ACT-2 ~Gate Keeper~ 3/4

迷宮第十階層――

そこは、ハブラム地下迷宮最深部であり、最も危険な場所とされている。

全ての謎がここに集約していると噂され、その中心部には、迷宮の鍵を握る者が居ると噂されているのだが……


第十階層まで進行に成功したパーティは、かなりの数に及んでいる。

だが公式の記録では、ここを完全攻略した者は、二十年間で一人もいない。


その理由は、第十階層の、特殊極まりない構造にある。


第十階層に降り立った一行+1は、響き渡る水流の音に襲われた。


「うひゃー、今日も流れが激しいようだね」


「お前ら、やっぱりここまで来たことあるのか」


「まぁな。けどこれじゃあ、例によってあっち側には行けそうにねぇなぁ」


「問題の場所は、“あっち側”だぜ?」


「ま、マジ?!」


“あっち側”というのは、第十階層・西エリアのことである。

南側ほぼ中央の位置にある昇り階段から伸びる通路は、右手(東エリア)に進む構造となっており、そのまま進んだのでは、永遠に西エリア(左手側)に辿り着けない。

西と東の間には、凄まじい勢いで流れる地下水脈が横たわっており、これがエリア探索を困難ならしめる理由の一つになっていた。

また、東エリアと西エリアでは、モンスターの種類・危険度も大きく違う。


いわば、地下水脈をなんとか乗り越え、更に強大なモンスターを駆逐出来る実力者でなければ、これ以上探索することは不可能なのだ。

そのため、この地下水脈は、冒険者達から「諦めの河」と呼ばれるようになった。


「この先に、石化した連中をまとめて置いている場所がある」


「あんた達、よくまぁそんな所まで運んだもんだね?」


「いや、彼らが運んだわけではあるまい。

 ――見てごらん」


ザウェルが、アリスの肩を叩き、注意を促す。

すると、「諦めの河」向こうから、何かが接近してくるのが見える。


「どうやら、ああいった者達が力を貸してるようだね」


「あれ何? 明かりが届かなくて、よく見えないよぉ」


「やべぇ……あの方々が、お気づきになられた!!」


「おい、それって」


「はあ、なるほど。刺客って奴な。了解!」


そう言うと、リュウヤは剣を引き抜き、構える。

その後ろにアリス、ザウェルと並び、モトスは再び姿を消す。

両腕が拘束されたままのヴァルモは、キョロキョロしながら、ザウェルの後ろに回りこんだ。


河の向こうに見える回廊の入り口で、何かが蠢いている。

しかし、距離感が上手く掴めない。

しばらくすると、“それ”はこちらに頭を向け――河を渡って来た。

だが……


「な、なんだこりゃ?!」


「え? え? か、河を?!」


「これは――!!」


それは、一体の巨大な「竜」だった。

紅く輝く金属のような鱗を持ち、鋼の膜のような翼を広げ、巨木を思わせる四肢を振りかざす。

その先端には、大剣すらも霞むほどの巨大な爪が連なっている。

黄色い眼が、一行を睨みつける。


だがその姿は、空間には、ない。


「竜」は、荒れ狂う河の水面に沿って、するすると接近してくる。

それはまるで、水面に映った「竜の映像」。

しかし、発せられる殺気は、本物だ。


「“ドラゴン・ディメンジョンマスター”か。厄介だな」


「な、何あいつ!? あたし、初めて見る!!」


「下がって! ここに立ってたら危険だ!!」


どこからともなく、モトスの声が響く。

それと同時に、リュウヤ、アリス、ザウェルは、素早くその場から後退した。

だが、ヴァルモが取り残される。

「竜」は、河を渡り切り、水面から壁へと移動した。


――それは、厚みのないドラゴン。


まるで二次元の世界に居るかのように、壁や天井、床の「中」を自在に行き来する。

飛行音もなく、また巨体が奏でる足音もしない。

「動く絵」のようにも思える紅い竜は、取り残されたヴァルモの横に辿り着くと、クワッと大口を開けた。

口の端から、真っ赤な炎が立ち上る――


「う、うわあああああああ!!」


「全く、世話の焼ける!!」


 キリキリキリキリ!!


モトスは、皮鎧の裏側からワイヤーの束を取り出すと、それをヴァルモ目掛けて投げつけた。

ワイヤーは生きているように空中を漂い、ヴァルモの身体に巻きつく。

その直後、ヴァルモの身体は、物凄い力で引き上げられた。


 ゴオォォォォォォ――ッ!!


壁の中から、猛烈な火炎が噴き出す。

間一髪で救われたヴァルモは、火炎の渦と、自分を引っ張り上げたモトスを、交互に見つめた。


「え? え? え?」


「ザウェル! このバケモノどうすればいいの!? あたし、知らないし!!」


「通常の攻撃では効かない! エンチャント(魔法支援)を!」


「よっしゃあ、了解っ!!」


リュウヤは、壁の中の竜に向かって突進しながら、剣のグリップを回した。

細身の片刃が横にスライドし、柄から轟炎が吹き上がる。


「行っくよぉっ!! cya-no!!」


腰に装着した金属棒を振り回し、長い棍に変型させると、アリスはその先端をザウェルの方に向ける。


『光と闇の狭間に漂いし 深淵の守護者 冥府の妖精や

 汝が力を現世(うつしよ)の理にまつろい 光迅の刃を与えよ

 ――衝刃光(トゥータス・ハルジャス)!』


鋭い白色の光が棍の先端にまとわりつき、一瞬槍の矛先を思わせる形になり、消えた。

即座に、リュウヤとアリスが壁の中のドラゴンに斬りかかる――が、壁面を削るだけで、ドラゴンにダメージが行っているようには見えない。

その時、アリスの背後から、ドラゴンの爪が襲いかかった。


 ガキィッ!!


「きゃあっ?! な、なんで後ろ?!」


「気をつけろ! こいつは、どこからでも一方的に攻撃出来るんだ!」


「何よ、そのチート能力はぁ?!」


「二次元に本体を置いて、こちらを攻撃する時だけ実体化するドラゴンさ」


「じ、じゃあどうしろって言うんだよ?!」


吊るされたままの状態で、ヴァルモが叫ぶ。

ワイヤーの末端を、天井に突き刺したダガーに固定すると、モトスは舞うように飛び降りた。


「こいつの対策は、こうするんだよー!」


というが早いか、モトスはワイヤーを取り出すと、それを周囲に一斉に投げつけた。

ワイヤーの末端には楔が仕込まれており、それが壁のあちこちに突き刺さる。

無数のワイヤーが、まるで結界のように、瞬時に張り巡らされた。


アリスとリュウヤを後退させると、モトスはワイヤーの一本に指を置き、呪文を唱え始めた。


『take go into the root of Ancient-Magical spell program.

 set “Thunder Bolt” Ready.

 the Lightning represented the Majesty before me.』


モトスの指先から電光が迸り、一瞬のうちにワイヤー全体が光を発する。

彼を狙い、床から巨大な尾を振りかざしたドラゴンは、ワイヤーに接触した。


 バリバリバリバリバリ!!


 ――グギャアァァァァッ!!


 周囲に、黒い煙と肉の焦げるような臭いが広がっていく。

 ドラゴンの尾は、露出した部分の半分ほどがドス黒く変色し、弱々しく引っ込んでいった。


「という感じでね、攻撃のために身体の一部を出した時にしか、ダメージを与えられないんだよ」


「な、なるほど……」


「でも、ブレス(吐息)攻撃は関係なく吐き出してくるからね」


「そ、それはやばいわ!!」


アリスが慌てて身を引いたのと同時に、さっきまで立っていた位置から、突如ドラゴンの顎が飛び出した。

あと一瞬動くのが遅かったら、確実にかぶりつかれていただろう。


「こ、このおっ!! セイヤァァっ!!」


 アリスは、棍を頭上でフル回転させると、それを一気に叩き付けた。

 ドラゴンの上顎に命中した瞬間、先端部に光の矛が浮かぶ。

 紅い鱗が弾け、飛散する。


 ギャアオォォッ!!


「よっしゃあ!! 食らえっ!!」


 ゴオォォォォォッ!!


 ドラゴンが顎を引っ込めるより早く、リュウヤの炎の剣が宙を切る。

 燃え上がる刃から放たれた轟炎が、モトスの張ったワイヤーを通り抜け、ドラゴンを焼いていく。


 グオオォォォォッ!!


顔を大きく焼かれたドラゴンは、床に再び引っ込んでしまった。

だがすぐに、横の壁から巨大な翼が現れ、リュウヤ達をなぎ倒さんと迫ってくる。

しかし、それはアリスの手によって、阻まれた。


「捕まえたぁ!! そぉら……出て来な、さいぃっ!!」


 ずるっ


 ギャオォォォォッ!!


 ぐい――ドガアァァッ!!


ドラゴンの翼の一部を両手で鷲掴みにしたアリスは、なんとそのまま翼を引き、ドラゴン本体を壁の中から引っ張り出してしまった。

全長約36フィート(約11メートル弱)もの巨体にも関わらず、ドラゴンは抵抗することも出来ず、なすがままにされた。


「んな……っ?!」


自分の十倍近い大きさのドラゴンを、腕力でねじ伏せたアリスに代わり、再びリュウヤが仕掛ける。

剣の炎が途絶え、片刃が元の位置に戻る。

剣が鞘に戻った刹那――


「ぬんっ!!」


 キィィ――ン!!


蒼い残光が、空間を真一文字に切り裂く。

腰を落とし、眼を閉じたリュウヤが、ゆっくりとドラゴンに背を向けた。

すると、ドラゴンの首が――


 ゴトッ……


静かに、床に転がり落ちた。

一瞬遅れて、大量の血が噴き出し始める。


リュウヤとドラゴンの間に張られたままのワイヤーは、無傷のままだ。

天井近くから一部始終を見ていたヴァルモは、常軌を逸した攻撃に、目をひん剥いて驚愕した。


「い、今何をしたんだ?! あいつ?」


「リュウヤの剣は、人間には感知出来ないよ」


昇って来たモトスは、ヴァルモを下ろしながら応える。


「け、剣? い、今の、魔法とかじゃないんか?!」


「魔法じゃないよ。

 さっき君も、アレで剣と鎧、ぶった切られたでしょ?」


「……アレも剣戟だってぇのか?!」


無事床の上に降り立ったヴァルモは、ドラゴンの死骸とワイヤートラップ、そしてリュウヤとアリスを見て、再び驚愕の表情を浮かべた。

何故か、アリスだけエッヘンと胸を張っている。


「お前ら……い、いや、あんたら!

 もしかして“マイナスワン”じゃねぇのか?!」


「いや、違うぜ。俺達は――」


「隠さなくってもいいって! こんなすげぇ闘い見てればわかるよ!

 なあんだ、そうならそうと、早く教えてくれよ!!」


ヴァルモは、突然フレンドリーな口調になって、媚びるように話しかけて来た。


「いやあの、オレ達は本当に――」


「マイナスワンが来てくれたなら、もう安泰だな!

 よっしゃ、任せてくれ。“あいつら”の所まで案内するから!」


「ち、ちょっと待ってよ! あいつらって?」


「君が、先ほどまで“あの方々”と呼んでいた者達のことかな?」


ザウェルの言葉に、ヴァルモがブンブン頷く。


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうとしようか」


「いいのザウェル? 罠かもしれないよ?」


アリスの呟きに、ヴァルモは猛烈な勢いで首を横に振る。


「お前、意外に面白い奴だなぁ、還暦の癖に」


「だからぁ! 俺、若いんだって!」


「罠であっても、気にする事はないさ。

 真相に近づくのなら、あえて進んでみるのもいいからね」


ふっと微笑むザウェルの横顔に、アリスはつい、頬を赤らめてしまった。


「な、な、おかしな事しないから、これ解いてくれよ!」


「う~ん……じゃあ、対岸に行ったらね。

 アリス、頼むよ」


モトスは、懇願するヴァルモを顎で指し示す。

アリスは怪しい表情で頷くと、ヴァルモの腰裏にゆっくり手をあてがった。


「え? お、おおおおお?!」


アリスは、そのままヴァルモを片腕で担ぎ上げ、諦めの河岸まで歩いていく。


「へ? へ? ま、まさか……?」


「はい、そのまさかです」


「だって、こうしなきゃ、あんた足手まといにしかならないんだもん」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってぇ!!」


「ブラックブリガンティのリーダーともあろう男が、みっともないよ?

 ここは、覚悟を決めなって!」


「うわあぁぁぁぁぁん! ま、ママぁぁ!!」


「あーうるさい!」


頭上で泣き叫ぶヴァルモに苛立ちを覚えたアリスは、脚を踏ん張り、振りかぶった。


「どっせいっ!」


「きゃああああああああ!!」


 びゅ――――ん    ドサッ


アリスはそのまま、河向こうまで、ヴァルモを投げ飛ばした。


「ママって言ったな、アイツ」


「ママって、言ったね」


「ママって……」




第十階層、西エリア――


諦めの河を遠投で乗り越えたヴァルモは、壁に頭をぶつけて気絶していた。

いつの間にか河を渡って来た一行に介抱されると、改めて驚きの表情を浮かべた。


「ど、どうやって、あの河を?」


「どうって、ぴょーんと」


「さ、さすが“マイナスワン”! 俺の想像を超越してるぜ」


「いや、だから俺達は、マイナスワンじゃないって」


「いやもう、隠さないでくださいよ旦那方!

 わかってます、秘密にしなきゃならない理由があるんでしょ?」


「あ、あのねぇ」


「そ、それより、拘束を……」


 ――チン!


「あいよ、今切った」


「へ? あ、ありがとうございやす!」


「まったく、リュウヤは甘いんだからなー」


手首に巻かれたワイヤーを切断され、ヴァルモはしばらく自分の手とリュウヤを交互に見回していた。


「さぁ、では案内してもらおう」


ザウェルの一言で、一行はヴァルモを先頭に一列体勢で進行することになった。


第十階層西エリアは、基本的に一本道のルートだった。

途中、いくつかの部屋や広間があり、色々なモンスターがいたが、全てリュウヤ達によって倒された。

その鮮やかな戦闘に、ヴァルモはいつしか驚くよりも、目を輝かせるようになっていた。


諦めの河を渡ってから二時間ほど経った頃、ヴァルモはとある通路の入り口で、足を止めた。


通路の向こうから、いくつか人影が迫ってくる。

奇妙なことに、彼らはランタンなどの照明を一切持っていない。


「やべぇ……あいつら、手を回して来やがった!」


迫って来た者達が人間ではないことは、すぐに判った。

古びた鎧を纏った騎士――それが、なんと十二体。

爛々と輝く目は暗闇の中でもはっきりと視認出来、鋭い殺気を感じさせる。


「ナイトシェイドか。いつもならありえない数だな」


「どうする? 散らしてもらう?」


「そうだな、こんな所で馬鹿正直に戦闘することもあるまい。

 アリス、頼む」


「はいー♪ ようやく、僧侶の本領発揮ってとこね!」


「ちょ、ちょっと! ナイトシェイドだぜ?!

 そんな簡単には、除霊(ターン)は――」


「こんな奴ら、もう何体消したかわかんないよ。

 そぉれっ!!」


騎士達が歩みを速めるより先に、アリスは、それまで背に固定していた丸い盾を取り外した。

左前腕に盾を固定すると、その表面を騎士達に向ける。

浮き彫りになった十字架の紋章――それが、瞬時に左右に展開した。

盾の内部から、十字型に並べられたレンズ状のパーツが露出する。


「いっけぇ――!!」


 ピカッ! ゴオオオオオオオオオオオ!!


盾のレンズが一斉に光を帯び、大口径の光ガ射出される。

それは極太のレーザー光線のように一直線に照射され、十二体の騎士達を丸々呑み込んでしまった。

真昼のように明るくなった通路に暗闇が戻る頃、騎士達の姿は、跡形もなく消滅していた。


「どないだ?」ペカリン☆


「……あんぐり」


「さすがは祓霊の盾。凄い威力だねー」


「えっへんブイ!」


ピースサインを得意げに翳すアリスに圧倒されながらも、ヴァルモは何とか正気を取り戻せた。


「この通路の先に、大きな広間がある。

 石になった連中は、そこに集められてるんだ」


「そしてその部屋には、“あの方々”が待ち構えている、という訳だな」


ザウェルの言葉に、ヴァルモがビクリと身体を震わせる。


「そ、その通りで……」


「次の扉は、このエリアの最終ポイントだからね」


「? 知ってるんですかい?!」


「そりゃあ、まあね」


ふと寂しげな表情を浮かべ、ザウェルは、一人通路を進んでいく。


「さぁ、開けるよ」


最後のエリアに通じるドアに手を触れると、ザウェルは、そのまま押し開いて行く。

ヴァルモは、ここに至って全く緊張している様子のないリュウヤ達を見て、冷や汗を流した。



 ゴ・ゴ・ゴ・ゴ……



ドアが、鈍い音を立てて開いていく。

と同時に、リュウヤ達三人は、ザウェルの斜め後方に移動する。

ヴァルモだけが、ザウェルの遥か後方に立ち尽くしていた。


「魔道師の謁見室――」


ふと、ザウェルが呟く。

すると、まるでそれに呼応したかのように、室内に次々と明かりが灯り始めた。


「うわ、これは壮観だね」


ザウェル達四人と、遅れて室内に入ってきたヴァルモは、光が照らし出した広大な空間に目を奪われる。


それはまさに、王城の謁見の間。

大規模かつ美麗な装飾が各所に施されており、豪華絢爛な雰囲気を漂わせている。

その広間を取り囲むかのように、均等な間隔で石像が並べられていた。


「おいヴァルモ、あれか?」


「あ、ああ……」


無数に並んでいる石像――否、変わり果てた冒険者達の姿に目を細めると、リュウヤはザウェルと並ぶように前に出た。


謁見の間……広間の中央に伸びる真紅の絨毯の先には、神々しいまでに飾り付けられた玉座が置かれている。

そこには、四人の騎士や僧兵達に守られるように、一人の年老いた魔道師が座っていた。


「ナイトシェイドやドラゴン・ディメンジョンマスター程度では、そなた達の足止めにもならなかったという訳か」


老魔道師は、静かで品のある声で、そう呟く。

ザウェルは、数歩前に出ると、老魔道師に向かって深々と頭を下げた。


「やはり、こちらにおられたのですか。

 ゲートキーパーのリーダー・グレン殿」


「えっ?!」


「ふん」


「……」


「き、気付いてたのかよ、あんたら?!」


ヴァルモの言葉に、アリス以外の全員が頷く。


「え? え? えっと、ちょっとぉ、どういうことよぉ!!」


「くだらねぇ茶番だぜ。

 最大手の死体回収屋が行方不明、同業者も次々に消息不明。

 それを捜す役割を与えられた連中も同様――なんてなったら、もう答えは、一つしかねぇじゃねぇか」


「つまり、どういうこと?!」


「捜索対象自身による狂言って考えれば、一番自然じゃないの。

 ……本当に気付いてなかった? アリス?」


「だ、だって……」


「さすがは、あのギムリが目をかけているパーティだけの事はあるな。

 “ディープダイバー”の諸君」


“ギムリ”というのは、酒場「ジントニ」のドワーフ店主のことだ。

ほくそ笑むグレンに、ザウェルは再度頭を下げる。


「え?! こ、こいつら、ディープダイバー?」


「こいつら、だぁ? おいてめぇ、そりゃ誰のことだよ、あぁ?!」


「いででで! だ、だって! マイナスワンなんだろ? あんたらは!」


「誰も、はいそうです、なんて答えてないだろが!」


「ええええ?!」


「なんと、“ディープダイバー”ではないのか?」


少しだけ戸惑いの色を見せる老魔道師に、ザウェルは落ち着いた声で話しかける。


「それよりグレン殿。

 よろしければ、この度のご事情を、是非ともお聞かせ願いたいのですが」


その言葉に、老魔道師グレンは立ち上がり、無言で天井を眺める。


「そうだぜ、どうしてあいつらを石化させちまったんだ?」


玉座に迫ろうとするリュウヤの前に、まるで瞬間移動したかのように、他の騎士達が立ち塞がる。

だが、彼らの目は――

それに気付いたリュウヤは、無言で一歩退いた。


「良かろう、ここまで辿り着けた褒美代わりに、話してしんぜよう。

 少し長くなるがな」


「恐縮です」


グレンは、騎士達に下がるよう指示すると、自らリュウヤ達の方へ近づいていった。

大仰な身振り手振りを交え、まるで演劇のように大げさな口調で語り出す。


「今から約二十年前。

 我々ゲートキーパーも、この迷宮の探索に燃える、一介の冒険者に過ぎなかった」


「伺っております。パーティ登録ナンバー23、最初期パーティの一つですね」


「左様。かつて我らは、この迷宮に秘められた謎を解く為、幾度もの危険を乗り越え、一年後にはこの第十階層まで到達するに至った」


「え? じゃあ、もうこの迷宮の謎を解いちゃってたの?」


アリスの素朴な質問に、グレンは首を横に振る。


「残念ながら、それには至れなんだ」


「ど、どうして?」


「第十階層最深部には、強大な力を持つ魔道師がいたのじゃ。

 そやつの力は、神か悪魔かといわんがばかりに強大であった。

 当時の我らは、無念にもその魔道師に破れ、満身創痍で帰還したのじゃ」


「それ以降ですね。

 迷宮の地下深くには、邪悪な魔道師“ダークウィザード”が住んでいて……

 それを倒すことが、謎を解く早道になるという噂が広まったのは」


「な~んか、どっかで聞いた事あるような話だなぁ」


「きっと、この界隈じゃあよくあるパターンなんじゃない?」


「そ、そういうもんなの?」


「たとえば館モノは、最後に館が燃えて終わりみたいな、お約束っつうか」


「???」


「――しかし、我らはそれで心折れなかった。

 魔道師を倒し、ないしは奴から迷宮の秘密を得るために、再度の修行に励み、再び第十階層へ向かったのじゃ」


そこまで言うと、グレンは寂しげに、先ほどまで座っていた玉座を見つめる。


「じゃが、第十階層の魔道師は、既にここには居なかった。

 別なパーティによって、倒されていたのじゃ」


「先を越されちゃったの?」


「グレンの旦那、そりゃあ初耳ですぜ?

 じゃあ俺達は、今まで嘘の情報に振り回されてたって事ですかい?」


ヴァルモの質問をあえて受け流し、グレンは更に続ける。


「その魔道師が居なくなって久しいにも関わらず、この迷宮には、いまだ危険なモンスターが湧き、探索者を惑わす罠が次々に生まれている。

 つまり、謎はまだ解かれた訳ではなかったのじゃ」


「どういうことだよ……?」


「第十階層の魔道師の正体は、いまだ不明じゃ。

 しかし迷宮の謎の核心は、この第十階層にまだ残されている筈。

 そう考え続けていた我らは、とあるパーティの救出の過程で、十九年ぶりに、ここへ辿り着いた。

 その時――これに気付いたのじゃ」


そう言うと、グレンは突然掌を大きく開き、玉座の奥に広がる空間へ魔法を照射した。

魔法の弾が宙空に発生し、猛スピードで上昇し、まるで照明のように輝く。

今までほんのり明るかった謁見の間が、更に明るく照らし出された。


「見るがいい、玉座の向こうに広がる空間を!」


グレンの指差す方へ、ザウェルとリュウヤが向かう。

その後に遅れて、ヴァルモとモトス、アリスも続く。


玉座の向こうに広がる空間には――



「え? え? ええぇぇ?!」


「おい……これなんの冗談だよ、嘘だろ?!」


「……」



五人が見たのは――地下に降りる「階段」だった。

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