ACT-4 ~Dark Load~ 1/3

「cya-no!!」


 ――ジャキィィィン!!


?『このままでは、モトスを巻き込みます。ここはメイスで!』


「わかった! マジカルロッド! タイプワン、メイスッ!」


 ――ガコォッ!!


 キュウ


 ――ドサァッ!!


?『まだ居ます! 七時の方向!』


「えっ!! ちょ……!!」


 グワァァァァァァッ!!


?『ガーゴイルです! ジャンプして翼の付け根を! スティックです!!』


「うん! マジカルロッド! タイプツー、スティック!!」


 ――シャキィィン!!


「テリャアァァッ!!」


 ――バキィッ!!


 ギャアァァァァッ!!






「いやぁ、ナイスフォロー! 助かったよ、アリス!」


「えっへん!

 でもモトス、こんな浅い階層で手こずるなんて、あなたらしくないよ!」


「ごめんごめん、油断しちゃったよ」


「でも、怪我しなくて良かったね!」


「それにしても、もうすっかり、うちの頼れる僧侶クレリックになったね」


「そ、そう? エヘヘ♪」


「いやいや本当に助かってるよ」


「もう、ロゼさん並にはなれたかな?」


「ロゼは、そんな風にすぐ調子に乗ったりはしなかったけどね」


「うえぇ……」



?『クスクスクス♪』



「ちょっとぉ、笑わないでよぉ~」


「オレ、笑ってないよ?」


「へ? あ、ああ、ごめん、モトスのことじゃないのよ」


「??」





いつの時代も、冒険者は金と名誉、探究心に突き動かされる。


大陸オーデンスの一王国キングダム・ブランディスの主要都市ハブラムにも、そういった輩が数多く集まってくる。


各々の欲望・目的の形は実に様々だが、共通していることが一つある。


それは――どうしてもここでやりたい「何か」がある、という事。





彼女の名は、アリス。

大都市ハブラムの「巨大地下迷宮」探索に関わる数多くのパーティの中で、最強とされる「ディープダイバー」の女僧侶クレリックである。


六年前にパーティ入りし、既に仲間達とかなりの経験を積んだものの、最も新人であるアリスには、まだわからない事が沢山あった。


四日間連続の探索から無事に戻ったメンバーは、骨休めのため、自主的休暇を取ることにしていた。


その朝、なんとなく早起きしたアリスは、特に何をするでもなく、ぼうっと窓の外の景色を眺めていた。


「ロゼさーん、起きてるー?」


『はい、起きてますよ』


「おはよー」


『おはようございます、アリス。今日も良いお天気ですね』


「うん、だけどさぁ。今日何しよっかなぁって思って。

 ねぇ、何かいいアイデアないー?」


『アイデアですか……そうですね、図書館でお勉強というのは?』


「え~、だってぇ、あの図書館閲覧禁止のばっかりで、面白くないしー」


『そうなんですか? 私の頃は、そうでもなかったんですけど』


「ねーねー、他にはない?」


『そうですねぇ……あ、誰か来るようですよ?』


「ふにゃ?」


しばらく後、コンコンと、ドアがノックされる。


ザウェル「アリス、おはよう。起きてるかい?」


(あ、ザウェルだ! じゃあロゼさん、また後で)


『はい、いってらっしゃい』


「はーい、起きてるよー。ちょっと待っててね」


寝巻の上から適当にショールを羽織ると、アリスは自室のドアを開けた。


「やぁ、おはよう。誰かと話してたの?」


黒髪の優しげな青年は、小首を傾げて不思議そうに尋ねる。


「ううん、だって私一人しかいないじゃん」


「ああ、そうか。そうだよね。

 それより、ロビーに行かないかい? 朝食の準備が出来てる」


「あ、はーい! 着替えたらすぐ行くね!」


ドアを閉め、手早く私服に着替えて髪をとかすと、アリスは無人の部屋を飛び出した。



アリスには、戦士のリュウヤとセイゴ、盗賊のモトス、魔道師のザウェル、そしてもう一人仲間がいる。

だが実は、更にもう一人、秘密の仲間が居る。


それは、“ロゼ”という名前の女僧侶。


彼女は、アリスの頭の中にだけ居る特別な存在で、当然、他のメンバーにはナイショである。

しかし、アリスが頭の中で生み出した架空の存在、というわけではない。


ロゼは、アリスの先代にあたるディープダイバーの僧侶であり、れっきとした実在の人物である。


否、「だった」と表現した方が正しい。


アリスとの面識はないが、彼女同様、主に前衛での白兵戦と治療・防御を主とする魔法使役を担当していたという。

しかしそんな彼女は、今は何故か、アリスの頭の中に居る。

アリスにだけ聞こえる声で、その存在を極秘として。



久々の、何もない休暇。

結局アリスは、部屋に篭って読みかけだったペーパーバッグを読みふけっていた。

休暇はあと三日もある。

手持ちの本を全て読み切ったアリスは、夕方からショッピングに出かけ、新しいペーパーバッグを買いに行こうと思った。


『さっきの小説は、本当に面白かったですね』


「でしょ? まさかあの執事が犯人だったなんてねー」


『でも、推理物は色々勘ぐってしまって疲れますよね。

 次は、サスペンス物とかいかがですか?』


「えー、私、甘ったるい恋愛物が読みたかったのにー」


『アリスのお好みで選ぶと良いと思いますよ。

 でも、そういうジャンルの本、果たしてあるのでしょうか?』


「さ、探してみる!

 でも、もしなかったら、ロゼさんの好きなの選んでね」


『まぁ、よろしいのですか? ありがとうございます』


「そりゃもう、私の恩人ロゼさんの頼みならねっ☆」


『ウフフ♪ 恩人だなんてそんな。

 貴方と私の仲じゃないですか』


「アハハ♪ そうだね!」


ロゼは、非常に謙虚かつ大人しい性格で、それでいて豊富な知識と的確なアドバイスを施してくれる、アリスにとってはなくてはならない存在だ。

八年前、記憶喪失の状態で聖ホールスティン寺院に保護された後、ロゼの導きによって、通常ではありえない短期間で、僧侶の能力と資格を得ることが出来た程なのだ。

また、格闘術や武器の扱いなど、戦闘に関する知識も教わり、その為、今ではロゼの後を継いで、超人的能力集団であるディープダイバーに所属していられる程になった。

現在でも、戦闘のフォローやアドバイスを授けてくれている。


アリスにとって、ロゼは師であり、大切な友人だった。

とはいえ、頭の中に呼びかけるロゼの正体はわからない。

霊なのか、それともアリスの妄想の産物なのか……しかし、アリスはそれでも全然構わないと思っていた。


「あ、そうだ。今日は夕飯、ジントニで済ませちゃおうかな」


『いいですね、そうしましょう。――あら?』


ロゼが、酒場ジントニの前にある広場の、掲示板に注目したようだ。

彼女はどうやら、アリスの目や耳を通じて、外部情報を受け取れるらしい。


ここには、迷宮に探索に入る冒険者達に向けた、最新情報が掲示されている。

行方不明者情報が殆どなのだが、中には特定のアイテムの探索願い(報酬付き)など美味しいネタがあったりもするので、閲覧する者達は多い。


だが今回は、どうやらそのどれでもない――注意勧告のようだった。


「ダークロード、出現報告。

 場所は、地下第十階層東部――」


『まぁ』


「東部って、“諦めの河”渡らなくていいエリアでしょ?

 そんな所に、ダークロードが出るようになったって、やばくない?」


『まずいですね、とても』


「夕飯食べたら、皆に報告しとこうか」


『そうですね、そうしましょう』



ダークロード。

ハブラムの大迷宮・地下第十階層にのみ出現されると云われている、正体不明の存在。

公式に記録された出現情報は、迷宮発見からの二十一年間でたったの27件という、非常に希少なモンスターである。

その外観に関しては諸説あり、非常に強力かつ常軌を逸した戦闘能力を持つとも云われている。

出会ったら戦闘は放棄し、絶対に逃げなければならないというのが定説だが、それは、闘えば確実に殺されてしまうから――なのだという。


幸い、アリスはまだ出会った事がなく、その脅威も知らない。

そのためか、掲示板の情報も「ふ~ん」という程度で、大きな関心は抱けなかった。


「ねぇ、ロゼさんって、現役時代にダークロードと出会ったことある?」


『……』


「あれ? ロゼさん? もしもーし」


返答がない。

どうやら、また不規則な“眠り”に入ったようだった。

ロゼは常時アリスに話しかけてくるわけではなく、ごくたまに呼びかける程度に過ぎない。

次にロゼが呼びかけてくるまで、しばらく一人ぼっちだ……


「ダークロードか……他のみんなは知ってるかな?」


アリスは夕飯を取り止め、根城にしている木賃宿に戻る事にした。






「ダークロードぉ? ――ま、俺達には関係ねぇなな」


「関係なくはないでしょ、リュウヤ。

 出現情報出てるなら、もうしばらく休暇伸ばした方がいいよ」


「モトスに賛成だ。少なくとも、今は出向く時じゃない」


「そうだねセイゴ。それにしても、ダークロードとは……」


アリスの報告を聞いたディープダイバーの面々は、彼女の予想に反して、妙に無関心かつ無気力な様子だ。

いつもなら、リュウヤやモトスが空元気的なネタを振って、セイゴかザウェルがそれを制するパターンなのだが。

些か違和感を覚えたが、アリスはあえて気にしない事にした。


「ねぇザウェル、ダークロードって、どんな奴なの?」


アリスは、難しい顔で押し黙るザウェルに尋ねる。

彼は、ハブラムの大迷宮の第十階層で、ダンジョンマスターとして君臨していた過去を持つ、元・迷宮管理者だ。

今では改心してディープダイバーの一員となっているが、かつては彼らと死闘を繰り広げたこともあったという、俗に言う「ラスボス」だったのだ。


「いや、ダークロードの出自に関しては、私も全く知らないんだ」


「えっ?! ザウェルでも知らないモンスターがいるの?!」


「アリス。

 ザウェルだって、迷宮のモンスター全部把握してるわけじゃないんだから、

 しょうがないよ」


「そっかぁ……ホラ、この中で、私だけダークロードに遭った事ないっぽいからさ。

 どんなのか知りたくて」


アリスのその言葉で、場の空気が急に変わった。


「ダークロードは……最悪のモンスターだ」


「そ、そうなの?」


「ああ、俺達でも、出会ったらただでは済まないってくらいな」


珍しく、リュウヤが真剣な面持ちで呟く。

同時に押し黙る他のメンバーの表情を伺い、アリスは、これ以上話題に挙げない方がいいかなと考えた。


(でも……そんなに強力な相手なら、一度くらい闘ってみたいなぁ)


木賃宿のロビーで解散し、自室に戻ろうとする最中、アリスはふと、そんな思いに駆られた。






それから数日後。

酒場「ジントニ」の店主ギムリからの依頼で、店に呼ばれたザウェルとリュウヤは青ざめた顔で木賃宿に戻って来た。


「ち、ちょっと二人とも、どうしたのよ!」


「あ、ああ。やっべぇ依頼受けちまった」


「やばい依頼?」


「アリス、すまないが皆をロビーに集めてくれ。緊急を要する」


「う、うん!」


ザウェルの指示で各人の部屋へ向かう途中、ロゼが呼びかけてきた。


『いったい何があったのでしょう?』


「わかんない。けど、二人があんな顔するの見たことない」


『店長さんの依頼ということは、また救助依頼かもしれませんね。

 でも、確かまだ――』


「うん、ダークロードの注意勧告は続いてるんだよね」


『気を引き締めてくださいね、アリス』


「うん、わかってる!」





ギムリの依頼は、ロゼの予想通り、別パーティの捜索・救助依頼だった。

平均ランク18のパーティ「レッドマーシナリーズ」の六人が、帰還予定を過ぎても戻らないとの報告があった。

レッドマーシナリーズは、もしもの時の保険として、自分達の捜索依頼金をギルドに託していた。

それが元で発生した捜索依頼が巡り巡って、ギムリからディープダイバーに伝わったのだ。


こういった依頼は、普通なら他のパーティにも行くものなのだが、大きな危険を伴う依頼の場合、ギムリはそれをディープダイバーなどのベテランにのみ回してくる。

酒場の店主の他に、ギルドの連絡係も兼任するギムリだからこその采配なのだが、当然、どれも難易度の高いものばかりとなる。

ダークロード出現のニュースは、ギムリにも当然伝わっている。

その上での依頼なのだから、リュウヤとザウェルが顔色を変えるのも当然と言えるだろう。


だが、やはりアリスには、いまいちピンと来なかった。


木賃宿のロビーでの打ち合わせの結果、総員一致でただちに捜索に向かうことにはなった。

しかし――


「万が一、捜索中にダークロードが出現した際は、即帰還するぞ」


「仕方ねぇな」


「ああ……わかったよ」


「了解」


「えっ?! ち、ちょっと待ってよ、みんな!」


驚いたことに、セイゴらしからぬ消極的な提案に、アリスを除く全員が同意してしまった。

何故か今回に限って、メンバーの雰囲気が違う。

それを肌で感じたアリスは、彼女から露骨に目線を反らすメンバーに、それ以上追求することが出来なかった。





一時間後の出発となり、アリスは自室で、装備品の確認と点検を始めた。

ブルーメタリックのハーフプレート、腰の後ろにマウント出来る小型のシールド「祓霊の盾シールド・オブ・ディスペリング」、そして腕を保護するガントレットと、グリーブと呼ばれる太股まである金属製のブーツ。

そして、普段は1フィート(約30センチ)程度の長さだが、アリスの意思で伸縮する特殊なメイス「マジカルロッド」。

これを、シールドと同じく腰の裏側にあるホルダーにマウントする。

更に、様々な道具を収納したポーチを、内部に細かな金属鎖を織り込んだ皮のベルトに固定し、袈裟懸けに担ぐ。

この上から、街中を移動する時用のマントを被れば、準備万端だ。


「さて……と」


『準備は整いましたね』


アリスは、大きな胸を覆い隠すプレートアーマーを指でなぞりながら、尋ねる。


「ねぇロゼさん?」


『はい、なんでしょう?』


「この装備、前はロゼさんが使ってたものなんでしょ?」


『ええ、そうですね』


「いっつも不思議なんだけど、どうして私の体型に、ここまでぴったり合うのかなあ?

 私、Gカップあるのに」


『オーダーメイドのフリーサイズだから、じゃないですか?』


「お、オーダーメイドなのに? フリーサイズ?!」


『うふふ、冗談ですよ、冗談』


「もう、ロゼさんったら!」


『あ、誰かが呼びに来たみたいですよ』


「ありゃ、じゃあまた後でね、ロゼさん」


『はい、行ってらっしゃい』


ドアのノック音に、アリスは改めてマントの端を掴み直した。





数時間後、「ハブラムの大迷宮」第十階層。

そこまでの捜索で、レッドマーシナリーズの反応はなかった。

しかし十階層に着いた途端、ザウェルが即座に反応を感知した。


「北東の方角だ。“諦めの河”は、どうやら渡る必要はないようだね」


「アリス、連中を見つけたら、速攻で回復頼むぜ」


「はいはい、任せてよ」


「さて、後は……アレが出ないことを祈るだけかな」


「無駄口を叩くな、モトス。油断は命取りになる」


「ういっす~」


地下第十階層――

この大迷宮で、長年最下層と思われていたエリアだが、近年、更に下の階層が存在することが公表された。

そのため、これまで十階層周辺を探索拠点にしていた高ランクパーティのみならず、比較的ランクが低めなパーティも、この階層を頻繁に訪れるようになった。

しかし、第九階層までとは大きく異なる迷宮の構造、トラップの危険度、そして徘徊する魔物の強さに歯が立たず、敗北してしまうケースも、同時に増加している。

無論、そういった者達を救助し、報酬を得ている専門パーティも中には存在する。

しかし、ダークロード警戒の注意勧告のせいで、今ではそんな者達もここへはやって来ない。


そこまでは、パーティ内で最も新人のアリスですら、良く理解している事情だ。

わからないのは、何故たかが魔物が一種類出たという程度で、ここまで極端な警戒が必要になるのか、という事だ。


「ねぇ、ザウェル?」


アリスは、肩越しに振り返り、後ろを歩くザウェルに呼びかけた。


「なんだい? アリス」


「ダークロードって、なんでそんなに危険なの?」


「そうだね。闘う相手によって、その姿や強さを変えるからと云われているね」


「姿や強さを変える?」


「強いパーティには、それ相応の戦闘力や戦法を持った姿で現れるんだよ」


「そうなんだ。ああ、だから、どのパーティが出会っても危険ってことか」


「だと思うけど――」


「静かにしろ!」


前方から、セイゴの厳しい声が響く。


「待ってよ、今大事な話を――」


「静かに!」


珍しく、モトスが声を荒げる。

いつも飄々として、会話にもジョークを混ぜ込む余裕のあるモトスらしからぬ態度だ。


「みんな、どうしちゃったの? いったい……」


「何か近づいてる。アリス、準備を」


「えっ?! あ、ああ、うん!」


暗闇へと伸びる回廊――その彼方から微かに、あらぶる猛獣の声が響いてきた。

これまでの経験から、これは地下迷宮内に閉じ込められた「竜属」の何か。

迷宮各所に設置された、自動召還魔法陣が生み出した、魔の産物。

やがて、暗闇の中で、金色に輝く二つの光が見えた。

一同に、緊張がみなぎる。


 グロロロロロロ……


「ブラックドラゴンか、ブレス(吐息攻撃)がやばいんだっけな」


「奴らは強酸を吐く。真正面からの攻撃は危険だ。回り込むぞ!」


「了解! モトス、フォロー頼むぜ」


「あいさ!」


簡単な打ち合わせの後、リュウヤ達は瞬時に散開する。

あっという間に視界から姿を消した三人の姿に、アリスは呆れた溜息を吐く。


「全くもう、人間じゃないよね。

 あんなにごっつい鎧着てるのに、あのとんでもない速さってば!」


「フフ。

 さぁアリス、私達も行くよ」


「うん!」


ザウェルと共に、アリスも闇に潜む魔物に向かって走り出す。

その速度も、通常の人間に比べればかなりの高速なのだが、アリスは全く自覚していない。

腰の裏側にマウントした、マジカルロッドを取り、前方にかざす。


「Cya-no!!」


 シャキィ――-―ン!!


短い詠唱に反応し、1フィート足らずの金属棒が、6フィート(約180センチ)ほどの長さに変型する。

それをブンブンと振り回し、おぼろに浮かび始める竜のシルエットに向かい、突進していく。


「トリャアァ―――っ!!」


 グロロロロロロォォォ!!


十数秒後、激しい打撃音、剣戟音、爆発音が、回廊内に激しく何度も轟いた。






全身漆黒の鱗を持ち、金色の眼を持つ巨大な竜は、その鋼鉄並の体表を大きくぶち砕かれ、絶命した。

ディープダイバーの集中攻撃は、ほんの数分間に過ぎない。

それでも、これほど強力な敵を倒せてしまう。

その超人的戦闘能力と、その一端に自分が加わっているという事実に、アリスは少し陶酔していた。


そして、かつては自分ではなく、ここにロゼが加わっていたのだという事を、思い返す。


「よっしゃ、先行くぜ」


剣を鞘に収めながら、リュウヤが声をかける。

アリスは、いつものように、メンバー内に怪我人がいないかを尋ねようとした。


だが、その時――

突然、何かが聴こえて来た。


それは、とても微かに――それでいて、回廊の壁や天井に反響して、はっきりと伝わる。


「え? 何、コレ?」


少しずつ、はっきりと聴こえて来る「曲」。


それは、口笛だ。


「誰よ、こんな時に、呑気に口笛なんか――」


そこまで呟いた瞬間、アリスは気付いた。

自分以外の全員が、硬直している。

皆の視線は、更なる暗闇の彼方に向けられ、誰一人として、口笛はおろか声を出す者もない。


「ちょっと、ねえ、みんな! どうしたの?」


あまりの異様な状況に、アリスは珍しく焦りを感じた。

その間も、謎の口笛は鳴り続けている。


(リュウヤ達じゃない? じゃあ、この口笛は、誰が?)


状況をようやく把握したアリスは、咄嗟に身構える。

だが、次の瞬間、セイゴが鋭い声を上げた。


「撤収するぞ! みんな!」


「えぇっ?!」


「チィッ!」


「……」


予想外の指示に戸惑うアリスをよそに、他の三人はザウェルの傍に駆け寄る。

そしてアリスも、リュウヤに肩を掴まれ、強引に引き寄せられた。


「な、何?! どうしたってのよぉ!」


「帰還だ! モトス、行け!!」


「take go into the root of Ancient-Evil curse logic...」


「ちょっと待ってよ! ねぇ、一体どうしたのよ!」


「ダークロードだ!」


「えっ?!」


セイゴの声を聞いたのとほぼ同時に、アリスは軽い浮遊感を覚えた。

それは、迷宮内部から地上へと空間移動する呪文「テレポート」。

迷宮の入り口付近、門番の兵士が待機する広場へ出現したディープダイバーは、全員冷や汗だらけだった。

一人を除いて、だが。


「ねぇ! どういう事なの?! ちゃんと説明してよ!」


「だから、ダークロードが出たんだよ」


「それはわかったけど、なんで闘うどころか、姿も見ないで逃げるわけ?!」


「……」


「あの口笛に、何かあるの?!」


「!」


「う……」


口笛、という単語に、セイゴとザウェルが目に見えて反応する。

普段なら、滅多に動揺する仕草など見せない二人なのだが、今日は違う。


「何なの? あの口笛が、ダークロードの――」


「いや、そうじゃなくて、あの口笛は」


「モトス! よさねぇか!!」


 どがっ!


突然立ち上がったリュウヤが、モトスを突き飛ばした。


「リ、リュウヤ?!」


「あたた……ごめん、なんでもない」


「――宿へ帰るぞ」


「リュウヤ! ねぇ、口笛って何なの?! 教えてよ!

 ザウェルでもいいから!」


「……」


すがるような目でザウェルを見るが、戸惑いながら目線を外す。

彼のそんな態度は、初めてだ。


(何なの? 何か、私に言えないことでもあるの?)


街の方角に向けて、四人の男達はとぼとぼと歩き出す。

広場に取り残されたアリスは、その後姿を、複雑な心境で見つめていた。


(ロゼさん、ねぇ、ロゼさん!?)


アリスの中のロゼもまた、彼女に応えてはくれない。



今から二十一年前。

当時はまだ「ハブラムの大迷宮」自体が発見されて間もない頃で、階層もどこまで深いのかすら判明していなかった。

それでも、幾つかの優秀なパーティは既に地下十階層まで辿り付き、中にはダンジョンマスター(迷宮の支配者)の存在に気付いてもいた。


ディープダイバーも、その一つである。


彼らは、おおよそ一年ほどの探索活動の末、ようやく最深部と思われるエリアに到達、そこでダンジョンマスターと対峙した。


数時間に及ぶ激戦の末、ダンジョンマスターはディープダイバーによって倒された。

しかし、ディープダイバー側も被害は大きく、僧侶のロゼはこの闘いで命を落としてしまった。


その後、改心したダンジョンマスターを新たにメンバーに加え、僧侶枠は空白のまま、ディープダイバーは十四年以上活動を続けて来た。


――それが、これまでアリスが聞かされていた“当時の事情”。


記憶喪失状態で聖ホールスティン寺院に保護され、療養を受けていたアリスは、二年間の修行を経て僧侶の資格と技能を取得した。

だがそれは、彼女の脳内に棲み付いている「ロゼ」のレクチャーがあったればこそだった。


その後、リュウヤ達と出会ったアリスは、ディープダイバーの二代目僧侶として加入することになり、現在に至っている。



「う~、すっきりしない!」


木賃宿の自室に戻ったアリスは、突如リュウヤが述べた「捜索中止の指示」によって、強制的に待機状態となってしまった。

金や自分達の命より、捜索対象の命を優先し行動するディープダイバーらしからぬ、異例の処置。

アリスは、それがどうしても納得出来なかった。


「そりゃあ、私は一番の新人だけどさぁ。

 もう六年も一緒に活動してるのに、今回だけ蚊帳の外っぽくてやだなぁ」


『さぞ、困惑されてることでしょうね、アリス』


「ロゼさん、あいつら本当にどうしちゃったの?

 あの口笛は、いったい何なの?」


『……』


「ロゼさんでもわからないか……」


それ以降、ロゼはアリスの呼びかけに答えなくなった。

どうやら、また不定期な眠りが始まったようだ。

恐らく、他のメンバーに個別で聞いても、詳しい話は聞けないだろう。

そう考えたアリスは、素早く普段着に着替えると、木賃宿を飛び出した。

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