ACT-3 ~Pale Season~ 3/5

ここは、ハブラムの迷宮・第三階層。

環状回廊と呼ばれるエリアを探索中のパーティ・ペイルシーズンは、順調に歩を進めていた。


「せ、セイゴ!」


突然、カノンがセイゴを呼び止める。


「な、なんか、変な音がするんだけど?!」


「変な音だと?」


カノンの言葉に、全員が声を殺して耳を澄ます。

すると、どこからか、微かに物音が聞こえてくる。


 コン……コン、コン……


それは、まるで遠く離れたところで、石同士をぶつけ合っているような音。

カノンはセイゴに目で合図をして、物音の出所を探る為動き出した。


『こっちの壁から聞こえてくるみたいだよ』


ひそひそ声で、ミライとセイゴに報告する。

カノンの背後に近づいたセイゴは、彼が指し示す壁にそっと手を触れた。


『微細な振動が、伝わってくるような気がするな』


『し、しかしセイゴ殿!

 地図によれば、この壁は迷宮の外周ですぞ!

 この向こうには、何もない筈です!』


『じ、じゃあ、この音は、な、何?!』


『お、おお……神よ(以下略)』


やがて音は、ズン……ズン! という大きな音に変化し、壁が僅かに揺れ始めた。


「ちっ! 金色が、こんな浅い階に?!」


咄嗟に壁から飛びのいたセイゴが、柄に手をかける。

その瞬間、周囲の気温が僅かに下がったような感覚が、ミライ達を襲う。


「あれ? セイゴ! ちょっとこっち来て」


いつの間にか移動していたカノンが、先ほどとはややずれた位置の壁を指差す。


「ここ、隠し扉になってる」


「何だと?」


「馬鹿なことを! ここは外周で……」


「安全に開けられそうか?」


「問題ないと思うよ。罠もないみたいだから。

 ――よぉし、任せてよ!」


そう言うが早いか、カノンは懐からピックツールと細いワイヤーを巻いたリールを取り出し、壁に向かって何かをし始めた。

ものの数分も立たないうちに――


「開いたよ!」


「待て! まだ入るな!!」


「え? あ、うん!!」


扉を少し開き、今にも中に入りそうだったカノンは、セイゴの制止に足を止める。

だがその直後、中から飛び出して来た「何か」に、カノンは吹っ飛ばされた!


「あいたっ!!」


「やあったぁ! 脱出、成功ぉぉぉぉ!!」


「ふいいい、シャバだ、解放だぁーっ!!」


「や、やっと、地上に帰れる……ヘタリヘタリ」


「まさか、こんな所に隠し扉があったとはね。

 ――ん?」


扉の中から出て来たのは、男三人と女一人。

異常に長いメイスを持ちへたりこんでいる女性は、薄汚れた顔を上げ、目を剥いた。


「せ、セイゴ?!」


「アリス! それに、お前ら!

 こんな所で何をしている?!」


「セイゴだとぉ?! 来んのがおっせぇぞ、てめぇ!」


「やかましい! お前らこそ、待ち合わせに来ないわ、迷宮からなかなか帰って来ないわ……

 まさか、こんなところで油を売ってたとはな!」


「あ、油売ってたわけじゃないもん!」


「いや実はね……っと、あれ? そちらの皆様は?」


頭にバンダナを巻いた盗賊が、軽く会釈をしながら、ミライ達を見つめる。

セイゴは、壁の向こうから出てきた四人組に、ペイルシーズンを簡単に紹介した。


「もしかして、あなた方が、セイゴさんの本来所属している――」


「ああそうだ、ディー

「クルッジ! っていうんだ! よろしくな!! ガハハハハハ!」


戦士らしき男が、冷や汗を掻きながらミライの両手を取り、ブンブン振り回した。


「いい加減にしろリュウヤ!

 俺はその適当な名前が好かんと、何度言えば――」


「まーまーまーまーまーここは一つ、お近づきの印に、どぞ♪」


リュウヤと呼ばれた戦士は、不気味な笑顔で、ミライに何かを渡した。

それはビニール袋に包まれた「アンパン」だった。


「は、はあ、よろしくお願いします」


「それよりセイゴ、とんでもないトラップを見つけたんで、この方々にも情報を提供したい。

 説明の時間をもらえるだろうか?」


「うむ」


「と、トラップですか?!」


長い黒髪の男性魔道師は、優しく丁寧な口調で、ペイルシーズン一行に説明を始めた。

第三階層の環状回廊の三つめの交差点で、環状ルートから外れて西へ向かうと、複数の部屋が連なったエリアに出る。

この部屋をとあるパターン通りに巡回すると、出口のない永久回廊に閉じ込められてしまうのだ。

自らをザウェルと名乗った魔道師は、その移動パターンまで丁寧に説明した。


「恐らくだけど、これは今まで発見されてなかったトラップだと思うよ」


「“アレ”の影響で、最近生まれたものではないのか?」


「いや、まだここまで影響が及んではいないと思うよ。

 様々な偶然が重なって、今まで気付かれなかっただけじゃないかな」


「もっとも、既に先人が居たけどねぇ」


先ほどアリスと呼ばれた女性僧侶が、両手を合わせながら呟く。


“クルッジ”達のやり取りをぼうっと眺めていたペイルシーズン一行は、ふと我に返った。


「あ、あの、皆様は、これからどうされるんですか?」


「俺達は地上に帰るよー。

 いやー、さすがに丸三日閉じ込められたのは堪えたわ」


「み、三日ぁ?!」


「そこの盗賊少年、君が扉を開けてくれなかったら、オレ達はまだあの回廊の中を彷徨ってたよ。

 助けてくれてありがとうな!」


モトスと名乗った盗賊の青年は、カノンの手に「アンパン」を渡し、にっこり微笑んだ。


「これ、もしかして食い物?」




それからしばらく後、リュウヤ達四人は地上へと帰還するため、第二階層へ上がって行った。

リュウヤとモトスがくれたアンパンを千切り分け合いながら、ペイルシーズンは、更に環状回廊を進んでいった。

甘いアンパンは、一行に結構好評で、セイゴは彼等から、どこで売ってるのか質問攻めとなった。


途中、ジャイアントスパイダーが数匹、土蛇と呼ばれる手足のない超小型のドラゴンと遭遇し戦闘となったが、いずれもセイゴの叱咤と指導のおかげで、乗り越えることが出来た。


リュウヤ達と別れてから、だいたい三時間ほど経過した頃。


「そろそろ地上に戻るか」


「え? 僕達なら、まだまだ行けますよ」


「ようやくまともに戦闘が出来るようになったくらいで、調子に乗るな」


「す、すみません!」


「だが、まあ……正直、適応力は思ったより悪くはないな」


「そ、そう?!」


「基礎力があるのは事実のようだな。

 これなら、場の雰囲気やモンスターに慣れさえすれば……」


そこまで呟いた時点で、セイゴの雰囲気が急変する。

鋭い眼差しで、回廊の奥の闇を睨みつける。

それを見て、ミライとアンジェラは、反射的に手を武器へ伸ばした。


「一、二……三体か」


「ど、どうして、おいらより先に判るんだよ!?」


「……」


しばらくすると、闇の向こうから、ガシャガシャと鎧の揺れる音が聞こえてくる。

それは、この階層に入ったばかりの頃に聞いたのと同じ物のようだった。

だが、数が違う。


ランタンの光の中にゆっくりと入り込んで来たのは、先ほど散々倒しまくった、あの騎士のようなモンスターだ。

重苦しい鎧と、バケツのようなヘルム、その奥に光る単眼……

しかし今回の者は、鎧の色が黒く、左手に盾を装備している。


それを見たミライが、舌なめずりをした。


「セイゴさん、見ていてください!」


「ま、待て!」


「たった三体だったら、あたし達でも充分だよ!!」


「ミライ! アンジェラっ!!」


セイゴの制止を振り切り、ミライとアンジェラは剣を抜き、黒い騎士達へ踊りかかっていった。

だが――


 ――ガ・キィィンン!!


「うわあっ?!」


 ――グワキィッ!!


「うひゃあっ?!」


「くっ!」


 ――キィィ……ン!!


黒い騎士の剣捌きによって、ミライとアンジェラは、あっさりと武器をなぎ払われてしまった。

勢い余って倒れてしまった彼等に向かって、三体目の騎士が武器を振り下ろそうとする。

だが間一髪、飛び込んできたセイゴの剣が、その一撃を受け止めた。


「バカ者! 調子に乗るな!!」


「す、すみません!!」


すかさず、残り二体の騎士がセイゴに襲い掛かる。

受け止めた剣を払い、三体目に床を攻撃させると、セイゴはミライ達を後退させ、自らも間合いを開いた。


「後衛! フォローくらいしろ!!」


「え? あ、は、はい!!」


「え、えっと呪文、呪文……」


「チッ!」


ブルーナイトの大群と遭遇した時と、全く同じ動揺が、後衛メンバー間に広がっている。

だがどうやら、この黒い騎士がブルーナイトとは別物であり、かつ強力な存在だということは理解出来たようだ。


だが、肝心のミライとアンジェラも、再度ビビリモードに突入してしまっている。


横目で彼等を睨みつけると、セイゴは深く腰を落とし、剣を鞘に戻した。

深く呼吸を整え、目をゆっくり閉じる。

それはまるで、敵前で戦意を喪失したかのようにすら思える態度だ。


「せ、セイゴさん?!」


ミライの呼びかけがまるで聞こえないかのように、セイゴは身動き一つせず、じっとしている。

その様子に反応したか、黒い騎士達は、歩みを速めてセイゴに集中攻撃をかけようとし始めた。


 ガシャガシャ、ガシャガシャ、ガシャガシャ、ガシャガシャ……!


「あ、危ない! の、の、ノール・テ、テ、テラ!!」


ようやく呪文を紡ぎ出したバンナムの前面に、大量の光の矢が現れる。

それが騎士達向かって発射されようとする寸前、セイゴの目が開かれた。


黒い騎士との間合い、約10フィート(約3メートル)。



 キィィ――……ンンッ!!


空を斬るような、鋭い金属音と、真っ白な閃光が、セイゴの前面に浮かんで消える。

セイゴは、微動だにしていない。

しかし、黒い騎士達は……


 ずるっ……ゴトッ!


「えっ?!」


 どさっ、ドサッ!!


 バタン!


黒い騎士は、三体とも首を跳ね飛ばされていた。

胴体だけとなった黒い騎士は、数歩歩いてばったりと倒れ、そのまま動かなくなった。

断面からは、不気味な肉塊が零れ落ちる。


バンナムは、出現させたままだった光の矢を打ち消し、身を起こすセイゴの様子を呆然と眺めていた。


「ブラックナイト」


「え?」


「今の奴らだ。ブルーナイトとは違う個体で、数は少ないが、強い」


「違う種類なんですか……」


「だから、迂闊に近づくなと言おうとしたんだ」


「す、すみません!」


「この騎士型のモンスターには、特に気をつけろ。

 他にも、銀色と金色が確認されているが、どちらも青や黒とは比べ物にならんくらい強力な奴らだ」


「き、肝に命じます!」


剣帯をガシャッと鳴らし、セイゴは再び先頭を歩こうとする。

その時、ミライが呼び止めた。


「あの、セイゴさん」


「なんだ」


「あの、さっきのブラックナイトを倒した攻撃なんですけど」


「あれがどうした」


「あれは、セイゴさんがやられたのですよね?

 何がどうなっているのか、わからなかったんですが。

 ――魔法、なんですか?」


「そ、そうだよ! アレ、一体何したんだよ?」


「魔法を使われたような形跡はなかったご様子だが」


「え、あれ、魔法じゃないの?」


「あれは――お前らは知らなくていい」


「ですが、とても興味深くて!」


ペイルシーズンは、セイゴの「技」に興味津々のようだ。


「普通に、剣で斬っただけだ」


「剣で斬るって……?」


どうやら、一行には上手く伝わらなかったらしい。

だが、それは仕方のないことだった。


この世界の「剣」とは、実質的にやや尖った鈍器に近く、斬るよりも打撃を与える感覚に近い。

無論、対象を斬ることも可能ではあるが、それは強い力で押し切っただけであり、切断というより「叩き切る」「断ち切る」という表現の方が適切である。


セイゴは、自身の剣をゆっくり抜き、ミライ達の前に翳した。


それは、この世界では珍しい片刃剣で、しかも刀身が直線型になっている。

刃は、ミライ達の剣とは比較にならない硬質感と鋭さを併せ持っており、青白い光が纏わりついているようにも見える。

かと思うと、表面の光沢はまるで清水を浴びせた氷のように澄み切っており、美しい。


一行は、その剣の華麗さと妖気に魅了され、溜息を吐きながらじっと見つめた。


「すごい……さぞ、凄い力を秘めている武器なんでしょうね」


「キュズィナルツの手による業物だ」


「キュズィナルツ?! あの、伝説の名工と云われてる?!」


「す、すげぇ! そんなものが本当にあるなんて!」★


「こ、これはお宝ですな! この素晴らしさも頷ける!」


「見ていると、吸い込まれそうなほどの美しさです。

 とても武器とは思えません……これが、キュズィナルツの……」


「もういいな」


そういうと、セイゴはとっとと剣を鞘に戻してしまった。


「い、いったい、どこでそんなものを手に入れられたのですか?」


やたら興奮気味に尋ねてくるミライに、セイゴは眉をしかめた。


「そんなことはどうでもいいだろう、先に行くぞ」


「お願いです、教えてください! どんな御礼でもしますから!」


「そ、そうだよ! セイゴさん、ねぇ頼むよ!」


「ねぇセイゴ! 意地悪しないでさぁ!!」


「……?」


一瞬、セイゴの背筋に悪寒が走った。

ミライ達の目が、それまでとはうって変わり、突然貪欲な光を放ち始めたのだ。

それはまるで、死肉に飢える餓鬼のようですらある。


(こいつら、いったい……?)


セイゴは、それ以上あえて何も言わずに先へ進むことにした。


その後、数回の小規模な戦闘を行い、モンスターから多少の宝石類と金貨を得た一行は、一旦中断して地上に戻ることにした。


そして、ブルーナイトやブラックナイト等と出会うこともなかった。




――それから一週間ほど時間が流れた。


セイゴは、相変わらずペイルシーズン達の迷宮探索に同行し、多少スパルタではあるものの、探索の心得を彼等に教えていった。

その甲斐あってか、はたまたそれなりに素質があったのか、一行はそれなりに成長の兆しを見せ始めていた。


アンジェラは、途中で拾った槍(スピア)を使ったところ、そっちの方が馴染むということで剣から持ち替え、ミライはそれまで使っていたブロードソード(幅広の剣)よりも少々強い、強化魔法のかけられた剣を見つけることが出来た。


また、レミニスは不得手だった呪文を数個使いこなせるようになり、バンナムやカノンも、場慣れしたのか戦闘時に逃走したり動揺する癖が消えた。


六日目などは、セイゴと初めて潜った探索時よりも三倍近くも長く迷宮に潜り、なんとあのブラックナイトを、セイゴの助力なしで倒せるに至った。

無論、ブルーナイトなど、もはや彼らの敵ではない。


セイゴは、ようやくランク14らしい実力が発揮されて来たなと考え、頬を僅かに緩めることが多くなった。


だが――


「やはり、三階層まででは実入りが少なすぎる。

 思い切って、四階層以降に行くべきだと、僕は思うんだ」


「あたしもミライに同意するよ。

 三階層は、せいぜい武器屋で売ってるちょっと良いランクの装備くらいしか手に入らないみたいだからさ」


「それなんですけど、実はカノンさんと一緒に、情報を集めて参りました」


「ほほお? どのような?」


「四階層までで手に入るようなお宝は、もうあらかた回収され尽くされてて、街じゃ普及品になっちまってるみたいなんだ」


「じゃあ、それ以上のものを……となると?」


「はい、八階層以降か、六階層にある“亡者の塔”という所なんだそうです」


「それ聞いたことある!

 ハイランクの冒険者でも、立ち入るのは危険って塔だろ?」


「それは今の僕らでは厳しいな。となると」


「やはり、八階層より下に潜るしかないですな」


「それでですね、実はもっと凄い情報もありまして」


レミニスが、コホンと小さく咳払いをして、周囲をキョロキョロと見回す。


「この迷宮で、ごく最近、十一階層への階段が、発見されたそうです」


「十一階層?!」


「はい、しかも本当につい最近で、まだそこへ入り込んだ人達は、殆どおられないみたいなんです」


「十一階層……なんだか、ハードルが高そうな話だね」


「でも、我々が目指すお宝は、恐らくそれくらいの深さに行かないと」


バンナムの言葉に、ミライは腕組みをしながら悩む。


そんな彼に向かって、ふとカノンが挙手した。


「あのさ、セイゴに、また力を借りるんだろ?」


「うん、それなんだけど」


ミライは、少し淋しそうな表情を浮かべながら、囁くように語り出した。


「セイゴさんは、確かに僕達に色々なことを教えてくれるし、何より強い。

 でもね、あの人は慎重すぎるんだ」


「そうだよなぁ、あの人と探索に向かって、もう一週間も経ったし」


「このままでは、間に合いませんね」


「つまり、ミライよ。

 セイゴ殿と共に行動していたのでは、時間が足りなくなると?」


バンナムの問いに、ミライは無言で頷いた。


「この一週間で、僕達もかなり迷宮に慣れた筈だ。

 それに、僕達のランクは、もう第十階層に行っていてもおかしくない

 レベルなんだそうだよ」


「じゃあ、次からは、あたしらだけで行く?」


「それしかありませんね」


「どうする? セイゴには、断りを入れる?」


心細そうに呟くカノンに、ミライは首を横に振る。


「きっと、あの人は僕らを止めるだろう。

 だが、もうそんな時間はないんだ」


「全てが終わったら、事情を説明すればいいだろうよ」


「そうですね……その時は、セイゴさんへの御礼も用意しましょう」


「話は決まったな、では、早速明日?」


五人全員が、同時に頷いた。

ここは、酒場「ジントニ」のテーブル席。

夜10時を過ぎ、高まりを見せる喧騒に、彼らの密談はかき消されていく。




一方ここは、クルッジことディープダイバーが根城にしている、町外れの木賃宿。


そのロビー……という名称の小さな食堂では、いつものようにメンバーがテーブルを囲んでいた。

三本目の酒瓶を転がすセイゴは、顔を思い切り赤らめながら、誇らしげに語り出した。


「だから、奴らは筋は悪くないんだ。

 ただ、実戦経験が少ないから、まだ実力が出し切れてなかっただけなんだ」


「お、おぅ、よくわかったぜ、セイゴ!」


「フッ、お前如きに何がわかるというのか」


「お、オレもわかったから! な?」


「モトス、お前も話がわかるようになったな」


「え……何? その差は何?」


「だからな、あいつらは、筋は悪くないんだ。

 むしろそれなりに良い物を持っている。

 ただ経験が不足しているだけだから、もっとじっくり実戦を経験すれば――」


「セイゴ! わかったから、もうお酒やめなって!」


「そうだよセイゴ、嬉しかったのは、良くわかったから」


「フッ、お前ら如きに、何がわかるというのか」


「お、オレもわかったから! な?」


「リュウヤ! お前も、話がわかるようになったな」


「あ~あ、これでもう何周目だよ?」


「覚えてるだけで、七周目」


「誰よ! お酒飲めないセイゴに、こんなに飲ませたのは?!」


「ち、違うって俺じゃねぇよ!

 あいつが自分で注文したんだって!」


「やかましい! お前ら、黙ってそこに座れぃ!!」


「最初から座ってますがな」


「そもそもだな、あいつらを初めて迷宮に連れて行った時は――」


「ああ、八周目が始まったよ」


「ザウェル! 例のアレ! あの禁呪で! セイゴを!」


「あ~もう、いつまで続くのコレ?!」


セイゴの、延々ループ独談会は、その晩の二時過ぎまで続いた。



そんなセイゴが話題に挙げているペイルシーズンが、街角の「行方不明者掲示板」に名を連ねたのは、それから三日後のことだった。








「なん……だと?!」


閑静な朝の町に、セイゴの驚きの声が響いた。


たまたま酒場近くの広場までやって来たセイゴは、掲示板に挙げられた最新の情報を、食い入るように見つめた。


「あいつら……また無茶なことを!」


猛ダッシュで木賃宿に向かって駆けて行くセイゴ。

その様子を、他の冒険者達は、ただ呆然と眺めていた。


木賃宿に戻るなり、セイゴは、仲間達を呼び集めた。


「ザウェル、頼みがある」


「わかったよセイゴ。喜んで協力しよう」


「まだ何も言ってないんだが」


「もう何年の付き合いになると思うんだい?

 君の考えくらい、すぐにわかるよ」


「すまん……恩に着る」


「おっと、まさかオレを置いていくつもりじゃないよね?」


「あたしは、救出後の回復係で必要でしょ?」


「モトス、アリス……すまん」


「じゃあ、俺は留守番てことで。いってら~♪」


「あんたも!」


「いくんだよ!!」ズルズルズル


「あ~っ!」



セイゴは、ありえないほど短時間で準備を整えると、真っ先に迷宮へと突っ走っていった。


「あいつ、あんな態度取ってる割に、なんだかんだで人情家なんだよなあ」


「まったく、リュウヤとは正反対だよね」


「そうかなー? 俺、義理と人情には厚いぜ?」


「リュウヤは、人情家というよりおせっかい焼きというか」


「なにをー。この筋肉巨乳め」


「だからーやめてよ! 何度も言うけどさ、

 この小説カットがないんだから、変なイメージついちゃうじゃない!!」


「アリスの乳房は、指の隙間から肉が零れ落ちそうなほどに柔らかく、そして豊満である。

 それでいて、肌触りは極上の絹を思わせるほどに繊細かつ滑らかで」


「こんなところで、エロ小説朗読みたいな真似すんなあぁぁぁ!」


「なんだよぉ、せっかくイメージ補正かけてやろうと思ったのにぃ」


「こ、このセクハラ野郎がぁ~!!」


「みんな、そろそろ行かないかい? 置いてかれるよ?」


「「「 はーい! 」」」


まるで子供のような返事を返す三人。

だが、そんな無駄話をしながらも、かなりの早さで冒険の準備は整えられていた。


セイゴが戻ってから一時間という短時間で、ディープダイバーは、行方不明パーティの捜索をギルドに名乗り出た。

正確には、ディープダイバーではなく、セイゴが独断で行ったのだが。

無論、直後に他のメンバーによって、申請パーティネームを「クルッジ」に変更された。


早速迷宮に向かったメンバーは、真っ先に第三階層へ向かう。

セイゴによると、彼らは第一階層や第二階層には興味を示さず、殆ど通り道程度に考えていたようで、第三階層から気合を入れているような傾向があったという。


第三階層に辿り着くなり、ザウェルはそっと目を閉じた。

だが――


「――あれ?」


「なんだ、どうした?」


「……見つけた」


ザウェルの呟きに、四人は一斉にずっこけた。



高等な魔道師は、低レベルの魔法であれば、いちいち呪文を詠唱しなくても、念じるだけでその効果を生み出すことが可能になる。

ザウェルは、先日第三階層で遭遇した時の記憶を頼りに、探索の魔法を使用したのだが、反応があったのは――


「……」


「な、なあセイゴ、落ち着こう、な?」


「そ、そうだよ! そのおっきな青スジ、引っ込めよう!」


「ね、ね? セイゴ、帰ったら御飯奢ってあげるからさ」


セイゴは、壁を見つめながら、全身をぷるぷると震わせていた。

そこは、先日リュウヤ達が引っかかってしまった、永久回廊のトラップのある場所。

ザウェルの魔法の反応は、まさにそこから発せられていたのだ。


「気持ちはわかるが、普通の人間が、三日間も閉じ込められていたら大変だ。

 早く解放してやらないと、危険だよ」


「言われるまでもなく、既にオレが隠し扉を……よいっとな!」


 カチャ!


先日、カノンが開けたのと同じ場所を、モトスが開放する。


隠し扉のまさに真正面、すっかり衰弱したミライ達が、倒れ伏していた。


「おーい。これで借りは返したからなあ」


「ありゃあ、こりゃあ相当衰弱してるよ」


「治せそうかい?」


「大丈夫だけど、これは地上で休養取らせないとまずいかもよ」


「だそうだ。どうやらお説教は、当面お預けのようだな、セイゴ」


「……担ぎ出すぞ!」


「あいよ」


ペイルシーズンは、セイゴ達によって数十分後に地上へ運ばれ、即座に聖ホールスティン寺院の治療室へと運ばれていった。

その間、誰一人として、意識を取り戻すことはなかった。

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