ACT-2 ~Gate Keeper~ 2/4

三時間後、リュウヤ達はザウェルを加え、四人で迷宮を目指した。

パーティ名は、やはり“クルッジ(その場しのぎ)”。

入り口で登録を済ませると、早速第二階層中心部に向かって進行した。


彼らが目指す「ドラゴンズネスト」とは、いわば地下迷宮内の「ジントニ」に相当するところで、迷宮の一角を利用した非合法の酒場だ。

地上に出なくても食事が可能で、また食料や水の補給も出来るため、需要は非常に高いのだが、年々治安が悪化しており、冒険者の中にも忌み嫌う者が多い。


中には地上に出ることが出来ない犯罪者なども居付いており、そういった者達は情報屋として暗躍し、冒険者達から金銭をせびっている。

ザウェルが目的としているのは、それら情報屋の持っている「最新情報」なのだ。


「ドラゴンズネスト」の店内に入ると同時に、安煙草の煙が朦々と立ちこめ、思わず咳き込む。

席はまばらに埋まっており、それぞれにガラの悪そうな冒険者――というより、アウトローな者達が陣取っている。

良く見ると、床に寝転がっている者や、喧嘩の後だろうか血を流して気絶してる者まで居る。

四人は、適当な席を取ると、ゴーレムみたいな大男の店主にエールを注文した。


「うっぷ、あ、あたし、この臭さ……ニガテぇ!!」


「俺もここ、あんまり良いイメージなくてなぁ」


「そうかい? 私はこの雰囲気が大好きなんだけどね」


「ザウェルは変わり者だから……」


三人のジト目もなんのその、ザウェルは、フレンチメイド風のウェイトレスが持ってきたエールを受け取り、美味そうにあおった。

見せ付けるように寄せてくる胸の谷間と、短いスカートから伸びる美脚に、男達の視線が釘付けになった。


「おおぅ……し、しばらく来ないうちに、な、なんつうかその……」


「か、か、過激になりましたね! 隊長!」


「こぉのスケベ男どもがぁ!

 少しはさぁ、ストイックなザウェルを見習いなさいよ!」


「あはは。でもアリス、私もあの女性は魅力的だと思うよ」


「へ?」


「一見華奢に見えるが骨格も良いし、筋肉の配分も均等で理想的な体躯だ。

 もしかしたら冒険者上がりかもしれないが、あのスタイルを維持するだけの基礎体格はしっかり作られている。

 だから、あのように露出が多くても、見苦しくないんだね。

 なかなか出来ることじゃないよ」


「あ、ああ、そう」


「ん? 何かおかしな事を言ったかな」


「な、なんでもない」


しばらくすると、ガラの悪そうな戦士風の男と、これまた女性の盗賊が近寄って来た。


「あんた達ぃ、なんかいい稼ぎ、知らないかい?」


「この中も最近不景気でよぉ、なんか面白い話ねぇかぁ?」


親しげな口調で語りかけてくるが、リュウヤをはじめ三人は露骨に警戒している。

こういった輩は、フレンドリーな態度で会話を行い、油断した隙に別な仲間が盗みを働いたり、或いはいきなり難癖をつけて殴りかかったりしてくるものなのだ。

事実、この男女が近づいたと同時に、背後の何人かが意識をこちらに向け始めたのが判った。

だがザウェルは、そんな連中にも優しい笑顔を絶やさず、落ち着いた態度で応える。


「ああ、丁度良かった。

 実は“中”の情報が欲しいんだけど、詳しい人を紹介してくれないかな?」


そういうと、ザウェルは懐からプラチナ貨を数枚取り出し、テーブルに並べた。

途端に、二人の目の色が変わる。


「あ、あらぁ♪ あんた気前いいじゃなぁい? なかなかいい男だし♪」


「そ、そういうことならよぉ、いい情報屋がいるんだ、紹介するぜ」


男がそう言うと、背後から待ってましたとばかりに、小柄な老人が近づいて来た。

先ほどから、こちらに怪しい視線を向けていた人物の一人だ。

老人は、耳障りな声で軽く挨拶をすると、男女と入れ替わるように五人の前に出た。


「“中”の情報が知りたいんだって?

 そりゃあいいが、あんたらの気持ち次第で内容は変わるよ?」


「あぁ? なんだこのジジィ、足下見やがっ……」


荒ぶるリュウヤを制すると、ザウェルは懐からプラチナ貨を取り出し、老人に示した。


「君の提供する情報の、内容と精度次第だよ」


「おお、これは!! へへへ、旦那方、どんな事でも聞いてくだせぇ」


「うわぁ……」


「もう、露骨だなぁ」


「ではお聞きしよう。

 昨日から、迷宮内で行方不明になるパーティが増えているようだけど、それについて何か情報はないかい?」


「ほぉ、行方不明ねぇ」


「例えば、危険なモンスターが発生しているとか、奇妙な仕掛けのあるエリアが発見されたとか」


「聞きませんなぁ~」


老人は、突然不真面目な態度になり、テーブルを指でこつこつ叩く。

それを見たザウェルは、先ほどのプラチナ貨を一枚弾いて、老人の手元まで飛ばした。


「おお、そういえば思い出しましたな!」


「うわ、現金なやっちゃ」


「なんでも今、死体回収屋の奴らが、働いてないみたいですぜ?」


「ゲートキーパーのことなら知っている。

 だが、それと行方不明者が増えてることは関係ないのでは?」


「へへへ旦那、慌てちゃいけませんぜ?

 あたしゃあね、死体回収屋、と言ったんですぜ?」


「どういうことなんだい?」


「ここに来てるんだから、旦那達も知らないわきゃあないでしょう?

 ゲートキーパーのじじい共だけが、死体回収屋じゃねぇってことは」


「え? ちょっと待ってよ?

 それって、もしかして――」


「おおっとぉ! まだ何か聞いてたような気がしたんですがねぇ。

 年のせいか、物忘れが激しくてもう」


「じゃあ、これで思い出してもらおう」


ザウェルは、もう一枚プラチナ貨を弾き、老人に渡す。

途端に、老人は不気味な笑顔を浮かべる。


「いやいや、こういう刺激があると、堪りませんな!

 そうそう、思い出しましたよ」


「ちょっとぉ、情報持ってるなら最初から全部話しなさいよ!」


ふてくされ気味に文句を言うアリスを無言で抑え、ザウェルは老人を真っ向から見つめた。


「続けてくれないか」


「これは多分、公にはなってないと思いますがね。

 実は、他の死体回収屋も、行方不明になってるんですよ」


「それは、本当か?」


老人に尋ねながら、ザウェルはリュウヤ達の方を向く。


「おいおいおい、初耳だぞ、それ!」


「どういうことなの」


「ここまでは、確実な情報ですや。

 だがね、未確認だけど、もっとスゲェ情報がありましてね?」


「ほぉ。それは?」


「おーっと、また記憶が……」


「てめぇ、いい加減に――」


「ご店主、すまないが、エールを5つ、大至急頼むよ」


ザウェルは、いきなり酒の追加注文をした。

すぐに、例の色っぽいウェイトレスがジョッキを運んでくる。


「まあ、話ばかりじゃなんだから、お近づきの印に一杯やって欲しい」


「おやぁ? 金がなくなったんで今度は酒ですかぁ?

 言っとくがね、俺ぁ酒では釣られねェよ?」


いきなり荒っぽい口調に変わった老人にほくそ笑みながら、ザウェルはジョッキを老人の前に置いた。


「そんな事は考えていませんよ。これは純粋に私のお礼の気持ちです」


「ほぉ? そうかい。あんたぁ、お若い割には色々わかってるねぇ」


そういうと、老人はザウェルの掲げたジョッキに自分のをぶつけ、乾杯した。

だが、他の三人は何もせず、ただその様子をじっと見つめている。


老人はジョッキを一口あおると、突然虚空を見つめ、ぼんやりし始めた。

そんな彼に、ザウェルは再び質問を始める。


「死体回収屋に関わる情報とやらを、聞かせてくれたまえ」


「はい――実は、とあるパーティが、死体回収屋を闇討ちしているという噂があります」


急に素直になった老人の返答に、四人は顔を見合わせた。


「なんだってぇ?!」


「その、とあるパーティの名前は?」


「“ブラックブリガンティ”と呼ばれている連中と、聞いてます」


その言葉と同時に、三人の視線がモトスに集中する。


「確か、平均ランク30台の実力派パーティだね。

 ギガント級のモンスターでも平気で駆りまくる、スゴ腕だと聞いてるよ」


「なんでそんな連中が、闇討ちなんてするのよ?」


「落ち着いてアリス、これはあくまで未確認情報だ。

 ――それでは、この件について知っていることを、全部話してもらおう」


「はい――」


「おいおい、ちょっと待てよ!」


と突然、先ほどの男女がザウェルに迫った。


「あんた、こいつに何したんだよ?!」


「ちょっと、あんた大丈夫?

 ――やばいよ、返事しないし!」


「何のことかな? 私はただ報酬を支払って情報を聞いてただけだが」


「ふざけんじゃねぇ! さては酒に一服盛りやがっただろうが!

 こいつ、明らかにおかしくなってるじゃねぇか?!」


「もしかして、酒が駄目なお方だったのかな?

 それは済まないことをしたよ」


「あんたら、もしかして、あたしら嘗めてる?」


女が指を弾いたと同時に、店内の各所にいた客達が、一斉に四人を取り囲む。

リュウヤとアリスは、待ってましたとばかりに、エールをぐいっと飲み干した。


「怪しい真似しやがって、このペテン師め!

 おい、怪我したくなかったら、有り金全部置いてとっとと出て行けよ!」


凄む男に、ザウェルは冷静なまま、優しい声で応える。


「それは困るな。こちらもそれ相応の代価を支払っているのだ。

 代価に見合うだけの情報は、しっかり貰わないとね」


「金の分の情報は、こいつがもう話したよ!」


「それを判断するのは、君じゃない、彼だ。

 ――さぁ、君の持つ情報、もっと話してくれるね?」


ザウェルは、女性に軽くウィンクすると、続けて老人に質問した。


「はい、私はどんなご質問にもお答えします――」


「そういうことだ、悪く思わないでくれ」


「この野郎! ふざけやがっ……!!」


ザウェルに殴りかかった男の腕が、リュウヤに掴まれ、止まる。


「そこまでだぜ」


「な、は、離しやがれっ!!」


「やなこったい」


そういうと、リュウヤはそのまま男の腕を両手で掴み、下から上腕に力をかける。

と同時に、男の身体がふわりと浮かび、頭から床に叩きつけられた。


 ――ドガァッ!!


「ぐえっ?!」


「オラァッ!!」


「え、オレもなの?」


反対側から踊りかかる店の客をしゃがんでかわし、即立ち上がる。

客のどてっ腹に、モトスの頭が激しく激突した。


「ぐはっ?!」


腹部を強打されて悶絶する客に、モトスはテヘペロしながら呼びかける。


「あ、ごっめーん! 痛かったぁ?」


「この……!!」


刃物を持ち出した女に、アリスが挑みかかる。

突き出された刃を華麗にかわし、手首を掴み上げる。


「は、離せぁ!!」


「あんたさ、今、品定めしてから突っかかって来たよね?

 あたしが女だからってさ、気分悪ぅ~」


そう言うと、アリスは女の手首を強く握り締める。

女の前腕の分厚い皮製手甲が、みるみる歪んでいく。

やがて――


 メキ、メキ、メキ……!!


「ぎ、ぎゃあああああああ!!」


アリスは、そのまま女を豪快に振り回し、店の反対側まで投げ飛ばした。

テーブルや椅子が引っくり返り、砕け、近くにいた客も巻き添えになる。


 ――ドガアァァァン!!


「んでぇ? お次は誰よ?」


「うっわ、最近の女僧侶って、怖いですねぇモトスさん?」


 ――ドバキッ!!


「本当ですねぇ、まさにゴリラ並の腕力と申しましょうか」


 ――ゴンっ!!


「普通、大の大人を片手で振り回しますかねぇ?」


 ――グシャアッ!!


「いやもう、全く普通じゃないですねぇ」


 ――グワキッ!!


「そこぉっ!! コソコソ話なんかしてんじゃないのっ!!」


 ――ブンブンブンブン、ひょいっ!


「うわあああぁぁぁぁぁぁ――――」ガツンっ!!


客達は、あっという間にリュウヤ達にのされてしまった。

店内はメチャクチャになり、複数の者達が無様に倒れているが、店主はそんな大騒ぎにも全く動じることなく、平静な態度で皿を磨いていた。


「さ、さすがだな……」


「あれ? そういえばザウェルは?」


辺りを見渡すと、ザウェルは老人ごとちゃっかり避難しており、店の角で何やら話しこんでいた。


「やあ、終わったかい?」


「片付いたよ、店メチャクチャだけどね」


「まあこういうのは、ケンカに負けた方が弁償するってのが――

 おいザウェル、それはやりすぎだって」


リュウヤが止めるよりも早く、ザウェルは店主に金を渡し、修理代に宛てて欲しいと詫びを入れていた。


「もう! ザウェルは生真面目すぎなんだよぉ!」


プンプン顔で膨れるアリスに、リュウヤが呆れた顔を向ける。


「生真面目な奴が、酒に自白の魔法なんかかけるかよ」


「へ?」


「えー、アリスは気付かなかったの?」


続けて、モトスが突っ込みを入れる。


「い、いつの間に魔法なんか使ってたのよ?!」


「今更だなー、アリスは。

 超のつく上級魔道師は、念じるだけで、簡単な魔法の効果を出せるんだよ」


モトスの説明に、ザウェルが頷く。


「その通りだよ。

 さすがに、お金で情報を引き出し続けたんじゃ、きりがないからね」


「あ、呆れた! あっくどいなぁ~」


「そりゃあもう、ザウェルの悪どさは、メンバー中No.1ですから~」


「はは、酷いなぁリュウヤ。

 ――それより、おかげで貴重な情報が手に入ったよ」


「ひ、否定はしないのね」


「お、聞かせてよ。

 って、どこ行くの?」


「このまま下の階層に潜ろう。

 どうやら、一刻を争う事態になりそうだからね」


「え? そんなにヤバいネタだったの?」


モトスの呟きに、ザウェルは無言で頷きを返す。

ザウェルの提案に従い、一同は、まず第七階層を目指すことにした。




迷宮第七階層――

四人パーティ“クルッジ”は、回廊を歩きながら、「ドラゴンズネスト」での事を話していた。


「とりあえず判ったのは、我々以外にゲートキーパー捜索に向かっているパーティネームさ」


「え、わかっちゃったの?」


「あの情報屋、性格は問題ありだが、情報自体に信憑性はあった。

 かなり有能な情報屋なんだろうね」


「そりゃまぁ、ああいう環境でいい加減な情報なんか売ってたら、とっくにモンスターのエサにされてるだろうからなあ」


「で、そのパーティの名前は?」


「グランダッシャーと、ヴォルトヘビータンク。

 それと、トランザー」


「どっかのロマン三部作みてぇな名前の連中だなぁ」


「んで、最後の一つが、行方不明と」


「違うんだ、モトス」


「え? 違うって何が?」


「お、おい、まさか」


「その通りだ、リュウヤ。

 三パーティとも、行方不明リストに掲載されている」


「げ、じゃあ何かい?

 ゲートキーパー捜索隊で現役なの、うちらだけ?」


「そういうことだね。

 あとは、“ブラックブリガンティ”というパーティだ。

 情報通りに、彼らが死体回収屋を襲ってるのだとしたら……」


「そいつらを捕まえて吐かせれば、ゲートキーパーの行方も判るかもしれねぇって寸法か!」


バン! と力強く拳を掌に打ちつけ、リュウヤが意気込む。

だがモトスは、ザウェルの何か言いたげな表情が気になり、口を紡いだ。


「ブラックブリガンティは、かなり深い階層をメインに活動しているパーティらしい。

 だが、君達が会ったトランザーのことを考えると、浅い階層にも出没しているのかもしれないね」


「とりあえず、潜れるところまで潜ってみる?」


「それが賢明かもしれないな。

 あと、もう一つ気になっていることがあって」


「何故、俺達がブラックブリガンティの襲撃を受けないか

 ……ってことだろ?」


「あ! そうか、なんでだろ?」


「おいおいアリス、今更そりゃあないぜ?」


「んな事言ったって、わかんないんだからしょうがないでしょ!」


「オレ達は、本当のパーティネームを名乗ってないじゃない」


「あ、そか! クルッジって登録してるんだもんね」


「そうさ、だから死体回収屋達を狙ってる連中も、的を絞れないんだと思う」


「もしそうなら、そいつらは地上の名簿を確認しつつ襲撃してることになるな」


「そういうことさ。つまり襲撃者は、地上と地下を行き来している存在だ」


「だとしたら、普段は普通のパーティを装ってる者達が暗躍しているという仮説が成立するね」


「なるほどぉ、だからザウェルは、この情報を信用したんだね!」


アリスの呟きに、ザウェルは微笑んで頷く。


一行は、第七階層を経て、第八階層、第九階層まで進行することにした。




――第九階層。


「地下十階」と噂されるこの迷宮に於いて、パーティの実力が本当の意味で試されるエリアとされる。

この階層を徘徊しているモンスターは、いずれも危険度が非常に高く、しかも地上生物系・地下生物系の分別を問わず、様々な危険生物がひしめき合う。


迷宮を訪れる冒険者達は、それぞれのスキルクラス(戦士・盗賊・魔道師・僧侶など)に「ランク」が設定されており、その数値が高いほど実力が認められた証となるが、第九階層を訪れる推奨ランクは13以上とされる。


それに対して、ブラックブリガンティは、平均30台のランクを誇る。

つまり、この階層を余裕で巡れる実力があるということになるのだ。


一方、リュウヤ達“クルッジ”は、第九階層に降りて最初に飛び込んだ大部屋で、モンスターと遭遇していた。


八体もの、オーガ(鬼族)!

しかも、全員既に息絶え、死体となっているにも関わらず、蠢いている。

アンデッド・オーガと呼ぶべきだろうか、身長約10フィート(約3メートル)ものゾンビの集団に、一行は……動揺すらしていなかった。


「あーまた、臭そうなのが出たな。

 ザウェル、出番だよー?」


「わかったよ、リュウヤ」


待ってましたとばかりに、ザウェルが前に出る。


『生命の起源にして 万物の粛清者たる 永久の炎よ

 掲げたる我が右手に その脅威の突端を 摂理に反する者共に垣間見せよ

 ――大炎流(スーア・リーギガ)!』


ザウェルが呪文を詠唱し、右手を高く掲げたと同時に、彼の前面に凄まじい炎の渦が発生する。

それがまるで意志を持つかのようにうねり、伸び、轟き、アンデッドオーガの群れに襲い掛かっていく。

巨体の屍は、抗う術もなく、あっという間に業火に呑まれ、焼失してしまった。

すかさずモトスが残骸を調べるが、特にこれといったものは発見出来なかったようだ。


「さて、じゃあとっとと――」


リュウヤが、不意に言葉を止める。

と同時に、モトスが高くジャンプし、暗闇に消えた。

残った三人が身構えたしばらく後、大部屋の反対側のドアが、ゆっくりと開かれる。


「ほぉ、何事かと思えば。

 そんな人数でここまで来るとは、大した奴らだな」


姿を現したのは、漆黒の鎧を着た戦士を筆頭に、計六人で編成されたパーティだった。

全員がプレートメイル(全身鎧)とシールドを装備しており、一見したところスペルユーザー(呪文使い)はいなさそうに思える。


「すまないが、ちょっと事情があってな。

 ここから先に進んでもらっては困るんだ」


そう言うと、リーダーらしき戦士はゆっくりと大剣を引き抜く。

刃の表面には複雑な呪紋が施されており、薄暗がりでぼんやりと光を放っている。

強烈な殺気を向けられ、リュウヤとアリス、そして暗闇に隠れたモトスは、緊張感を張り巡らせた。


だが――


「君達が、ブラックブリガンティだね?」


ザウェルだけが、笑顔を浮かべたまま、戦士に近づいていく。


「その通り、良く知ってたな、俺達のことを」


「ああ、まあね。

 ところで伺いたいのだけど、我々をどうするつもりかな?」


「決まってるさ、このままここで、オネンネしてもらう」


「そうか、じゃあやはり、君達がパーティを行方不明に……」


「そこまで知ってるなら話が早いな。

 そういうことだよ!」


そう言うと、戦士は大剣を振りかざし、ザウェルに向かって勢い良く振り下ろした。


 ――ガ・キィィィン!!


だがその剣は、リュウヤの剣に止められた。


「おいおい、随分手が早ぇじゃねぇかよ、おっさん」


「老け顔でな、こう見えても結構若いぜ?」


「へっ、そうなのかよ。俺はてっきり、もうじき還暦かと思っちまったぜ?」


「なんだよそれ? 美味いのかぁ?!」


 ――ガ・キィィィン!!


鋭い金属音が反響し、二人はバックステップで距離を取る。

戦士が体勢を整え直したと同時に、背後から三人の戦士達が踊りかかった。

その連携には、隙がない。


「ちょっと! 問答無用ってことなの?!」


その間に、アリスが割って入る。

アリスは、腰の後ろに固定していた短い金属棒を手に握ると、それを大きく振り回した。


「cya-no!!」


途端に、金属棒の両端が伸び、6フィート(約180センチ)の長さに変型する。


「そりゃあっ!!」


「ぬぐっ?!」


自分の身長よりも長い金属棒――棍を豪快に振り、戦士達の剣やメイスを弾き飛ばす。

しかし、敵もさる者、怯むことなくすぐに体勢を整える。

その向こうでは、二人の戦士が、こちらに向かって手を振り始めた。


「まずい、後ろの奴ら、スペルユーザーだ!!」


天井からモトスが、後衛の二人の戦士――のように見える者達に襲い掛かる。

しかし、彼らは即照準を切り替え、上空に向かって魔法を放った。


「ノール・テラ!」


「ノール・テラ!」


二人の戦士――に思えた呪文使いの前面から、凄まじい数の光の矢が出現する。

それが一斉に、滞空中のモトスに襲い掛かった!


「ぐあ……っ!!」


 ドドドドドドドドドドドドドド!!


一瞬、真夏の太陽に照らされたかのように、周囲が明るくなる。

直撃を受けたモトスは、着地することなく、そのまま部屋の彼方まで吹き飛ばされてしまった。


「おらおら! 仲間の心配なんかしてる場合かぁ?!」


「ぐ……?!」


 ――ドガアァァァン!!


咄嗟に戦士の大剣をかわすが、その一撃は石床を大きく破壊した。

返す剣で、そのままリュウヤを切り裂こうとする。


石床に空いた大きな穴を横目に、リュウヤは鼻の下を指で擦った。


「さすがにやるじゃねぇか。てめぇ、名前は?」


「ヴァルモ、だ。冥土の土産に覚えて行きな!」


そう言うと同時に、戦士ヴァルモの追撃が、リュウヤに襲い掛かる。

だがその剣は、リュウヤの体を通り抜けた。


「な?!」


「おい、どこ狙ってんだ?!」


 ガキィッ!!


リュウヤの剣戟が、ヴァルモの胴に命中する。

だが、その威力は分厚い鎧に遮られ、効いていないようだ。


「想像以上の重装甲みてぇだな」


「ティルシルバーって、知ってるか?

 1トンずつの金と銀からたった1キロしか取れねぇという魔法合金よ。

 この鎧は、それでコーティングされてるんでな」


「うわぁ、そりゃあ、さぞ高いんだろうな」


「お前らみてぇなみすぼらしい格好の奴らには、永遠に手が届かねぇ珠玉のマジックアーマーだぜ!

 そんな細っこい剣じゃあ、傷一つ付けられねぇ!」


「なるほどな、じゃあ作戦変更だ」


「?!」


リュウヤは剣を鞘に戻すと、脚を開いて腰を落とした。

目を閉じ、ヴァルモから顔を背けるような向きで、沈黙する。

柄の手前に添えられた右手を見て、ヴァルモは呆れた溜め息を吐き出した。


「おいおい、剣を収めて何の真似だ? もう降参しますってか?」


ヴァルモは、大剣を翳しながら、ゆっくりとリュウヤに近づいていく。

その時、リュウヤが、目を閉じたまま口を開いた。


「おいザウェル、こいつら、ぶっ倒してもいいのか?」


「殺してはダメだよ、色々聞きたいことがあるからね」


「あいよ」


「てめぇら……何をふざけてやがるっ!!」


ヴァルモは、大剣を両手で握って振り上げ、真っ二つにせんとばかりにリュウヤに斬りかかった。

しかし、その一撃は、またもリュウヤの身体を通り抜けてしまった。

手応えは、ない。


「て、てめぇ……魔法か?!」


「おめぇが、遅すぎるだけだ」


「?!」


 ――キイィィ……ン!!


 その直後、鋭い金属音が、大部屋内に響き渡った。

 蒼い光の帯が、リュウヤの周囲を半周するように浮かび、すぐに消える。

 リュウヤは、目を閉じたまま、微動だにしてない。


 ――ガラン、ガランガラン……!


 しばしの間を置き、何か大きな物体が、石床の上を転がっていく。

 それが大剣の刃だということに、ヴァルモはようやく気付いた。


「な……な、なぁ?! お、俺の剣がぁ?!」


「おめぇのナマクラなんざ、そこらの木の枝でもぶち折れるぜ」


 ――キイィィ……ン!!


 再度、鋭い金属音が響く。

 蒼い残光をまとい、リュウヤはヴァルモに背を向けた。


 次の瞬間、ヴァルモの着ている鎧は真っ二つに割れ、滑るように石床に落下した。


「て、ティルシルバーの鎧が……ぐぉっ?!」


 どさぁっ!!


 続けて、ヴァルモの巨体が倒れる。


「ヴァルモ?!」


「くそ! 怪しい術を使いやがって!!」


二人の戦士は、狂ったようにアリスとザウェルに踊りかかった。

しかし――


「あんた達ねぇ、乙女に向かって、そりゃあないでしょ!!」


 ガキッ!!


振り下ろされた二人の剣は、アリスが掲げた棍によって止められる。

戦士達は、一瞬硬直したものの、すぐに身を引いて体勢を立て直そうとする。

だが、その直後――


 キリキリキリキリ……

 

「「 え? う、うわあああああああ?!!? 」」


戦士達の身体は突如空中に舞い上がり、そのまま天井まで持ち上げられてしまった。


「ど、どうなってるんだ、こいつら?!」


「こ、殺せ! こうなったら、殺すしかない!!」


「殺す、か……」


先ほどから立ち尽くしていたザウェルが、残ったスペルユーザー二人に注意を向けた。


「すまないが、少々乱暴な手段を使わせてもらうよ」


そう言うと、ザウェルは瞬時に距離を詰め、片方のスペルユーザーの顔を鷲掴みにした。


「むぐっ?!」


『take go into the root of Ancient-Evil curse logic.

 set “Geass” Ready.

 ――be obedience to my instructions.』


呪文を詠唱すると、戦士の身体の力が抜け、へなへなとその場に座り込む。


「お、おのれ、手を離せぇ!!」


もう一人のスペルユーザーが、マントの裏からメイスを持ち出し、ザウェルに襲い掛かる。

その瞬間、アリスが横から突進してきた。


「せやあぁぁっ!!」


 ド、ガアァァァッ!!


「うわあぁぁぁぁぁぁぁ?!?!」


 ズ・ガアァァァン!!


棍を槍のように構え、全力でスペルユーザーを突く。

激しい衝撃音とインパクトの火花が周囲に飛び散り、スペルユーザーは、悲鳴を上げる暇もなく、大部屋の反対側へと吹っ飛んでいった。

先ほど彼らが入ってきたドアをぶち抜き、通路の壁に激突して、沈黙した。

アリスの棍の先端からは、白煙が立ち昇っている。

焦げ臭い匂いが、周囲に広がっていく。


「やりすぎだよ、もう」


どこからともなく現れたモトスは、何事もなかったかのように胸をパンパン払って、アリスに近づいた。


「だってさぁ」


「いや、アリスじゃなくて、ザウェルの方。

 よりによって、古代魔法の方を使っちゃう?」


「えっ?!」


 驚くアリスに、ザウェルははにかんだ笑顔を向ける。


「まあ、いいじゃないか。死ぬわけじゃないんだから」


「そういう問題?」


「すまないけどモトス、彼らを拘束してくれないかな?」


ザウェルの申し出に頷いたモトスは、肩越しに背後を指差した。


「いいけどさぁ、アリスにぶっ飛ばされた奴、どうするの?

 半分、壁にめり込んじゃってるんですけどぉ」


「んなもん、ほっとけや。

 んで、これから聞き込みやるのか?」


「うん、そのつもりだよ」


ザウェルの返事に、モトスが突然ポンと手を叩く。


「あーそうか、わかった!

 さっき、『スーア リーギガ』なんて派手な呪文を、わざわざ使ったのは……」


「なるほど! こいつらに気付かせるためだったのね?」


モトスとアリスの言葉に、ザウェルは無言で頷く。

十数分後、全ての者達を拘束したモトスは、リュウヤと協力して大部屋の警戒にあたった。


先ほど魔法をかけられたスペルユーザーに、ザウェルが静かに尋ねる。


「君達の、現在の行動目的を教えたまえ」


「私達の行動目的は、ゲートキーパーを救出に来た、四番目のパーティの捜索と撃退です」


スペルユーザーは、その装備を見る限り、僧兵――僧侶の上級職のようだった。

夢うつつのような呆けた状態で、彼はザウェルの質問に回答する。


「何故、四番目のパーティを撃退する必要がある?」


「それは、“あの方々”が、それを望んでおられないからです」


「あの方々? それは、何者だ?」


「はい、それは――」


「待て! 待ってくれ!!」


突然、横からヴァルモが呼びかけてきた。

後ろ手に縛られ、転がされたまま、ヴァルモは必死でザウェルに懇願する。


「頼むから、それ以上は聞かないでくれ!

 俺たちは、殺されちまう!!」


「殺される? “あの方々”という者達にかい?」


ザウェルの質問に、ヴァルモが頷きを返す。

そこに、苛立ったリュウヤが割って入った。


「ふざけんじゃねぇ!

 てめぇら、今まで何人もの冒険者を殺しておいて、今更命乞いかよ!?」


「ち、違う! 殺してはいねぇ!!」


「え~? 今更そんなあからさまなウソついて、言い逃れできると思うのかい?」


「ほ、本当なんだ! 皆、石にされて、十階層に囚われてる!!」


「石化?」


モトスは、咄嗟にアリスの方を向く。


「大丈夫、回復する魔法はあるよ」


「じゃあ、その場所くらいなら、教えてもらっても構わないね?」


ザウェルが指をパチンと弾くと、僧兵はがっくりとうなだれて気を失った。


「この者にかけた“ギアス”は解いた。

 代わりに、君に問題の場所を教えてもらうとしよう」


「ぐ……」


「嫌なら、このままここに置き去りだぜ?」


「チッ! わ、わかった! わかったから、立たせてくれ!!」


「しゃあねぇな、面倒かけんじゃねぇぞ、還暦のおっさん」


「老け顔なだけで! 俺はまだ若いんだぁ!!」


一行は、ヴァルモ以外の者達の拘束を解き、壁にめり込んだ者も救出し、戦士一人だけを覚醒させ、そのまま第十階層を目指すことにした。

当然、ヴァルモは連行されていく――

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