ACT-3 ~Pale Season~ 4/5

ペイルシーズンのメンバーの意識が戻ったと連絡が入ったのは、それから半日後のことだった。

怒り心頭で駆けつけようとするセイゴを諌めつつ、ザウェルが同行することにした。


治療室では、やや青ざめた顔つきのミライが、簡易ベッドのようなものに寝そべっていた。

今にも掴みかかりそうな勢いのセイゴを押し留め、ザウェルが優しい口調で話しかけた。


「やあ、今回は酷い目に遭ったね」


「申し訳ありません……お世話をかけてしまいまして」


「あの永久回廊のトラップは、私達が詳細を伝えたと思ったんだが、

 どうして引っかかってしまったんだい?」


「そ、それは」


「何故、また俺を連れて行かなかった!」


「セイゴ、君は今は黙って」


「す、すみません……実は、あの回廊に、お宝があるという情報を聞いたもので」


「お宝?」


セイゴは、眉をしかめつつザウェルを見る。

本人は、無言で首を横に振った。


「いったい、誰からそんなガセネタを?」


「ガセネタなんですか? それとも、あなた方がもう回収されたとか」


「いや、そんなものは全く見かけなかったよ」


「そう、ですか」


ミライは、がっくりとうなだれ、更に顔色を青ざめさせる。

全ての希望を失ったかのような態度に、必死で沈黙を維持していたセイゴが動いた。


「前から気になっていることがある。

 お前ら、何故そこまで、お宝とやらに執着するんだ?」


「そ、それは……」


「お前らがいうお宝なんぞ、探索を続けていれば、いずれおのずと手に入る。

 慌てなくても、一年か二年、じっくり続ければ――」


「そんな時間はないんです!!」


セイゴの言葉を遮り、ミライが大声を上げた。

その意外な反応に、セイゴはおろか、ザウェルすらも言葉を失ってしまう。


「し、失礼しました! つい」


「どうやら、何か事情があるみたいだね。

 良かったら、話してくれないか?」


「で、でも、僕達の事情に、皆さんを巻き込むわけには……」


「もうとっくに、巻き込まれてるんだがな」


「……」


セイゴの眼差しに観念したのか、ミライは、ぼそぼそと語り始めた。


ミライ達ペイルシーズンの故郷は、大陸オーデンスから遠く離れた別大陸・アルジアにある小国「ミザレズト」というところだという。

そこは内陸に位置し、また雨季が少なく年中気温が高い傾向があるため、数年に一度の割合で深刻なかんばつや農作物の不作・凶作が発生する。

しかし、この数年そのような事態が連続しており、このままでは国全体が滅びてしまいかねない状況にある。


それを打開するためには、国内に大規模な水道橋や地下水路を建造し、遠方から水を引き込むという工事が必要という見込みになり、国はこれを実行に移すことにした。


「ところが……建造途中で工事資金が尽きてしまったのです。

 今、水道橋は最終工事の直前で停止しています」


「そういう状況なら、工事は完遂させて、後から請求を回しても良さそうなものだがなぁ」


「国が傾くほどの資金を提供させる時点で、見積もりが不充分だとしか思えんな。

 ――正直、あまり真っ当な業者じゃないようだ」


「とにかく、九割方完成していますし、地下水路も下準備を進めていましたので、このまま工事を続けざるを得ないのです。

 そこで、動ける者達が国外に出て、資金調達をすることになりました」


ミライの他にも、何組かのチームが各地に散って行ったが、その殆どが失敗して戻って来た。

中には、生きて帰れなかった者達まで居たという。


そして、最後の希望としてハブラムに派遣されたのが、ミライ達ペイルシーズンだった。


「――僕達は、一刻も早く140,000PP(プラチナ貨)を集めて、母国に戻らなければならないんです」


「じ、140,000……しかも、PPだって?」


「GP(金貨)だと、ざっと七十万か……

 俺の世界の額に換算すると、七億円に相当するのか」


「そんな膨大な額を、たった五人で、短時間で稼げるとでも?」


ザウェルの心配も、当然のことだった。

パーティの収入は、殆どが迷宮内で迷宮内で発見されたアイテムや金貨、宝石類を換金して得られる。

無論、それはパーティの実力によって大きく変動するが、たいがいの場合、その日暮らしで消えてしまう程度にしかならない。

まして、迷宮は日々どんどん探索が進行しており、またパーティも増えてるため、その分収益の割合は目減りする一方だ。

ディープダイバーですら、アリスのように寺院でアルバイトをしたりと、副業を営んでやっと生活に足るくらいにしかならない。


そのような状況で、14万PPもの大金を、ハブラムでの生活費とは別に貯めなければならないことになるが、それはあまりに無謀でしかない。


唯一可能性があるとしたら、前人未到の領域に踏み込んで、未回収の希少な宝物を回収するというものだが……


「それでお前らは、あんなに執着していたのか」


「はい、すみません」


「しかし、十四万ともなると、さすがの私達でも協力は難しいな」


「ありがとうございます。

 でも、実は一つだけ、光明があるんです」


「光明だと?」


急に明るい表情を向けてきたミライに、セイゴはいぶかしげな視線を向ける。

それに気付く様子もなく、ミライは、いつものように得意げな口調で話し出した。


「実は、僕達の町に、旅の行商人がやって来たんです。

 その人が、珍しいアイテムを買い取ってくれるというんですが――」


「行商人?」


「ええ、その人がおっしゃるには、あるアイテムなら十四万PP即金で買い取るとのお話なんです」


「「 即金で買い取る?! 」」


二人の驚きの声が被る。


「ええ、そうなんです」


「一体何なんだ? その物好きが欲しがっている物は?」


セイゴの問いに、ミライは少し胸を張って、弾む声で即答する。


「はい。“守護の護符(Amulet of Protection)”というものです」


「な……!!」


「アミュ……?!」


その名を聞き、セイゴとザウェルは、驚きのあまり顔を見合わせた。





その日の晩、セイゴは、商店街からやや外れた場所にある、小さな鍛冶屋を訪問した。


入り口のドアを開くと、中から眼鏡をかけた小柄な少女が顔を覗かせる。


「なんや、うちら今、夕食ど……」


「急用だ。エルティスは居るか?」


「そりゃあおるけど、なんや失礼やないか!

 セイゴはん、悪いけど、また明日来てんか?」


「時間は取らせん」


「ちょ……! あ、コラ! 勝手に入らんといて!!

 お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」


「どうしたんですか、キサラ?」


キサラという眼鏡の少女に呼ばれ、店の奥から、若い長身の女性が姿を現す。


「あらセイゴさん、ご無沙汰しております。

 どうなされたのですか?」


「エルティス、飯時にすまん。

 実は、急に物入りになってな」


そう言いながら、セイゴは、剣帯から鞘ごと剣を取り外し、エルティスと呼ばれる女性に掲げた。


「こいつを、出来る限り高値で売るルートを見つけて欲しい」


「し、正気なん?! セイゴはん?!」


「その剣は……いったい、どうなさったのですか?」


「ああ、お前達に鍛え直してもらった物だというのは、百も承知だ。

 だが一刻も早く、14万PP集める必要性が生じたんでな」


「じ……?! なんやそれ、小さな国の資産クラスやんか!」


「よろしければ、ご事情を伺っても、よろしいですか?」


「ああ、すまん」


「ホンマにすまんだわ」


「キサラ、おやめなさい」


エルティスに導かれ、店の奥に入ったセイゴは、急ぎ気味で事情を説明した。


「――なるほど、ご事情はわかりました。

 とりあえずあたってはみますが、いくらセイゴさんの剣でも、

 その額に届くかどうかは……」


「そやで、迷宮のどこかに眠ってるっていう“ゴッドソード”なら

 まだわからんけど……」


「この“フリーズグレネイド”も、かなり希少なものですが、カスタマイズ品ですからね。

 そこがどう評価されるかは――」


「構わん、なんとしても頼みたい。礼は必ずする」


「判りました、一応お受けしましょう。

 ですが――」


エルティスは、セイゴの剣を片手で掲げ上げ、返却した。


「この剣は、私が貴方の剣技を最大限に活かすために改良を加えた、この世にたった一つきりのものです。

 これがなくなってしまっては、貴方は牙を失ったも同然なのですよ?」


「わかっている! だが、しかし……」


「リュウヤ様のフレイムキャノン同様、一度手放したら二度と手に入らないのです。

 ですから、本当に売るにしても、ぎりぎりまでお持ちになってください」


「……」


「そやで、あと、別な方法で金策できんか、手段を調べたるさかいに」


「ただし、確約は出来ませんので、そこはご了承ください」


「本当にすまん、恩に着る」


それだけ言い放つと、セイゴは剣を掴み取り、店を飛び出して行った。

残された二人は、顔を見合わせて小首を傾げた。


「なんや、ようわからんやっちゃなあ、あの人も」


「そうでしょうか。むしろ、とても判りやすいと思うんですが」


「だって、死ぬような思いして手に入れたんやろ? あの剣。

 なのに、なんで赤の他人のために手放そうとするねん?」


「だからこそ、なんですよ。キサラ。

 あなたにも、いつかわかります」


「??」


「さぁ、明日からまたお仕事ですよ」


それだけ呟くと、エルティスはとっとと奥に引っ込んでしまった。

店先に取り残されたキサラは、入り口の鍵を締めながら、何気なく夜空を見つめた。


(まあ……うちの見立てだと、あの剣があと三本はないと、きっついわなぁ)





ペイルシーズンのメンバーが復帰したのは、その更に二日後だった。

酒場「ジントニ」で、懲りずに迷宮探索の計画を立てているメンバーは、セイゴに迷宮三階の環状回廊入り口に呼び出された。


「こんな場所で、いったい何のお話ですか?」


「もしかして、分け前の話?」


「もうちょっと待ってよ、セイゴさん!

 今回の治療代で、あたし達またカラっけつで……」


「お前ら――本当に、“守護の護符”を見つけるまで、探索を続ける気か?」


セイゴの質問に、表情を引き締めたミライが答える。


「はい、そうです。

 それしか、僕達に残された道はありませんから」


「その護符がどういうもので、どこにあるのか、知っているのか?」


「私達なりに、情報を集めてみたのです。

 第十階層に時々現れると云われている“ダークロード”というモンスターが、希少な物品を所持しているという噂があるので、もしかしたらと――」


「お前らでは、ダークロードと闘うのはおろか、その前に立つこともできん」


「そ、それは……どういうことですかな?

 我々の実力が足りないというのでしたら……」


「どうしてもダークロードから奪いたいなら、せめてランクを今の百倍以上に上げてからにしろ」


「ひゃ……?! そ、そんなに強いの、ダークロードって?!」


驚くカノンに、セイゴは静かに頷く。

ダークロードとは、第十階層に稀に現れる騎士のような姿のモンスターだが、あまりにも常識外れなレベルで強い為、姿を見かけたらどんな手段を用いても逃走しろとも云われる程である。

ランク30を超えるベテランパーティが、たった一体のダークロードに瞬殺された事例もあるため、今のペイルシーズンでは到底敵う筈がない。


だがそんな事実を突きつけられても、ミライはへこまなかった。


「でも、それしか手段がないのなら――」


「もう一つ、ある」


「え?」


「第……三十八階層。

 そこの北西ブロックにある“巨大な壁”の奥で、確実に手に入れることが出来る場所がある」


険しい表情で、搾り出すように呟く。

そんなセイゴの態度に気付く様子もなく、一行は歓喜の声を上げた。


「三十八階層! 例の、十一階層への階段から更に潜るのですね!?」


「セイゴさんが言うからには、信用できる情報だろうしね!」


「セイゴさん、まさか、そこまで行かれたことがあるのですか?!」


レミニスの質問に、セイゴは無言で頷く。


「おおお! ありがとう、セイゴ殿!

 いやぁ、まさかこんな近くに、情報を持っている方がおったとは」


「――って、セイゴさん、何してんの?」


カノンの言葉に、顔を上げたレミニスが短い悲鳴を上げる。

セイゴは、回廊のど真ん中で、突然鎧と上着を脱ぎ捨て始めた。


鍛え抜かれた、鋼のような筋肉が、ランタンの明かりに照らし出される。

だが……しばらくして、ミライ達の表情が変わった。


「これが、お前達の探している“守護の護符”そのものだ」


「……っ!!」


全員の表情が、強張る。

セイゴの上半身、胸の中心部分には、金属のプレートのような物が食い込んでいる。

しかもそれは、おぞましい悪魔の顔のような、はたまた邪悪な竜の顔にも見える不可思議なものだ。

それを中心に、神経網のようなものが胸部全体に広がっている。


「これは……いったい、どういうことですか?!」


青ざめた顔で、ミライが尋ねる。

セイゴは、上着を拾いながら、静かに説明を始めた。


「守護の護符は、実体がある道具などではない。

 たまたま護符のような形状に見えるだけで、正体は魔力の結集体だ」


「ど、どういうことだよ、それ?!」


「つまり、触れないってこと?!」


セイゴは静かに頷き、カノンとアンジェラは、絶望の表情を浮かべる。


「守護の護符は、様々な魔法環境から、所有者を保護する力を持つ。

 つまり、超人的な肉体強化が期待できるということだ。

 ――だがその代償に、所有者の身体と一体化してしまう。

 そして、二度と分離することが出来なくなる」


「セイゴさんは、それを……手に入れて……」


「それでは、持ち帰ることなど不可能では?!」


「そ、それどころか! 人に売り渡す事も出来ないではないですか?!」


レミニスとバンナムの叫びに、セイゴははっきりと頷きを返す。


「そうだ、だから俺とザウェルは驚いたんだ。

 どこでこんなものの名前を聞いたのか知らんが、お前らを焚きつけた行商人は、恐らくこういう物だと知らないのだろう」


「それでは……僕達の目的は……」


「永遠に、叶うことはない。

 ――残酷だが、現実をお前達に伝えておきたかった」


セイゴが装備を戻すのとほぼ同時に、一行はへなへなとその場にへたり込んでしまった。



それから、一行はどんよりとした雰囲気のまま、迷宮探索を開始した。

途中、何度かモンスターとの遭遇があったが、ペイルシーズンはいずれも気が抜けた状態で、全く気合が入ってないようだった。

それでも、負けたり追い詰められたりすることはなく、それなりに楽勝ではあった。


その後、しばらく迷宮探索を続けたが、一行の気落ちぶりは尋常ではない。

何をするにも気が全く入っていない状態なので、セイゴはこのままでは危険なことになると判断し、探索の中止を申し出た。






それから、二ヶ月が経過した。


あの一件以来、セイゴは、ペイルシーズンと行動を共にすることはなかった。

彼らに声をかけられることもなくなり、また街や酒場で出会っても、会話はおろか会釈すらなく、そのまますれ違うほどになった。


また、セイゴが自前の剣を手放そうとした一件も、結局有力な情報が得られなかったという連絡により、立ち消えとなってしまった。


酒場でミライ達の姿は全く見かけられなくなり、ディープダイバー達の中でも、彼らの話題が上る機会がだんだん減って行った。


それでもセイゴは、行方不明者掲示板をこまめにチェックすることを怠らなかった。


三ヶ月が過ぎようとしたある朝、セイゴは、いつものように掲示板のチェックをするため、酒場近くの広場に向かった。


「……!」


そこには、たった一件だけ、行方不明者情報が更新されていた。

行方不明のパーティネームは、「ペイルシーズン」。


慌てて踵を返そうとするセイゴの肩を、何者かが叩いた。


「また、大変なことになったようだね」


「ザウェル!」


「判っている。皆にも声をかけよう」


「すまん!」



ザウェルとセイゴの呼びかけで、再びディープダイバー改めクルッジが、捜索活動に赴くことになった。

捜索呪文によると、第四階層までは反応がない。


「だとすると、十一階層以降を目指してるのかもしれない」


「おいおい、ちょっと待て!」


「十一階層以降って……まだろくに探索に向かえるパーティがいないってくらいなのに」


「ブラックブリガンティのアイツも、途中で挫折したって言ってたしね」


「とにかく、全部の階で捜索しつつ潜るしかないよ」


「だな」


第四階層・ターミナルポイントの大穴に辿り着くと、五人はいつものように、階下へと身を躍らせた。



第五階層の捜索が終了するも、ペイルシーズンの行方は、いまだわからなかった。

しかし第六階層で、ようやく反応があった。


「――亡者の塔の周辺だな」


「げ! なんでそんなとこに?!」


「アレじゃない? 六階層の地図って、例の塔のせいであのブロックが丸々記述されてないじゃない。

 そこに何かオイシイのがあるとでも、考えたんじゃないの?」


「冗談じゃない! あいつらの実力じゃ、全滅間違いなしだ!」


「行こうよ!」


「いや待て……何か妙だ」


「ん? どうした?」


「いや、今私は、ミライとアンジェラで捜索してみたんだ。

 確かに二人とも反応があるんだが、残りの三人の反応が、ない」


「……なんだとぉ?!」


「あ、おい! セイゴ!!」


ザウェルの説明を聞き終える前に、セイゴは物凄いスピードで走り出した。


「全く! 本気で走るなぁ!」


「もう、世話の焼ける!!」


第六階層の南東エリアには、大きな池が広がっており、その中に“塔”が建っている。

非常に変わった構造だが、この塔は「亡者の塔」と呼ばれ、凶悪なアンデッドモンスターが大量に跋扈している。

そのため、このブロックの探索は長年不充分にしか行われず、そのため地図も不完全なままとなっているのだ。

しかし、それを曲解し、秘密の宝物が隠されているため、表記されていないと考える者達も多く、たいがいの場合、それらは冒険者から“それを襲う側”へと変貌してしまうことになる。


そんなところに、ペイルシーズンが迷い込んでいる可能性は、十二分に考えられる。


通常の冒険者では到底追いつけない――超人並の速度で、迷宮の回廊内を高速移動するセイゴ。

闇の中に広がる湖の如きほとりに辿り着いたセイゴは、目を閉じ、気配を探った。


「?!」


ガシャッ、ガシャッ……


しばらく後、回廊の彼方から、鎧の揺れる音が響いてくる。

反射的に、手が腰の剣に伸びる。

長年の経験で、それがペイルシーズンをはじめとする冒険者の物音でないことを、察する。


やがて、暗闇の中で、何かがぼんやりと浮かび上がった。


「くっ、こんなところで!」


「厄介なのが出たな!」


「よっと! お待たせ!」


リュウヤとモトスが、ようやく追いついてきた。

三人の視線は、闇の彼方から迫る鎧の姿に、釘付けとなっていた。


闇に浮かぶ光は、赤い紋章。

それが、鎧兜のひさし部分に浮かび上がっている。


現れたのは、鏡のような光沢を放つ鎧をまとった騎士が、二体。

顔全体を覆い隠すほど大きなひさしに、赤い光の紋章が描かれていた。


「銀色……ミラーナイトか」


「紋章が浮かんでる。既に誰かと闘った後か」


「あれ? もしかして――ザウェル?!」


「ああ、ご明答だよモトス。

 反応は、あの二体から発せられているようだ」


「え! じゃあ、目的の二人はここに居ないの?」


更に遅れてやって来たザウェルとアリスが、少し慌て気味に話す。


「最悪の可能性を考えないとならなくなったな、セイゴ」


「言うな! ――行くぞ、俺に合わせろ」


「あいよ!」


滑るようにメンバーの前面に出たセイゴとリュウヤは、全く同じタイミングで腰を深く落とし、目を閉じた。

それは、全く同じ姿勢。

二人の右手は剣の柄に添えられ、いつでも抜ける状態で停止している。

呼吸はあくまで静か……広めに開かれた両脚に、重心がかかる。


相手から顔を背けるという、ある意味危険な姿勢にも関わらず、二人は微動だにせず、じっと動きを止めている。


やがて、銀色の騎士――ミラーナイトは、歩みを速め、大振りの剣を振りかざした。


「――ッ!」

「――ッ!」



 キイィィィ………ンン!!



鋭い金属音が、重複する。

青白い閃光と、真っ白な光の帯が、真一文字に虚空を横切り、溶ける様に消えていく。

その次の瞬間、ミラーナイト二体は、後方に吹っ飛ばされた。

鎧が石畳を叩く、派手な音が鳴り響く。


セイゴは、軽く舌打ちをした。


「仕損じたか!」


「らしいな。やべぇぞ」


再び立ち上がったミラーナイト達は、ゆっくりとした足取りで元の位置に戻ってくると、徐に深く腰を落とした。

良く見ると、ひさしに浮かんでいる赤い光の紋章の形が、先ほどと異なっている。


ミラーナイトの右手は、腰の位置に留めた剣の柄に添えられ、いつでも抜ける状態でキープされている。

それは、つい先ほど、セイゴとリュウヤが取った構えと同じものだった。


「うっそ……リュウヤ達の居合斬りまで、コピー出来るの?!」


「どんな物理攻撃も、瞬時にコピーして返してくるからね、あいつらは」


そう言いながら、モトスは懐からワイヤーを取り出した。


ミラーナイトが、すり足でセイゴ達に近づく。

と同時に――



 ――キイィ……ィン!!



という金属音が鳴り響き、真っ赤な閃光が宙を切った。

それが、二本。


しかし、その剣戟より放たれた衝撃波は、四者の間に現れたワイヤーの束によって、阻まれた。


ミラーナイトの放った超高速の剣は、モトスが直前にバラ撒いたワイヤーに防がれたが、それでも何本も切断されてしまった。


「うっわ! これ、高かったのにぃ!!」


「サンキュ、モトス!」


「よし、今度はこっちだ。行くぞリュウヤ!!」


セイゴとリュウヤは同時に剣を抜くと、それぞれの柄の末端部を捻った。

すると、片刃剣が数センチスライドし、空いた所から猛烈なエネルギーが噴き出した。


リュウヤの剣からは猛烈な炎が噴き上がり、それが片刃の刀身をも包み込み、巨大な炎の剣と化す。


そしてセイゴの剣は、白銀の輝きを放つ凍気を噴き出し、氷の剣に変化した。


凄まじい熱と、鋭い凍気が、周囲を同時に包み込む。

突然ファイティングスタイルを変化させたためか、それとも温度の急変のためか、ミラーナイト達は一瞬怯んだ。

その隙を見逃さず、セイゴとリュウヤは、同時に踏み込んでいく。

数メートルの間隔が、瞬時に詰められた。


「とぁっ!!」


「でぇいっ!!」


リュウヤが炎の剣を振るい、その直後、絶妙のタイミングで、セイゴが氷の剣を叩きつける。

ミラーナイトの全身は瞬時に曇り、次の瞬間、表面の光沢が粉々に砕け散る。


 カシャアアァァン!!


ミラーコーティング部分を大幅に失ったミラーナイトは、くすんだ剥き身の状態になりながらも、必死で居合斬りの姿勢を取ろうとする。

だが、猛烈な温度差にあおられたためか、それぞれの剣が、あっさりと砕け落ちた。


間髪入れず、セイゴとリュウヤの真っ向両断の剣が、ミラーナイトに振り下ろされる。


――ガ・キィィ……ィン!!


炎と凍気が、収まっていく。

ミラーナイトに背を向け、二人は、ゆっくりと剣を鞘に戻した。

それと同時に、背後でミラーナイトだった“残骸”が、倒れ落ちる。

縦に真っ二つにされたミラーナイトは、もう動くことはなかった。



「ミライとアンジェラの反応が、消えてしまったね」


「じゃあやっぱり、こいつらが彼等の能力をコピーしたせいで?」


「呆れた……こいつら、攻撃をコピーするだけじゃないんだ!」


「ま、鏡の騎士とも呼ばれる所以だな」


「階下を目指そう。もしかしたら、上手く逃げおおせたのかもしれない」


「そうだね、じゃあ急ごう」


一瞬、何かを言いかけたザウェルは、頭を振ってそれを打ち消した。

その態度が何を意味するのかは、その場の全員が理解していたが、誰もそれを口に出そうとはしない。

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