルロッドを構える。
「あの時のようには行きません。一撃で、貴方の身体を粉砕しましょう」
“自惚れるな、闇の住人風情が”
「ぐ……?!」
それは、殺気。
強烈な「殺気」が、辺り一面に充満する。
ザウェルの目が赤く輝き、長い黒髪がザワザワと沸き立っていく。
宙に泳がせた両手からは、赤黒いオーラのようなものが吹き出ており、鋭い爪のようなものまで見える。
アリスは、理解した。
それが、ザウェルの本来の姿――ダンジョンマスター時代の「彼」なのだと。
濃厚な殺意の塊を叩きつけられたせいか、ロゼは、初めて焦りの色を浮かべた。
「覚悟、ザウェル!!」
“―――オォォォォォォオオオオオ!!”
地獄の底から響くような、おぞましい聲こえ。
それはもう、あの優しくて温かいザウェルのものではない。
悪魔――
かつてディープダイバーを、たった一人で窮地に陥れた、最悪最凶の存在。
それが今、蘇ろうとしている。
ダークロード・ロゼが飛び込み、ザウェルが応戦する。
しかし――
「やめてえぇぇぇぇぇぇっ!!」
限りなくダンジョンマスターに変貌しかけていたザウェルに、アリスは全力で抱きついた。
同時に、全身を凄まじい激痛が襲う。
「うぐぅっ!! あ、あああああああっ!!!」
「バカな! 何をしているのです!! アリス!」
「アリス! どうして?!」
それでも、アリスはザウェルから離れなかった。
身体に回した手を、もう片方の手で握り、離れないようにする。
アリス自身の豪力で、ガントレットの鋼鉄が歪み、甲高い悲鳴を上げる。
「戻っちゃ駄目! 絶対に、駄目!!
ザウェル、もういいの、いいからぁっ!!」
「アリス! やめるんだ、離れなさい!」
「もういいの! ザウェル!!
もう、充分だよぉっ!」
「だが、私は――」
「もう、私のことなんかで、悩まないで!
特別扱いしないで!
お願い……だからぁっ!!」
ぐいっ!
アリスは、なんとそのまま、ザウェルの身体を持ち上げてしまった。
所謂「投げっ放しジャーマン」の体勢で、ザウェルを思い切り後方へ投げ飛ばす。
「ぐあっ?!」
――ドサッ!
と同時に、今度はロゼの懐へダッシュする。
そのままタックルを決め、再び炎の渦の中に、ロゼごと飛び込んで行った。
「貴方、死にたいのですか?!
耐熱呪文もなしで、自ら!」
「あなた、どうやら、私の知ってるロゼさんじゃないみたいね!!」
「な、何ですって?!」
アリスは、口許に笑みを浮かべて、腰裏のロッドを手に取った。
「cya-no!!」
アリスの手の中で、ロッドが一気に伸びる。
その末端に激しく突かれ、ロゼの身体が、一瞬アリスから離れた。
すかさず、アリスはマジカルロッドをブンブンと振り回し、小脇に抱える。
左掌を前方に翳し、鋭い目で、ダークロード・ロゼを捉えた。
闘いの構えが、完成する。
「この炎はね、私達を焼くことはないの」
「?」
「フレイムキャノン――リュウヤの持ってる剣の力よ。
知らなかった?」
「?!」
「リュウヤとセイゴが、必死の思いで手にした、炎と氷の魔法剣。
その力は、仲間である私達を、自動的に避けてくれるのよ」
「なるほど、そういうことですか」
「残念ね、あなたが倒したつもりのリュウヤは、まだ生きてる!
私を護るこの炎の壁が、その証拠だもん!!」
そう言うが早いか、アリスは猛烈なダッシュで、再びロゼに飛び込んだ。
だが、咄嗟に体勢を戻したロゼはそれを難なくいなし、逆に背中に一撃を加えた。
――ドゴォッ!!
「うぐ……かはぁっ!!」
呼吸が止まりそうなほどの、重い打撃!
しかし、アリスは床に倒れることなく、ギリギリで踏ん張る。
そこに、ロゼのロングメイスが横殴りで振り払われた。
――ガキィッ!!
「うあっ?!」
メイスの一撃は、アリスの側頭部に命中する。
ふわりと、まるで浮遊の呪文にでもかかったかのように、アリスの身体が宙に浮かんだ。
フェイスガードがカラカラと音を立て、転がっていく。
更に一瞬の後、激しい金属音を立てて、石床に激突する。
その時、腰から外れたシールドを、アリスは咄嗟に手で掴んだ。
「いっけぇ――っ!!」
シールドの表面に施された、浮き彫りの十字架。
それが左右に展開し、内部から、十字型に並べられたレンズ状のパーツが露出する。
ガシャッ!!
ピカッ! ゴオオオオオオオオオオオ!!
「祓霊の盾?!」
大口径のビームがシールドから発せられ、空気を切り裂く。
光線をまともに受けたロゼは――無傷だ。
「生憎ですね、不死者アンデッドではない私に、効果は――」
激しい閃光に目を閉じていたロゼは、はっとして、周囲を見回す。
アリスが、居ない。
「何処へ?!」
先ほどまでアリスが居た場所では、祓霊の盾だけが、カラカラと音を立てながら回っている。
それがゆっくりと回転を弱め、カランと倒れた。
その直後、どこからともなく、何か聴こえて来た。
――それは、口笛。
「――!!」
シュルシュルシュルシュルシュル
――ガ・キィィィンンッ!!
「うあっ?!」
ガラン、ガラン……
突然、暗闇の奥から何かが飛んできて、ロゼの腕を激しく殴打した。
それはブーメランのように大きく旋回し、回廊の奥の闇へと吸い込まれていく。
ロゼは、前腕に固定していたシールドを取り落とした。
「う、腕が……!」
口笛が、止まる。
「Au Clair de la Lune.」
「思い出したのですか?
そう、私の国の言葉で、“月の光に”という意味です」
「私、とても好きだったよね、この童謡」
「ええ、そうですね」
カツン、カツンと、闇の中からヒールの音が、軽やかに響く。
回廊の向こうから、炎の渦を乗り越え、アリスが姿を現した。
その顔は、先ほどまでとは違う。
「記憶が、微妙に残っていたようですね、アリス。
――いいえ、ロゼ」
「ううん、私は、ロゼじゃないよ」
「?」
「私はね、アリスなの。
――もう、ロゼじゃない」
「……」
「ごめんね、昔の私。
でもね、もう私は、ロゼには戻れないし、戻りたくない。
アリスとして、生きて行くよ」
「本気で、そんなことを?」
「今の私は、みんなが一生懸命になって、支えてくれた存在。
だから、大事にしなきゃ。
それが、やっと判ったの」
「それが、貴方の出した結論なのですね?」
「そうよ。だからこそ、私は越えなきゃならないの。
あなたを――かつての私を!」
「いいでしょう、来なさい!」
炎の渦が瞬時に消え去り、今度は冷気が回廊を包み込む。
その中で、同じ姿をした二人の女僧侶が、睨み合っていた。
同じ存在、同じ身体、同じ魂――そして、違う心。
全く同じタイミングで、両者は突進した。
「タリャアァァァ―――ッ!!」
「たぁ―――ッ!!」
ガキン、ガキン! ガキン、ガキン! ガキン、ガキン!
鋼鉄の棍棒が、力一杯に振り回され、激突する。
火花が飛び散り、一撃ごとに足下の石床が振動で削れて行く。
空気が震え、打撃音……否、限りなく爆発音に近いものが、回廊内に轟いていく。
ガアァァァァンン! ガアァァァァンン! ガアァァァァンン!
「てぇいっ!!」
「とあっ!!」
ガキィン! ガキン、ガキン、ガシャアンッ!!
旋回する棍棒に、弾かれる棍棒。
しかしメイスの先端は、すぐに軌道を変え、死角から襲い掛かる。
それをいなし、合わせるように突きこむも、紙一重でかわされる。
アリスとロゼの攻防は、ほぼ互角の状態で、ぎりぎりの切迫を続けていた。
だが、ダークロードは、素の力が既に人を大きく凌駕している。
その差が、とうとうアリスに襲い掛かった。
――ガ・ガアァァンンッ!!
「あっ!!」
アリスのマジカルロッドが、ロゼに弾かれた。
クルクルと回転しながら、後方に落下し、石床を砕いて突き立ってしまう。
それを取ろうとするよりも早く、アリスの喉元に、メイスの先端が添えられた。
「ぐ……っ!」
「ここまでのようですね、アリス」
「……」
「ダークロードと、真正面から一対一で、ここまで闘ったのは、貴方が初めてですよ」
「そりゃあそうでしょうね。
あんた達は、相手がまともに闘えなくなるように擬態してんだから」
「ダークロードが警戒されている理由が、これでわかりましたか?」
「よぉっくわかったわ。
でも最後に、一つだけ教えてくれない?」
「私で判ることでしたら」
ロゼのメイス先端の鉄球が、ごりっと音を立て、アリスの下顎に食い込む。
棘の痛みに耐えながら、アリスは、横目でロゼを睨みつつ、呟いた。
「私の……マジカルロッドって、何処で手に入れたの?」
「さすがに、そこまでは思い出せないようですね」
「教えてよ。こんなに不自然に伸び縮みする武器なんて、他にないじゃない。
リュウヤに預けられてから、ずぅっと気になってたのよ」
「いいでしょう、お教えしましょう。
これは、名工“キュズィナルツ”の手によるカスタマイズ品なのです」
「ああ、やっぱりそうなんだ」
「私の戦闘スタイルに適した形への変型と、携帯性を組み込まれて設計された、特殊な魔法武器というわけです。
ご納得されましたか?」
「ああ、うん。
そっか、それであんなにヘンテコな変型するのね」
「そうですよ。――さぁ、お覚悟を」
「ついでに、もう一つだけ、いい?
私、ロゼさんに、謝らなきゃならない事があるの」
「謝る? なんですか?」
不思議そうに尋ねるロゼに向かって、アリスは、不敵な笑みを浮かべた。
「そのキュズィナルツなんだけどね、実は今、私達と“友達”なんだ」
「えっ?」
「ごめんね、ロゼさん。
私――あなたのマジカルロッド、勝手に改造しちゃったの!」
「?!」
ロゼが、思わず驚きの声を上げる。
その隙を突くように、アリスは、大声で叫んだ。
「タイプフォー! モーニングスターっ!!」
ガシャアアアアアアアアアアアン!!
アリスの声と同時に、突き立ったままのマジカルロッドから、何かが発射された。
それは、鉄球!!
鎖に繋がれた鉄球が、まるで砲弾のように飛び出し、ロゼの頭を狙う!
――ドゴオォォォンッッ!!
「な……?!」
発射された鉄球分銅をまともに食らったロゼは、そのまま後方に吹っ飛ぶ。
しかし、フェイスガードに防がれ、致命傷には至らない。
即座にマジカルロッドを引き抜いたアリスは、先端から伸びる鉄球分銅を器用に操り、ロゼの足に巻きつけた。
「!!」
「そりゃああぁぁぁぁっ!!」
力任せに、マジカルロッドを振り上げる。
アリスの怪力によって、ロゼの身体は、まるで木の葉のように軽々と宙に浮かぶ。
「タイプスリー! ソードっ!!」
再び、アリスが叫ぶ。
すると、長く伸びた分銅の鎖が瞬時に巻き取られ、棒の内部に収納される。
自動的に変型するマジカルロッドは、今度はショートソード程の長さの、片手用棍棒に変わった。
落下してくるロゼに向かって、マジカルロッドを握り、斬り上げる!
――ズバアァァッ!!
「ぐ……あぁぁぁぁっ!!」
縦一文字に、薄緑色の閃光が駆け抜ける。
身体を袈裟懸けに叩き斬られたロゼは、砕け散った鎧の破片を撒き散らしながら、十数メートル先に落下した。
勝負は、決した。
ロゼは、回復不能なほどのダメージを受け、虫の息だ。
アリスは、すかさずその傍らに駆け寄った。
「お見事です、アリス……
まさか、ここで変型機構を……使いこなすなんて」
「やっぱり、変型の事、知ってたの?」
「はい……私は、貴方でもあるのですから……
でも、まさか……モーニングスターを、大砲みたいに使う……なんて。
油断しました……」
ロゼは、弱々しく手を伸ばす。
アリスは、一瞬躊躇ったが、その手をそっと包み込んだ。
「貴方は、もう……ロゼではありません。
……一人の、アリスという人間として……生きてくださいね」
「うん、ありがとう。ロゼさん」
「ふふ……まだ私を、そう呼んでくださるのですか」
「そうだよ、だって、あなたが私の恩人なのは、変わらないから」
少し涙ぐむアリスに、ロゼは、優しく微笑みかける。
そしてすぐに、悲しそうな目を向けてきた。
「これを――お渡ししておきましょう」
ロゼは、反対の手を静かに挙げる。
すると掌の中から、光が描く紋章……否、まるで精巧な造りの護符アミュレットのようなものが浮かび上がった。
「こ、これは?!」
「貴方も聞いたことは……ある、でしょう。
“守護の護符(Amulet of Protection)”」
「……!」
「貴方が、これまで持っていなかった物です。
これを取り込めば、貴方は……皆さんと同じ力を……」
「これが……」
「ですが、これを取り入れると、貴方の身体は……
だから、慎重に……考え……て……」
「あっ、ロゼさん!」
ロゼの身体が、少しずつ崩れ始める。
まるで細かい粒子の砂で作った人形のように、見る見る脚が、手が崩れていく。
「これからは……一人で……頑張っ……」
「うん、うん! わかった、わかったよ!!」
「ア……リ……」
「ロゼさんっ!」
ダークロード・ロゼは、あっという間に、そして静かに崩れ去った。
だがそこには、未だに、紋章のようなエネルギー体が浮遊している。
様々な魔法環境から、所有者を保護する力を持ち、同時に、超人的な肉体強化が施される“守護の護符”。
しかしその代償として、所有者の身体と一体化してしまう。
そしてそれは、生涯外れることはないのだ。
「……」
アリスは、ザウェルやモトス達の居るだろう方向を一瞥し、ふぅと溜息を一つ吐き出した。
「あ、アリス?
ダークロードは?」
「大丈夫、もう、私が倒したよ」
「えっ? ほ、本当に? あたた……」
「ご、ごめん! い、痛かった? よね?」
「わ、私は大丈夫。それより、皆は?」
「うん、今ね、モトスがリュウヤ達を看護してる」
「そ、そうか……あの、アリス」
「ん? なぁに?」
「さっきの話なのだが……本当にすまなかった。
私は、これから君に、どうやって詫びをしていけばいいだろうか」
「お詫びだなんて、そんな!
私だって、これまでザウェルに、数え切れないくらいお世話になってるし!」
「いや、それでは私の気が済まないんだ。
何せ、君の人格を――」
「だから、もういいって。
もう充分、私のことで悩んだり、心配してくれたんだからさ」
「あ、ああ……」
「それより、ねぇ?」
「何だい?」
「私の今の名前、“アリス”って、誰が付けたの?」
「“アリス”とは、私の……娘の名前なんだ」
「えっ」
「もう、遥か昔に天寿を全うしただろうけどね。
私の愛する、大切な一人娘だ」
「娘さん……いたんだ」
「ん? どうかしたかい?」
「え? あ、あは、なんでもない!
っで、なんで娘さんの名前を、私に?」
「君が目覚めた時、無理にロゼの記憶を取り戻させるより、新たな人生を歩ませた方が良いだろうと、寺院が診断した。
その方が、君の精神に負担をかけずに済むから、とね」
「うん、それで?」
「それで私は、新しい人生を歩む君に、一番大切な存在の名前を与えることにした」
「それがアリス、なのね」
「君を、本当の娘のように大切にして行かなければならないと、そう誓ったつもりだった。
――すまない、これも、いつか君に謝りたいと思っていた事なんだ」
「いいの! ……うん、いいのよ。
ありがとうザウェル、私のこと、そんなに色々考えてくれててたのね。
私、嬉しいよ」
ザウェルの手を取り、立ち上がらせると、アリスは彼の胸に飛び込む。
彼女の頭を優しく撫で、ザウェルは、そっと目を閉じた。
しばらく後、後方から、モトスの呼ぶ声が聞こえてきた。
その後ディープダイバーは、全員アリスの回復呪文を受けて息を吹き返し、全員無事に生還することが出来た。
勿論、行方不明だったレッドマーシナリーズもきっちり回収した上で、である。
ダークロードの出現情報は、アリスによりギルドに提出されたが、注意勧告が取り下げられるまでには、まだいくらか時間を要するようだった。
そして、アリスの心の中のロゼも、それ以来、全く現れなくなった。
ここは、酒場「ジントニ」。
いつものように、店の中央にある大きな丸テーブルを陣取ったディープダイバーの面々は……戦々恐々とした表情で、“今回の主役”を見つめていた。
空になったジョッキが数十杯、さらにワイン樽が三個……
「ぷっはぁ! お~い店主ぅ!! おっかわりじゃぁ~い!!」
「せ、先生! もうその辺で、お止めになられては?!」
「無理言うなモトス。ロゼモード全開になったってことは……」
「ああ、この店の酒、全部飲まれてもおかしくないな」
「ロゼの別名“エターナル・グリコーゲン”……だったっけ」
「うんそう。
腕力だけで済ましときゃいいのに、よりによって肝機能まで強化されちまったからなあ、アイツ」
「あ、あの、皆、すまないけど、お金、貸してもらえないだろうか?」
「はぁ?! お前の奢りなんだろ今回は! 知るかよ!!」
「だ、だって、彼女は……お酒を“一杯”奢ってくれたら許すというから」
「ジョッキの一杯じゃなくて、たくさんの“いっぱい”なんやな。
ザウェルはアリスの罠に、まんまとハマったんやな」
「つかザウェルだって、ロゼの大酒飲みは知ってただろうが」
「だから俺は、止めておけと忠告したんだ!」
「ご、ごめん、セイゴ……」
「町中の酒場で出入り禁止扱いになったほどの超大酒飲みロゼ様が、ハブラムの街に悪夢のご帰還だぜぇ?
もうどうしようもねぇ!」
「俺は、逃げる」
「あー待ってセイゴ! 俺も!」
「ちょっと! 二人とも! 置いて行かないで!!」
「だあぁぁぁぁ! こりゃあお前らぁ! どこ行くんじゃぁワレェ!」
「あちゃあ、戻ったのはいいが、ロゼの頃のしとやかさは欠片もないのぉ」
「居たのかよ、おっちゃん!」
「酒だ酒だぁ! どんどん持って来いやぁ!
今日はヤケ酒だぁコンチクショー!!」
「あ、アリス! だから、本当にゴメン……」
「違う! ザウェルが思ってるような事じゃないっ!」
「え? じゃあ、いったいなんでヤケ酒……」
「いいから、あんたも付き合いなさい! それで贖罪っ!!」
「わぁ――っ!!」
いつの時代も、冒険者は金と名誉、探究心に突き動かされる。
大陸オーデンスの一王国キングダム・ブランディスの主要都市「ハブラム」にも、そういった輩が数多く集まってくる。
各々の欲望・目的の形は実に様々だが、共通していることが一つある。
それは――どうしてもここでやりたい「何か」がある、という事。
二十年の時を呑み込み、今も尚君臨する無秩序な暗黒空間「地下迷宮」。
その謎を解かんとして、今も尚、新たな志に燃える冒険者達が訪れる。
そして、そんな彼らとはちょっとだけ違った目的の、個性的な者達も――
迷宮求深者 -Deep Diver-
ACT-4 ~Dark Load~ END.
【あとがき】
第一~四話は、投稿日より一年以上前に製作し、某所にて掲載されていた物の自己転載作品となります。
当時掲載されていた物を、若干手直ししていますが、ほぼ原文通りです。
ACT-5以降は、掲載先の某所の諸事情により、製作が停止した状態のまま、一年以上が経過しています。
そのため、今後改めて執筆していこうかと、考えております。
(当然、これ以降は、初公開の未転載内容となるわけです)
もし、本作にご興味をお持ち頂けたようでしたら、今しばらくご猶予と、更なるお付き合いを、どうぞよろしくお願いいたします。
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