ACT-4 ~Dark Load~ 2/3
大酒場「ジントニ」。
都市ハブラム内で最大の大きさを誇る酒場で、迷宮探索目的の冒険者が最も多く集まる場である。
同時に、様々な情報が行き交う貴重な社交場という側面も持つ。
冒険用の装備に身を包んだ猛者達に混じり、薄水色のワンピース姿で酒場に入り込んだアリスは、カウンターに腰掛けるなり、店主のギムリに声をかけた。
「ねぇ店長、これ知ってる?」
「ん? なんじゃ?」
アリスは、例のメロディを、口笛に乗せて店主に聴かせる。
たった一度しか聴いていない筈なのに、結構上手に再現出来るなと、アリスは妙に感心した。
店内の喧騒に妨げられ、良く聴こえないのか、店主は耳を寄せて目を閉じた。
「こんな感じの曲なんだけど、知ってる?」
「ほぉ、ロゼが良く口笛で吹いていたな。懐かしいのう」
「え?」
店主の呟きに、アリスは目を剥く。
それと同時に、店主は大慌てで口を手で押さえた。
「ロゼさんが、この曲を?!」
「あわわわ、口が滑った!」
「どういうこと?! ねぇ、どういうことなの!?」
アリスは思わず店主の胸倉を掴み、カウンターの奥から引っ張り出そうとした。
「わー、わー! 待て、落ち着け!」
「あんたら、何か私に隠してるでしょ!
さぁキリキリ吐け! 吐かないとぉ~!!」
「わ、わかった! わかったから離せ!」
今は客が最も多い時間帯なため、店主は閉店後また来るようにと、アリスに言い聞かせ、ようやく解放された。
店を出るなり、アリスは早速ロゼに呼びかけるが、返答はない。
(なんだか、ロゼさんにまで反故にされてるような気がして来た……)
寂しい気持ちに陥ったアリスは、とぼとぼと、木賃宿に向かって歩き出した。
「ジントニ」の閉店時間頃に起きられるよう、早々に仮眠を摂り始めたアリスは、外から聞こえる騒がしい音で目が覚めた。
(う~、何よぉ、こんな夜中に)
どうやら、リュウヤ達が何かしているようだ。
ドアを開け、外の様子を窺ったアリスは、思わず短い声を上げた。
――リュウヤ達四人が、探索に向かうための装備を身に着けている。
(え? なんで?! どうして私だけおいてけぼり?!)
慌ててドアを開けたものの、タイミングが悪く、四人は木賃宿から出て行ってしまった。
「ちょっと待ってよ! ねぇ、みんなぁ!!」
大声で呼びかけるが、届く筈もなく。
アリスは大急ぎで装備を整えると、木賃宿を猛ダッシュで飛び出した。
しかし、さすがのアリスでも、装備を整えるのに数十分はかかってしまう。
当然、四人の姿はもうどこにも見られなかった。
(あいつらぁ~!! きっと私だけ置き去りにして、捜索に向かったんだわ!
何よ! いつもなら寝てても叩き起こす癖に!!)
やむなくアリスは、単独で地下第十階層まで降りることになった。
幸い、それは過去にも何回か経験済みなので、特に問題はない。
ただ、何も告げられず置いてけぼりにされたという事実が、アリスの心に大きな不信感を植え付けていた。
(なんか、本当に今回、あいつら変だわ。絶対、何かある)
普通に考えて、ダークロードという危険な存在が現れるというなら、一人でもメンバーを増やして生存帰還率を高めようとするものだ。
まして、治療回復魔法のスペシャリストである僧侶を置いていく道理はない。
むしろ、他のメンバーを置いてでも、僧侶は連れて行く筈だ。
そんな初歩中の初歩を無視して、ベテラン揃いの四人が迷宮に向かう理由がわからない。
(まぁいいか、とにかく、彼らに追いつかなきゃ)
途中、何度かモンスターと遭遇したが、幸いにもアリスが手間取るような強敵は出現しなかった。
「cya-no!!」
マジカルロッドを振り回し、圧倒的な攻撃力で、力任せに打ち砕いていく。
「マジカルロッド! タイプワン! メイスっ!!」
マジカルロッドが変型し、通常サイズのメイスに変わる。
豪腕を振るい、至近距離のレッサーデーモン共のドタマをカチ割る。
――ドガァァッ!!
グオォォォォ………!!
「マジカルロッド! タイプツー・スティックっ!!」
アリスの叫びと共に、マジカルロッドが自動的に変型し、約6フィート(約180センチ)の長い棍棒型に変わる。
それを凄まじい速度で猛回転させて、前方から飛来するスタージの群れを片っ端からなぎ倒していく。
ギュオオォォォォォォォォォ!!
ズガガガガガガガガガガガガ!!
「さらにっ! そこぉっ!」
――ド・ゴオォォォンッ!
ギャアァァァァッ!!
三度目の戦闘で、自分の二倍も巨大なオーガを壁にめり込ませたアリスは、地下第十階層へと向かう階段を見下ろし、溜息をついた。
地下第十階層。
その東側エリアでは、迷宮の壁がことごとく破壊されていた。
瓦礫の山の中には、黄金の鎧をまとう巨大な騎士型の魔物が、二体倒れている。
満身創痍でようやく立ち上がったディープダイバーの四人は、先ほど倒した敵の残骸を、冷たい目で見下ろした。
「くっそ、よりによってゴールドナイトが二体とはな!」
「とんだ時間食っちまったね。とっとと先に行こうか」
「そうだね、ぐずぐずしていたら、アリスに気付かれ――」
「ぬぅ?!」
セイゴの呻きと同時に、全員に緊張が迸る。
――あの口笛が、また聴こえて来た。
リュウヤとセイゴの手が、自然に剣のグリップに当てられる。
「この口笛、やっぱり……かな?」
「もう疑う余地はねぇわな」
「ザウェル、お前は下がっていろ。ここは俺達三人でやる」
「いや、私も行くよ」
「ザウェル、無理すんなよ」
「いや、これは私がやらなければならない事だからね」
「――近づいてくるよ!」
口笛に混じり、カツン、カツンと、甲高い音が響く。
それは、グリーブのヒールで石床を叩く音。
口笛が、更に大きく聴こえてくる。
やがて、足音が止まる。
微かな含み笑いが、闇の奥から聞こえて来た。
「お久しぶりですね、皆さん。
お元気そうで、何よりです」
それは、女性の声。
否、鎧をまといつつも軽やかさを失わない足取りの音で、既に皆気付いていた事だった。
「ああ、そっちこそな」
「ご冗談を。私は、死んだのではなかったのですか?」
「……」
「先日は、せっかくお会い出来そうでしたのに、お帰りになられてしまって、とても残念でした。
この度は、是非、また皆さんとお顔を合わせたいと――」
「寝言は無用だ。抜け」
一歩前に出たセイゴが、剣を引き抜く。
グリップの末端部を回し、刃に凍気を宿らせ「氷の剣」を作り出す。
「……」
リュウヤも、セイゴに並んで剣を抜き、同じ動作で炎の刃を生み出す。
高熱と凍気が同時に渦巻き、迷宮の回廊内に充満する。
激しい炎が放つ光に照らされ、闇の奥に立っている者の姿が、一部だけ窺えた。
それは、黒い鎧を纏った――
「行くぞ!」
「でやぁあっ!!」
黒い鎧が視界に写った瞬間、セイゴとリュウヤが、大剣を振りかざし突撃した。
その速度は、人間を遥かに超えている。
一瞬で数十メートルもの距離を詰めた二人は、その加速の勢いを乗せ、黒い鎧を纏った者に斬りつけた。
しかし――
「Cya-no」
ゴオォォォォォォォォ!!
「な……!?」
「どわあっ?!」
ガキガキガキガキガキ……!!
ガガアァァァン!
二人の剣戟は、突如眼前に出現した「何か」に阻まれ、そのまま押し返される。
自分達の攻撃の威力をそのまま跳ね返され、セイゴとリュウヤは、折り重なるように吹っ飛ばされてしまった。
シャキィィンッ!
鋭い金属音と共に、またも含み笑いが聞こえる。
「二十年以上も経ってしまうと、忘れてしまうのでしょうか?
“ローリング・リフレクト”。
元々は、貴方がたが私に授けてくださったものですが」
「へっ、そういやそうだったな」
「違う! 俺達が棒術の極意を教えたのは、断じて貴様などではない!
教えたのは――」
「危ない!!」
突然、モトスが上空から飛び込み、倒れる二人の前に出た。
「take go into the root of Ancient-Magical spell program!! set...」
「トォッ!!」
――ドガァッ!!
「グアッ?!」
ドサァッ!!
ダガーを取り出し、呪文を詠唱しようとしたモトスの腹部に、一直線に打撃が叩き込まれる。
その衝撃はモトスの身体を突き抜け、彼を後衛のザウェルの更に後ろまでふっ飛ばしてしまった。
「モトスさんが、どういうタイミングで呪文を使おうとするか……
手に取るようにわかりますよ」
「ならば、私はどうかな?」
今度は、ザウェルが前に出る。
その表情はとても険しく、いつもの温厚さは全く感じられない。
ザウェルを見上げたリュウヤは、思わず声を上げた。
「待てザウェル! お前はいい、下がれ!」
「いや、もう無理だ。このままでは私達は全滅だよ」
「しかし、お前は!」
「さっきも言ったが、これは私が撒いた種。
私が摘み取らなければならない」
「……」
「殊勝なお心がけです。
思い出しますね、あの時のことを」
「……」
「そう、あの時の貴方は、まさにそんな怖いお顔をしていらっしゃいました」
険しい顔つきのザウェルは、黒い鎧の者を睨みつけながら、赤黒く発光した指先を漂わせ、不気味な呪文を詠唱し始める。
「Kui olete lainud...surema die...die surra...!!」
「またその禁呪を、私に向けるのですか、ザウェルさん?」
「……!!」
黒い鎧の者の言葉に、ザウェルは詠唱を止めてしまった。
その一瞬の隙を突いて――
「たぁっ!!」
「な……!!」
――ドガァァァァァッ!!
「ザウェル?!」
ザウェルは、モトス同様、一瞬のうちに彼方まで吹っ飛ばされた。
「馬鹿な! なんて攻撃力だ!!」
「奴はダークロードだ! 見かけに惑わされるな!!」
「ふふ、その通りです」
6フィートほどの長さの金属製のロッドが、リュウヤの喉元に当てられる。
先端に着いた小さな金属球は、血に塗れていた。
「もう還りましょう、リュウヤさん」
「還るだと? へっ、何処へだ?」
「私達が居るべき世界に、です。
セイゴさんも一緒に――さぁ」
「ふ、ざける……なっ!!」
無理矢理身を起こし、剣を翳そうとするより早く、黒い鎧の者のロッドがセイゴの喉元を突いた。
「ぐ……っ!!」
「貴方がたは、一体いつまで、この世界に居座るおつもりですか?
本当は一刻も早く、元の世界に戻りたいとお考えでしょうに」
「生憎だが……俺達にはな、ここでやらなきゃならねぇ事がまだ、あるんだ」
「それは、マイナスワンとの一件ですか?」
「それもある、だが、それだけじゃねぇ」
「よもや、この世界で得た不老の肉体が惜しいのですか?」
「馬鹿な事言ってんじゃねぇ! 俺達は、アリスの――」
タタタ……
その時、回廊の奥から、またも足音が響いてきた。
やや重そうな足取り、ガチャガチャと揺れる金属音、息切れの混じった吐息も。
黒い鎧の者は、リュウヤに向けようとしていたロッドを引き、回廊の奥に見入った。
「来ましたか」
「ま、まさか?!」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……!! や、やっと追い着いたぁ!」
全身汗まみれでやって来たのは、アリスだった。
「お待たせ! って二人とも、大丈夫?」
「アリス! 何故来やがった?!」
「何言ってんのよ! 人を勝手に置いてけぼりにしてさ!
待ってて、今こいつを、私……が……って」
顔を上げたアリスは、自分の目の前に立つ、黒い鎧の者の姿を凝視し、硬直した。
「ようやく逢えましたね、アリス。
とても光栄です」
「え?」
その姿は――
「わ、私? な、なんで?!」
「驚きましたか?
てっきり、もうお気づきになっているものと思いましたが」
「え? え? え? ちょ、これ……いったい、どういうこと……?」
黒き鎧の者。
それは、紛れもなく、アリスだった。
否、アリスと同じ顔、同じ髪型、同じプロポーション、そして同じ装備を身に纏った女僧侶。
違うのは鎧の色と、金色に輝く瞳のみ。
手にしているマジカルロッドまで、全く同じだ。
そして、声までも――
「これが、ダークロードだ」
「な、なんで? なんでダークロードが、私の姿をしているの?!」
「ふふ、可愛いアリス。
良くお聞きください、私の声と話し方――
貴方なら、すぐわかるのではないですか?」
その言葉に、アリスはしばし考え込む。
だが、すぐにはっと顔を上げた。
絶望的な表情で。
「ろ、ロゼ……さん?」
「はい、御名答です」
「どういうことよ?
……何故、どうして?!
ロゼさんが、私と同じ姿をしてるの?!」
「簡単な話です。それは――」
「や、やめろぉっ!!」
かろうじて立ち上がったリュウヤが、剣も持たずに黒い鎧の者……否、ロゼを自称する存在に掴みかかる。
しかし、それはあっさりといなされ、再び倒れてしまった。
「私は、貴方自身だからです」
「?! どういう意味なの?!」
「私はロゼ。ロゼ・シーリア・アルフォンヌ。
ですが、今の名は――アリス」
「へ……な、なによそれ!」
「やめろぉ! てめぇっ!!」
「つあぁっ!!」
リュウヤとセイゴが、最後の力を振り絞り、ロゼに挑みかかる。
しかし、脚と腹部、そして喉から胸部にかけて激しく負傷した彼らでは、ダークロード・ロゼの猛攻を止めることなど出来はしない。
猛回転するロッドに巻き上げられ、二人は、なんと約50フィート(約15メートル)もある天井まで投げ上げられた。
――ドゴオォォッ!!
「……っ!!」
「な……なにぃ……っ!?」
そのまま落下し、石床を陥没させるほど激しく叩きつけられた二人は、もう起き上がって来ない。
どくどくと流れ広がっていく二人の血潮が、アリスの足下を濡らす。
だが彼女は、いまだ身動き一つ取れずにいた。
「さぁ、アリス。構えなさい」
「えっ? え?」
「この世に、ロゼは二人も要りません。
そう思いませんか?」
「ちょ……何? もう、何がなんだか……」
動揺し、もはや何をすればいいのかすら判らなくなっているアリスに向かって、ロゼはマジカルロッドを構えた。
ダークロード・ロゼの攻撃力は、リュウヤやセイゴを遥かに上回っている。
無論、自分の攻撃など比較にもならないだろう。
脚が、がくがくと震え始める。
(ウソ! なんで、なんで?! なんで脚が?!)
「フフ、あまりの恐怖に、心より先に身体が限界に達したようですね」
(な、何よ! こんなヤツ、ただ私に化けてロゼさんを騙ってるだけじゃない!
どうして、そんな程度のヤツなんかに! 私が?!)
頭の中で、必死に状況を否定する。
だがどうしても、身体が言う事を聞かない。
圧倒的な恐怖感に、感情の一部が麻痺し、自覚出来ていないだけなのだ!
カツン、カツン……
石床を叩く、軽いヒール音。
まるで蛇に睨まれた蛙のようになってしまったアリスは、もはや指先すら動かすことが出来なくなっていた。
「それでは、さようならです。
アリス――いえ、ロゼ」
「あ……ああ……!」
「もう一度、この迷宮の闇に抱かれて、永遠にお眠りなさい」
「……?!」
――ブオォンッ!!
ダークロード・ロゼが、ロングメイスを高々と振り上げる。
垂直に叩きつけ、アリスの脳天を打ち砕くつもりだ。
だが、この期に及んでも、アリスの身体は恐怖に麻痺し、反撃も防御も出来ずにいた。
「おやすみなさい」
不敵な微笑み、光り輝く黒鋼の閃光、そして見惚れるほどの美しい姿。
まさに、美の死神――
アリスは、ふとそんな言葉を思い浮かべた。
(私と同じ姿だと思ったのに――違う。
私、こんなに綺麗じゃないもん……)
覚悟を決めたアリスが脳裏に浮かべたのは、そんな想いだった。
――ゴオォォォォォォォッ!!
突然、何の前置きもなく、回廊が猛烈な炎に包まれた。
天井にまで届くほどの凄まじい火炎の渦が、一瞬で周囲を包み込む。
むせ返るような豪熱がアリスとロゼを包囲し、真夏の太陽が降りたかの如くに周囲を照らし、燃やす。
否、それはもう照らすなどという生易しい状況では、ない。
赤熱化――溶鉱炉の中のようですらある。
「くっ!!」
さすがのロゼも、この超高熱の嵐の中では、思うように動けないようだ。
素早く後方に飛び退き、難を逃れるが、アリスは炎熱の中に残されたままだ。
「これは、ファイヤーウォール?」
アリスを包むように燃え上がる豪炎は、更に膨れ上がり、ついには回廊の壁や床まで溶かし出す。
しかし、その真ん中に佇むアリスには、不思議なことに、熱のダメージが全く及んでいなかった。
「アリス、こっちへ!」
上空から、聞き覚えのある声がする。
と同時に、彼女の身体は物凄いスピードで、上空へ引っ張り上げられた。
「大丈夫かい、アリス?!」
気がつくと、ひんやりとした回廊の奥で、アリスはモトスに介抱されていた。
「あ……モトス?」
「危なかったね。
さぁ、君はザウェルと一緒に、地上に戻るんだ」
「え?」
「あのダークロードは、オレ達三人で片付ける」
「さ、三人って……でも、リュウヤとセイゴは!」
起き上がり目を剥くアリスに、今まで背後に立っていたザウェルが、弱々しい声で話しかける。
「古代魔法の中に、仲間を遠隔から同時回復するものがある。
それを、今からあの二人に照射する」
「同時回復? 僧侶の私でも、そんなの持ってないのに?!」
「任せたまえ。その後、君は脱出だ。
モトス、すまないが、後を頼むよ」
「ああ、任せてよ!」
「ちょ、待ってよ、ザウェル!」
今にも詠唱を始めようとするザウェルの腕を、アリスが掴む。
「ウソ言わないで!
そんな魔法、いくら万能な古代魔法でもあるわけないじゃない!
もしあるとしても、それは――」
「……」
「何か大事なものを触媒に消費するような、ヤバいヤツでしょ?!」
その言葉に、ザウェルとモトスの顔色が、露骨に変わる。
だがザウェルは、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。
「心配ないよ、アリス。私は――その程度では死なない」
詠唱のために構えた手を下ろし、そっとアリスの頭を撫でる。
だがアリスは、それを振り払った。
「ダメ! 絶対に駄目っ!!
どうしてザウェルは、いつもそうやって!!」
「あのダークロードは、どうしても、私が倒さなければならない存在なんだ」
「どういう意味? ねぇ、いったい何を隠してるの?! 教えてよ!」
「アリス! 落ち着いて! とりあえず今は脱出を!」
「イヤよ、絶対にイヤ!」
肩を掴むモトスの手を払い、アリスはキッと彼を睨んだ。
「どうしてよ! どうしてみんな、私に隠し事ばっかりするのよ!」
「アリス……」
「……」
「なんで、あのダークロードをザウェルが倒さなきゃならないの?
ううん、それより、なんで私の姿なの?! なんでロゼさんを名乗ってるの?!
何がなんだか、全然わかんないのに!
ただ帰れなんて、納得出来るわけないじゃない!」
目に一杯涙を溜めて、アリスは大声で叫んだ。
だがその余韻も、いまだ荒れ狂う炎の嵐に掻き消されていく。
「そんなに、私は足手まといなの?! そんなに未熟者?!
もう六年も一緒なのに……どうして? ねぇ、どうしてよぉ!!」
「……」
「わかったよ、アリス」
静かに目を閉じ、ザウェルは、どこか諦めたような態度で呟いた。
「え?」
「今こそ、君に話そう。
ロゼのことも、ダークロードのことも。
そして、君の正体も」
「ザウェル! 待って、それは幾らなんでも!!」
「私の……正体? ど、どういうこと?!」
涙目で見上げるアリスに、ザウェルは、初めて見せる悲しい表情を向けて来た。
「君を、ロゼからアリスに変えてしまったのは――この私なんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます