ACT-3 ~Pale Season~ 1/5
いつの時代も、冒険者は金と名誉、探究心に突き動かされる。
大陸オーデンスの一王国キングダム・ブランディスの主要都市ハブラムにも、そういった輩が数多く集まってくる。
各々の欲望・目的の形は実に様々だが、共通していることが一つある。
それは――どうしてもここでやりたい「何か」がある、という事。
ここは、冒険者の溜まり場・大酒場「ジントニ」。
昼時を過ぎた時間帯、客足の途切れを見計らい、この店は一旦閉店して夜に備える。
ドワーフの店主が入り口を閉めようと表に出た時、まるで見計らったかのようなタイミングで、一人の客が飛び込んできた。
「おいおい、ギリギリというには微妙にアウトじゃぞ?」
「そう言うな。時間は取らせん」
「お? よく見たら、随分懐かしい顔じゃないか」
「余計な挨拶はいい。何か食わせてくれ」
「やれやれ、待っとれ。何か用意してやるわい」
突然の客の来訪にも嫌な顔一つせず、店主は閉店作業を中断し、厨房に戻って行った。
グレーのケープを乱暴に脱ぎ去ると、男は手近なテーブル席にどっかと座り込んだ。
分厚い剣帯(ソードベルト)が金属音を奏で、やや長めのグリップが木のテーブルの端を叩く。
ものの数分もしないうちに、店主は大皿一杯に盛り付けた赤色のパスタを持ってきた。
「ランチタイムの残りだがな、勘弁しろ」
「むしろ大歓迎だ。好物だからな」
「良く知っとるわい。たっぷり食え。
どうせまた、飲まず食わずで無茶な旅でもして来たんじゃろう」
「……」
男は、律儀に手を合わせて「頂きます」と呟いてから、フォークを手に取った。
推定800グラム以上はゆうにあるだろう、超大盛のナポリタン風パスタ……
ゴロゴロと荒く切られた鶏腿肉と、みじん切りのピーマン、半月切りを炒めたタマネギだけが具材で、それ以外の体積は、全て麺。
男は無言で、その大盛パスタを貪り始めた。
「飲み物は?」
「いらん」
「ああそうか、酒は飲まないんだったな、お前は」
「……訂正。水」
「同時に、カノンに持たせていた収穫品を入れた袋も――バカめ、喉につっかえおったか」
店主は笑いながら、大ジョッキに並々と注いだ冷水を運んできた。
男がなおもパスタを貪っている最中、酒場のドアが軽快な音を立てた。
「しまった、まだ閉店し切ってなかった!」
「……」ズルズル
「まったく、お前のせいで余計な仕事が増えたわい。
――いらっしゃい!」
「「「「「 こんにちはー!! 」」」」」
突然響いてきた元気な声に、男は一瞬むせそうになった。
客は一人ではない、五人もいる。
しかも全員、いかにもな……というか、絵に描いたようにコテコテの、冒険者風の格好だ。
「お? こんな時間に迷宮入りかい? それとも戻りかい?」
店主の質問に、リーダーと思しき青年戦士が、笑顔で答える。
「いえ、たった今、この街に着いたばかりです」
「ほぉ? その格好のままで、ここまで?」
「だって、あたし達は“冒険者”ですから!」
女性の戦士が、青年の横から顔を出し、答える。
「私達、これからこの街にある迷宮の探索をしようと思っておりますの」
「そうです。
だから、まずはそれに相応しい格好であたるべきなと思ったんですよ!」
妙に垢抜けた五人の態度に、店主は苦笑いを浮かべた。
「そ、そうか……ま、まあ、せっかく来たんだから、適当にお座りなさい」
「ありがとう!」
メンバー中、最も小柄な少年が、一礼しながら真っ先に椅子を陣取る。
やや遅れて、一番年上そうな男性が、ローブのフードを下げてペコリと挨拶した。
「ところで、僕達は探索のメンバーを探しているのですが」
「うん? ここでかい?」
「ええ、ここはジントニというお店でしょう? 冒険者達が集まるという」
「そうじゃが、今は――」
「実は僕達、あと一人だけメンバーが足りないんです!
なんとか、ここで募集をして臨みたいのですが――」
「……」ズルズルズルズルズル
麺を美味そうにすする音に、青年が反応する。
続けて、二人の女性メンバー、少年、男性も注目する。
五人の目は、パスタを食べ続ける男の腰に下げられた、ごつい剣帯に目を留めた。
「あの! お願いがあります!!」
「……」
「僕達のメンバーに、なっていただけませんか?」
「……ブホッ?!」
青年の、あまりに唐突な申し出に、男は激しくむせ返る。
口の中に詰め込まれたパスタのせいで、上手く言葉が出せない。
「お願いします! お願いします!」
「お願いします! お願いします!」
「ねえ頼むよ! 助けると思って、助けて!!」
「私からもお願いいたします! どうか、我々にお力添えを!」
「……!! ……っ!!」
「ここで出会えたのも、何かのご縁でしょう!
僕は、ミライと申します。
このパーティ“ペイルシーズン”のリーダーです」
「……っっ!!」
「えっと、あたし、アンジェラです!」
「私は、レミニスと申します」
「おいらは、カノン!」
「バンナムと申します。司教をやっておりましてな――」
「……!! ……っっ!!」
麺を飲み込みきれていないのをいいことに、青年達は、一方的に自己紹介を始めてしまう。
ようやく口の中を空にした男は、額に滲んだ汗を軽く拭った。
「おい! 俺は――」
「勿論、報酬は配分しますから。
よろしくお願いしますね!」
「ちょっと待て! 誰もOKするとは――」
「良かったね、街について早々、こんなに強そうな方が仲間になってくれるなんて!」
「私達は、愛の神メモリー様に祝福されています。
これもきっと、神のお導きによるものでしょう」
「おい! 話を聞け!!」
「じゃあミライ、早速迷宮に入る準備をしないと!」
「そうだな、ではまず買わなければならない物の選別から――」
「待てと言ってるだろうがっ!!」
自分を無視して勝手に話を進める一同に、男はとうとうキレた。
「物を食ってて喋れんのをいいことに、都合よく話を進めるんじゃない!」
「す、すみません!!」
「それに俺は、既に組んでいるパーティメンバーが居る!
だから、お前達とは組めん!!」
それだけ言い放つと、残りのパスタに再び取り掛かる。
目を向けなくても、一同のテンションがガクンと低下していくのが、理解出来た。
「なんてことなの! せっかく良い出会いだと思ったのに!!」
「おお、慈愛の神よ――
貴方はまだ、我々に試練を投げ与えると申されるのですか?」
「なぁ、これからどうすればいいんだよ?
この店、他に誰もいないじゃんか!」
「そうだな。
もしかしたら、この店に冒険者が集まるというのは、間違った情報だったのかもしれないな」
バンナムの言葉に、店主は「ないないないない、それはない」のジェスチュアを無言で繰り出した。
「やむを得ない、じゃあお騒がせしたお詫びに何か注文して……
それから別な店を探すとしようか」
「そうだね、急がなきゃならないんだし――」
「おい、お前ら」
絶望顔の一同に向かって、ようやくパスタを完食した男が、呆れ顔で話しかける。
「この店以外で、冒険者の仲間を募るのは至難の業だぞ」
「そうなんですか?
でも、現に誰も居ないではないですか」
「当たり前だろう。
普段ここに集まる連中は、今が昼休みだと知ってるから来ないんだ」
「お昼休み、ですか?」
「そうだ。仲間集めがしたいなら、夜まで待て」
「そうじゃぞ、だいたい18時くらいには集まりだすじゃろう」
「18時……それでは遅すぎるな」
「そんなにのんびりしてたら、他のパーティに先を越されちゃうかも!!」
「そうだよ! おいら達には時間がないんだ」
「?」
余裕があるように見えて、突然慌てふためき出す一同の様子を眺め、男は首を傾げた。
「時間は無駄に出来ない。
とにかく今は、街に出て迷宮探索のために――」
ミライは、リーダーらしく一声でメンバーの意識を集める。
店主と男は、少し関心して様子を見ていたが……
「まずは何から始めるべきか、情報収集を始めようじゃないか」
「「「「 さんせーい!! 」」」」
店主と男は、同時にズっこけた。
(おい、こいつら、もしかして相当アレかの?)
(間違いないな)
(お前、何とかしてやれんか?)
(何故、俺が?)
(この店での出会いは、何かの縁に基くもんじゃ。
お前は奴らに誘われたんだし、面倒見てやれい)
(ふざけるな! こういうのは俺じゃなくて、世話好きなリュウヤとかモトスにでもやらせとけ!!)
(あいつら、迷宮に潜りっ放しのようじゃぞ?)
(……)
(なあ頼む、ああいうのに長々と居付かれると、何かと困るんじゃ。
さっきのメシ代、チャラにしてやるから)
(随分高いメシ代だな!)
(さっきのメシ代は1PPじゃからな)
(欲の皮の突っ張ったドワーフめ!)
床にずっこけたまま、男と店主はヒソヒソ話をしている。
やがて店主が、男の肩をバン! と叩いた。
「おいお前達! この男が、詳しい事を教えてくれるそうじゃ」
「お、おい! 俺はまだ!!」
「本当ですか?! いやぁ、僕達何も知識がないので、弱っていたんです」
「それは、よくわかったが……」
「ありがとうございます! 本当に助かります!」
「あの、よろしければ、お名前を是非」
レミニスに懇願するような眼差しを向けられ、男は、渋々返答する。
「俺は――セイゴ、だ」
セイゴは渋々ながら、ペイルシーズンの五人を連れて、ハブラムの街へ出た。
聞けば、彼らは迷宮探索の初歩的知識はおろか、冒険の心構えすらも不充分のようで、何かと危なっかしい。
セイゴはひとまず五人を商店街に連行し、雑貨屋や食料品店などがひしめき合う賑やかな通りを紹介した。
夕陽が沈み始めた頃、へとへとになったペイルシーズンの一行は、セイゴと共に再び酒場「ジントニ」まで戻って来た。
彼らの装備が真新しくてピカピカなためか、酒場の各所から失笑が聞こえる。
しかし、当の本人達はそんな事に気付く余裕もなさそうだった。
「つ、疲れたぁ~!」
「こ、これじゃあ、もう今日はとても迷宮になんか入れないよ!」
「それより、予定を大幅に遅延してしまっているじゃないか!」
「どうしましょう? 他の方々に先を越されてしまっては――」
動揺する四人に対し、リーダーのミライだけは、多少余裕を見せている。
「いやでも、今日一日費やした甲斐があったよ。
セイゴさんのおかげで、僕達が気付いていなかった事が本当に沢山あるってわかって、大収穫だよ」
「……フン」
ミライは、街の商店街でセイゴが教えるノウハウと、事細かにメモしていた。
一日で数十ページに達してしまったが、興味深そうに何度も読み返している。
「セイゴさん、本当にありがとうございました。
これで、食料、飲料水、休憩用装備、照明器具、救急道具……
全て揃えられました。
明日から、これを持って探索を開始します!」
意気揚々と語るミライに、セイゴは呆れたようなため息を吐く。
「戦利品は、どうするつもりだ?」
「え?」
「迷宮内で見つけた戦利品を、どうやって持ち帰るつもりだ?」
「それは、全員で手分けして」
「お前らはその装備のままで、この商店街を全力疾走出来るか?」
「む、無理だよ!」
「じゃあ、戦利品を持った状態でモンスター共に不意討ちされたら、そのままやられるしかないわけか」
「そ、それは……」
「戦利品には、それ専用の収納用袋が必要だ。
いざという時に近場に置いておけば、有事の後に簡単に回収出来る」
「なるほど、まとめていないと、確かに回収にもたつきますな」
顎に指を当て感心するバンナムに、セイゴは露骨に呆れた顔を向ける。
「そういうことだ。それに移動時の持ち運びも楽になる。
それだけ様々な事象を回避しやすく、安全に帰還出来る確率も上がるというものだ」
「そうでした! 迂闊でしたね、考えに入れていませんでした」
「じゃあ、“アレ”専用の袋もあった方がいいよね!」
カノンが、両手で輪のようなものを作り、ミライに翳す。
「ああそうだね、他の物と混同しないようにしないと」
「アレ?」
尋ねようとするセイゴを遮るように、アンジェラとレミニスが、ミライの前に出る。
「それよりさ、早く迷宮に潜らないと!」
「そうですよ、私達には時間がないのですから」
「そうだね、うん、じゃあ早速――」
「ちょっと待て!」
にわかに慌て始める一同を、セイゴが制する。
彼等の言動と挙動に、セイゴは妙な胸騒ぎを覚えたのだ。
「お前達、さっきから随分急いでるようだが、一体何があるというんだ?」
「はい、実は迷宮の中で“あるもの”を探し出さないとならないのです」
「あるもの?」
「他の冒険者の方々に、それを先に取られてしまっては……」
そう呟くと、レミニスはとても不安そうな表情を向ける。
それに同調するように、ミライ達の表情にかげりが宿った。
彼等の態度に、セイゴは眉間に皺を寄せ、こめかみをポリポリと掻いた。
「まあ……お前らが何を探してるのかは知らないが。
迷宮内の探索なんか、急いだってそうそう見つかるものじゃないぞ」
「それは、どういう意味でしょう?」
「口で説明するより、実際に迷宮を探索してみればわかるだろう。
長旅で疲れているだろうし、今夜は休んで、明日改めて迷宮を目指せばいい」
「は、はぁ」
セイゴの説得力ある言葉に、一行は口を紡ぐ。
しかし、誰もその言葉に納得していないだろう様子は、容易に窺い知れた。
「じゃあ、明日また俺達と一緒に頼むぜ! セイゴ!!」
「うぐ……?!」
カノンの元気な一言に圧され、セイゴは思わずたじろいでしまった。
一方その頃――
こちらは、現在迷宮探索中のパーティ「ディープダイバー」。
本来の主人公達の様子である。
リュウヤとモトス、アリスにザウェルは、疲労困憊状態で、長い回廊をただひたすら歩き続けていた。
「おい、腹減らねぇか?」
「減った。凄く減った」
「だよな……おいアリス、飯食おうぜ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「んあ? 何か問題が?」
「休憩用キャンプ、どこで開くのよ?!」
「どこって、そこらで適当に」
「あのね! ここ、狭い一本道なのよ!」
「じゃあもう、開き直って、真ん中にドーンと」
「あのねぇ! 空腹なのはわかるけど、冷静な判断力をどっかに置いてくのはよしてよね!」
「えー? なんのこと~?」
「……だからさぁ」
「まあまあ、落ち着いて、アリス」
「何よもう! ザウェルまで!!」
「まあね、この無限回廊……丸一日近く歩き続けてれば、誰だって判断力鈍るさ」
「そ、そりゃあ……」
「あ~、あの時、アリスが“たまにはこっち行こう”とか言い出さなきゃなぁ~」
「だからぁ! それは悪かったって言ってるじゃない!!」
「でもさ、まさかこんな低階層に、こんな単純で効果的な罠が仕掛けられてるとはねぇ」
「しかも、ご丁寧に移動系呪文だけ封じられてるってなあ」
「全くだよ。
――おや、見てごらん、アレは……」
「あ~、またあの“ガイコツパーティ”か」
「もう何度目だっけ? この骨の山見るの?」
「十回超えた時点で、数えるのやめた」
「さすがに疲れたね、そろそろ休もう」
「え?! こ、この骨の山の真横で?」
「大丈夫、襲ってきたりはしないよ」
「おいアリス~、例の“食い物作る呪文”頼む~」
「あと、飲み物もね」
「あ、あのさぁ……まあ、やるけど」
「クリエイトフード&ドリンクの呪文は、本当に偉大だね」
「アリスが唱えると、何故か毎回牛乳とアンパンになるけどな」
「しかも、雪印の紙パックと山崎パンね」
「こんなもん、一体どこで知ったんだよ」
「し、仕方ないじゃない! どうやってもそれしか出せないんだから!」
「あの呪文で出てくる食べ物は、人によって違うらしいね」
「噂だと、ステーキ出せる人がいるんだってな」
「それはすごいね! 羨ましい!」
「でも、肉だけいきなり出てくるから食べ辛くて、それに術者がベジタリアンなんだって」
「ダメじゃん……」
「もしかしたら、潜在意識下で食べたいと思っている物が具現化してるのかもしれないね」
「ああ、それならなんとなくわかるなそれ」
「もし本当にそうだったら、笑えないでしょ、それ」
「でも、じゃあなんで、アリスは雪印なん?
この世界、コンビニとかねーぞ?」
「ヤ○ザキデイリーストアとかもね」
「な、なんでだろ……つか、そもそも雪印って何なの?!
アンパン、なんで袋に入ってるのよ! 美味しいけど」
「雪印、山崎、コンビニ……魔界に存在する何か、かな。
研究の必要がありそうだね」
「あーもう、どうでもいいから、アリス早よ頼む!」
「はいはい、じゃあちょっと待っててよね―」
その後、休憩用キャンプの結界を張り忘れていたため、一行は突如現れたモンスターの集団に不意討ちされ、食事どころの騒ぎではなくなってしまった。
翌日。
いつもより早く目が覚めたセイゴは、早朝の自主訓練を済ませると、いつでも迷宮に出かけられるように準備を整え始めていた。
昨日、ペイルシーズン一行と解散する際、翌日の待ち合わせ時間などを全く相談しなかったのだ。
早めに本来のパーティメンバーと合流する必要があったせいか、不覚にもセイゴ自身、そのことを失念していたのだ。
(仕方ない、酒場で待つか)
一通りの装備を確認すると、セイゴは住み慣れた木賃宿を後にした。
酒場「ジントニ」は、既に日中出発を前提にした冒険者パーティ達が、多くの席を占有していた。
暗黙のうちに「待ち人専用席」と化しているカウンター席に座ったセイゴは、遅い朝食を摂って時間を潰していた。
「それにしても――」
ズルズル、モグモグ
「別に、止めるつもりはないんだが」
パクパク、モグモグ
「ほんっとに、良く食うな、お前は」
ガツガツ、モグモグ――ゴックン
「――店長、次はミートローフ付きだ。大盛でな」
「これで、七杯目じゃぞ?
毎度毎度思うが、そんなんで大丈夫なのか?」
「問題ない、いつものことだ」
一枚で五~六人前の料理を盛れる皿に、限界まで盛り込んだパスタと肉、そして申し訳程度の野菜。
それを六枚重ねても尚、セイゴの「出陣前の栄養補給」は終わらない。
「それにしても、遅いな。そろそろ昼も近いぞ」
七枚目の皿をものの数分でカラにしたセイゴは、酒場の入り口を眺めながら呟いた。
「ん? リュウヤ達でも待ってるのか?」
「いや、あいつらはいい」
「じゃあもしかして、あの若造グループの方かの?」
ドワーフの店主が、茶色い顎鬚を撫でながら尋ねる。
セイゴは、無言で空になったジョッキを差し出した。
「水もいったい何リットル飲むつもりかのぅ?」
「あいつらは、まだ来てないよな?」
「いんにゃ、とっくに来て、出て行ったぞ?」
「な?!」
店長の言葉に、セイゴは思わず立ち上がった。
「初めての迷宮入りだって、すごくはしゃいでたぞ?」
「いつ頃だ?!」
「そうだな、三時間くらい前か」
「もっと早く言え!!」
セイゴは、慌ててソードベルト(剣帯)を掴み取ると、荒々しく自分の腰に巻きつける。
それを見つつ、店長は冷静な声で呼びかけた。
「なんだ? 置いてけぼりを食らって悔しいのか?」
「そうではない」
「じゃあ心配してるってところか。お前は相変わらずじゃのう」
「やかましい! メシ代、置いていくぞ」
セイゴは、ザックの中からコインの詰まった小袋を出してカウンターに放り投げると、大急ぎで酒場を飛び出していった。
「頑張って追いかけてこいよー」
店長は食器を片付けながら、独り言のように呟いた。
先走ったペイルシーズンの後を追う為、セイゴが酒場を飛び出してから、ものの数十分程度後。
迷宮第二階層に入ってすぐのエリアで、セイゴはあっさりと、一行に再会出来た。
しかし……
「あ、セイゴさん――」
「お前ら、何て有様だ!」
「こ、これはその……ハハハ」
「面目ない、舐めてかかっておりました……」
彼らの状況は、一目で判るくらい惨憺たるものだった。
前衛になっていたであろうミライとアンジェラ、レミニスはいずれも重傷で、レミニスは意識不明の状態。
後衛のカノンとバンナムは重傷に加え、立ち上がることすら困難なほど疲弊している。
特にカノンの顔色の悪さから、かなり危険な状態に陥りかけているのは明白だ。
「セイゴさん、あの、これは……」
「話は後だ! お前とそこの女、急いでこれを飲め!」
セイゴは、ザックの中から青い液体の入った瓶を二本取り出し、ミライとアンジェラに渡した。
言われた通りに瓶の中身をあおった二人は、目を剥いて立ち上がった。
「これは? 身体の痛みと疲れが、一瞬で……」
「お前とそこの女は、死にかけの二人を背負え!
この老け顔は、俺が連れて行く」
「ふ、老け顔とは、私のことですか?!」
「わ、わかったよ」
セイゴは、バンナムを軽々と背負うと、あっという間に階段を駆け上っていった。
その様子を呆然と見ていたミライとアンジェラは、少し遅れて残りの仲間を担ぎ上げた。
「と、とてもじゃないけど……は、走れない!」
「あの人、一体どういう脚力してるの?!」
女性と小柄な少年とはいえ、装備品込みで背負うのは、相当な負担になる。
そう考えたミライは、カノンとレミニスの装備品の一部を外し、その場に残していくことにした。
同時に、カノンに持たせていた収穫品を入れた袋も――
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