ACT-3 ~Pale Season~ 2/5

迷宮を出た一行は、そのまま「聖ホールスティン寺院」に連れて行かれ、治療を受ける流れとなった。

幸運にも、唯一治療が簡単に済んだミライは、寺院内のホールでセイゴから問い詰められていた。


「――いきなり三階層まで進んだだと?」


「は、はい。二階層までの地図はありましたし、

 そこまで特に何もなかったので、多分安全だろうと……」


「それで、三階層まで安易に向かったのか。

 いったい何に襲われた?」


「全身真っ青な、騎士のような連中でした。

 とにかく、数が多くて……」


「ブルーナイト如きで、この有様か」


「如きって……三十体は間違いなくいましたよ?!」


「そんなことはどうでもいい。

 何故、俺と合流してから行こうとしなかったんだ」


「それは……やはり、無理にお付き合いして頂くのも悪いかと思ったので」


「昨日さんざんつき合わせておいて、今更それか」


「す、すみません!」


「全く……お前らは無謀を通り越して、もはやバカの領域だな」


「……」


セイゴは、ミライに詳しく説明した。


ハブラムの迷宮の上層階は、比較的迷宮の構造が単純で、探索がしやすい。

その上、モンスターの出現率も低い第二階層までなら、初心者の進行もさほど問題にはならない。

しかし、第三階層から突然迷宮構造が複雑化、更に出現するモンスターの危険度も高まるので、第二階層までと同じ感覚で進んではならない。

これが、ハブラムに集う冒険者達の共通見解なのだ。


これを甘く見たため、甚大な被害に遭ったパーティは数知れず、中には初回で全滅したまま死体回収屋に回収すらされなかった者達もいる。


セイゴは、そういった細かな情報を事前収集することなく、焦るように迷宮深部へ入り込んだミライ達を嗜めた。


「とにかく、最初はじっくり時間をかけて情報収集に励め。

 それからの探索でも、遅くはない」


「は、はぁ……ですが」


「何を焦ってるのか知らんが、事を急いた結果がこの有様なんだぞ」


「た、確かに」


「寺院の治療なら、明日には全員動けるようになる筈だ。

 明日は俺も付き合ってやるから、必ず声をかけろ。いいな」


「は、はい。でも」


何か言いよどむミライに、セイゴはやや苛立った声を返す。


「言いたいことがあるなら、きっちり言え」


「はい、あの、失礼ですが……

 セイゴさんのランクは、おいくつなのですか?」


ランクとは、冒険者にとっての称号のようなものだ。

「ギルド」と呼ばれる組合機関で認定されたランクは、実力を公式で認めている証となる。

まだ実戦を経験していなければ1、それなりに熟練したもので13など、数字が大きくなればなるほど熟練者ということになり、それに伴って迷宮探索での需要が高まっていく。


ランクを高めるためには、ギルドの提示する厳しい認定試験をパスする必要があり、それだけに信憑性が高い評価ポイントとなるのだ。


セイゴは、少し言いよどむような態度を取り、静かに天井を見上げた。


「ランクか……そうだな、16ということにでもしといてくれ」


「意外ですね、僕達とそんなに変わらないなんて。

 僕は14です」


「14? それくらいなら、充分第十――」


そこまで呟いて、セイゴは口を噤んだ。

最近は、道場のようなところでランクを高めることが出来るシステムも広く導入され、そのため高ランクの初心者が多くハブラムに入り込んでいるらしい、と以前聞いたことがあった。

他のメンバーのランクについても、得意げに語り出すミライ。

そんな彼をよそに、セイゴは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「わかった、もういい。

 だったら、必要なのは実戦経験とノウハウの蓄積、だな」


「はい、そう思います。明日からよろしくお願いします」


「ああ」


自分とランクが近いことで親近感でも得たのだろうか、急に表情が明るくなったミライをよそに、セイゴは眉間に皺を寄せ、後頭部をポリポリと掻いた。


(ランクか……そんなもの、今まで考えたこともなかったな)



妙に晴れ渡った空を見上げ、セイゴは、自分の腹を手で押さえた。

ぐぅ、と小さな音が、鳴り響いた。




一方その頃――

本来の主人公パーティ「ディープダイバー」は、相変わらず永久回廊のトラップに嵌り続けていた。


「ぜぇ、ぜぇ……や、やっと終わりかよ!!」


「――57、58、59……ろ、60体!」


「し、新記録ね……はぁはぁ」


「いくらなんでも、こんなに一度に出てくるのは、私も初めてだよ」


リュウヤ達四人は、完全閉鎖された上に魔法で通路の末端が繋げられた廊下の途中で、モンスターの大群に襲われた。

幸い撃退はしたものの、どんどん追加で現れる上に、休憩直前に現れたため、さすがに激しく疲労させられた。


「毎度毎度思うけどさ、この“ブルーナイト”って奴ら、一体何なんだ?」


「迷宮内に放たれている、一種のゴーレムだね」


「弱いからまだいいけどさ、数で押してくるから厄介だよね~」


「あたしさぁ、初めて遭った時、てっきり人間だと思ったのよ。

 でもさ、ホラ……こんなありえない装備じゃない?

 それに気付いてぞっとしたんだよね」


「まーこれで人間が入ってたら、二度と鎧脱げないもんね」


「でしょ? でしょ?」


「ザウェル、このナイト型のモンスターって、あとどれくらいいるんだっけ?」


リュウヤの質問に、ザウェルは指折りして考える。

その様子が妙に可愛らしく、アリスはつい微笑んでしまった。


「他にブラック、シルバー、ゴールドが確認されているね」


「シルバーって、あの超やっかいな奴か」


「ゴールドなんているんだ! あたし、遭った事ないよね?」


「あーゴールドはなあ……なんか、お前に似てる」


そう言いながら、リュウヤはアリスの胸を指で突く。

プレートメイルの装甲に遮られ、指先がカツンと軽い音を鳴らす。


「うお、硬ぇ!!」


「ぶん殴るわよ、このエロ無精ひげ!!

 って、あたしに似てるって、どういう意味よ?」


「だってそりゃあ、なあ?」


リュウヤは、ニヤニヤしながら、手近な壁を拳で軽くコンと突く。

それを見たモトスとザウェルが、苦笑いを浮かべた。


「ちょっと、どういうこと?!」


「あはは、それはね、遭えば嫌でもわかるよ」


「??」


「さてそれよりも――いい加減、休憩を取らないとまずいね。

 アリス、すまないけど、また例の呪文を頼むよ」


「あいあい。……ちょっとリュウヤ、何よそのジト目は?」


「アンパン、もう飽きた~!」


「ゼータク言うな! 緊急事態なんだから、しょうがないでしょ?!」


「せめてコーヒー牛乳くらい選択肢が欲しかった」


「そんなこと言ったって、しょうがないじゃない。

 制御も修正も出来ないんだからさ、僧侶の魔法って」


「僧侶の魔法って、魔道師の魔法とは理屈が違うんだろ?

 魔道師のはなんとなくわかるけど、僧侶の魔法ってどういう理屈で使うもんなんだ?」


「僧侶の魔法は、卓越した神への信仰心による恩恵効果の具現化なんだよ」


「ごめん、もちょっと、噛み砕いて頼む」


「つまりね、神という信仰対象に対して強い想いや祈りをぶつけると、その念自体が、特別な力を持つようになる。

 そういう訓練の末に特殊な呪文効果を得られるまでになったのが、僧侶達さ」


「要するに“思い込みの強さ”が原動力で発動するってことか?」


「ありていに言えば、そういうことだね」


「ち、ちょっとちょっと! 違うってば!

 僧侶の魔法はね、そんな単純なもんじゃないの!

 創造神アーメス様から賜った聖なる力を受けて、それを(以下1000文字省略)」


「よくわかったありがとう(棒)」


「ぜぇったい、話聞いてなかったでしょ!!」


「まあまあ、それより、食料お願いするよ、アリス」


「そうだね、我々がこれだけ冷静さを維持できているのは、アリスの魔法のおかげなんだからね」


「え? あ、そ、そう? や、やっぱりぃ?」


休憩用キャンプの簡易結界を張り、アリスはクリエイトフード&ドリンクの呪文を詠唱した。


「ん? なんか、これいつもと違くね?」


「あ、本当だ。――って、これクリームパンじゃないか!」


「どれどれ……モグモグ。

 ――おお、優しい甘さで、とても美味しいね!」


「すげぇぞアリス! アンパン以外もイケたじゃないか!!」


「あー、これね」


何故か苦笑いしているアリスに、リュウヤは不思議そうな表情を向ける。


「実はね、千回に一回くらいの割合で、アンパン以外のパンが出ることがあるみたいなの」


「え、そうなの?」


「前にも、チョコパンとか、ウグイスパンとか出たことがあって」


「じゃあ、これはすごく幸運だってことなんだね」


「まあ、なんでもいいや! 俺実はクリームパン大好きでs……ん?」


パンを一かじりした直後、リュウヤが大きく眉をしかめた。


「なあ、アリス」


「もぐもぐ……ん、なに?」


「さっき、千回に一回の割合で、アンパン以外が出るっていったよな?」


「うん、それがどうしたの?」


「それで、チョコパンとウグイスパン、クリームパン出たんだろ?」


「だから、それがどうしたってのよ?」


「ってことはお前さ……今まで何回、この呪文使ったんよ?」


(ギクッ)


「んん?! あ、そうか。最低でも三千回以上は使ってないと、そんな事言えないもんね」


「でも、俺達と組んでからは、そこまで沢山使ってねぇだろ」


(ギクギクッ)


「アリスは、とっても研究熱心なんだね。

 一つの呪文の効果を、そこまで探求するなんて、なかなか出来ることじゃないよ」


「あ、そ、そう?」


「アリス……お前、さては」


(ギクギクギクッ)


「セイゴに食わせてただろ!!」


(?!)


「ああ、なるほど。そういうことか。

 セイゴが処分したっていうなら納得だね」


「え? え……っと」


「オレはさ、てっきり間食とか夜食用とか、金欠の時の食費軽減に使ってたんだと思ったよ!」


(ギクギクギクギクッ!!)


「アリス、どうしたんだい?

 凄く顔色が悪いけど?」


「あ、あはは、アハハハハハ♪」


「こんな状況じゃ疲れも溜まるもんね、仕方ないか」


(ぎ、ギリギリ、セーフ!!)


「俺達がまだ平静でいられるのは、この四人が揃ってるからってのも大きいと思うよ」


「だな。一休みしたら、本気で脱出方法考えようぜ、もっかい」


「今まで考えもしなかったような、大胆な発想が必要かもしれないね」


そう呟きながら、ザウェルは果てしなく伸びる回廊の奥を眺めた。





翌朝、聖ホールスティン寺院から退院してきたペイルシーズンの一行は、酒場「ジントニ」に集結していた。

先日のことがあったせいか、全員初めて逢った時の覇気が感じられない。

全員の負傷が完治している事を確認すると、セイゴは迷宮の地図を取り出し、テーブルの上に広げた。


「あっ、すごい! 第三階層の地図だ!」


カノンの言葉と同時に、一行の視線が集中する。


「くれてやるから、持って行け」


「えっ、本当にいいんですか?」


「これは不完全なものだからな、大したものではない」


「それでも、私達には充分過ぎます!」


「ありがとうございます! 本当に助かります!」


「セイゴって、いつもムスッとしてて怖いけど、結構優しいんだな!」


「結構細かに物事を教えてくださるし、面倒見の良い御仁だな」


カノン達の言葉に、セイゴは僅かに頬を赤らめつつも、無表情を貫く。


「第二階層から第三階層へ降りるルートは、全部で三つある。

 一般的なルートは、北西側の小部屋に出る行き方だが、前回はこちらから移動したので間違いないか?」


セイゴは、どこからか取り出した割り箸で、地図の通路をなぞりつつ尋ねる。


「はい、間違いありません」


「第三階層は、迷宮の内側を時計回りで一周出来るルートがあるが、そこにはすぐ入れるな。

 途中にあるこの三つの交差点で、曲がる方向さえ間違えなければ、移動に問題はない筈だ」


そういうと、セイゴは右手を伸ばして、何かに触る真似をしてみせる。

それは、右手側の壁に沿って移動すれば良い、という意味のジェスチュアだ。


「ということは、その途中で出会うモンスターが、一番の問題ってこと?」


アンジェラの言葉に、頷きを返す。


「逆に言えば、戦闘に集中することが可能ということだ。

 道に迷うとか、トラップのある場所を気にする必要がない」


「残りの、あと二つのルートは、どのような感じなのでしょう?」


「一つは、トラップまみれのタチが悪い部屋に送り込まれてしまう、一方通行の階段だから、無視していい。

 もう一つは、ターミナルポイントへの直通路だが、今のお前達にはまだ早い」


「ターミナルポイントといえば、第四階層にあるという?」


「確か、下の階層までの早道ですよね?

 だったら、真っ先にそこへ行きませんか?」


ミライが興奮気味に声を高めると、セイゴは無言でテーブルを蹴飛ばした。

ドガッ! という大きな音に、一行のみならず、周囲の客達まで一瞬硬直する。


「何度同じ事を言わせる?

 無駄に焦るな」


「し、しかし……」


「通常ルートすらまともに巡れない程度の素人が、ターミナルポイントを狙うなんて、十年早い。

 ――今日は、お前らがどこまでやれるのか、見定めだ」


「は、はぁ……」


「よし、では早速行くぞ。準備は大丈夫だろうな」


「あ、食料と水の補給がまだ……」


「食料は、行きがけに調達しろ。

 おいギムリ! 水の補給だ!!」


ギムリというのは、酒場の店主の名前だ。

大声で呼びかけると、返答も待たずに、セイゴは皮袋を抱えてカウンター内の水桶へと向かった。


「い、いいんですか? そんなことして」


「気にするな、奴との付き合いは古い」


「はぁ」





それから約一時間後、ペイルシーズン一行は、セイゴを加えて迷宮内に入り込んだ。

セイゴを筆頭に、ミライ・アンジェラが前衛を担当し、カノン・レミニス・バンナムが後衛となる。


迷宮内の通路は、場所によって幅や天井の高さなどが異なっているが、だいたいが第一階層のそれと大差ない。

幅は約33フィート(約10メートル)、高さは約50フィート(約15メートル)と、通常建設される地下通路等と比べると、格段に広い。


このため、パーティは一箇所に集まって移動するか、分散して進行するか等、行動方針を事前に決めておき、いざ戦闘になった際に有利に動けるよう配慮するのが普通だ。


セイゴは、ペイルシーズンのメンバーの細かな動作などを見て、分散させるより固まって移動した方が賢明だと判断した。


その場合、本来であればバックアタック(後ろからの不意討ち)に備える必要があり、剣などの物理戦力を前面にばかり集中させるのは、危険を伴う。

しかし、装備品にバラつきがあり、カノンとレミニス、バンナムが、お世辞にも防御性能の高い防具を持っていないことから、彼等を前衛と交えて配置することに危険を感じてもいた。


セイゴは、そういった配置の理由を説明しながら、第一階層を進んでいく。

今ひとつ理解が浸透していない印象だったが、構わないことにした。


幸い、第一階層は特に問題なく抜けることが出来た。

途中、帰還中の別パーティに遭遇したくらいで、その際も特に会話はなかった。


第二階層の階段を降り、迷宮内で運営されている非合法酒場「ドラゴンズネスト」の前を通過したところで、ミライ達が軽い歓声を上げた。

どうやら迷宮内に店があることを知らなかったようで、皆はしゃいでいるようだ。


「言っておくが、お前ら初心者が迂闊に入ったら、身包み剥がされるだけだぞ」


その一言で、歓声はすぐに止んだ。



第三階層への階段の直前で、通路脇から、突然何かが襲い掛かってきた。

犬の頭と人型の身体を持つ、小柄な亜人種(デミ・ヒューマン)族「コボルド」だ。

貧相な槍と、干した獣皮をそのまま貼り付けたような粗末な鎧を纏っており、見るからに弱々しい。

それが三匹……しかも、奴らはあまり好戦的ではなさそうだ。

恐らく、驚いて咄嗟に防御反応を起こしただけだろうと判断したセイゴは、グリップから手を離し、一行の動向を見守ることにした。



「う、うわぁっ! み、みんな、モンスターだぁっ!!」


「あ、あああ、慌てないで! レミニス! アレ、なに?」


「え、えっと……た、確かコボルド……じゃないかと。――キャッ」


「え、え~と、じ、呪文、呪文……」


「うわわわ~! お、おいらばっかり、つけ狙うなぁ~!!」


たった三匹の、しかも槍を素振りして威嚇するだけのコボルドに、一行はありえないほど動揺していた。


呆れたセイゴは、スゥッと息を吸うと――


「ワッ!!」


大声を出した。

と同時に、コボルドは驚いて一目散に逃げて行った。


「け、け、け、剣が、ぬ、抜けない!!」


「よおおおおおおおしぃ!! 来いやぁ、コボルドどもおぉぉぉ!!」


「神よ、どうかご加護を……私達の闘いに祝福を」


「待っていろ! 今、私の火炎魔法で!!」


「――おい」


「せ、せ、セイゴさん! は、早く、剣を抜いて!」


「もう、逃げた」


「え?」


「お前ら……本当に、ランク14前後なのか?」


「え、ええ……」


「ブルーナイト如きで瀕死になる理由が、ようやくわかった」


心底呆れた表情のセイゴに対し、一行は申し訳なさそうに俯くのが精一杯だった。

いつの間にか戻って来たカノンを加え、セイゴ達は、三階への階段を下りていくことにした。

しかし、ミライ達の足が進まない。


「どうした? 階段で戦闘が起きることは殆どないから、心配はいらんぞ」


「え、ええ、それは……判ってるんですが」


「い、い、今行くから! ちょっと待ってて!」


「……」


薄暗い通路内でもはっきり判るくらい、ミライ達の脚が震えている。

セイゴは、あからさまに溜息を吐き出した。


「行くぞ」


「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」


ミライの制止に耳も貸さず、セイゴはとっとと第三階層に降り立った。






第三階層の環状通路ルートに浸入したペイルシーズン一行とセイゴは、異様に遅い進行速度で、歩いていた。


セイゴを先頭に、ミライ、アンジェラ、レミニス、カノン、バンナムと続くが、全員が辺りをキョロキョロ見回しながら、すり足で進んでいる。

セイゴは、だんだんイライラしてきたが、あえて何も言わず、彼らの動向を見守っていた。


だが――


「止まれ、お前達」


突然、セイゴが右腕を伸ばし、一行を制した。


「どうしたんですか? 何かあったんですか?」


「早速来たようだ」


「え? え? も、モンスター?!」


瞬時に、緊張感がみなぎる。

セイゴの呟きにやや遅れて、回廊の奥から、何者かが歩み寄ってくる足音が響いて来た。

明らかに、集団で移動しているのがわかる足音だ。

咄嗟に振り返ったセイゴは、ミライ達が既にビビりモードに突入している事を察し、またまた溜息をついた。


セイゴが声をかけようとしたその時、カノンが短い悲鳴を上げた。


暗闇の向こうから迫って来たのは、全身青色の鎧を身に付けた、やや背の低い戦士……否、騎士。


右手に剣を装備しており、頭には、バケツをひっくり返したようなヘルムを被っている。

身体には、実に動き辛そうな重厚な鎧をまとっているものの、その表面は薄汚れており、細かな傷も多い。

しかし、良く見ると、彼らのヘルムと鎧、剣は全て溶接されており、一体式になっている。

剣は刃だけが右手首から直接生えており、左手首には指がなく、ただの球体が付いているだけだ。

当然、首は全く動かず、目の位置にある細いスリット内で、怪しく輝く単眼だけが、キョロキョロとせわしなく蠢いている。


それは、人型ではあるものの、明らかに人間ではない。

全身真っ青な鎧を纏っていることから、冒険者達から「ブルーナイト」と呼ばれているモンスターだが、その数が尋常ではない。


暗闇からどんどん現れるブルーナイトの数は、推定で約30体。

そのため、ガシャガシャという耳障りな足音は、相当なものとなる。

ペイルシーズン達が、前に酷い目に遭ったという相手は、まさにこれだった。


「いい機会だな、ミライ」


「う、うわあぁぁぁ!!」


「雪辱戦と洒落込んでみろ」


「た、助けてー!!」


「おい」


「「 に、逃げろぉ!! 」」


「……」


「ブルブル……おお、神よ! 私達を、どうかお救いください……」


 

ブルーナイトとの間合いは、まだ充分過ぎるほど余裕がある。

にも関わらず、ペイルシーズン達は、腰を抜かしてへたりこんだり、今来た道を全速力で駆け戻っていく。

リーダーのミライは、かろうじて残ってはいるものの、既に脚がガクガク震えており、鞘から剣を抜くことすら忘れてしまっている。


迫り来るブルーナイトの群れに背を向けたまま、セイゴは「やれやれだな」と、再び溜息を吐いた。


ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ

ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ


ブルーナイト達の歩みが速まり、一行に襲い掛かってくる。

それでも、セイゴは振り返ろうとしない。


「せ、セイゴさん! あ、危ないっ!!」


ようやく自分の剣の存在を思い出したミライが、鞘に手を伸ばす。

だが、その瞬間――



 キィィ――ンン……!!



白い閃光がセイゴの周りに浮かび上がり、すぐに消える。

と同時に、彼の後ろで、何かがドサドサと崩れ落ちる音が響いた。


ブルーナイトが七体ほど、胴体を真っ二つに切断され、倒れている。

その断面からは、見るもおぞましい肉塊が、ごぼごぼと零れ落ちていた。


「え……?」


「気を抜くな、まだいるぞ!」


「え? あ、は、はい!!」


突然、訳も分からず倒れたブルーナイトに、毒気を抜かれたのか。

一瞬恐怖心を忘れたらしいミライが、剣を抜いてブルーナイトに向かって突進していった。


「うわあぁぁぁぁっっ!!」


――ガツッ!!


ミライの振り下ろした剣が、一体のブルーナイトの右肩に決まる。

刃は、そのまま肩アーマーにめり込み、あっさりと腕を切り落としてしまった。

それはまるで、綿の塊に切りつけるかの如く、軽い。


「え、えっと……」


「ボサッとするな!」


自分の剣を見つめて棒立ちになるミライの前に、セイゴが素早く飛び込む。

と同時に、鋭い金属音が再び鳴り響いた。



 キィィ――ンン……!!



白い閃光が宙に溶けるように消え、ブルーナイトがまたも複数倒れていく。

あっという間に、その数は半減してしまった。

しかし、ブルーナイトはそれでも怯むことなく、一心不乱に向かってくる。

右腕の剣を前後に振りながら、まるでからくり人形のように。


「どうだ、全然大したことなかっただろ」


「お、思ったより……脆いんですね」


「とにかく、自分の背後には行かせるな。

 必ず奴らの前面をキープして、一気呵成に攻め立てろ」


「わ、わかりました!!」


ある程度自信を付けたのか、ミライがブルーナイトに挑みかかっていく。

その様子を見ていたのか、やや遅れてアンジェラも飛び込んでいく。

後衛のメンツは相変わらずで、サポートすらしようともしなかったが、幸い彼らのところにブルーナイトの脅威が及ぶことはなかった。



戦闘は、ものの数分で決着が着いた。

全滅させたブルーナイトは、全部で28体。

その大半が、身体を真っ二つにされて倒され、残りは剣戟による“殴打”で撃退されていた。

そのあまりに違う闘いの痕跡に、いつの間にか元に戻った一行は、不思議そうな表情を浮かべていた。


「あの、これ、セイゴさんが?」


「とっとと行くぞ」


「ま、待ってよぉ!」


一番傍に居たミライを始め、誰一人として、セイゴが剣を抜いたのを見止めていなかった。

しかし、ブルーナイトの半数を屠った攻撃は、明らかにミライやアンジェラのものではない。

切断された鎧の断面が、まるで鏡のように輝いていることに気付いたレミニスは、咄嗟に両手を組み、何か祈り始めた。


「こいつらの死体、誰が片付けるの?」


急に質問してくるカノンに面食らいながらも、セイゴは冷静な声で応える。


「放っておけば、じきに消える」


「き、消えるんですか?!」


「詳しい理由は、俺にはわからん。

 だが、この迷宮内で出てくるモンスターは、皆そうだ」


「ふ、不思議ですね……ここは、本当に」


ミライの呟きを合図にするかのように、皆の会話が一斉に止まった。




同じ頃――

本来の主人公パーティ「ディープダイバー」は、相変わらず永久回廊のトラップに嵌り続けていた。


「――ここっぽいな」


「本当? 間違いない?」


「うん、さっき壁の向こうから、微かに人の声がしたんだ」


「じゃあ、ここが一番薄いってことか?」


「あのさ、もしまた違ってたら、あたしマジでキレるよ?

 もうこれで五十回目なんだからさ!」


「アリス、四十九回目だよ」


「誤差の範疇!」


「ご、ごめん」


「あ~ザウェル、あらぶる野獣に迂闊に声かけない方がいいよ」


「誰が野獣よ! ガオー!!」


「本当に野獣でダメだった」


「はい、アリスさん! めげないで、きついの一発お見舞いお願いします!」


「あ~もう! こうなったら、全部の壁ぶっ叩いてやるわよ!」


アリスは、右手に握った長棍(ロングメイス)をブンブン振り回すと、目の前の壁をギロリと睨み付けた。

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