ACT-2 ~Gate Keeper~ 4/4

「見るがいい、玉座の向こうに広がる空間を!」


グレンの指差す方へ、ザウェルとリュウヤが向かう。

その後に遅れて、ヴァルモとモトス、アリスも続く。


玉座の向こうに広がる空間には――



「え? え? ええぇぇ?!」


「おい……これなんの冗談だよ、嘘だろ?!」


「……」



五人が見たのは――地下に降りる「階段」だった。



「第……十一階層?」


「左様。この迷宮は、第十階層で終わりではなかったのだ。

 我らが先日この部屋に乗り込んだ時には、既にこの階段……

 否、この空間そのものが発生していたのだ。

 十九年前にはなかった筈の、この空間がな!」


「それって、迷宮の形が、変わっているということかよ!?」


ヴァルモの漏らした言葉に、グレンは無言で頷く。

そこに、ザウェルが割って入る。


「この階段を発見されたあなた方は、十九年前に自らに封印した迷宮探索への想いを、再び掻き立てられたと――」


「我らが救いに来たパーティは、先にこの階段を見つけておったようじゃ。

 だが不幸にも、事切れておった。

 それを知った時、我らは――否、私は誓ったのじゃ」


「な、何を……?」


「再び冒険者に戻り、迷宮の謎を解くことに尽力するとな」


グレンの声に、独特の迫力がこもる。

殺気を感じた一行は、ヴァルモも含め、無意識にグレンから距離を取った。

彼の背後では、青黒いオーラのようなものが、めらめらと立ち上っている。


「じゃがそれには、我らを捜しに来る者達が邪魔じゃった。

 その者達は、ここに居る我らの下へ、辿り着ける実力者だということ。

 そんな者達が、いずれ我らに迫る力を得る可能性があるわけじゃからな」


「邪魔って……そんな、身勝手すぎるわ!!」


「そのために、私はブラックブリガンティを買収し、更に、ここで得た力を使ったのじゃ」


そう呟くと、グレンは何やら怪しげな手つきで、術の準備を始めた。

そこに、ザウェルが口を挟む。


どことなく険しさを含んだ、初めて見せる表情に、アリスは一瞬怖気を覚える。。


「そういうことでしたら、やむを得ません。

 グレン殿、この迷宮の存在理由を、私から説明いたしましょう。

 それで、貴方の溢れる好奇心の一端を、抑えることにはなりませんか?」


ザウェルの言葉に、グレンとヴァルモ、そしてアリスが目を剥いた。


「な?!」


「え? ど、どういうことなの?!」


「――伺おうか」


「はい。

 この迷宮は、これより遥か下に存在する“あるもの”を封じるために建造されたものです。

 複数階層構造になっているのは、“あるもの”からの余波を濾過する、一種のフィルター効果を促すためです」


「何故、そのような発想を?」


「それだけ、“あるもの”の影響が大きいからです。

 もしこの迷宮がなかったら、地上はとうに“あるもの”の影響下にあったでしょう。」


「では、この迷宮は、いつ頃建造されたのかね?」


「今からおおよそ2,700年ほど前になります。

 当時“奈落の穴”と称されたこの場所を封印するため、人々は持ちうる魔法知識と建造技術を駆使し、この迷宮を作ったのです」


「に、2,700年前?!

 そんなん、まだこの大陸が未開地だった頃じゃねぇか?!」


「ちょ、ちょっと……そんな話、今まで全然聞いたことないよ!」


「いいから、黙って聞いてなって」


モトスの嗜めに、ヴァルモとアリスが口を紡ぐ。

そんな彼らに代わるかのように、グレンがザウェルに尋ねる。


「その話が本当なら、この階段の下には、第十一階層どころか、更なる階層が存在するということになるが?」


「おっしゃるとおりです。

 この第十階層は、まだ上層階に相当します」


その言葉に、ヴァルモとアリス、そしてグレンまでもが、顔色を変える。


「……では、かの魔道師は、何の為にここにおったのか?」


「後の世の者がここより下に渡らないよう、上層階までで足止めするよう、配備されておりました」


ザウェルがそこまで話した時、急にグレンが笑い出した。


「なるほど、それは実に面白い説じゃ。

 しかしな、その邪悪な魔道師とやらは、十九年前の時点で、既にとあるパーティに倒されておるではないか。

 だからこそ、そやつが常駐していたとされるこの場所は、長年無人のままだったのだからな」


「そ、その魔道師を倒したっていうパーティが……」


「――ディープダイバー」


「そ、そうだよ!

 って、えっ?」


リュウヤの静かな呟きに、ヴァルモが驚愕する。


「ま、まさか、お前ら……?」


しかしグレンは、動揺どころか眉一つ動かそうとしなかった。


「まあ良い――それより、まだ話の続きがあるようだが?」


「はい。十九年前、確かにディープダイバーは、ここで魔道師と闘いました。

 2,700年もの間、境界線の守護者として、たった一人でここに居た魔道師は、既に正気を失っていました。

 しかし“彼ら”は――魔道師の正気を取り戻させ、救ってくれたのです」


「お、俺、もう何がなんだか、わかんなくなってきた……」


「あ、あたしだってそうだよ! 何よそれって感じ!!」


「十九年前だろ?! 俺まだ子供だったわけで!

 じゃあお前ら、いったいいくつなんだよ?!」


「だあぁ、うっせぇ!! 静かに聴いてろや、お前らぁ!!


「「 しいましぇん…… 」」


 リュウヤの一喝でヴァルモとアリスを黙らせると、今までずっと黙っていたモトスが、「続きをどうぞ」とばかりに、二人の魔道師に合図を送った。


「――なるほど、益々以って興味深い話だな。

 長年追い求めて来たディープダイバーに、そのような逸話があるとは」


目を細めるグレンに、ザウェルは優しい声で、更に語りかける。


「お話は、以上です。

 お分かり頂けますでしょうか、グレン殿。

 これ以降の探索は、非常に大きな危険を伴います。

 グレン殿、どうかお考えを改め、私達と地上に――」


「最後に、一つだけ確認したいことがある」


「何なりと」


「そなたは、何者か?」


「……!」


「話を聞いていると、まるでそなた自身が、そのダークウィザード本人のように思えてならんのじゃが?」


「……」


「ふっ、なるほどのぅ」


鼻で笑うと、グレンは、何やら聞き取り難い呪文を唱え始める。

彼の足下に、光の魔法陣が出現し、それが生き物のように脈動した。


しばらくすると、魔法陣の中から、巨大な黒いボールが一体現れる。

その表面は、鋼鉄のような大きな鱗で覆われており、節々からは鈍い光を放っていた。


「召喚魔法陣!!」


「これ、迷宮の魔物召還魔法陣と同じもんじゃねぇか!」


「な、なんであんたが、こんな力使えるのよ!!」


「そうか、既に、階段を降りていたのか」


「そいつだ! そいつの力で、みんな石にされてるんだ!!」


「も、もしかしてゴーゴンの亜種!?」


巨大な黒いボールは、ゆっくりと展開を始め、無数の脚を内側から出現させる。

それは、大きなダンゴムシのような外観のモンスター。

鋼鉄の外殻を備え、殺意の篭った真っ赤な目を、一行に向ける。


「あのツノに触れると、石にされちまう!!」


「ありゃあ、こりゃあ参ったなぁ」


一行の背後では、グレンの同志達四人が、逃げ場を塞いでいる。

リュウヤ達とヴァルモは、ゴーゴンとゲートキーパーに挟まれる形となった。


「不幸なるパーティよ。

 もはやお前達がディープダイバーだろうがなかろうが、どうでも良い。

 ここに辿り付いたことを不運と思い、せめて安らかなる眠りに就くと良い」


「じ、冗談じゃないわい!! 助けてくれぇ!!」


ゴーゴンとゲートキーパー達が、更に距離を詰めようとしている。

しかし、ヴァルモを除いた一行は、そんな緊迫した状況にも、一切動揺していない。


「お、お前ら? なんでそんなに冷静なんだよ?!

 石にされちまうか、殺されるかもしれないんだぞ?!」


「さぁて、どうするザウェル?」


「もうさ、こうなっちゃったら、全員ぶちのめすしかないんじゃない?」


「あ、アリス……そっち?」


「え? 違うの?」


モトスとアリスの問答には反応せず、ザウェルはリュウヤと目を合わせると、ゆっくり両手を振りかざした。


『Kao valja paaseb valja paaseb valja paaseb tagasi ei tule

 ei tule tagasi ei tule tagasi Nare ei tunne ei tunne mitte...』


その途端、ゴーゴンの足下に、もう一つの魔法陣が出現した。

そこから吹き上がる紫色の光は、瞬く間にゴーゴンを包み込んでいく。

やがて、ゴーゴンの巨体はどんどん沈み始め、魔法陣に吸い込まれて、消えた。

それは、ほんの一瞬の出来事だった。


「召喚を、無効化しただと?!

 何故、そのような術を?」


驚愕するグレンに、ザウェルは真剣な眼差しを向ける。


「迷宮の底に眠る“あるもの”は、己に近づこうとする者に多大なる変化を与えます。

 かの魔道師や、それと闘ったディープダイバーのように……

 グレン殿、あなたも、既に影響を受けてしまっているようですね」


「や、やはりそなたは……いや、貴様はっ?!」


その言葉を契機に、グレンとザウェルが、同時に構える。

それは格闘ではなく、術者同士の闘いの構え。

グレンにやや遅れる形で、ザウェルも呪文の詠唱を始めた。


『怒れ 地獄の雷よ 某の命に従い 滾る閃光の洗礼を降り注がせよ

 ――極大雷光(サンダー・マクシマルス)!!』


『大いなる大気の精霊よ 偉大なる祖先の御霊よ 全てを遮る障壁を形作れ

 ――絶対障壁(アブソリュートセルト・バルジャーリ)!!』


グレンの両腕から放たれる極太の電撃が、ザウェルに襲い掛かる。

しかし、ザウェルの前面に現れた半透明の分厚い壁が、それを弾き飛ばす。

再び、両者は呪文詠唱に入る。


『聖なる望み 絶大なる英知 森羅万象に通じる 飽くなき探求の心に基き

 今ここに 太古の慣わしの恵みと恩恵を 鋼鉄と変え 貫け

 ――千の鉄槍(オーダ・ヴァナ・ツハート)!』


『某が眼(まなこ)に捉えし 光 運命 命 そして肉 渦 さらに心

 全てを探し 打ち崩せ ――誘導衝波(インドゥークシオン・ソク)!』


グレンの背後から吹き上がる無数の槍が、一行の頭上へと降り注ぐ。

しかしそれは、ザウェルの全身から発せられた衝撃波に止められ、消滅した。


「私の詠唱を先読みして、対抗出来る術を紡いでおるのか!」


「何それ! すご……」


「グレン殿、無駄な抵抗はおやめなさい。

 どんなに術を行使されても、私は全て止めてみせます!」


「そうじゃ、思い出した。

 あの時も、こんな闘いじゃったなぁ」


グレンはなおも闘う意志を滾らせ、ザウェルを睨みつける。


「私の唱える呪文は、全て後から詠唱された呪文に封じられた。

 その為に、我らは敗れたのだ――」


「……」


「だが、もはや二の轍は踏まぬ!」


グレンは、再び詠唱を始める。

しかし、それは今まで彼が使った魔法とは違っていた。

身振り、魔法の言語、そして彼に集まっていく「力」の質が、別物だ。

それは、リュウヤやアリス、ヴァルモにすら感じ取れるほどのものだ。


「まずい! “禁呪”だ!!」


“禁呪”とは、その名の通り、使う事を禁じられた魔法のことだ。

太古の昔に存在していた秘術中の秘術で、現代で使われる魔法のベースになったと云われているものだが、あまりに扱いが難しいため、今では使用が厳しく戒められていたり、その存在自体が封印・抹消されている。


そのためか、現代で使われている魔法では、対策がない。


『Aga nii see on hairiv Nare ole harjunud ei pea surema die die

Kao valja paaseb...!』


邪悪な表情を浮かべ、ザウェルに憎悪を向けるグレン。

しかしザウェルは、眉一つ動かすことなく、呪文を唱え始めた。


『Et see inimene puhendada igavene uni...』


「も、もしかして……ザウェルも?!」


「“禁呪”で対抗するつもりだね」


「な、なんで、そんなもん知ってるんだよ、あの二人は?!」


『 Otsustautud!! 』

『 Otsustautud!! 』


グレンとザウェルの呪文が、同時に終結する。

と同時に、二人の掲げた手から、それぞれ色と大きさの違う光球が生まれ、相手に向かって飛んで行った。

グレンの手からは、ドス黒い気の塊が。

ザウェルの手からは、薄青色の柔らかい気の塊が。

それらは互いに干渉を避けあうように旋回し、交わることなく、目標へと飛翔する。


「ザウェル!」


咄嗟にリュウヤが飛び出そうとするが、ザウェルは目線でそれを制する。

その直後、ドス黒い塊が、ザウェルの身体を覆い尽くした。

同時に、薄青色の塊も、グレンに――


「十九年の時を経て! あの時の無念を、今こそ貴様に返そう!

 消滅するが良い! そして、暗黒の彼方で……ぇ……」


そこまで吼えたところで、グレンは突然、力なく倒れた。

と同時に、他のゲートキーパーのメンバー達も、崩れ落ちる。


黒い気はやがて霧散、消滅し、中からザウェルが姿を現した。

ふぅ、と軽く息を吐くと、ザウェルは、まるで何事もなかったかのように、黒髪を跳ね上げる。


「な、何が起きたんだよ?!」


ヴァルモの問いに、ザウェルは、軽く微笑みながら答える。


「彼が唱えたのは、“減命”の秘術さ。

 ただ殺すのではなく、私の生命エネルギーを枯渇させ、再生すらも行えなくさせる術を行使したんだ」


「うっわ、えげつな~」


「でも、ザウェルは、それをまともに受けたじゃない?! じゃあ……」


「大丈夫さ、心配ないよ」


「でも……!」


「あの程度の呪文では、私の生命力を奪い切ることなど、出来はしないよ」


そう言いながら、胸元を払う。

彼のそんな態度に、未だ不安が拭えないアリスは、困り顔のままでそっとザウェルに寄り添った。


「で、あ、あいつは、どうなったんだ?」


「彼には“眠り”の術法を施させて貰った。

 殺すわけには行かなかったからね。

 ただ――」


「ただ?」


「これ、普通の眠りじゃないでしょ。

 ――冷凍冬眠(コールドスリープ)並のどぎつい奴じゃない?」


そう言いながら、モトスは倒れているグレンに接近する。

グレンの身体は、いつの間にか、クリアブルーの美しい棺のような物体に包み込まれていた。


「うえ……古代魔法、えげつな~」


「つうか、どうやって起こすんだよ、このじいさん?」


「彼が禁呪を使えたのは、“あるもの”の影響を受けてしまったからさ。

 だとすれば、安易に解放は出来ない。

 グレン殿には悪いけど、“あるもの”の毒素が抜け切るまで、

 このままで居て頂こう」


「ね、ねえザウェル!」


アリスが、ザウェルの腕を取り、尋ねる。


「なんだい? アリス」


「あのね、その……ザウェルって、本当に」


心配そうな表情を浮かべるアリスの頭を、ザウェルは優しく撫でる。

不安そうにしていたアリスは、それだけで落ち着きを取り戻し始めたようだ。

その様子を見つめていたリュウヤとモトスは、顔を見合わせて軽くウィンクを交わす。


「さぁて、あそこで寝転がってるじいさん達でも、叩き起こしますか」


「じゃあ彼らには、本来の役割を果たして頂くとしましょうかね。

 アリス、石化の解除、よろしくー!」


「あ、はーい!」


謁見の間に並べられた無数の石像へと向かおうとする一行を、ヴァルモが呼び止める。


「な、なあ! ちょっと待ってくれ! あんたら!」


「お前らとかあんたらとか、旦那とか、安定しねぇ奴だな」


「い、いや、それよりもさ! アレ、ど~すんだよ?」


ヴァルモは、第十一階層への階段を指差す。

ザウェルは、それを一瞥すると、溜息をついた。


「こうなってしまった以上、ギルドや王城に報告するしかないだろう。

 我々だけでなく、君も含めたここの全員が、それを見ているだろうからね」


「ヘタに隠すよりも、はっきり公表して注意喚起した方が賢明だわなぁ」


「そうじゃなくてよ! その、なんだ?

 あの階段のずっと下にあるっていう“あるもの”って、結局何なんだよ!

 教えてくれよ!」


困惑が解けないヴァルモに向かって、ザウェルは、酷く冷静な声で、静かに呟いた。


「“魔界”だよ」




その後三日を費やし、行方不明者達は全員無事に、地上へと生還した。

それらは、ゲートキーパー及び、同じく行方不明となっていた死体回収屋達の協力によって為された成果だった。


街は、酒場は、奇跡の大規模帰還に大いに湧いたが、同時に、衝撃の事実も公表されることとなった。


それが、第十階層より下に広がる、未知の領域。

ギルドを通じ、キングダム・ブランディス王家より公表された新情報は、冒険者達に大きな動揺と興奮を与えた。


そして、その情報を公開したのは、ブラックブリガンティということにされた。


グレンの召還したモンスターの力で、襲撃したパーティを石化させていたため、一応誰一人殺さずに居た事と、自分達のパーティネームを名乗っていなかった事が幸いし、ブラックブリガンティは咎めを逃れることが出来た。

しかし、生還したパーティの証言から足が付くことを恐れ、解散せざるをえなくなった。


同時に、リーダーが“何者かの力で”深い眠りに就かされてしまったため、ゲートキーパーも、パーティ解散となった。


その陰で暗躍していた四人のパーティ“クルッジ”のことは、幸いにも表面化することはなかった。



「――で、せっかくの賞金は? フイになっちまったのかい」


「そりゃあまあ、形式上は、ゲートキーパーが自力で帰還した扱いに

 なっちまったからな」


「あ~あ、せっかく当面遊んで暮らせると思ったのに」


「聖職者が、そういうこと言っていいの?」


「まぁまぁ、いいじゃないか。

 一応、平穏に解決したんだから」


「平穏、ねぇ。はたから見てる俺らからしたら、波乱万丈甚だしかったけどな!」


「ははは、もう勘弁してよ、リュウヤ。

 それはそうと――迷宮の探索は、これから更に過熱していくんだろうか」


「だろうな。それで、第二・第三のグレンみてぇな奴が現れるって寸法よ」


「それなんかやだなぁ、冒険者同士で闘い合うとか」


「オレ達は、冒険者なんていいもんじゃないから」


「ちげぇねぇ。せいぜい、アウトローがいいとこだな」


「はぁ……入るパーティ間違えたのかな、あたし」


頬を膨らませるアリスの頭を、ザウェルは笑顔で撫でた。



夕暮れ時が近づき、酒場「ジントニ」の客数が増え始める。

“クルッジ”一行は、今日何杯目になるかわからないエールを掲げ、何度目かの乾杯をした。

そこに向かって、何者かが慌しく駆け寄ってくる。


「おお、居た居た! 旦那達!!」


「うぁ、うるっせぇのが来やがった!」


「そんなに嫌わないでくださいよ、先輩~!」


「誰が先輩だ! 第一てめぇ、キャラブレすぎなんだよ!」


「いやだなぁ、世渡り上手と言ってくださいよ」


リュウヤとモトスの席に割り込むように、ヴァルモがやって来た。

随分と、機嫌が良さそうに……


「いや~、大手柄を譲ってもらっちゃいまして、すみませんねぇ!

 おかげで、リュウヤさんにブッ壊された装備、改修出来そうでさぁ!!」


その言葉に、場がざわめく。


「え! ってことは、あんたら報酬貰えたの?」


「そりゃもう! 修理代さっ引いても、生活に余裕が出来るくらいには」


「な、なな、なにぃ!! 冗談じゃねぇ、俺達にも分け前寄越せ!」


「そうよ、あんたらなんか、棚ボタじゃない!」


「限りなく、漁夫の利に近いね」


「冗談じゃねぇっすよ、俺達は旦那方のせいで解散なんですからね。

 むしろ、こっちが慰謝料貰いたいくらいっすよ」


「ふざけんな! そりゃあ自業自得じゃねぇか!」


「それにあんた、ゲートキーパーから貰った報酬もあるんでしょ?」


「ぎくっ」


「ねぇねぇ、もう面倒だからさあ、身包み剥いで諦めの河にでも流して来ない?」 


「ちょ、ちょ、ちょっとぉ!!」


「さんせーい!」


「異議なーし」


「ええええ?!」


四人のやりとりに、ザウェルは何故か嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「それより、何か用事があったんじゃないのかい?」


「そうそう! 実はお願いがあって来たんですよ」


「お願い? お前が?」


「はい。その、なんつーんスか……

 お、俺を弟子にしてくださいっ!!」


「「「 はあぁ~~??? 」」」


突然の独白に、四人中三人が、奇声を上げる。


「一体、どういう心境の変化なんだい?」


「今回の件で、俺、あんた方の強さにマジ惚れこんだんだんです。

 俺らも結構ランクは上げたつもりだったけど、井の中の蛙だって、腹の底から思い知らされたんですよ!」


「それはまた、殊勝な心がけ」


「いやいやいや!

 あんた達はもう、弟子入りとかするレベルじゃないじゃない!」


「ランク30超えの冒険者が弟子入りなんて、笑いものになるだけだぜ?

 悪い事言わねぇから、やめとけよ」


「いえ、それもう関係ないです!

 それに、皆さん四人パーティで、まだ人員に空きがあるでしょ?!」


「あ、それは……」


「ごめん、空きは、ないんだ」


「へ?」


今にも土下座をしそうな勢いのヴァルモを制すると、モトスが弱り顔で語り出す。


「今は別行動中だけど、実はうち、あと二人メンバーがいるんだよ」


「ええええっ?!」


「しかも、そのうち一人はえらいカタブツでなあ……

 悪いけど、お前みたいな奴は絶対に認めないと思うわ」


「ああ、セイゴは、絶対拒絶するよね」


「だね」


「そ、そんなぁ」


「だから、悪く思わないでくれよ」


塞ぎこむヴァルモに空いた椅子を勧めると、ザウェルはエールを注文し、彼に与えた。


「え、いいんですか?! あざーす!」


「こいつ、本当に立ち直り早いなぁ」


「ははは、いいじゃないか。

 さて、我々も、これを飲んだら、そろそろ行こうか」


「そうだな」


「行くって、もしかして……十一階層以降ですか?」


「それは、その場のノリかな?」


「ノリって……」


残った酒を一気にあおり、席を立とうとする一行に、ヴァルモは更に尋ねる。


「あの、一つ聞いてもいいっスか?」


「どうぞ」


「皆さん、どこまで潜ったことがあるんですか?

 その……十一階層より下に、って意味で」


「そう、あたしもそれ聞きたかった!

 あたしだって、まだ十階層までしか、連れて行ってもらってないもの」


ヴァルモとアリスの質問に、ザウェルとリュウヤ、モトスは顔を見合わせた。


「そりゃあ俺達は……想像に任せるよ!」


「そうだね、適当に想像してくれたまえ」


「ええええ?! そりゃあないっスよぉ!」


「ケチ!! 身内のあたしにも秘密なの?!」


「いいじゃねぇか、どこまで行ってたって。

 俺達は、それでもとにかく潜っていくしかないんだしな!」


リュウヤのウインクに、ザウェルは微笑みを返す。



「そう、だからこそ私達は、“ディープダイバー”なのさ」





いつの時代も、冒険者は金と名誉、探究心に突き動かされる。


大陸オーデンスの一王国キングダム・ブランディスの主要都市「ハブラム」にも、そういった輩が数多く集まってくる。

各々の欲望・目的の形は実に様々だが、共通していることが一つある。


それは――どうしてもここでやりたい「何か」がある、という事。


二十年の時を呑み込み、今も尚君臨する無秩序な暗黒空間「地下迷宮」。


その謎を解かんとして、今も尚、新たな志に燃える冒険者達が訪れる。



そして、そんな彼らとはちょっとだけ違った目的の者達も――


迷宮求深者 -Deep Diver-

ACT-2 ~Gate Keeper~  END.

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